杉田荘治
はじめに
これまた変った話しであるが、New York市教員組合のUFTが市教委に対して、「無能力教員の解
雇手続き」を現在のようにダラダラと進めるのではなく、6ヶ月以内に終えるように要求している。
このことについて最近(2004. 1月)、New York Times紙が報じているが、ここでは先ずその要点を述べ、そ
の後、その教員組合自身の記事からこれを確認しておこう。
T New York Times(1/15/2004)号から
New York市教員組合は昨日、「無能力教員の解雇手続きを現在のように、数年かけてダラダラとやっている
のを改めてスピードアップし6ヶ月以内に短縮するよう」提案した。
Randi Weingarten委員長は市教委に対して、200名の教員が“ゴムの部屋”と呼ばれる部屋で、給料は満額
支給にされ、待機させられて解雇手続きが行なわれているが、その費用からみても該当教員自身のため
にも問題である。 このケースの処理のために特別な教員を活用したり、プロの弁護士による対策本部
を設けたりしてその促進をはかるべきである、と提案した。 またわれわれは良い教員を確保することが、
より重要だと考えていると述べた。
さらに彼女(Randi)は「われわれはKlein教育局長に細かい情報も提供しましょう。 ニューヨーク市が全米の
の模範となり戴冠式の宝石ともみなされるような公立教育を共に築きあげていこう」とも語った。
これらのことはニューヨーク市改善協会の朝食会で彼女が話したのであるが、これに対して市長Bloomberg
側の当局も賛成で、数ヶ月続いた冷たい関係の雪解けのサインと受けとっているし、事業主のリーダー
たちもすでに新任校長研修のために多額の寄付を市当局に申し出ているが「同じ立場に立ち、協力し
ていろいろな緊急の課題に取り組む」ことを確認しているが、今回の委員長の提案を高く評価している。
市長は調整を計るような口調で「教員組合、校長、親、行政当局、一般市民、警察部局、学校安全対策関係
者がすべて一体となって公立学校の諸問題に取り組まなければならない。 彼女はこのことをよく理解してい
る」と語った。
【註】事業主からの寄付については次ぎの論述も参考にしてください。その一部を下記しておこう。
84. アメリカの教育改革法:No Child Left Behind Actその後1U 校長候補者の教育は強化され、
校長の解任もふえよう。 追記(2003. 6. 12) 校長候補者の教育基金への民間からの献金
校長候補者に対する教育が強化され、市から委託を受けたリーダーシップ・アカデミィがこれを担
当するが、その基金として既述の分を含めて市の事業主のリーダー組織が3,000万ドルを寄付
した。また、Wallaceリーダーダイジェスト財団も3年間に1,500万ドルを提供することを約束した。
なお、次ぎも参照されるとよいでしょう。
74-2 最近のニューヨーク市の教育の話題(続き)
委員長の提案1 『同僚手助け計画』: Peer Intervention Program
Weingarten委員長は問題教員を手助けするために『同僚手助け計画』を確実に続けるよう改めて提案した。
それは失敗しようとしている教員に同僚教員が90日間、手を差し伸べるプランである。 そしてその教員が
依然としてクラスへ戻って授業を行なうことが不充分な場合は教職から去るように相談する。 もしそれを
拒めば90日間の苦情・仲裁手続きが行なわれることになる。 【註】このプランについては別途後述する。
提案2 優良教員を確保することが無能力教員を排除するより重要な緊急課題である。
統計は年配の教員が定年退職で辞めていき、新しい教員も1年か2年のうちに辞める者が非常に多い
ことを示している。 ベースとなる給料が周辺の郡のそれより10%-15%
低いことが大きな原因になって
いるが、これを改善することが必要である。 また職場環境の改善、医療制度にあるインターン制度の
ようなもの、昇進方法の見なおし、教員の住宅問題、ベテラン教員に修士相当の資格を与えることなと゜
についても提案した。
U ニューヨーク市教員連盟の主張 2004年1月14日現在
「ゴムの部屋」と呼ばれる部屋に待機させて数ヶ月あるいは数年かけてダラダラとやっている解雇
手続きを改善すべきである。 すなわち現在、無能力、欠勤の著しい教員、犯罪にからんだ教員
226名についての手続きの件であるが、教委と組合とが連携して特別マスターの指名、弁護士の少
グループを指名して、これらの件を3ヶ月か6ヶ月で処理する必要がある。 これによって1,400万ドル
の費用が節約でき、その費用を施設・設備やクラス定員の削減などに充てることができる。
なお、毎年1,000名の該当教員のうち200名ないし300名が苦情・仲裁手続きで解雇されるが、そ
れは全教員の約2%である。
また真のニューヨーク市の危機は教委が無策で、手腕もあり有能な教員を留めておくことができないところ
にある。 昨年は6,000名以上が辞めていき、新任教員についても3分の1の者が3年以内に辞めている。
○ 給料は隣接の教委と較べても1年間で1万ドルから1万5,000ドル少ない。改善すべきである。
○ 医療制度のようなインターン制度、昇任制度を創る必要がある。
○ 若い教員をサポートする年配の有能教員を活用する必要がある。
○ 新しいカリキュラムやプログラムを発展させる必要がある。
○ 黒板に貼る紙の色を指定したり、屑篭の位置を定めたりするような些細な管理用法を改善す
べきである。
同僚手助け計画 : Peer Intervention Program
これについては後述するが今までに687名の教員がこれを受けて、そのうち475名の者が校長から「満足」
との評価を受けた。また85名は教職を去ったほうがよいとの相談を受け、他の職業に就けるように手助け
された。
参考1 ニューヨーク市教員連盟: UFT (United Federation of Teachers)とは
UFTは実質的にニューヨーク市教員組合であり1960年に創られた。 アメリカ教員連盟:AFT(組合員数100万)
の地方最大の組合(Local 2)である。 ニューヨーク州教員組合と提携しており、また全米的なAFL-CIOにも
属している。 UFTの資料によれば、
○ 組合員数 14万人 ニューヨーク市教委と交渉できる唯一の代表機関で、委員長はRandi
Weingarten。
74,000名の教員、17,000名の教職補助員、学校スペシャリスト、出席担当官、ガイダンス・カウンセラー、
心理担当職員、ソーシャルワーカー、教育評定員、看護婦、実験担当職員、成人教育担当と32,000名の
退職職員で構成される。 その他、若干の私的教育施設、健康ケアー施設の職員も含まれる。
○ 常に生徒と教職員との利益を一体として捉え、州や連邦議会に対しても財政についてのロビー活動も
行なっている。
○ 公平で他の職と競える給料、職業意識の昂揚、働く条件の向上などについて当局と交渉するが、たんに
組合員の利益だけではなく、ニューヨーク市全体の教育がベストになるよう努めている。
○ 学力向上や学習指導の強化、クラス定員の削減、安全で秩序のある学校の教育環境、教職員の資質
向上、親との連携の強化を図っている。
○ 大學と協定して研究グループや大学院レベルの研修を毎年、1万人規模で実施している。
○ 市教育放送番組とも連携してダイヤルA-教員という番組も全米的に流している。 また毎年6万人以上
の生徒、親を対象にした番組ももっている。
○ その他、11名の代表役員、独立区の代表、2,900名の代議員などの規定あり。 本部はマンハッタンの
Broadwayにある。
【註】 なお、この教員連盟が属するAFTについて、次ぎの論述も参考にされるとよい。
51. 全米教育協会(NEA)とアメリカ教員連盟(AFT)の違い−NEAの変容を中心にしてー
AFTとは1916年、一握りの教員によって結成され、教員の権利や賃金、労働時間などの労働条件を
団体交渉、労働協約によって勝ち取るという路線を歩んでいる。 アメリカ総同盟:
AFL - CIO と同盟し
て教員組合運動の先導的役割を果たしてきた。 会員数 約100万
しかし会員数260万のNEA、これに対して100万のAFT、この両者の関係は『NEAFT
基金』の名称
に象徴されるように、今やその力関係は逆転している。しかし、教員組合の先駆者としてプライドや
合併( MERGING ) すれば飲み込まれてしもうかもしれないという懸念などから当面、連携(
partnership)
して個々の問題について協議、決定していくものと想われる。
参考2 同僚手助け計画:Peer Intervention Programとは UFT資料より
ニューヨーク市の教員やガイダンス・カウンセラーちベストを尽くそうと日夜、努力しているが時には、いろ
いろな問題について巧くいかず苦しむことがある。 そこで1987年の集団交渉の一つとして考えられた
ことであったが、具体的には1997年に『同僚手助け計画』を発足させた。 一対一の方法で彼らを助ける。
参加教員たちは自主的に援助してくれるその同僚教員と一緒になって能力、技術の向上を図り、
“自分の物”とすることができるようになるまで努力する。
期間は1年。 費用の負担はない。 1998年以来470名の者がこれに参加し向上した。
なお、Philadephia市もこれと同じような計画を実施しているので付記する。
付記 Philadelphia市の同僚手助け計画
市教員組合と教委とが協力して実施している。 その合同発表によれば、
1997年12月19日、Ted Kirsch教員連盟委員長とDavid Hornbeck教育長が発表し、マスメディアの
注目を集めた。
○ ニューヨーク市の実験的努力を十分、参考にした。
○ 一対一方式 しかし実際には三名一組の手助けする同僚教員が12名の該当教員を担当する。
○ 観察、分析、モデルを示す、実際にやってみせる、ビデオを使い、生徒の役割などの想定、調査・
照会など、いろいろと工夫する。 故に一種のセラピストのような治療方法である。
○ 手助けする教員の氏名は厳しく秘匿されているが、13,000名の教員の中から学年や教職
経験年数などを考慮して選ばれる。
○ この計画は教員を罰するのではないが、受けていることは校長に知らされる。 また最初の
3ヶ月は評価しない。
コメント
ご覧のとおりであるが、教員組合自身が「無能力教員の解雇手続き」を早めるように教委に求める
珍しい例である。その理由は短縮した手続きによって生ずる費用を他に活用できること、また解雇
される教員にとっても結果的にはよいこと、また『同僚手助け計画』に参加することによって、公平、
客観的に評価することが出来る自信からもきていよう。 国情の違いはあるが考えさせらるものが
あるように思われる。
2004. 1. 27記