129. 最近のカナダとアメリカの体罰事情


杉田荘治
Shoji Sugita


はじめに
   最近(2004. 2月末)、Washington Post紙などがアメリカやカナダの体罰問題について報じて
   いる。それは最近、カナダの最高裁判所が刑法第43節について合憲の判断を示したことと、
   それに関連してアメリカでは、ある副校長が体罰行使を拒んだために辞職に追い込まれた
   ケースについてである。 これらについて各資料を要約しておこう。

              カナダの体罰問題
はじめに
   前述のようにカナダの連邦最高裁は、この1月30日、刑法第43節は合憲であるとして、その
   廃止を求めて訴えていた件を退けた。 しかし同時に親の体罰についてはガイドラインを示し
   て条件をつけ、教員のそれについては躾としての体罰は事実上、禁止したが「合理的な力の
   行使」については認めた。

   そこで問題となった刑法第43節とは何か、であるが、それについては既に杉田の次ぎの論
   述で述べてあるので、それによってほしいが、その関係個所を下記しておこう。
   24. 体罰問題 その一  カナダの親がわり
    ある全国的な団体から国会に[ 体罰禁止]の法制定を求めて請願書が出されている。 そのなか
    に、Criminal Code,
section 43 に[ 教職員、親、保護者は生徒、子どもを懲戒するために合理
   的な力を行使することができる]と規定され、さらに、それにはspanking, slapping.... などが規定
   されている。
なお関係原文は次ぎのとおりである。
     WHEREAS section 43 of our Criminal Code allows schoolteachers, parents and those standing in
      the place of a parent to use "reasonable" force for the "correction" of pupils or children under
      their care:
WHEREAS "reasonable" force has been interpreted by our courts to include spanking,
      slapping, strapping, kicking, hitting with belts, sticks and extension cords and causing bruises, welts
      and abrasions.

T CBC News (1/30/2004)号から

   カナダの最高裁はこの金曜日に判決して、親が子供を叩くことを支持した。 しかし同時にガイド
   ラインを示して「合理的な制限」もつけた。 すなわち、6 : 3 の多数判決で刑法第43節を廃する
   ことを拒否し、親と教員が自分達の保護下にある子供を躾るために「合理的な力の行使」をする
   ことを認めた。 但しルールを定め、例えば2才から12才までの子供については、その行使を認め
   ず、また体罰は矯正のためのもので一時的、かつちょっとした力の行使のみであるなどの制限を
   加えた。

  判決に対する反対論
   ○ 9才児の母親A. W さんは反対。 「判決に失望した。 頭は駄目、定規で打つことも駄目、ベルト
     も駄目といっているが、依然として43節そのものを永久的なものとし子供をセカンド・クラスの市民
     と考えている」と批判している。
   ○ カナダ子供・青少年と法財団も反対。 「このような狭い解釈で、子供を平等の権利のある人間
     とは考えていないような判決である」としている。
   ○ 子供団体関係弁護士会も反対。 「権利と自由憲章の違反である。 21世紀の民主主義では
     問題にもならないような判決である」

  判決に対する賛成論
   ○ 連邦法務省は賛成。 「第43節は親と子供の権利についてバランスを考えた法律である」、
     「何も叩くことを奨励しているのではなく、親が子供を叩くたびに、いつも刑事責任を問われる
     ことがないようにする趣旨である」として現行の規定を認めたことを評価している。
   ○ カナダ教員連盟も賛成。 「もし第43節がなくなれば、生徒が喧嘩しているときに、教員が止め
     に入ると暴行罪になりかねない」といっている。 T.Priceさんも一人の親でもあるが「子供が学
     校で混乱に巻きこまれたときには、先生が介入してくれることを期待している」と語った。
   ○ 家族問題焦点協会も賛成。 「この判決に勇気づけられた。 親が子供を育てる役割を果たしてい
     るさいに、その親たちを護ってやることは大切なことである。 勿論、その体罰が犯罪にならないもの
     であることが必要であるが」といっている。

  控訴裁判決はどうであったか
    Ontario控訴裁は2002年1月に判決したが、そこでは「親や教員が躾をする目的で“合理的な力の行使
    ”という限度を守っている限り、子供を叩くことは自由である」とされた。 また今回、最高裁が示したよう
    なガイドラインは示されていなかった。

U CTV News(2/1/2004)号から

   最高裁はカナダのいわゆる体罰法規は子供や親の双方についての権利を冒していないと判決した。
   すなわち、6 : 3の多数決で刑法第43節は、親、教員、保護者が「合理的な力の行使」をする権利を支持
   した。 またその示したガイドラインは次の通りである
    ○ 矯正的な目的で一時的、ちょうとした力の行使であること。
    ○ パドルや鞭を使用してはならない。
    ○ 頭や顔は避けること。
    ○ 2才から12才までの子供を叩いてはならない。
   教員については、
     体罰は認めない。 但し、クラスで生徒が感情を爆発させるような行為をした場合は、これを
     抑えるために力を行使することは認める。

   賛成論や反対論は前述Tに記載したことと、ほぼ同じであるが次ぎを追加しておこう。
    ○ 子供虐待防止センターは反対。 「ガイドラインは特別視するほどのものではない。 一旦認めて
      しもうと叩くことが許されるようになっていく」としている。
    ○ 犯罪問題弁護士R. Storeyさんは賛成。 「第43節は普通のことをいっているにすぎない。 
      アメリカ合衆国や世界各国おける常識的な体罰観と同じである」と語っている。
    ○ 家族自治連合も賛成。 「第43節を廃することは、過度に国家が家庭の躾に干渉することになる」
      としている。

 参考 判決の全文はhttp://www.lexum.umontreal.ca/csc-scc/en/rec/html/2004scc004.wpd.html で
     見ることができる。
     Canadian Foundation for Children, Youth and the Law     Appellant
         v.
    Attorney General in Right of Canada    Respondent
    and Focus on the Family (Canada) Association, Canada Family
    Action Coalition, the Home School Legal Defence Association
    of Canada and REAL Women of Canada, together forming the
    Coalition for Family Autonomy, Canadian Teachers' Federation,
     このように訴えを起こしたのはカナダ子供・青少年と法財団て゛あり、被告は法務長官である。
     また被告側にカナダ教員連盟(組合)が加わっていることに注目したい。


              アメリカの最近の体罰問題

    ミシシッピィー州のCarver中等学校の副校長Mclaneyさんは生徒をパドルで叩くことを命ぜら
   れたが、従わず結局、辞職するように強いられた。
    彼は同じ州の首都のある学校で教えていたが、この学校へ赴任することを承諾した。 副校長に任命さ  
    れたとき、生徒の躾についてのこの地教委の方針に従うことを約束したが、その規程にはパドルで叩く
    ことも含まれていた。 しかし彼はその後、「そのことは知らなかった。 一日に10人から15人の生徒を
    パドルで叩くとは思ってもいなかった」と言っている。 そして他の方法、例えば居残りのような方法も
    提示したが、同僚教員たちは彼は自分の義務を果たすことを避けたとして不平を言った。

    またWard校長から忠告を受けることになり、「ここの生徒は違っています。 彼らにはパドルが効果的
    です。 もし規則を破るような生徒があれば彼らの尻を叩きなさい」といわれたが、そうしなかったので
    ある。 校長は彼と話し合いすることをを拒み、彼が辞職することをほのめかした。 「体罰は教委で定
    められた規則ですから、守らなければならない」、「ここでは立会人がいる面前で、事前に親の承諾書
    がある生徒について管理職によって行使されるきまりです」と説明していた。

    彼は以前、海軍で市民従業員として働いていたが、ここでの給料は53,000ドルで、これはミシ
    シッピィ州では大変高額であった。 また辞職する前、州司法長官事務所にも相談したが「パド
    ルを拒む理由はない」と忠告され、さらに教員組合からも同じようなアドバイスを受けていた。
    そこで、このまま続けば「不服従」として解雇されるだろうと考えたので、彼は9月30日に辞職し
    たのである。

    パドルで叩かれるのは比較的に小さな違反行為に対してであり、例えば先生に失礼なことをしたり、
    クラスを乱した場合、汚い言葉を使ったり怠けたりしたよう場合である。 もっと重大な違反行為、例え
    ば生徒同志の喧嘩のような場合は停学になる。

   親の同意書
    この地区の学校では毎年、学年の初めに親に対して体罰についての規則が文書で送られる。 
    それに対して「私は、子供が体罰を必要とするような行為をした場合は、体罰を受けることを
    欲します」という文書が学校へ提出されるが、80%の親はそうするとWard校長は語っている。
    このように、この地区の多くの教員や親は体罰は特に小学校や中等学校レベルで躾の上では
    効果的であると考えている。
    なお、地方教委が許可しているのは1/4インチの厚さの木製のパドルによる最大3回の叩き、
    である。

 参考1 統計
   ○ 連邦統計局の統計によれば、体罰は1970年代から大きく減少してきている。 それはこ
     の頃から違法とされる州や地教委が増え始めたからであるが、しかし依然として、その数
     はかなり多い。
     2000年度には全米で342,038名の公立学校生徒がパドルで打たれている。 もっとも1976
     年には150万人であった。

   ○ 2000年度ではMississippi州が最も多く、毎年約10%の生徒が叩かれている。 次いで
     Arkansas(9.1%)、 Alabama(5.4%)、 Tennessee(4.2%) である。
   ○ 少数派民族や親一人や貧困の家庭の子供の率が高い。 例えば黒人については人口比で、
     他の人種の約2倍といわれる。また本文で記載したCarven中等学校の90%以上の生徒は学校
     給食で全額免除か減額を受けている。
     【註】この項の原資料はWashington Post 2004年2月21日号である。


 参考2 宗教的理由から
     アメリカでは、ここ三十数年の間に28州で禁止されてきたが、特に聖書地帯といわれる地方では体罰
     は普通のこととして残されているようである。
   【註】 アメリカでは聖書地帯(Bible Belt)と呼ばれる一帯がある。南部および中西部にはキリスト
       教原理主義者(fundamentalist)と呼ばれる人たちが多く居住し、進化論や聖書を科学的に実証し
       ようとすることを否定し、聖書に書かれたことを事実として受け入れようする人たちである。具体
       的にはどの州・地域かはっきりしないがサウス・カロライナ州からテキサス州を東西に結ぶ地帯
       だといわれている。 
       なおこれれについては次ぎも参考にしてください。
     123. アメリカ・カンザス州で公選制の教委を廃して知事の任命に切り替えようとしている
         カンザス州の進化論論争
     進化論は科学的な真理ではなくて一つの仮説であると主張する人たちがいる。 宗教的右派とい
      われているようだが、本文でも述べたように、1999年にカンザス州教育委員の過半数はその意
      見
に傾いて、公立学校のカリキュラムや教科書からこれを大幅に削減したり、州の標準テストから
      も除
いたりして大きな論争になった。

 参考3 アメリカの体罰についての最高裁判決
     最も新しいアメリカにおける最高裁の体罰判例は1977年のものである。 そこでは残酷
     で異常な刑罰を禁止した修正憲法第8条の規定は刑事犯には適用されるが、しかし学校
     における生徒には適用されないと判決した。 しかも親の同意書についても必ずしもそれ
     は必要ではないと判断された。 なおこれについても既に杉田の次ぎの論述で詳しく述べ
     てあるので、それを参照してください。
   26-1 体罰判例-アメリカ連邦最高裁『イングラハム』判決
   これはフロリダの中学生に対する体罰について合憲とされたものであるが、しかしこれを単純に『体罰
   の容認』ととってはならず、あくまでも教員による体罰は合衆国憲法修正第8条に定められている『残酷
   で異常な懲罰』には当たらないとし、また修正第14条に規定する『厳格な適法手続き』を経て行使するほ
   どのことではない、とされたことなのである。

   ○ 生徒には憲法修正8条の保護規定を適用する必要はない。 というのは、生徒は学校へ行くこと
     そんなに勝手気ままにできるものではないにせよ、かなり自由に出席や欠席はできるし、公立学校
     は開かれた公共の施設である。1日の授業の終わりには必ず帰宅することができる。また学校にいる
     間でも絶えず友達家族に支えられており、教員や友達と離れていることは極めて稀である。 そのこと
     はいつも立会人がいるということと同じである。
..........

 参考4  その他最近のアメリカの体罰ケース
    124. 話題: アメリカ・ダラス市の多くの親は体罰を支持している
    95. ダラス市教委(テキサス州)の体罰問題その後  
     このようにテキサス州では各地方教委によって体罰を生徒の懲戒に含めるか、含めないか取り扱い
      かたが異なる。すなわち、

     ○ 体罰禁止の地方教委 ...Arlington, Coppell, Richardson など
     ○ 体罰容認の地方教委.....Dallas, Grand Prairie, Lewisville, Mesquiiteなど     
     
○ 親の選択によって認められる地方教委..... Duncanvi, Rockwall など 

コメント
   ご覧のとおりカナダの連邦最高裁は6 : 3の多数決で刑法第43条を廃止することを拒否
   し、親が子供を躾るために叩くことを認めたが、その制限のガイドラインを示した。 また
   教員については体罰は禁止したが「合理的な力の行使」についてはこれを認めた。 なお
   カナダ教員組合(連盟)の意見にも注目したい。
   アメリカの例として、ある副校長がパドルで叩くことを拒否し結局、辞職に追い込まれたケース
   である。なお最近の体罰統計や宗教的理由なども参考になろう。

 2004. 3. 15記           無断転載禁止