杉田荘治
はじめに
わが国でも、いよいよ小学6年生と中学3年生を対象にした全国統一学力テストが実施され
ることになったが、「そのような統一テストには参加しないだろう」という地方教委が現れるな
ど、論議が高まってきている。 しかし、参加しないことは正しいとはいえないであろう。“次
善の策”として、これを活用すべきである。
しかし、私はこの統一テストを小学6年生と中学3年生の全員を対象にすること、また国語
と数学に限ることには賛成できない。 それは、わが国の国民性からして全員を対象にす
ることは負の影響が強過ぎるからであり、また例えば無作為によって10%程度の生徒分の集
計・その統計で目的は殆ど達成できるからである。 学校によっては全員に受けさせた後、
その割合の数の解答を抽出する方法もあろう。
科目も国語と数学以外についても実施したほうが良いし、他の学年も頻度は異なってもあっ
たほうが良いと考える。 前述のように一部の抽出方法であれば、それはやり易くなるであ
ろう。 作業量は当然のことではあるが、問題作成者の心理的負担もその分軽減されよう。
また、成績について都道府県や市町村などの結果責任も少しは緩和されよう。 このほうが
完璧を期すよりは良い。
その際、以下述べるアメリカ(U.S.A.)の全米統一テスト(NEAP)が参考になると考えるので、
まずそれについて述べる。 次にユニークなネブラスカ方式が生徒成績評価について参考
になると思うので、これについて述べ、最後にフィンランドでは在校生について全国統一テ
ストは実施されていないが、しかし全国統一の卒業認定テストが確実に行なわれているので、
これを概観することにする。
全米学力統一テスト : NAEP (National Assessment of Education Progress)
このテストは1988年以来、実施されているが、これについては既に第169編などで述べた。
しかしここでは新たに連邦教育省の『ガイダンス』も補足しながら要約する。 Standard and
Assessment - Non-Regulatory Draft Guidance,2003年3月10日発表、2005年6月27日
改訂分からであるが、まず主として今後の実施計画表を下記し、これを説明したい。
全米統一学力テスト(NAEP) 実施計画表
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説明 ○ 科目はご覧のとおり、リーディング、数学、理科、ライティング、アメリカ史、公民、地理、 芸術、世界史、経済、外国語などである。 ○ 対象は4年生、8年生ではリーディングと数学は2年ごとに総ての州によって実施される。 科目、学年ごとに各州で約2,500名の生徒が無作為によって選定される。 州の生徒数 によって多少増減はあるが、2,800名〜2,900名の州が圧倒的に多い。一つの学校では 60名〜120名。 男女別、ヒスパニックなど小グループも考慮されるし、身体不自由児と いえども例外ではない。 選定された学校では、それは義務である。 ○ 12年生については年度によって多少異なるが上記のとおりである。 その人数も前者 の約1/10である。 ○ 公立学校、私立学校ともに受けなければならない。 また各州にとっても義務である。 それは、Title Tなどの連邦資金を受け取るときは、リーディングと数学については4年 生と8年生を受けさせることになる。 地方教委も選定されれば、これは義務である。 ○ 個々の生徒や学校単位の成績は発表しない。 【註】 しかし、地方教委単位では詳細に公表されることになる。 例えば最近の例とし ても第182編巻末の参考を見てください。このようにバーモント州のColchesterと いう小さい教委でも、全米統一テストの結果をグラフも使い、州全体の成績と比較 しながらな詳細に公表している。 |
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その他 ○ 表にあるLONGTERM TRENDとは長期的な傾向をみる統一テストで、9才児、13才児、 17才児という年齢区分による調査である。 従ってその結果は学校教育のカリキュラム には反映されないことになっている。 これについては第169編を参照してください。 ○ high school transcript studyとは、全米の中等教育学校のコースの取り方調査で、 人種、性別などによる平均得点、時間割、卒業要件、単位認定なども調査される。 例えば2000年度には公立、私立高校のうち264校が選定されて調査されたが、それら は全米2,200のコースとわれる内容の検討のために利用された。 ○ prob. technological literacyとは“閉じこもり”や刑務所にいる16才児調査である。 ○ Artsは音楽、演劇、視聴覚芸術であるが、例えば1997年には8年生6,480名について 全米的に実施された。 ○ 公民の内容は、市民としての知識やアメリカの政体の知識である。 1998年には4年生、 8年生、12年生で約22,000名を対象にして実施された。次回は表のように2006年。 ○ foreign languagesは2004年度実施のさいはスペイン語であった。 ○ なお、この表にはないがNAEPは全米的にTrial Urban Districtテストも実施している。 例えば2002年度にはNew York, Chicago, Atlanta, Boston, Houstonなど9地区で数学 とリーディングについて調査された。 |
全米統一学力テスト委員会( The National Assessment Governing Board
)
このNAGBは1988年に連邦議会によって設立され、全国統一テストを実施する権限を持って
いる。
○ 委員は26名 超党派的 州知事、州議員、州・地方教委、教育関係者、事業主、
一般人から連邦教育相が指名する。 しかし委員会としての独立性は尊重される。
またその氏名は役職などとともに公表されている。
○ この委員会が大綱を決め、そのもとに5つつの実行委員会が分担して調査、計画立案、
執行などを行なっていく。
○ 前述表のように2017年までのスケジュールが決められている。 科目は表のように数学、
リーディング読解力だけではなく多様である。昨年(2005)5月に決定し詳細が決まり次第、
公表されている。 (第169編参照)
コメント
ご覧のとおり、この全米統一学力テストを4年生、8年生に受けさせることは州にとって義務で
ある。 生徒はその一部を選定して行なわれる。 科目もご覧のとおり。
しかし、これとは別に新教育改革法によって各州は連邦承認のもとに州の統一学力テストを
実施しなければならないことになった。 しかも各州が従来からやっていたテストとは学年や
基準が異なるため、テストの重層化であるとして抵抗も強いが、連邦政府は改善も加えながら
推進している。
しかし、ネブラスカ州だけは独自の方式を貫いたようである。 これは、わが国のテストのあり
方について参考となると考えるので、次に述べることにする。
ネブラスカ方式とは
これについても既に第133編で述べたが、その後、ネブラスカ州教委が各地方教委に対して
問答形式で通達を出しているので、それも補足しながら要約することにする。
まず骨子を下記する。
○ “一発勝負的テスト”に依存するような評定方式ではない。 517地方教委が独自に評定方式 を作る。 ○ 教員による平素の観察と評価、地区ごとのテスト結果、州の書き取りテストの結果、全米的に行 なわれているテストの結果などを総合して評定する。 ○ そのあと、資料を州教育当局に提出して外部専門家によるチェックを受ける。そのさい生徒の 点数のみならず、問題の質や程度などもチェックされる。 すなわち、 ・ 州の標準や地方の標準についても反映されているか。 ・ 先入観のない評定であるかどうか。 ・ 習熟しているとされるレベルなど、レベルは適当か。 ・ 得点が年度によって大きな違いがないか。 すなわちSchool-based, Teacher-led, Assessment Reporting System:STARSといえよう。 |
通達から
○ わが州は、すべての生徒が、すべての教科、学年にあって十分なレベルに達することを
目標にしています。 従ってそのなかで、連邦が求める4年生と8年生の国語と数学が十
分になレベルになることを期するわけです。
○ 学校にベースを置き、各教員が主導権をもって生徒の成績を評価することです。 このた
めには教員の皆さんは適切な評価ができる能力を高めなければなりません。まさしく、
School-based, Teacher-led Assessmentといえましょう。
○ また教育行政に携わる人たちも、そのような知識と技能を身につける必要があります。
その後、連邦政府とのやりとりを参考にして、次ぎのような補足説明も出してする。 すなわち、
○ 各教員がそれぞれの能力を高めるために、the Quality Indicatorを活用してください。
○ 目標は全学年ですから、4年生と8年生だけではなく、3年生、6年生、7年生も最低、良好
(proficient)に達しておく必要があります。
○ 財政的なにも支援します。 また事務的にも連邦の基準に合致するように、その提出時期
なども、きちんと守ってください。 9月30日までですが、それ以前に州教委は要件について
各教委と相談します。 提出してもらうものは次ぎのとおりです。
・ リーデングは4年生、8年生、11年生分です。 州実施のStatewide
Writing Assessment
分も同様です。
・ 3〜5年生、 6〜9年生、10年生、12年生分については形式は規定しませんが、明細表
を出してください。 これらは外部の人によって点検される資料になります。
・ その他、高校卒業率や英語に不自由な生徒の分などの資料も必要です。 またTitleT
やTitle\などの連邦資金を得るための要件も充たしてください。
コメント
ご覧のように評価資料は外部の人によってチェックされること、また州の実施するライティング
テストがあること、また少なくともひとつの全米的テストが含まれていることなど地方教委や学
校、教員にとってはかなり厳しい評価方式である。 ところで“はじめに”でも述べたようにフィン
ランドでは、なるほど在校生について統一テストは実施されていないが、しかし厳しい卒業認定
テストが行なわれていることを見落としてはならないであろうから、それについて述べることに
する。
フィンランドの高校卒業認定試験とは
はじめに
フィンランドの高校卒業認定試験: The Finish Matriculation Examinationとは、実は1852年
にヘルシンキ大學の入学試験として始められたものであるが、今日では高校卒業レベルに達し
ているかどうかをチェックすることが目的となった。 それと同時に大學入試としても利用されて
いる。 年に2回、春と秋に、すべての高校で全国一斉に実施される。
【資料】フィンランド政府発行のYLIOPPILASTUTKINTO SUOMESSA
1 テストの種類
○ 必須科目 母国語と次ぎに記す4科目から3科目 すなわち、第2母国語(Second
Demestic
Language)、外国語、数学、総合科目
○ 選択科目 それぞれ各自で1〜2科目
2. テストのレベル
○ 数学と外国語は、難易度によって2段階に分けられている。 すなわち、上級レベルと基礎
レベル
○ 第2母国語は上級レベルと中間レベル。
そして、そのレベルは生徒各自が選択することができる。 しかし、必修科目については少なくとも
1科目は上級レベルでなければならない。 これらの成績は各高校長によって点検される。
3. テストの内容
○ 母国語はフィンランド語、スウェーデン語、ラップ語(Lappish) で各生徒が今まで受けてきた
自分の教育について述べる。
○ 第2母国語と外国語は、聞く、読む、総合的に理解する力を問う。
○ 総合科目は、宗教、倫理、心理学、哲学、歴史、社会、物理、化学、生物と地理である。
4. テストの再挑戦
○ 合格していても、もう一回、上級レベルへ再度挑戦することができる。
○ 不合格の科目については、さらに2回まで受けることができるし、必修科目のレベルを下げ
ることもできる。
○ それでも不合格になった場合は、完全に始めから取り直さなければならない。
なお高校卒業時のみならず、人生いつでも2回まで再挑戦することができる。
5. 合格証明書
○ 必修科目と選択科目の科目名とそのレベル。 それぞれの成績。 その成績は最高7〜最
低2までに区分されている。 0は不合格 またその割合は、5% 15%
20% 24% 20% 11% 5%
である。 その他に数学では、例えば、38点/60満点 と注記される。
6. その他
○ 外国人高校生や2年半以上の修学期間のある職業学校の生徒も受験は可能である。
このテストは高校卒業認定試験委員会が主管する。 その委員長は教育相によって指名され、
委員は約40名である。 また約330名のスタッフがこれを支えている。
コメント
ご覧のように、かなり厳しい認定試験である。 しかも単に受験する高校生のみならず、すべて
の生徒、教職員、学校、教委にとっても厳しいもので事実上、全国統一テストとしての影響力
もあろう。 これとともに次ぎに述べるフィンランドの教育方針や教員の現職教育と併せ考える
と、いよいよその厳しさが理解されよう。
フィンランドの教育方針など
これについては、既に第160編で述べたが、その要点を下記しておこう。
1. 情報社会: Information society 2. 数学と自然科学を重視する教育 : Education in mathematics and natural sciences 3. 言語や国際的視点を重視する : Language teaching and internationalization 4. 教育の標準と質を高める : Rising the standars and quality education 5. 教育と実社会との協調に配慮する : Co-operation between education and working life 6. 新任、現職教員のトレーニングを重視する : Initial and continuing training for teachers 7. 生涯学習 : Lifelong learning |
教員の研修については次ぎのとおりである。
イングランドの教育方針に示されているように、教員の研修は大きな柱になっている。教育省 も『教員は新しい技術と手法が必要』: Teachers need new skillsとして具体的に示している。 ○ 教員は言語、文化、社会的、倫理的、美的なものを提供するには欠かせな い人であるが、それらはいつも教室で授業を想定したものでなければならない。 ○ ファックス、電話、コンピュ-ターの操作、ワープロ、パワーポイントなどを利用すること。 さらにレベルの高い教員はインターネット言語、統合されたモーバイル、音声ファイル、バー チァルなものも利用できることを目指してほしい。 ○ インターネット上の新しい教材を利用すること。 また教員も生徒も英語の力を十分、身につけ なければならないし、コンピューター・サポート共同制作所(CSCL)を利用すること。 |
コメント
以上のようであるが、これまた第160編のコメントで記したように、フィンランドの教育は確かに
テスト主義ではない。わが国でこの点を利用している論説も多いが、しかしそこには厳しい教員
の現職教育があり、また高校卒業認定試験が全国的に確実に行なわれている。
わが国の学力統一テストについては「はじめに」に記したように、全米統一テスト(NEAP)、ネブ
ラスカ方式、フィンランドの高校卒業認定試験などを参考にしながら、わが国に適した施策を打
ち立てられることを期待したい。
2006年4月15日記