26-1 体罰判例-アメリカ連邦最高裁『イングラハム』判決

                    体罰問題 その三
 杉田 荘治

はじめに
 現在(2002年9月)でもアメリカでは、連邦最高裁の体罰判例は『イングラハム対ライト』
1977年判決が実質的には唯一のものであるが、それだけに重要視されている。
 今まで
述べてきた『体罰問題』の有力資料として、その概要を述べておこう。

 これはフロリダの中学生に対する体罰について合憲とされたものであるが、しかしこれ
を単純に『体罰の容認』ととってはならず、あくまでも教員による体罰は合衆国憲法修正
第8条に定められている『残酷で異常な懲罰』には当たらないとし、また修正第14条に規
定する『厳格な適法手続き』を経て行使するほどのことではない、とされたのである。

 従って、州法や教委規則などで体罰禁止とされているところでは、勿論、体罰は違法で
あるし、また禁止ではない場合でも、いろいろな条件が付けられている時は、それに拠ら
なければならない。  また逆に体罰禁止の代替措置として停学などの処分が定めれて
いる場合は、それを確実に実施しなければならないとされた。 
 ところでこの判決は、5 : 4 の多数判決であったが、これを『体罰賛成 5』、『体罰反対 4』
と誤解している論説があったがそうではない。
 州法や規則などで禁止していない場合、
しかも一定の条件を守って行使される体罰について、これを違法としない点では少数説と
いえども同じなのである。
 ただ少数説は体罰によっては残酷で異常なものもありうるとし、従って厳格な適法手続
は必要ないかもしれないが、何らかの体罰行使に至るまでの手続きは必要である、とし
ているのである。
 一方、多数説も前述のように体罰に条件をつけ、それが遵守されることを想定しての意
見であり、しかも残酷で異常な体罰については、他の救済措置がとられるので憲法問題と
しては、修正8条も14条も必要ではないとしているのである。 従って両者の間にそれほど
大きな違いはない。
 イングラハム 対 ライト事件: Ingraham v. Wright
連邦最高裁1977. 4. 19 判決 Supreme Court of the United States, 430. U.S. 651
パドルを用いた体罰を合憲とされた例
T 事件の概要
1 原告であるイングラハム(Ingraham) とアンドリュウはフロリダ州デイド郡Charles Drew
  中学校の2年生と3年生であった。 被告は中学校の校長であるライト(Wright) と教頭
  などであった。 教育長も一審では被告てあったが控訴審では、その必要なしとして除
  かれた。
2 申し立ての事実
  Ingraham は教員の指導に対して反抗的であり応答が鈍かったので、校長室でパドル
 で20回以上叩かれたと申し立て、その打撃が大変きつかったため、血瘤で苦しみ医者
 の治療を受け、しかも数日間、学校に出席でなかったといっている。 またアンドリュウは、
 ちょっとした違反のために数回、バドルで腕を打たれ、そのために一週間、腕を満足に使
 えない状態であったと申し立てた。
3 一審
  しかしながら一審の地方裁は、生徒たちの証言に信憑性を見出さず、むしろ、かりに彼
 らの証言が信用できたとしても、なんら憲法上の救済は見出せないとした。 また事実認
 定についても、その程度は過度ではなく、野蛮なものでもなく、現代社会からみても許容
 できない程度ではなく「残酷で、しかも異常な刑罰」レベルには達していないと判断して、
 その訴えを退けた。
4 二審 5th Circuit Court, 525 F. 2d 909
  最初一審に反対したが、再審理の結果、結局一審の判断に賛成した。 すなわち、裁判
 所は、反抗的な子供にたいする叩きは、善い行ないを子供たちに促し、横着な生徒に責任
 感と正しい礼儀作法とを染込ませるために容認される方法であるとし、教員がある特定の
 非行について、10回の叩きより5回が適当であるかどうかを、われわれ司法上の決定とし
 て行なうことは間違っている。 われわれは、残酷で異常な刑罰や正当な法的手続き上の
 問題について一般的な基準によって判断すれば足りるという理由であった。
  そこで生徒側が上告し最終判断を求めたのである。
U 最高裁の判決要旨
1 憲法修正8条関係について
 ○ アメリカは独立戦争以前から、体罰は普通法上、認められてきた。教員は正当な理由
   があり、しかも過度でなければ生徒の躾のために体罰を行なうことができる。 ただし
   その力が過度になり、あるいは正当な理由がない場合は民事上、刑事上の責任を免
   れることはできない。
 ○ 体罰を行なうにあたり、考慮されなければならないことは、非行の程度、生徒の態度や
   過去の行為、処罰の性質や程度、年齢、強さ、教育効果の大きいことなどである。
 ○ 23州の状況を調査したが、そのうち21州は、適当な体罰を公立学校において認めて
   いた。 またこれら21州のなかでも、ごく少数の州では次ぎのような制限を設けていた。 
   すなわち次のようなものがある。  ・親の承認や了知が必要なもの。  ・校長だけが
   行使できるもの。  ・他の大人の立会いが必要なもの。
 【註】 これらの州の一覧を載せているが省略する。

 ○ 生徒には憲法修正8条の保護規定を適用する必要はない。 というのは、生徒は学校
   へ行くことはそんなに勝手気ままにできるものではないにせよ、かなり自由に出席や欠
   席はできるし、公立学校は開かれた公共の施設である。1日の授業の終わりには必ず
   帰宅することができる。また学校にいる間でも絶えず友達家族に支えられており教員
   や友達と離れていることは極めて稀である。 そのことはいつも立会人がいるというこ
   とと同じである。
    このように公立学校の公開性と保護の状況は、憲法修正8条の趣旨を十分に含んで
   いるからである。
 ○ 反対意見は、この条文を運まかせのような広い読み方をしていることは明らかである。

【参考】 修正第8条....過大な額の保釈金を要求し、または過重な罰金を科してはならない。
             また残酷で異常な刑罰を科してはならない。
2 憲法修正14条関係について
  この条項は後述のとおり、正当な法的手続きを経ることなしに、いかなる人も生命・自由・
 財産を奪われることがないことを規定している。  しかし学校当局が州の法律の下、生徒
 の非行について、よく考えたうえで処罰することを決定し、適当な身体的苦痛を与えること
 は、この修正14条の自由尊重の趣旨に反しないどころか、十分その趣旨を含んでいるの
 である。
○ 学校当局が目的に照らして正当なものであれば、それは間違っていないどころか、むし
  ろ当然であり合法的である。
○ フロリダ州は絶えず、立法措置によって子供の権利を過度な体罰から守ろうとし続けて
   きた。
  すなわち、フロリダ州法によれば、教員と校長は非行を行なった生徒に対して、教育指導
  上、体罰を行なうかいなかを第一次的に決定する。しかし彼らはこれを慎重に、抑制的に
  行なわなければならない。

○ 処罰が過度であったり、正当な理由がなければ、学校当局は損害賠償責任を免れること
  はできないし、悪意(malice)であったことがわかれば刑事責任を追及されるかもしれない。

○ しかし、体罰を行なう前に予め、正式の手続きとしての弁論の機会を設けるべきであると
  されれば、申し立て人は、どんな体罰であっても、またそれがいかに妥当なものであっても、
  また極めて軽微なものであろうとも、その手続きを要求するであろう。 このように極めて
  広い憲法上の要求を認めれば、それは教育の手段としての体罰は大変な重荷となろう。
○ 口頭弁論ーたとえそれが非公式なものであろうとも、時間がかかり人手もいり、正常な学
  校の教育活動にとっては大変なことである。 また体罰実施まで間をおくことは、かえって
  処罰を厳しいものにするかもしれない。なぜならば、その子供の心配を倍加させることにな
  るからである。

【参考】 修正第14条 〔1868年確定〕
 第一節 合衆国において出生し、またはこれに帰化し、その管轄権に服するすべての者は、
      合衆国およびその居住する州の市民である。いかなる州も合衆国市民の特権また
      は免除を制限する法律を制定あるいは施行してはならない。またいかなる州も、正
      当な法の手続きによらないで、何人からも生命、自由または財産を奪ってはならな
      い。またその管轄内にある何人に対しても法律の平等な保護を拒んではならない。
V 結論
 体罰を廃止することは社会的進歩として、あるいは歓迎されるかもしれない。しかし最高裁
である当法廷がそのような権利主張の意見に従って体罰禁止という政策を採用するならば、
その社会的損失は大きいといわなければならない。

○ 躾教育という観点に立ってみれば、体罰は学校における普通の位置を占めている。 体
  罰濫用の発生率の低いこと、学校の公開性、普通法上の安全保障がすでに存在している
  ことを考えれば、生徒の権利が侵されるという危険性は最小限に近いものと考えてよかろう。
   従って、憲法上の要請だとして、さらに保障条件を加えることは、危険を最小限にするか
  もしれないが、しかし教育が責任をもって行なわれるべき領域にまで侵入することになる
  だろう。

○ 当法廷は公立学校における体罰実施にあたり、前もって口頭弁論の手続きをする必要
  がないと結論する。 それゆえに控訴裁の判断に同意する。  判決を確定する。
   なお、ホワイト判事は不同意し、これにブレンナン判事、マーシャル判事、スティーブン
  判事が加わった。従って、連邦最高裁の裁判官は9名であるから、5 : 4 の多数判決で
  あった。

【少数説】 ホワイト判事の意見を下記する。
   ○ 私は公立学校における、いかなる体罰についても禁止されている、といっているの
     ではない。
     それがどんな野蛮であろうとも、また非人道的であろうとも、そんなことに一切無関
     係に憲法修正8条が適用されないとする多数説の意見に反対しているのである。

   ○ 修正14条の適法手続についても、私は何も丹精こめた口頭弁論による正式手続
     を主張しているのではない。
ただ生徒と懲戒権者との間のやりとりや生徒のいい
     わけを聞く機会を与えることの必要であるといっているのである。 「非公式なやり
     とり」に、ほんの数分間、割くことが適切な措置を生むことになると考える。 生徒
     に対して告発されている事実を通知し、それを生徒が否認すれば当局の持ってい
     る証拠を挙げて説明し、また生徒側からの弁明を聞く機会を与える。 このような教
     育的適法手続が必要であるとして、多数説に反対しているのである。
【コメント】 ご覧のとおり。 実は親の権利についても、この最高裁判決は「憲法上、その必要は
      ない」として問題にしなかったが、『イングラハム』判決後の各州や教委の動きは、それ
      を問題にしているし、非公式な、それはまた教育的手続といえるものであるが、少数説
      を取り入れているように思われる。 従って少数説についてもその要点を詳述した
 2002年10月 5日記   元公立・私立高校長、教育評論家  
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