74-2 最近のニューヨーク市の教育の話題(続き)

    市長・教育局長の権限強化と校長の採用   統一カリキュラムと一部テキストが問題視


杉田 荘治

    先に、最近のアメリカの教育の話題として、その最初にNew York市の教育改革について
   述べたが、以下これを補足しておこう。

T 地区(コミュニティ)教委や地方(district)の権限を減じて地域(Region)教育長の
   権限を強化する


  市長案は現在32ある地方事務所(district offices)ををやめて、これを10名の地域教育長
  (Regional Superintendents)に権限を委ねようとするものである。
  そのために議会で、特別専門委員会が設置され仕事を始めることになったが、しかし地区
  (コミュニティ)教委を残すべきとしている点が市長案と大きく異なる。この委員会では「地区教委
  はそのまま残したほうがよい。1969年以来の制度であり、地区を代表しているから」としている。
    
  市長案による新しい教育審議会
    地区地方教育審議会(Community District Education Councils)と呼ばれる。
 ○ 8名の親....彼らの地方(districts)から選出される。8名のうち、一名は特殊教育を必要とする
   親とする。
 ○ 2名..............自治区長(borough presisents)の事務所から指名される。
 ○ 1名..............地域にある公立学校校長会から選出される高校の先任者
     
 この新しい委員会は、従来の地区教委と同じような権限をもち、教育長に対してアドバイザーとし
 ての役割を果たすことになる。 また地方の総合的な教育プランを承認する権限も与えられるし、
 市の教育局長に地方の教育長の年間勤務評定書を提出することにもなる。
 ところで、今まで地区教委は教育長や校長を任命したり解雇したりする権限があったが、スキァン
 ダルに巻きこまれるようになったので、議会は1996年にその権限を大幅に減じていた。

 なお、市長案には『親参加委員会』:parent engagement boardsのようなものも創られるはずである。 
 それは親だけの委員会であるが、親の問題について大筋になるような手段を教育長たちと相談す
 ることになろう。
  しかし未だ、32個の地方事務所と10個の地域教育長との関係や、100名の教育監督官との関
 係もはっきりしていないところが残されている。

  批判
 Robin Brownさんは、「親は小さい地区のことは、よく知っているのであるから、そのような小さい
 委員会をサポートすべきなのに、10個の地域教育長の権限を強化するという理念は、それらをす
 べて遠くへ押しやってしまうようなものだ」といっている。
  また、この市長案について、先月、州上院議員Carl Krugerさんら6名は反対して裁判所が「差止
 め命令」をだすように求めている。

  もっとも連邦法務省は、この市長案を認めるであろう。というのは上記の審議会のメンバーが市
 民によって選ばれるからである。【資料】The New York Times (2/14/2003) 号

         追記(2003. 6. 12)  市長は訴訟問題に決着をつけた

 前述本文のような市長案について、多くの議員が反対し市裁判所に提訴していたが、昨日(6月10日)、
 和解によって決着が図られることになり、これは市最高裁Doris Ling-Cohan判事も承認した。その調
 停案によれば、現在32個あるコミュニティ教委は今までどおり存続する。しかしその委員の数は膨れ上
 がっていたので、各三名にする。またコミュニティ教育長といわれる人も存続するが、10名の地域教育
 長による学校制度の再編成は市長案どおりにするいわば折衷案であった。

  従ってこの調停案については市長側も提訴した側もともに勝利であるといっているが、しかし市教育
 局は直ちに市内の1,200校を十個の新しい区分に分け、それぞれに地域教育長を置き、113名の主任
 指導監督官を通して市の教育行政を監督することとした。 そのためコミュニティ教育長は「親会議」への
 連絡係(liaisons)のようなものになろう。 先に校長組合も市長案に反対して提訴側に合流していたが、
 この調停に賛成した。
    【資料】New York Times (6/11/2003)号
  【コメント】市長は名を少し捨てて実を取ったといえよう。
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    追記(2003. 3. 1)   広く全国から優秀な校長を採用しようとしているが成功するか?

 New York市は全国的に表彰を受けたような優秀な校長を採用しようとしている。 収入の面、退職金
 やその後のこと、居住するに良い所、その子供が通学するに適した学校などを保証すること、また何
 より校長としての判断が尊重されるような条件などを提供して、これを進めようとしている。

  しかし、その候補者とみなされる人たちは躊躇している。というのは、何も今の学校を去って、あらゆ
 る問題を抱えているその大都会に飛びこむほどの魅力はない、地区教委の問題もどうなるかわからな
 いし、今、自分の子供も良い学校に通っている、今さらライフスタイルを変えるつもりはない。また校長
 としての意思決定が果たして尊重されるかとも考えている。

  ところでNew York市の校長の年俸は71,000ドルから115,000ドルである。 因みに、Washington市で
 は平均、100,000ドル、  Sacramento市ではベテラン校長は110,000ドル  Phoenix市では平均
 93,000ドルである。

  今までに市内からの分を含めて約100名の志願者があったが、このスリルもあり刺激も多い街で新し
 い仕事をしようとする意欲的な人もいるが、市当局はここニ三月のうちに候補者を決定したいといって
 いる。 (New York Times, 2/27/2003 号)

U 統一カリキュラムとそれを免除される学校

  Klein教育局長は市内全体の学力向上を図るために、すべての学校がリーディングと数学で統一さ
 れたカリキュラムによることを計画している。 しかし今までに成績が向上した学校は、この適用から
 除かれて従来どおり、その学校独自のテキストや方法を続けることができる。 その学校は市内公立
 学校1200校のうち約200校。

  実際には今回は208校となったが、単に得点の上位だけから選定されるのではなく、人種的なこと、
 貧困な家庭の多い地域などいろいろな要素を取り入れた「選定の方式」によって行なわれたので、親
 や生徒、教員がその選に入るように躍起になり、市教育局にとっても“火傷をするような”問題になっ
 ていた。 
  The New York Times, 2月14日(2003)号によれば、何回もその発表が延期されてきてきたが、よう
 やく今日、市教育局から公表された。これらについてNew York Times紙とその公式発表の資料から
 要約しておこう。

  統一カリキュラム
   ○ 小学校と中等学校............. 今までの標準リーダーの代わりに、『クラス図書室』の本を使うこと。
   ○ 幼稚園児から8年生まで.......読み方と書き方を毎日、90分おこなうこと。
   ○ その他に幼稚園児から小学3年生まで....... 1日に45分、"Month by Month Phonics"を使って
                                 発音練習をすること。

  数学については、
   ○ 幼稚園児から小学3年生まで..... "Everyday Mathematics"(Chicago大学編)を使うこと。
   ○ 6年生から8年生まで.....................その続編である"Impact Mathematics" を使うこと。
   ○ 高校は..........................    ."New York Math A"を使うこと。それはMath A Regent試験
                        にも対応している。 そして、それぞれには望ましい補助教材
                        も指定されている。

  208校を選定した方式
    得点だけで選定すると白人やアジア系だけによって占められることが予想されたので、次ぎの
  ような方式によって行なわれた。 すなわち、
   ○ 貧困家庭の非常に多い地域の学校、その程度が中位の地域、それが少ない地域の3範疇にわ
      け、しかも英語を第二言語とする生徒数、特殊教育を必要とする生徒数加味して、それぞれ
      のグループでの市と州のテストの得点に拠った。 その得点も『普通』、『上位レベル』の%にポ
      イントが置かれた。
  このように方式が複雑であったので前述したように、親や生徒、その学校の教員からの圧力が強
  かったのである。

  今後、この選に洩れた学校からの請願(petiton)も受けつける。3月3日まで。その際、特に大きな学校
 に併設された"ミニスクール"については慎重に扱う。その結果、4月1日にリストに加えるかどうか市教
 育局が判断する。なお、この結果New York Times (4/1/2003)号によれば、2年間の猶予期間を与え、
 その結果によって独自のカリキュラムを許すかどうかを判断するとされた学校か゛31校、一年間の猶
 予期間とされた学校が88校であることを付記しておこう。

  Klein教育局長は「リストに載った学校はエリート校ではなく、極めて努力して向上した学校である」と
 語っている。また今後、統一カリキュラムを使って向上した学校はリストに加えられることになろう。

 【註】なお、Klein教育局長は教育長と訳されているようであるが、Superintendentではなく、Chncellor
     Klein となっている。Chancellor は通常、大法官、総長などと訳されるが、この場合のポストは
    New York City Department of Education, Joel Klein, Chancellor である。Keinさんは以前、
    検事であり、また事業の管理職の経験もある。昨年、このポストに任命された。

 【付記】New York Times,(2/24)号によれば、ある親や教員たちが“200クラブ”と呼んでんでいる今回の
     208校を選定するに際して、Klein教育局長は政治的、人種的に中立であったことを評価している。 
     しかし選に洩れた中流家庭の多い地区の親たちは、今後、近隣の貧しい家庭の多い地区の学
     校と同じカリキュラムを使用しなければならないことに不平をいっているし、またリストに載った
     学校でも、それが“評判の良い学校”となり、貧しい地区からの生徒が転校してくることを懸念し
     ている。 このように直接的には人種は要素とされなかったが、やはりいろいろと問題を含んで
     いる。

     追記(2003. 3. 1)  Month by Month というテキストが問題になっている

  新しいカリキュラムやテキストを使用することで連邦から助成金を得ようとする場合は、それが生徒
 の為になることを科学的に証明しなければならない。新教育改革法はそのように規定している。 しかし、
 Month by Monthというテキストは、その出版社がCarson-Dellosaという小さい出版社であり、他の大
 きな出版社が活発にロビー活動をやって連邦政府の認証を得たけれども、これはそれが得られていな
 いのである。

  州はまだ、その申請をしていないが、もし承認がえられれば6,800ドルの助成金を受け取ることができ、
 その大部分がNew York市に交付されることになる。 しかし前述のような理由でそれが困難なのである。
    しかし、Klein教育局長は、この選定したテキストを取りやめないと言っている。そして多分これに
 一つ二つの補助的な教材を追加することによってバスしようとしている。(New York Times, 2/22/2003 号)

コメント
  わが国でも近年、市町村や都特別区などで、首長が教育に直接、責任を負う者として、教員人事、クラ
 スサイズ、カリキュラム、特別な学校設置などの教育改革に取り組もうとする動きが少しづつ強くなってき
 ている。そのさい、このニューヨーク市ほどの教育改革は別としても、何らかの参考になろう。

 2003. 2. 23記               無断転載禁止