164. アメリカの教育の問題点と改善の方向性
     −わが国の場合はどうか


杉田荘治


はじめに
   今年もこの5月末、H教育大學(大学院)で特別講義をしたが、これはその時の講義要綱て゜
   ある。 内容的には今までの論考を標題について纏めたものであるが、当日の質疑応答か
   ら得られたものを多少付け加えた。 
   講義資料は主としてhttp://www.aba.ne.jp/~sugita/index.htmを使用した。

T アメリカでは男子教員が極端に不足している
  ○ http://www.aba.ne.jp/~sugita/161j.htmを参照してください
     アメリカでは公立学校教員5人のうち、男子教員は1人しかいない。 小学校では11人に1人、
     中等学校でも3人に1人である。  
男子教員不足の理由
     ・ 低い給料
     ・ 低い社会的地位
     ・ 生徒が悪い行ないをした場合でも「生徒を虐待した」と告発される惧れ
     ・ 子供を教育するのは女子の仕事であるとするステレオタイプのような考え方
    【参考】 わが国(2003年度) 小学校...... 39.4%    中学校...... 60.5%     高校..... 74.8% 


  ○ 教員給料については次ぎを参照してください。http://www.aba.ne.jp/~sugita/140j.htm
    またhttp://www.aba.ne.jp/~sugita/161j.htm
      全米での平均給料(年額) 45,771ドル  これは前年比では3,3%のアップで゜ある。
      California州は最高で平均年額は55,693ドル、 またSouth Dakota州は最低で32,414ドル。
      しかし、California州でも地方教委によっては、もっと高額のところもあろうし、一方South
      Dakota州でも、もっと低額の地方教委もあろうから、全米的にみれば給料の差は大変大きい


   それでは改善の方向性としては、どんなことが考えられるか
  ○ http://www.aba.ne.jp/~sugita/83j.htmを見てください
     
 わが国の教員俸給表のような標準給料表を創るなどして連邦が積極的に関与されること。
      すなわち、教育を地方分権的の事項より引き上げて、外交、軍事、人権などに準じた『準憲
      法的』なものとみなす。

       例えば、最低給料表、教職経験・年齢などを加味した標準給料、初任給に民間の加算例など
      を
制定し、これを強行法規的なものとして、その額に達しない額の全額または2分の一などを
      連邦
または州が補助する。


   その論拠としてアメリカの軍の基地の学校の生徒の成績が適当な例であろう。それについては、
  ○ 次を参照してください。 http://www.aba.ne.jp/~sugita/117j.htm
      
生徒の成績
       通常の学校と同じカリキュラムであるが、高校卒業率は97%、で高い。また2002年度の卒業生
       のうち、3,012名の者が奨学資金を得てその総額は3,500万ドルになる。 またTerra Novaテス
       トを3年生から11年生まで受けているが極めて良い成績である。
       4年生と8年生は全米教育向上テスト: National Assessment of Education Progress: NAEPを
       受けているが全米の州のそれと較べると常に上位にある。


    しかし、アメリカは依然として、そのような方向をとらず、従来のような助成金政策を続けるよ
    うに思われる。 例えばTitleT、Pell Grantなどを大幅に増額するなどである。

  ○ http://www.aba.ne.jp/~sugita/158j.htm を参照してください。
      
TitleT補助金 年間133億ド     Pell Grant 180億ドルなど

U 新教育改革法:NCLBの功罪
  ○ http://www.aba.ne.jp/~sugita/162j.htm を参照してください
      3年生から8年生(中2)の生徒が、毎年、英語(Reading) と数学のテストを実施
      
すること。各州が実施するさいは事前に連邦教育省と協議すること
       そして12年後、すなわち2013-14年には、総ての学校で総ての生徒が数学と
       リーディングで『良』レベル: proficient に達すること。
 
     その内訳としての小グ人口統計上の小グ‐プの結果も公表するものとする。 
        年次向上プログラム(Adequate Yearly Program: AYPをつくること、など。


  ○ しかし、これに対するNEAなどの訴訟問題が起こってきている。     
    これについては上述162j.htm参照してください。 
     連邦政府は予算的措置も十分にしないでペーパー・テストを増やしているが、これはテストの重層化
      であり、官僚的な方法で全米を一つの基準でランク付けをしようとしていると批判し、違法、違憲とする。


  ○ 指導力十分な教員を確保したい。 これについても、その意図と齟齬については162j.htm
    を参照してください。

  ○ 教員組合の関与・現実的な政策も更に進められよう
    これについては例えば、121j.htm , 123j.htmなどを参照してください
     教員組合自身が「無能力教員の解雇手続き」を早めるように教委に求める例である。その理由は短縮し
      た手続きによって生ずる費用を他に活用できるなどの理由による。

  
○ 州による直接管理も増えよう

    概観するにはhttp://www.aba.ne.jp/~sugita/156j.htmが参考になりましょう
      2002年には24州が学力低下や財政難などの理由で州による直接管理が行なわれていますが、
     それが増えているように思われます。 しかしデトロイト市の混乱など問題も多い。
 
     またhttp://www.aba.ne.jp/~sugita/132j.htm を参照してください

     新任のWardさんに執行のすべてについて十分な権限が与えられ、またその責任を負うことになる。
     このようにして州政府が財政的に健全になったと認めるまで州政府から直接監督を受けることになる。
     
従って十名の教育委員は投票権を失うことになる。地方教委に対して占領軍司令官のような役割を
     果たすように思われる。従って地方自治の教委制度を残しながら実質的に州が管理する方式である

     などである。

V ゼロ・トレランス政策の功罪
  ○ これについては、http://www.aba.ne.jp/~sugita/145j.htm を見てください。
     校内銃器取締法 : Gun-Free School Act
      アメリカで1994年に制定され1995年10月20日から効力が発生した法律で「校内へ火器、凶器
      を持ちこむような生徒に対して1年間の停学にすることができる」とされ、各州が地方教委に対し
      てそれを制定するように求めた。 もっとも地方教委のトップはケースによって加減することがで
      きる旨の例外規定もある。『ゼロ・トレランス』政策も実質的にはこれと同じことで、1年間の停学
      にすること、また刑事事件として司法当局や青少年裁判所へ送ることも規定されている。 

  
   しかし、その過剰反応や果たして学校は安全かなどについても、同様に145j.htmを見て
   考えてください。


W 人種統合政策の難しさ
   ○ http://www.aba.ne.jp/~sugita/75j.htmを参照してください
      アメリカでは多様な人種の構成体:diversity body としての公立学校の在り方は尊重されなければ
       ならない。そのために、時には少数派を優遇することも時には白人にとって『逆差別』であるとの問題
       を引き起こすことにもなる。

   ○ http://www.aba.ne.jp/~sugita/64j.htm の大學入試の特別枠についても同様であるが
     特に87j.htmは連邦最高裁の判決であるかから今一度、読んでおいてください


    このように人種の問題は難しい問題であるが、しかしアメリカの社会に適度な緊張感を持たせ、
    また多様であるが故に強靭である利点も見逃せない。 国旗への忠誠心についても同じことが
    いえるが、それについては77j.htmなどを参照してください。


X 肥満の問題
   ○ 今やこの問題は学校教育の問題というより、アメリカの国民的問題であるが、これについては
     http://www.aba.ne.jp/~sugita/79j.htm やhttp://www.aba.ne.jp/~sugita/79j2.htmを参照
     してください。
      コカコーラやキァンディ簡易食堂での食物、チップス等、清涼飲料水とジュースなどの禁止。
      連邦の『スクールランチ法』そのものを改正しようとする国家的戦略などである。

Y その他
  勤務評定・メリットペイ

   ○ これについては、http://www.aba.ne.jp/~sugita/150j.htmを見てください
      アメリカでも効果的な教員給料メリット・ペイ方式には苦慮している。 
       148. アメリカでは首長によってメリット・ペイが広がってきている を見てください。 例えばミネソ
        タ州の案では1. 他の同僚教員、特に新任教員を手助けする
『指導教員』に年額5,000ドルを支給
        する。 2. 
『マスター教員』に対して8,000ドル昇給させる。 彼らは教員の研修や評定を手助けし
        生徒の学力テスト成績を分析し、更に毎日1時間または2時間授業を担当する。 3. 勤務成績も
        良く、
生徒の学力を向上させた教員に2,500ドル〜3,000ドルのボーナスを与えるなどである。

        またアメリカ・コロラド州のデンバー市教員組合が市教委と合同して、生徒の成績向上を主にした
        メリット・ペイ方式の新しい給与体系を創った。これについても 136. アメリカで教員組合が市教委と

        共同で新給与体系を創る例
 を見てください。

  参考までに、アメリカの私学の現状はどうか
   ○ 公立との学力差  例 http://www.publicpurpose.com/pp-edpp.htmを参照してください。

    また生徒数などは、http://www.capenet.org/facts.htmlが参考になりましょう。
      625万人余り(2003-04)、それは全米の生徒の11.5%と、意外に少ないことがわかる


             わが国の教育の問題点と改善の方策

T 教員の給与制度の長所
   ○ http://www.aba.ne.jp/~sugita/150j.htmを見てください
      わが国では県立学校はいうまでもなく、公立小学校・中学校の教員も『県費負担教職員』といわれ
       ることからもわかるように、その給料はすべて県費(都道府県)であり、しかもその1/2は国庫負担で
       ある。また地方交付税交付金によっても国庫によって補助されている。従って、いかに財政的に貧しい
       地方や地方教委といえども教員給料について心配する必要はなく、優れた教員を確保することができる。

       更に校舎などの施設設備についても、国庫負担法によって2分の1の国庫負担など、手厚く補助されて
       いる。

U 改善の方向性
   ○ 文科省財務課の資料が良いと思うので、次ぎを参照してください。
     http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/gimukyoiku/
      義務教育に対する国の責任をしっかりと果たしながら、地方の自由度を大幅に拡大し、学校と地域の
       自立的で創造的な取組によって、さらに元気でいきいきとした学校づくりができるようにするために、義
       務教育費国庫負担制度の見直しを進めます、とあります。

    その方策としては「総額裁量性」を導入することが良いと考えるが、これについても前記の資料
    を参照のこと。http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/gimukyoiku/discretion/001.pdf

   また次ぎの中央教育審議会の資料も「一般財源化の問題点」などについて参考になりましょう。
    http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/gijiroku/001/04053101/003.htm

      第6章 全額一般財源論の検討   問題点

  ○ 教員の勤務評定と給料の関係については難しい問題ですが、一つの試案としては次ぎを見て
    ください。 http://www.aba.ne.jp/~sugita/
150j.htm わが国の教員勤務評定と給料等
    また、そのなかの学校に対する特別報奨金も、わが国では有効でしょう

U 生徒指導の問題

   ○ これについてもhttp://www.aba.ne.jp/~sugita/150j.htm を参照してください。
       例えば参観授業で騒がしい親に注意することもできず、運動会でわが子の写真を取るのに審判の
       先生が邪魔になる等の注文に、変に“サービス”するような雰囲気の学校やまた教育そのものを揶揄
       し嘲笑している放送番組に対して強く抗議できないような教委、教員組合であるとしたら、生徒指導の
       芯そのものが曖昧になっている
のである。
  また体罰と生徒の暴力行為を排除したり、騒ぎを静めて
       クラスの秩序を回復・維持したりするために教職員が[力を行使]する行為とを混同してこれを違法視し
      ているきらいがあるが、そうではない、などである。

    なおフィンランドの教育についてのhttp://www.aba.ne.jp/~sugita/160j.htmが参考になりま
    ましょう 。

V その他
  学校5日制

   ○ テキストは厚くなっても、授業時間の確保をどうするか。

       学校行事の精選、例えば始業式でも授業、二学期制、夏休みなどの短縮、例えば7時間目、
      総合学習の内容、またそれを期末試験後へ集中するなどの方法を取ること。 また地区の
      専門家による協力、そのための控え室などの確保や謝礼金などの検討もありましょう。 

   ○ 学習塾・予備校との関係
      土曜日などで、○○学校“特別教室”の是認はできるか。    
      しかし一方で、下校時間が遅くなる、危険。学校の責任、部活動の減殺、一部教員への
      手当て支給に対する不公平感などを克服できるかの課題があります。
                            
   ○ 学校財団     旧PTAの会計の不明瞭などの批判のために銭はしぼんでいますが、しかし、
                ゆとりある教育への学校独自の財源不足の問題があります。 その対策を
                どうするかの課題が残ります。
                透明性のある余裕の財源 - 特色ある学校づくり
 との兼ね合いで可能な
                学校については学校財団を認めることが必要でしょう。
 公立には許されない
                などいっていては、特色ある学校づくりなど言わないようがよいでしょう。


    したがって、これらすべてについていえることは、教委、学校、父母、地域など、それぞれの責任
    負担と覚悟が求められる。 それなくしては公立学校の教育改革論も空論になりましょう


   ○ 参考までに、私立学校生徒の割合はアメリカと比べて意外に多いことがわかる。
      現状 平成16年度分  文部科学省 学校基本調査
     全国私立生徒は、  私立小学校  1%   (参考 生徒数は 69,300人)
                   同 中学校  6.4%  ( 同        236,006人)
                  同 高校   29.5%  ( 同       1097,519人)


コメント
   はじめに述べたように、これはH教育大學(大学院)での講義要綱であるが、事前にN教授を通し
   て「質問も、たんに質問だけをするのではなく、できるだけ資料などの論拠を示して、してください。 
   また意見を述べるさいには、それは当然のことでしょう」と要望していた関係か、講義中、講義後
   の質問やコメントは比較的活発であり、また妥当なものが多かった。 そのなかで、学校財団や
   生徒指導問題について教委や管理職の“覚悟”を期待するところが強いように思われたが、確か
   に教育改革論議で考慮すべき要点のひとつであろう。

 2005. 5. 31記              無断転載禁止