杉田荘治
はじめに
アメリカでは首長の教育への介入が強くなってきているが、これに教育組合が参画してくると、
益々、教委の権威が低下することになる。
最近(2004. 1月末)、Chicago Tribune紙が、このことについて報じている。 そこで先ず、その概要を
述べ、その後、州知事の教育改革案その他について説明することにしよう。
T Chicago Tribune (1/23/2004)号から
イリノイ州の2大教員組合であるIEAとIFTの委員長たちが、この木曜日にBlagojevich州知事と会って、
知事の教育改革案についての説明を受け、それに対するアドバイスを行なった。
その改革案は準独立しているイリノイ州教委の権限を大幅に削減して、新しく創る州知事が管
理する州政府レベルの代理機関にその権限を委譲させようとするものである。 それと同時に教
員免許制度も改正し、また余りにも学校の管理規程が多いので、これも問題にしようとするもの
である。
背景
ところで二大教員組合は2002年の知事選挙のさい、Blagojevich側に120万ドルの支援をおこなっ
たが、これは知事陣営にとっては最も多額の献金であった。 IFTのロビイストたちも「知事が最終
決定をする前にわれわれの提案を真摯に受け止め、考慮するように求めている」といい、委員長たちも
「今後とも教育問題について密接に知事と協同していく。 また前知事Goerge
Ryanや元知事とも接触して
いく」と語っている。
一方、知事のスポークスマンは「教員組合は、われわれに一連の教育改革について、いろいろと申し入
れをしてきているが、しかし学校行政関係者などと幅広く相談していくつもりである」といっている。しかし、
知事が相談する人のなかには州教委のRobert Schiller教育長は含まれていない。 これについて
当の教育長は「私を飛び越えて話しが進められることには驚いていない。 彼らはテーブルに銭を持ちこん
で影響力を与えようとしているが、私は投票権はないが220万人の生徒の代表者である」と反論している。
また幾人かの議会の有力者たち、例えば上院の教育委員会委員長Miguel
del Valle(シカゴ選出)も「知事
からは改革案を発表する数時間前にそれを知らされた」、「知事は長い間、IEAやIFTに支持されてきたが、し
かしこの問題はそれらを越えた教育問題である」と不満を表明している。
教員免許の件
教員免許の件について知事は、これを州教委の権限から取り上げて、新しく創る職業的教員標準委員会
:Professional Teacher Standard Boardに委譲しようとしているが、教員組合はこれを高く評価している。
【註】 この件については別項:知事の教育改革案で詳しく述べる。
U イリノイ州知事の教育改革案 2004年1月15日 州政府ホームページから
第2回発表分
州の教育制度を改正して新しい州教育委員会に変更する案を含め、いろいろな改革に取り組んでいます。
Rod R. Blagojevich知事は今日、今の教育制度を徹底的に変更して、過剰な官僚機構になっている教育
委員会から新しい委員会に権限を委譲するように提案しました。
すなわち、州両院合同議会に対して、今の機構を一掃して流れを良くし、生徒のリーディングの力を向上
させること、家庭に力強いサービスをすること、学校における健康や滋養の問題、教員の現職教育、大学
や就職するための準備教育、危機に立っている生徒対策など教育全般について再構築します。
理由
今の州教委は教育をリードする責任を果たしていません。
○ そこでそのすべての管理権限を取り除いて、知事が管轄する新しい教育委員会へその権限を委譲
させます。 その委員会は州全体の教育行政についての責任を負い、数年間に100万ドル以上のコスト
の削減に取り組み、その額を実際のクラスの授業の充実に充てます。
○ 2003年度の全米学力テストの成績は悪く失敗しています。 学力的には全米で最低です。それは
複雑な行政ルールや何千ページにもなる書類作成を地方教委に課したりして、責任を彼らに負わせてい
ることにあります。 実際、教育予算の46%しかクラスで教えることに費やされていない現状を改善しなけ
ればなりません。
【コメント】イリノイ州の学力標準テストの得点は、ほぼ全国の平均レベルである。従って、知事の評
価はきびしすぎる。 なおこのことについては参考で付記する。
結果責任を果たさない多くの官僚的手続きの改善について
○ 新しい教委は2,800ページにもなる教育関係規則を見直す。
○ 費用を削減しながら地域ごとに設置される事務所や地教委と協力して、より良い教育行政の仕組みに
改める。
○ 健康問題を所管するセンターを設け、州全般についてコストの削減にも取り組む。
○ 物品購入についても全州にわたり州が交渉する。
○ 学校建設についても首都発展委員会と一緒になってコストの削減を図る。
○ いろいろな州基金の流れについても改善する。
以上のために現行の教育予算の80%を充てる。
その他
○図書館の果たす役割 ○成功プロジェクトを設ける ○リーディングのスペシャリストを全小学校に
配置する ○コミューティサービスの充実
○ジャンクフードやソータ゛ー飲料水を禁止する。 すなわち、2005年1月1日までにすべての学校から自動
販売機を撤去する。
【註】なおこの件については74. 最近のアメリカの教育の話題 の話題U校内で清涼飲料水やスナック
菓子を禁止する また79. 最近のアメリカの教育の話題(続き2)の話題 U スナック菓子禁止
等の学校規則はつくられるか? を見てください。『国民的肥満』は全米的な問題であろう。
教員免許制度の改善
この件について知事は三つの提案をします。
○ 教員免許の見直しについて作業チームを創ります。 それには、K-12(小・中・高校)コミュニティの
代表者、教員組合からの委員、大学関係者、議会から、知事部局から、事業主からの委員で構成
します。 【コメント】現在の教委のスタッフは含まれていない。
○ 幼稚園から8年生までの担当教員について大學でリーディングの単位を取得することを必須とします。
しかし現行の教員については、いろいろな研修会に出席した実績があれば、これを追認することにし
ます。 【コメント】教員組合の意見を反映させたものと思われる。
○ 職業的標準委員会を創ります。 これに今までの州教委の免許についての権限を委譲させます。
現職教育についても、免許の更新の要件についても、この委員会で扱います。
V The Southern (1/22/2004)号のコメント
教員組合のリーダーたちは州教委の権限を分解することを含めた一連の教育改革について、いつも知事と接
触している。 彼らは「われわれは彼の選挙キャンペーンの当初から教育について十分、組合と話し合う
ようにアドバイスしてきた。 彼のプランにわれわれの主張が反映されるように望んでいる」、「しかし改革
案を書くのは知事であって、われわれではない」といっている。
一方の、教委のスポークスマンは「Robert Schiller 教育長は何ら知事とは接触できていない。 18ヶ月も
同じ建物の中にいたにも拘わらず、知事はいつも教育長と会うことを避けていたが、それほど同席したく
ないのか。 もしそうなら、それは最早、本当に教育に関する態度とはいえない。 ただ政治的貢献者の
関心を満たそうとするだけのことである」といっている。
なお、イリノイ州政治改革キャンペーンによれば、2002年知事選のさい、IFTは642,588ドル、IEAは
536,671ドルを献金したとのことである。 もっとも知事側はそれは純粋な政治献金であると説明している。
参考T 首長の教育への介入の例
これについては、82. 『危機に立つ国家』から20年と首長の権限強化の例 を見てください。
また、74-2 最近のニューヨーク市の教育の話題(続き)。 市長・教育局長の権限強化と校長の
採用 地区(コミュニティ)教委や地方(district)の権限を減じて地域(Region)教育長の権限を強化する
例が述べられています。
参考U 教員組合が教育改革に参画する例
これについては、51. 全米教育協会(NEA)とアメリカ教員連盟(AFT)の違い を見てください。
そこには次ぎのように述べてあります。
NEAはAFTに対抗する意図もあり、また“静かな職能団体”だけではメンバーを繋ぎ止めるめるこ
とができないためか次第に教員組合化し、1960年代に入って一段とその傾向が強くなったのであ
ろう。しかし、Bob Chase会長が選ばれる1996年前後から、内部で激しい論争があり、公立学校教
育の荒廃、教育改革のうねりのなかで、副会長の彼が選出されて、前述のような『新しい組合
運動』への転換を計ったのであろう。
それは教育改革には歓迎されるものであろうが、しかし行政側、教委側にとっては、教育財政、
教員人事、勤務評定など自分たちの管理運営事項の領域にまで踏み込まれるという懸念もあ
ろう。
。参考V イリノイ州の学力テスト結果
Nation Report Card 2003年11月13日発表によれば、全米学力標準テストでは、ほぼ全国平均
である。
リーディングと数学 4年生と8,年生について実施されたが、例えば8年生は、
イリノイ州 リーディング..... 500点満点で266点 (全米の平均 261点)
数学......................500点満点で277点 (全米の平均 276点)
参考W イリノイ州の教員給料
全米の平均よりかなり高い。 すなわち、資料:連邦教育省によれば
イリノイ州の年平均給料 (2000-01)年度は50,746ドルである。.....
全米平均は44,993ドル
また NEA発表によるアメリカの教員給料によっても(2000-01)年度、50,000ドルで、それは
全米で7位である。 なお、これについては次ぎを参照されるとよいでしょう。
52-2. 2002年次NEA研究大会に参加して追記 : NEA発表によるアメリカの教員給料
80. アメリカの教育関係統計
参考X IFT(イリノイ州教員連盟)の主張から
その主張のなかの新設の職業的標準委員会について、その主要メンバーはわれわれ現職
教員とするように求めている。 そのとおり知事の改革案には盛り込まれている。
また助手が新たに教員免許を取得しようとするときは、助手の経験を加味した要件にするよ
う求めているが、これについても採用されている。
【資料: http://www.ift-org/leg.update/platform.htm】
参考Y Blagojevich州知事とは
彼の父親はセルビアからの難民で、彼自身はシカゴで生まれた。 人種差別を受けながらも
9才で靴磨き、ビツァ売り、肉加工工場などで働きながら1979年にNorthwestern大學卒業、
1989年には今たまたま、ある国会議員の学歴で問題になっているPepperdine大学から法学
博士号を得る。その後、ある郡の副検事などを経て、1992年にイリノイ州下院議員、民主党員。
2002年11月5日、知事選でJim Ryanを52:45の差で破って当選。 2003年1月13日に就任した。
なお別件である州教委は準独立機関(quasi-independent agency)で1970年からそうで、教
育長のDr. Robert Schillerは教委の投票によって2002年8月1日、教育長になった。
資料:州政府付属資料
コメント
ご覧のとおりであるが、教員組合が「教育改革」の大義名分のもとに首長側に参画してくると益々、
教委の権限は失われていこう。 しかも全米的な学力標準テストの得点が低い州や地教委は、「無
能力」とされてその分、首長の介入は益々強くなるであろう。
わが国でも徐々に首長の教育への介入は強くなってきているが、幸か不幸か県や地教委ごとの
全国学力テストの成績そのものは公表されないので、自ずからその介入も限度があろう。
なおイリノイ州教委は前記参考で述べたように準独立機関(quasi-independent
agency)である。
この点、一般住民(選挙人)から直接選ばれる、いわゆる公選制教委とは異なる。 このことにつ
いては当のイリノイ州教委のページによれば次ぎのように書かれている。 すなわち、
The Illinois State Board consists of nine members who are appointed
by the Governor
with the consent of the Senate. Board members serve six-years, with
State Board
membership limited to two consecutive terms. 9名、任期6年、上院の同意によって知事が
任命する。 故にわが国の現行制度に似ている。但し再々選禁止である。 また公選教委の任命制
度への切り替えの案について次回、カンサス州の例を述べる予定である。
2004. 1. 31記