160. フィンランドは国際テストで、何故そんなに優れて
   いるのか


杉田荘治


はじめに
   最近の二大国際テストでフィンランドは世界のトップにあり、またその理由にについても、いろいろと
   論じられている。 しかし納得できる説明が今一つ足りないように思われる。 

   そこで、ここではフィンランド教育省のWWW上の各種資料によって、それを探っていくことにしよう。

         フィンランドの教育方針 : Depelopment Priorities

   フィンランドの教育の大方針は常に国民が進歩向上することを最優先させる。
   ついては次のような目標を定める。
   1. 情報社会: Information society
   2. 数学と自然科学を重視する教育 : Education in mathematics and natural sciences
   3. 言語や国際的視点を重視する : Language teaching and internationalization
   4. 教育の標準と質を高める : Rising the standars and quality education
   5. 教育と実社会との協調に配慮する : Co-operation between education and working life
   6. 新任、現職教員のトレーニングを重視する : Initial and continuing training for teachers
   7. 生涯学習 : Lifelong learning


     補足説明
   1. 4年毎にフィンランドの教育を『教育向上プラン』と大学研究チームによって検証していく。
   2. 政府は『情報社会プロジェクト』を行政のあらゆる分野でつくる。
    すなわち、1990年代に各教育機関にコンピュ-ターを配置し、各州のサポートによって全国的
    なネットワークが出来たが、今後はその内容を高め、教員のトレーニングと情報の実用性に重
    点を置く。 
   3, また『情報産業プロジェクト』を発足させ高度技術に対応できるようにする。 特に数学と自然
    科学の推進は自然科学と高度な技術にもとづく産業生産物を生み出すことになる。

   4. フィンランドはここ数年、数学と自然科学の教育向上について基準を引き上げてきた。 その
    一つは教員のトレーニングを強化することであるが、これをさらに推進していく。
    いうまでもなく教育制度のなかで教員の果たす役割は非常に大きい。従って彼らの技術、技能
    や知識を高めるために多くの注意が払われる。 次の年度て゛OPEPROプロロジェクトというプロ
    グラムを立ち上げて新任、現職教員のトレーニングを実施するが、これは量的にも質的にも評価
    できるものになろう。 しかも地方レベルとともに法律的にも評価の義務を教員のほか、教育行
    政機関にも課していく。

   5. 言語教育と国際化は重要な教育の要素である。 従って研究成果とプロジェクトも生徒がいろい
    ろな言語と文化を選択し易いようにすることを目的とする。 そのさい英語など世界に通用する外
    国語を中心にすえる。 今や教育は世界的、多動的になってきているので、それに対応するため
    に多国間を移動するさいの障害をなくするよう十分注意する。

  【参考】 外国語の履修状況 %
   6年生から9年生   高校では
 英語    98.0   99.4
 スウェーデン語    90.7   93.4
 ドイツ語   21.4   45.5
 ロシア語    7.7   23.1
 スペイン語    1.0    6.3
  
 左の表のように6年生から
 継続して外国語を履修して
 いる生徒の多いことが理解
 されよう。 その%も圧倒的
 に英語が高い。                    

   6. フィンランドは独立間もない頃は、わずか2%の者しか大學へ進学しなかったが、1960年代
    には15%以上となり1990年代には50%を越えるようになった。 今やこの傾向は確乎たるも
    のになって技術・工芸の社会にインパクトを与えている。 
    政府は新たに高校に職業上有能な専門家を配置することを決定し、高校教育を実社会と連
    携することができるようにしたが、これによって教育を実際的、実用的なものにすることが出
    来る。 
   7. フィンランドの教育は広く研究所などを中心にして展開している。 また産業界の代表たちを
    をアドバイザーとして中央レベルでも地方レベルでも活かしている。 また生徒はいずれ働く
    身であることを始めから自覚し、一定期間、研修を受けるような教育の仕組みになっている。
    このように義務教育でも高校でも実施されるが、これは大學ではさらに強化される。
   8. 1990年代には既に生涯学習がわが国の核となった。 労働界の高齢化、退職者の増加、
    高度な技術の要求、世代間の相違など課題に対応するために教育はチャレンジし続けなけ  
    ればならない。

    フィンランドの学校教育制度 The Education System of Finland

   左図のように
 ○ 義務教育(Basic education)は9年間    
 ○ その前に1年間の教育または子供デーケア
   センターでの教育。 しかし義務ではない。   
 ○ 9年間の義務教育の後、一部であるが1年間
   教育を受ける者がいる。

 ○ それ以外の者は高校(Upper secondary
   schools)または職業教育(Vocational education)
    そのどちらも3年間
 ○ その後は大學(Universities)か技術・工芸機関
   (Poytechnics institutions)
     3年〜5年
     

  【註】 よくComprehensive schoolsとかComprehensive educationという語が出てくるが、
     狭義では義務教育を意味し、広義では生涯教育を意味しよう。 またUpper secondary
     schoolsは上級中等学校というよりは高校といっておこう。 内容的には上記図のとおり
     である。

             義務教育 : Basic Education

 ・ 7才〜16才 従って9年間の義務教育である。
 ・ 無償
 ・ ある条件のもとで学校を選択することができる、とされるが殆ど近くの学校へ通う。
   また義務教育は学校へ通学しなければならないことはなく、他の方法でそれと同
  等の
知識と技能を身につれればよいとされている。 しかし実際には殆どのフィン
  ランド人は
学校に通っている。
 ・ 医学的その他の理由によって通学できない者に対しては自治体は他の教育機関
  で教育
を受けれるようにしなければならない。
 ・ 6年生までは長い修学旅行はない。 また5kmを越える修学旅行の交通費は無料
  である。

   修学旅行に適した場所、施設などは全国ネットワークによって整備されている。
 ・ 学年クラスによる。 また6年生まではクラス担任がほとんどの教科を教える。
   しかし高学年の3年間は教科担任によって教えられる。 カウセリング、また必要
  に応じて
特殊教育が行なわれる。
 ・ 前述のように17才に達したときに修了する。 しかし一部、その全学習指導計画
  (syllabus)を
修了した者は例外とされる。
      基本的な教科
   母国語   フィンランド語またはスウェーデン語による文学   外国語   環境学
   公民     宗教または倫理   歴史   社会   数学   物理   化学   
   生物   地理   体育   音楽   絵画・彫刻など芸術  工作   家庭経済

  ○ カリキュラムの大綱は政府が決め、教育省が具体的に定める。 それに拠って各
    地方で決定する。
      授業日数・休日等 2004年度  高校も
  ○ 年間授業日数 188日   その割り振りは自治体教委に任される。
    なお多くの自治体は土曜日でも、その何日かは授業日としている。
  ○ 法律によって「第22週の最後のウィークデーでその年度が終わる」と定められて
    いる。  したがって2005年度は6月4日が終業日である。
  ○ 休日
     クリスマス休暇(2004. 12. 19〜2005. 1. 9)
     冬休み (地方によって異なるが、8週目、9週目、10週目に)
     イースター休日(2005. 3. 25〜3.28)
  
  以上のように義務教育では、入試なし、無料、9年間、就学前自由意志による1年
  間の教育、 また義務教育後、自由意志による10年目教育。 また近くの学校に通
  学することが原則。  特に公式的な卒業資格や証書を必要としないが、挫折や学
  年を繰り返すことは滅多にない。
   また定められたSyllabusを終えれば義務教育を終えたことになる。
 【参考】 義務教育で言語の履修状況(生徒) 1997年度
    ・フィンランド語 554,145名     ・スウェーデン語 35,026名   ・その他
   2,101名

             高校教育 : Upper secondary schools

 ・ 通常16才〜19才  最後に卒業認定試験( Matriculation examination)に
  合格すること。   
 ・ 設置者は自治体、自治体の連合、 私立(private organization) の3通り 
 ・ 近くの高校に通うことが原則。 しかし1993年から少し緩和されて範囲が広
   くなった。
      1校の平均生徒数は250名
 ・ 1982年から多くのコースが設けられ、生徒は選択したコースで履修する。従っ
   て学年
クラスは廃止された。 なお各コースには約38の科目がある。 
   また必須科目と選択
科目があり、他の職業の分野の人たちが広く指導に
   加わっている。


 ・ 1年は5期または6期制で、一期ごとに特定の科目を集中的に教える
 ・ カリキュラムの大綱は政府、教育省が決め、それに拠って各設置者が決定する。
 ・ 卒業認定試験は全国的に同じ基準によって実施される。 このテストには必
   須として
母国語、その他の母国語、外国語、数学まはた一般科目があり、そ
   の他選択科目
から選択する。
   春と秋の2回、実施されるが、生徒はそのうちの一回にパスすればよい。 
   最大3回
まで受験することができる。
 ・ 学習指導計画は3年を想定してつくられており、大部分の生徒はそれによって
   いる。
しかし、2年で修得することもできるし、最大4年在籍することもできる。
 【参考】 高校生が履修している母国語 1999年度
    ・フィンランド語 110,494名   ・スウェーデン語 6,600名  ・その他
     673名

           国際テストPISAで成功した理由

   フィンランド政府自身はその理由を総合教育にありとして、次のように説明している。
  ○ どんな処にすんでいても、また性別や経済的な事情、母国語の違いなどには関係
   なく平等な教育を受けている。
  ○ 生徒は近くの学校に通う。
  ○ 教育は全体として無料である。
  ○ “選んで教育する”という教育ではなく、平等な総合教育である。
  ○ 中央が大綱を決め、地方が実行するという弾力的な行政である。
  ○ すべてのレベルが相互に作用し合い、協力している。 また共通な理念を持っている。
  ○ “一人一人が向上する”という方針に基づいて生徒を評価する。 したがって、いわゆる
    テスト主義(点数主義)でもなく、ランキング付けもしない。
  ○ 高い教員の資質、自主的な教員であることを基としている。
  ○ “皆で社会を築いていこう”という学習概念に拠っている。


   なお参考までに原文(英文)を下記しておこう。


                 教員の研修

   フインランドの教育方針に示されているように、教員の研修は大きな柱になっている。 教育省
   も『教員は新しい技術と手法が必要』: Teachers need new skillsとして具体的に示している。
   ○ ネットワークで教員は言語、文化、社会的、倫理的、美的なものを提供するには欠かせな
     い人であるが、それらはいつも教室で授業を想定したものでなければならない。
   ○ ファックス、電話、コンピュ-ターの操作、ワープロ、パワーポイントなどを利用すること。
     さらにレベルの高い教員はインターネット言語、統合されたモーバイル、音声ファイル、バー
     チァルなものも利用できることを目指してほしい。

   このように、教員の重要な役割は、
    ・生徒に動機を与えることができる人    ・ネットワークを創り出す人、またはそのメンバー
    ・組織的につくっていける人          ・コミュニケーションづくりやそのリーダーである人
    ・評価できる人、技術者、その専門家であること

   そのために『ネットワーク教員』が設けられているが、彼らを利用して伝統的な手法に加えて、
   教育以外の領域や異なった職場の人たちと接触することが大切です。またわが国内外から
   良いデータ-を利用することも必要です。 その方法は、
   ○ インターネット上の新しい教材を利用すること。
     前述したように実際の授業で利用することを想定して、新しい材料を取ってください。外国
     のものも参考になります。
   ○ そのために教員も生徒も英語の力を十分、身につけなければなりません。(Teachers and
     pupils should know especially English will enough to be able to use international
     materials.)

   ○ コンピューター・サポート共同制作所(CSCL)を利用すること
     このCSCLの資料は有益でインターネット上で義務教育や高校で利用できるようなものを
     提供しています。特に物理、生物、歴史、リーディングについてはそうですし、質問にも答え
     るようになっています。 またフィンランドの研究者たちは、このCSCLによって世界でも活
     躍しています。
   ○ 教育実習生に対するコンピューター教育
     幼稚園の教員や教育実習生はコンピューターそのものにも弱く、またそれを使って指導する
     ことについても同様です。従って今後はICT利用の能力を高めます。
   【註】このように教員研修ではIT技術とその利用、英語の能力が強く求められている。
      厳しい。 この点、わが国の教員研修では弱い。

【コメント】この論考を読まれた人の多くは、フィンランドの教育は、わが国の“旧き良き時代”の教育
      に似ていると思われるかもしれない。 教員を「先生」として尊敬し大切にして、これに教員
      も良く応えようとして努力した。 学習塾や予備校など殆ど皆無であり、学校は正規の授業
      の他、課外授業でも一生懸命であり、教育のすべてを“自前え”で行なっていくという自負
      と気概があった。
      しかし今はどうであろう。“先公”、“あの教師が、この教師も”と教員を小馬鹿にし、また
      学習塾は花盛り。 予備校でも高Tコース、高Uコースが普通のことになってきている。
      教育改革論議もこの点には目をつむっているように思われるが、教育行政も教員も管理職
      や親も多少の危険負担は覚悟する論が進められることを期待したい。

      またフィンランドの教育は確かにテスト主義・点数主義やランク付けでもない。わが国で
      この点を利用している論説も多いが、しかしそこには厳しい教員のトレーニングがあり、ま
      た実社会と協力し合って、生徒一人一人の能力を高めるための木目細かい指導がなされ
      ていることを見落としてはならない。 たんにテストの弊害を強調するだけではすまされ
      まい。 第一、高校卒業認定試験が全国的に確実に行なわれている。

      教員の自主性、自立性についても然り。ITの活用、インターネットの利用、英語など外国語
      の能力など実際に使うことを想定して、その自主研修が問われていくのであるから厳しい
      ものといわなければならない。コンピューターもさわったことがない、英語も話す、聞くことは
      もとより読むことも、さっぱりでは到底勤まらないのである。

      年間わずか188日の授業日、また近くの公立学校へ通うことが普通であり、標準テストで生
      徒や教員を追い廻すこともなく、普通に授業を行ないながら、それでいて国際テストでは常に
      トップ。 不思議といえば不思議であるが、案外わが国の教育の原点とも似ていよう。これに
      IT技術、使える外国語を鍛えれば、それこそ鬼に金棒であろう。


      小さい国(人口など)フィンランドでは可能であろう、しかしわが国のような大きな国(人口な
      ど)では難しい側面もあろう。 それなら一つの県や自治体で手を挙げて試みられる道もある
      ように思われる。

 2005. 3. 18記            無断転載禁止