182. アメリカの教員ストライキ その3−スト容認の州


杉田荘治


はじめに
   最近「公務員にもストライキ権を含む労働基本権を与えたらどうか」という論議が出始めて
   いる。 それとともに、公立学校教員についても検討課題の一つとなっている。
   もっとも公務員や公立学校教員の給料が、ほぼ全国一率的にきめられている現行制度の
   もとでは、まだ話題程度のことであろうが、しかしそれが崩れてくれば、現実味を帯びてこ
   よう。 そのさい、アメリカの教員のそれについても参考資料として求められるであろう。


   この問題については既に第53編第155編で述べてきたが今回は、ストライキ容認の州を
   、しかも教員独自の州法をもっている州に焦点を当てながら、これを概観することにしたい。
   ところで第155編で述べたように、教員にストライキを認めている州は次の9ヶ州である。
    [ Alaska, Illinois, Montana, Ohio, Oregon, Pennsylvania, Rode Island, Vermont
     Wisconsin ]


   そのうち、一般公務員とは別に教員独自の労働関係法をもっているのは、次の2州である
   
【資料: AFSCME LABORRINKS】

   州                 根拠法規                   
 Illinois  Illinois Educational Labor Relations Act - 115 Illi. Comp. Stat. Ann 5/1-5/20
 Vermont  Labor Relations for Teachers Act - Vt. Stat. Ann., Title 16, Ch. 57,
  section 1981-2010

   従って、この2州について見ていくことにしよう。
                イリノイ州の場合
T 州法
  1 根拠法規
   Illinois Educational Labor Relations Act, 115 IL CS 5/3 第48章 13節 ストライキ
   「下記の場合はストライキは禁止する」という表現で容認している。 すなわち、
    @ 代表者による団体交渉が続けられている時。
    A 仲裁は成功していないが、まだ続けられている時。
    B ストライキ通告から10日以内。
    C 雇用者側と教員側との契約期間が終わっているのに、未だ仲裁者に未解決事項
      を持ちこんでいない時期。

  2 差止め命令  
   しかもストライキが現実のものとなった場合でも、教委側が、それは一般の健康や安全
   について明白、緊急の危険性があると考えれば、巡回裁判所(州の司法権限のある)に
   対して、差止め命令を発してもらうよう要請することができる。
   
   これに対して裁判所は、そのように判断すれば差止め命令を出すことができるが、しかし
   教委側に正当でない行為や証拠があると考えた場合は、これを拒否することができる。
   【第13節の後半部に記載されている】
  【コメント】
   このように組合側にストライキ権を認めながらも裁判所の差止め命令も期待する仕組みで
   ある。 その差止め命令についても教委側に釘をさすなどして両者のバランスを図ってい
   ることにも注目する必要があろう。


  3 調停の重要性
   第6節でイリノイ教育労働調停当番という委員会: Labor Mediation Rosterを創って仲裁
   や調停に関与させているし、また第5節では州教育労働関係委員会を2003年7月から新設
   している。 それらの役割については後述するバーモント州の例を参照してください。

  4 その他
   ストライキ以外の事項については、他の州と殆ど同じで、賃金、時間、労働条件、苦情申立
   てなどの規定がある。 (第4.5節)
   しかし、そこには「学級定員、クラス担任、学習計画、その時間、学習指導、宿題の評価方法、
   定員の削減や一時帰休、パイロット計画などについても教委側との団体交渉事項にするこ
   とができると規定されている。(permissive subjects) これはこの州の特徴である
 【コメント】政治色の強い組合が、これを利用すると弊害も起ころうが、組合には管理職組合も
       あり、また成熟した教員組合であれば善用できるであろう。

   また第11節で、非組合員でも、団体交渉に要する費用は負担すべき旨、定められている。
   このことは他の州の場合も同様であるが、組合に参加しない自由は尊重するとともに、妥結
   した結果に拘束力をもたせるための方策である。

U イリノイ州の教員ストライキ(具体例)
   Collinsvilleという小さい地方の教員組合が、昨年(2005)8月15日にストライキを計画した。
   そこの生徒数は約6,000名、組合員数は425名。  312 対 10という多数で決議した。
   理由
    ○ 組合側........周辺地区の教員給料と比較すると、余りにも低い。 有能な教員が周
              辺地区へ移ってしまい、そのために教委は昨年度、47名の新任教員を
              採用しなければならないほどであった。 従って今後、1年目は7%アップ、
              2年目は7.5%、3年目は8%アップを要求する。
    ○ 教委側..........1年目は3%アップ、2年目には4%、3年目も4%アップする。

   しかしその後、交渉し最終的に8月25日、連邦調停官(a federal mediator)と一緒になって
   交渉した結果、9月19日から予定していたストライキを中止することにした。 204対150で。
    妥結案 ...... ○ 今後3年間、毎年4.5%アップ   ○ 初任給は28,014ドル(年間)
            ○ 教職20年の者で修士号所有者は60,229ドル(年間)

  【資料 : ST LOUIS POST-DISPACH, 2005年8月15日号とKSDK News Channel 5, 9/18】
  【コメント】その他同じくイリノイ州のChampaign Unit 4という地方でも、2005年10月にストラ
        イキを計画したが、その後、連邦調停官とともに協議した結果、ストを中止したが、
        このように調停や仲介を巧く活かしている。

                バーモント州の場合
V 州法
  1 根拠法規
   The Vermont Statutes, Title 16: Education, Chapter 57: LABOR RELATIONS FOR
   TEACHERS 第201節 (c)
    この州も「次の場合はストライキを禁止する」という条件を付けて、容認している。すなわち、
     @ 双方が自由意思で、拘束力のある仲裁に従うと合意している場合。
     A 教委側が郡内の裁判所に「スト禁止」の差止め命令を要請し、まだその結果が
       出されていない時。

  2 調停の重要性
   第206節で、双方が交渉事項について合意できないときは、調停人に依頼すること。 それ
   でも合意できないときは、アメリカ仲裁協会(the American Arbitration Association)に依頼
   し、その仲裁者とともに協議すること。

  3 事実発見委員会
   それでも解決できなければ、双方で創る「事実発見委員会」: Fact-finding Committeeに
   問題を委ねるものとする。 その委員は教委側から1人、組合側から1人、その他から2名、
   また前述のアメリカ仲裁委員会は第三者を選ぶことができる、としている。 (第207節)

   しかも、この委員会からの報告書は双方に提出されるとともに広く一般に公表される。
  【コメント】このように広く公表することによって市民の反応をみようとするのであるが、それ
       は自ずから双方に慎重さを求める働きとなろう。

   そしてそれでもストライキが計画された場合は、裁判所の判断を求めることになる。
  4 差止め命令
   教委側からだけではなく関係公的機関からも、そのストライキが明かに且つ現実的に健全
   な学校教育を損なうと考えた場合には、裁判所に対して差止め命令を発してもらうよう求め
   ることができる。 しかしその命令は、イリノイ州の場合と同様に明白かつ現実的な危険が
   ある場合に限ると規制もしている。 (第2010節)

  5 仲裁(Arbitration)
   ストの前後をとわず双方が拘束力のある仲裁に合意している場合は、それに従うものとする。
   従って仲裁者は残った紛争点について最終決定する権限が与えられている。 その後、裁
   判になった場合でも裁判所はこれらについては受けつけない。 (第2021節)

W バーモント州の教員ストライキ(具体例)
   Colchesterという生徒数2,500名、教員組合員約200名の小さい地方教委で昨年(2005)
   10月10日、ストライキが始まった。
   理由
    ○ 組合側..... 初任給そのものが郡内の他の教委と較べて最低である。 従ってこれから
             3年間、毎年4.5%アップすること。 また健康保健料の引上げも不満である。
    ○ 教委側......来年は3.5%アップ、2年目は2.5%、3年目には3.25%引き上げる。
             健康保険料は1,000ドルから3,000ドルにする。
 
   これに対して以前から調停がなされ9月には、「これから3年間に4.5%から4.8%アップ」の案が
   出されていたが、拘束力がなかったので成立しなかったのである。 そこでストライキが始まり
   親は子供を一日ケアセンターへ連れていったり、サッカーの試合が中止になったりして緊張が
   次第に高くなってきた。 教委側も裁判所に対して差止め命令を要請してでも、年間175日の
   授業日を確保しようとしたが、結局、連邦調停官とともに双方が協議し、「毎年4%アップ」で合
   意し、組合側は10月24日、学校に復帰した。
  【資料: Burlington Free Press 10/10, 2005 と Vermont-National Education Association
        2005年11月・12月号】

  【参考】なお、このColchesterという小さい教委でも、全米統一テストの結果をグラフも使い、州
      全体の成績と比較しながらな詳細に公表している。2年生のリーディング、4年生の数学
      と国語、10年生の数学と国語についてであるが、インターネットでも簡単に見ることがで  
      きる。 【参照 http://www.colchestersd.k12.vt.us】
   
コメント
   ご覧のとおり今回はストライキ容認の州で、しかも教員独自の州法をもっている2ヶ州について
   概観した。 ストライキ容認というものの、調停や仲裁を働かせ、また裁判所の差止め命令も時
   には期待する仕組みを理解することができよう。
 今後、必要に応じて精査されれば、より有効
   に利用できる資料となろう。

   なお、わが国でもいよいよ、全国統一テストが現実の問題となってきたが、巻末【参考】で述べ
   たように、このような小さい教委でも、その成績を公表している。 勿論、わが国とは国民感情
   もかなり違うので、その取り扱いは慎重でなければならないが、しかし統一テストそのものを
   否定することは正しいとはいえないであろう。 “次善の策”として、これを善用すべきである。

 2006年3月11日 記          無断転載禁止