杉田荘治
はじめに
最近、ある若手の教育研究者から「どのようにしてアメリカの教育判例を取り、それを
読むか」と質問された。 これは多くの教育に携わる人たちの疑問でもあろうと考えた
ので、以下、体罰、停学、服装(持ち物)検査、大學入試のさい白人学生に対する逆
差別、学習クーポン件などの連邦裁判所の判例を中心にして、その方法について述べ
ることにする。
取る方法
T 連邦最高裁『イングラハム』判決を取る方法
アメリカの生徒指導や懲戒についての論説を読んでいると、よく『イングラハム判決』とか
『イングラハム』ケース、Ingraham case, Ingraham v. Wright (1977)などと出ている。
それは、この判例は今もって唯一の体罰に関する憲法問題についての判例であるから
である。
1. Yahoo またはGoogleを利用する
これが最も簡単な方法である。 その検索の[ ]にIngraham v. Wright
と入れてsearch
すれば、まずトップで出てくる。 しかし全文のうち最初の個所が少し省略されているので
次に述べるFindlaw を利用されることをお勧めしたい。 またIngraham
だけでは他のケー
スも混じって出てきたりするので不充分。 また余り有名ではない判例を取ろうとする時に
は無理であろう。
2.Wikipedia the free encyclopediaを利用する
YahooまたはGoogleでlists of united states supreme court casesとして検索すると
Wikipedia the free encyclopediaのそのページが出てくる。その下のほうにある・Lists
of
United States Supreme Court cases by volume,cases reported in the
United States
Reportsをクリックすれば、巻のナンバーが出ているので、430をクリックすると、第430巻の
ケースが全部出てくる。全部といっても40ぐらいしかないから、Ingraham
v. Wright は簡単
に見つけることができる。 このようにして後述する服装(持ち物)検査のケースである
New Jersey v. T.L.O も469をクリックするばよい。【この項、2009年4月追加。なお以前
Findlawを利用したが、その後会員制になったためか取ることができなくなった。】
因みに高裁はアメリカでは巡回裁判所: Circuit Courtsといわれるが、その分はF.2d として
数冊にその年度の分が載せられている。 このIngraham判決の二審のものは、525
F.2d
909 (1976)であるが、これについては後述するがwww上ではCircuit Court
of Appeals
のケースは新しいもの(1995-2008)しか取れないので大學図書館などを利用すればよい。
読む方法
U 連邦最高裁『イングラハム』判決を読む
U.S. Supreme Court
INGRAHAM v. WRIGHT, 430 U.S. 651 (1977) 430 U.S. 651
INGRAHAM ET AL. v. WRIGHT ET AL.
CERTIORARI TO THE UNITED STATES COURT OF APPEALS FOR THE
FIFTH CIRCUIT
No. 75-6527.
Argued November 2-3, 1976 Decided April 19, 1977
連邦最高裁 イングラハム(訴えた中学生) 対 ライト(校長), 第430巻 連邦最高裁分 651ページ(1977年判決) イングラハムなど 対 ライトなど、 第5巡回裁判所に対して事件移送命令が出され ていた事件である。 No. 75-6527番、 1976年11月2日と3日に論点を審議し、1977年 4月19日に判決した。 |
Petitioners, pupils in a Dade County, Fla., junior high school, filed this action in Federal
District Court pursuant to 42 U.S.C. 1981-1988 for damages and injunctive
and
declaratory relief against respondent school officials, alleging that petitioners and
other students had been subjected to disciplinary corporal punishment
in violation of
their constitutional rights. The Florida statute then in effect authorized
corporal
punishment after the teacher had consulted with the principal or teacher
in charge
of the school, specifying that the punishment was not to be "degrading
or
unduly severe." A School Board regulation contained specific directions
and limitations,
authorizing punishment administered to a recalcitrant student's buttocks
with a wooden
paddle. The evidence showed that the paddling of petitioners was exceptionally
harsh.
The District Court granted respondents' motion to dismiss the complaint,
finding no
basis for constitutional relief. The Court of Appeals affirmed. Held:
原告はフロリダ州のデイト郡の中学生。 学校職員たちが体罰を行なっていたことに 対して損害賠償と救済を求めて連邦地裁に訴えた。 フロリダ州の州条項が「校長などに相談し た後、体罰する権限を教員に与えている」ことは憲法違反であるとして。 これに対して地裁は被告(学校側)の意見に同意して「この訴えは憲法違反ではない」として退け た。 控訴裁判所もその判決を支持した。 確定する。 |
1. The Cruel and Unusual Punishments Clause of the Eighth Amendment does not apply to
disciplinary corporal punishment in public schools. Pp. 664-671.
.......................................
残酷で異常な罰を禁止した条項(修正憲法第8条)は公立学校での躾としての体罰には適用されない。 |
2. The Due Process Clause of the Fourteenth Amendment does not require notice and hearing
prior to imposition of corporal punishment as that practice is authorized and limited by the
common law. Pp. 672-682. ...............................525 F.2d 909, affirmed.
適法条項(修正憲法第14条)も権限があり普通法の制限のもとで行なわれる体罰には適用されない。 二審である控訴裁判所の判決(第525巻 控訴審判決分 909ページ) その判決に同意する。 |
POWELL, J., delivered the opinion of the Court, in which BURGER, C.
J., and STEWART,
BLACKMUN, and REHNQUIST, JJ., joined. WHITE, J., filed a dissenting opinion, in which
BRENNAN, MARSHALL, and STEVENS, JJ., joined, post, p. 683. STEVENS,
J., filed a
dissenting opinion, post, p. 700.
Powell判事がこの主文を発した。 これにBurger判事、Stewart判事、Blacemun判事とRehnouist 判事が賛成した。 一方White判事は反対意見を述べ、これにBrennan判事、Mashal判事とStevens 判事が賛成した。 【註】5 : 4 の多数説 |
その後、判決文の3ページあたりから、Powell判事が裁判所としての意見を詳しく述べている。
それには、
○ 論点は前述のように2点であること。 体罰が修正憲法第14条と第8条が適用されるかどうか。
○ 原告はIngraham とAndrew という中学2年生と3年生、 被告はWright校長なと4名
○ 1970年10月を中心にして叩かれたこと。
○ 当時、フロリダ州では、237校で体罰が実施されていたということ。
○ 規則は生徒の尻を平たいパドルで1回〜4回打つこと。 そのパドルは2フィートより短く、3〜4
インチの厚さなど、と述べられている。
そして最後に少数説が述べられている。MR. JUSTICE WHITE, with whom MR. JUSTICE
BRENNAN, MR. JUSTICE MARSHALL, and MR. JUSTICE STEVENS join, dissenting.
これについても詳細であるが、この判決文を読むととも第26-1編を参照してください。 そこには、
この判決は、5 : 4 の多数判決であったが、これを『体罰賛成 5』、『体罰反対 4』と誤解してい
る論説があったがそうではない。州法や規則などで禁止していない場合、しかも一定の条件を
守って行使される体罰について、これを違法としない点では少数説といえども同じなのである。
ただ少数説は体罰によっては残酷で異常なものもありうるとし、従って厳格な適法手続は必要
ないかもしれないが、何らかの体罰行使に至るまでの手続きは必要である、としているのである。
従って多数説との間にそれほど大きな違いはないことに注意する必要がある。
V 二審(巡回裁判所)『イングラハム』判決を取る方法
論説などには『イングラハム』事件の二審判決について、525 F.2d 909 (1976)と書かれている
ことがある。 また前述の最高裁判決のなかでも3ページあたりに、同じように書かれている。
1. これを見るためにYahoo などを利用しようとしても取れない。 docket numberがわかっておれ
ば別だが。 また、Findlawを利用すると残念ながら最近の判決は取ることができるが、1976年の
ものは取れない。 どこかの法律事務所の会員になるしか方法がない。
3. 大學中央図書館を利用する。 例えば名古屋大學には、その資料室の書架にある。資料
室ではあるが開架式である。 法学部の研究室にもあったが中央図書館に集約された。
第5巡回裁判所 1976年1月8日判決 No.73-2078 Ingraham Plaintiffs-Appellants,
v. Wright, Individually, Deffendants-Appellees 一審の地裁はthe Southern District of Floridaが生徒 と親の申したてを退けた。 498 F.2d 248(これは事実の載っている巻とページ) また生徒たちは繰り返し木の定規で叩かれていたこと、クラスを混乱させたので連れ出され、8回〜 10回叩かれたこと、あるときはWright校長は20回叩き、そのためアザができたり、母親が医者へ 連れていったことなどが述べられている。 それに対して裁判所は、反抗的な子供にたいする叩きは、善い行ないを子供たちに促し、横着な生徒 に責任感と正しい礼儀作法とを染込ませるために容認される方法であるとし、教員がある特定の非行 について、10回の叩きより5回が適当であるかどうかを、われわれ司法上の決定として行なうことは間 違っている。 われわれは、残酷で異常な刑罰や正当な法的手続き上の問題について一般的な基準 によって判断すれば足りるとして退けたのである。 【参考】Date郡教委は全米第6番位の大きな教委で、生徒数は24万2000名といわれた。 |
3. その他の方法
以上のように巡回裁判所(高裁)の判決文は旧いものでも名古屋大學で取れる。 また地裁の
ものでも、F. Supp 2d とあるものは同様に取ることができる。 しかし後述するが、州関係のも
のやS.E., N.Y. App Divなど非常に細かいものはない。 他の大学、または東大外国法文献セ
ンターに請求する必要がある。
V 争点になった連邦憲法修正第8条、第14条を取る方法
前述したFindlawを利用することもできる。 そのCases & CodeからFederal
and State Codes
次いで、US Constitution をクリックすればよい。
修正憲法第8条要旨....Excessive bail shall not be required, nor excessive fines imposed,
nor cruel and unusual punishments inflicted.
修正憲法第14条要旨...Rights Guaranteed Privileges and Immunities of Citizenship, Due
Process and Equal Protection
和文は第8条は「過大な額の保釈金を要求し、または過重な罰金を科してはならない。また
残酷で異常な刑罰を科してはならない」であり、第14条は「正当な法の手続きによらないで、
何人からも生命、自由または財産を奪ってはならない」である。
【付記】なお体罰について触れると、必ずといっていいくらい「それでは今、アメリカの体罰の現状
はどうなっていますか」と問われるが、それについては第129編、第124編を参照してください。
連邦統計局の統計によれば、2000年度には全米で342,038名の公立学校生徒がパドル
で打たれている。 もっとも1976年には150万人であった。 またミシシッピィー州の中等
学校の副校長は生徒をパドルで叩くことを命ぜられたが、従わず結局、辞職するように強
いられたことやダラスの例などが述べられている。
コメント ご覧のとおりインターネットを利用するときは、Findlawを利用することがよいことがわかろう。
連邦最高裁のものは、すべて取ることができる。 しかし判決文が長過ぎて、しかも静止する
ことが面倒な場合や下級審のものを取るときは、地元の総合大学中央図書館を利用されると
よい。 しかし、そこでも無いものがかなり有るが、どこにあるかた尋ねられたらよい。
また、さすがに東大、その外国法文献センターが殆ど全部所蔵している。 しかし閉架式。
従って今まで述べてきた事件名、巻の番号、判決の年などを書いて請求されれば、1週間ぐ
らいでコピーを送ってくれる。 しかも実費程度の費用である。
それでは次ぎに、その2として停学、服装(持ち物)検査などの判例を見ていこう。
2006. 1. 20記