84. アメリカの教育改革法:No Child Left Behind Act    その後1

    州のテストの基準の引き下げ   校長の解任や候補者教育の強化   ようやく連邦の承認


杉田荘治


はじめに
   アメリカの新教育改革法:No Child Left Behind Act に関連して先にいくつかの事例を述べたが、
  ここでは最近の例すなわち、ある州では連邦のペナルティを避けるためにテストの基準を引き下げ
  たり、ある都市では校長の解任や校長候補者の事前教育の強化策、またテネシー州のように、
  そのテストプランがようやく連邦政府の承認を得られたりなど様々であるが、それらについて逐次、
  見ていこう。

T テストの基準を引き下げる州がある

   いくつかの州は新教育改革法:No Child Left Behind Act に適応するように適当に州の基準を
  引き下げている。 【資料】New York Times (5/22/2003)

 1 テキサス州の例
   テキサス州で新しいテストで3年生のリーディングを実施したところ、幾千という生徒がこれに失
  敗して元の学年に戻らなければならず、また多くの学校も連邦のペナルティを受ける羽目になる
  惧れが出てきた。「結果は厳しいものであった」、「ごく僅かの生徒だけが良好で、多くの生徒たち
  はほとんど正解できなかった」と担当官のChase Untermeyさんがコメントしている。
   そこで今までは質問24個について正解20個がなければパスできなかったが、これから質問の
  数を多くして36個の質問で正解が20個あれば合格とした。

 2 他の州でも同様である。例えば
   ○Michigan州は今まで、アメリカのなかで最も高い標準テストを創っていたが、それが昨年、問題
  を引き起こすこにになった。すなわち1,513校が新教育改革法のもとで「改善を必要とする学校」に
  指定されたのである。 そこで州の教育関係担当官が英語のテストで75%以上でなければ「改善を
  必要とする学校」のなかに入れていたのを引き下げて、45%以上としたのである。 その結果、
  216校、減少した。

  ○Colorado州でも同じような作戦を練っている。
   すなわち、今まで「一部分、生徒の成績が良好である」と区別していたものを総て「良好とする」
  という分類に入れてしまったのである。

  ○その他いくつかの州でも「改善を必要とする学校」の定義を見なおして、合格のスコアを引き下
   げて、生徒の成績が本当に向上したかどうかという問題を先送りしている。「これは対症療法で
   ある」と標準テスト向上サポートセンターの前の副部長でさえも、そういっている。

   これらのことは、各州は連邦からくる補助金を失うことのないようにするためで、また数年間、学
  校か゛「改善を必要とする学校」になれば、成績の悪い生徒に対して公費で家庭教師を付けなけれ
  ばならなくなるからである。しかし幸いなことに各州が標準テストつくり、その基準も定めることがで
  きるので、この点を利用して基準の引き下げを図ろうとするのである。

   このように専門家たちは「2014年までにリーディングと数学ですべての生徒が『良』を取ることは
  どの州でもどの地方でも不可能である」といっている。 そのために連邦政府が厳しい制裁措置を
  とれば各州は優れた教育を隠すようになるかもしれない。各州が標準テストの内容を薄めることを
  暗に奨励するようなものだと、コロラド大學教授で以前、アメリカ調査協会の会長であったRobert
   L. Linnさんが語っている。

      連邦政府の取り組み

   以上のことに対して連邦教育省のスポークスマンDan Langanさんは「各州のテストが連邦の求め
  る法と一致しているか、基準を引き下げようとしていないか、すべての州について調査する」といっ
  ている。「なるほど良レベルの判定について弾力性は認める。 しかしそれは十分なチェックが必
  要で、制度をゲームのように取り扱うにはさせない。 新教育改革法は4ケ月もかけて審議され、
  2001年9月に超党派的な賛成を得て可決された法である」、「教育を国家的な優先課題とするもの
  で、その上で地方のコントロールと自治を認め尊重するもので善用されることを信じている」とも
  いっている。

      その他の意見
   Richard A. Gephandtなど著名な民主党の議員は最近、この法は“見せかけの仕掛け”だった
  と述べている。また4名の上院議員も各州に権利放棄することを認める必要があるといい、また
  Minnesota, New Hampshire, Hawaiの議員たちも連邦のドルを幾千万ドル失うことになるかもし
  れないが、各州に選択権を与えたほうがよいといっている。

   たとえば、Ohio州では2010年までに60%の生徒が『良』を得ることを目指している。まずこのこと
  自体が大変なことであるが、仮に達成できたとしても、残り4年の2014年までに毎年、10%づつ引
  き上げなければならないが、これは殆ど奇蹟のようなことである。 そこで最初に「改善を必要とす
  る学校」を多くつくって、後で歯車を逆回転させるようなことはしたくないとして最初から慎重である。
  風船を抵当にして不良債券を多く抱えるようなことはしたくないといっている。

   マイノリティの生徒や学力が遅れている生徒たちを向上させたいとする新法の“ねらい”につい
  ては、多くの批評家たちも賞賛している。

U 校長候補者の教育は強化され、校長の解任もふえよう

     最近のニューヨーク市の例
   校長を採用したり再訓練などの責任者であるRobert E. Knowlingさんは「すべての人が私に反
  感を懐いているように感じる」と語っているが、彼は校長グループの力量を向上させることを最重
  要課題としている。なぜならば強くて頭脳の優れたリーダーなくしては、いかなる学校も良くならない
  からである。

   市内には現在、公立学校が1,200校あるが、ここ3年のうちに約600名の校長がその職を去るも
  のと予想されている。Knowlingさんは「校長の約15%は優秀であるが、15%は満足できるものでは
  なく多くの場合は無能である」、「残り70%については,私と私のスタッフ15名が手助けして彼らを
  向上させたい」と述べている。

   そのための費用を捻出するために、Klein教育局長も資金集めパーティの責任者の協力を得て
  校長の学術、指導力向上に費やすための私的な献金7,500万ドルを集めようと努力しているし、
  Wallaceリーダーダイジェスト財団も3年間に1,500万ドルを提供することを約束した。

      校長候補者の教育

   この教育はこの夏に90名の候補者について始められる。彼らはニューヨーク市内で今まで教員
  として、あるいは行政官として働いてした人たちであるが、厳しい夏のトレーニングを受けることに
  なる。それから二人一組になって半年、45名のベテラン校長が蔭になって彼らを助ける。残りの
  半年は違った学校へ行って他のベテラン校長から指導を受ける。 そして2004年9月に校長に就
  任する前の夏、再び厳しい「予備訓練」を受けることになる。

   このようにここ3年間に270名の校長候補者教育は委託を受けたアカデミィが実施することにな
  るが、それでも2006年9月までに必要とする校長の半分にも満たない。したがってKnowlingさんは
  NPOのシンクタンクである公立教育改革センター協会主催による昼食会で225名の校長を採用す
  ると表明した。なお校長の空席についてはベストの校長はこの夏から主任指導監督官になって一
  人当たり約12校の責任を負うことになるのでその分、空席が増える。

   Knowlingさんは「校長組合のルールがあるので簡単に校長を辞めさせることはできない。それだ
  けに貧弱な候補者を選ぶことはできない」、「民間企業では40%の誤りがあってもその是正はたいし
  た問題ではないが、ここでは慎重にやる必要がある。なぜならば死んだ木を取り除くことは時には
  不可能になることがあるから」といっている。 しかし実際にはどうやって形を直すのかについては
  明言しなかった。

       校長の解任
   Knowlingさんは数ヶ月前に50名の貧弱な校長をこの学年度末までに取り除くと誓った。 しかし
  校長組合はこれを強く非難し「注意深く校長を評定する以前にターゲットとにするのは不公平であ
  る」といっているので、彼が今週の初めにその具体策について質問された際にはコメントしなかった。 
  いずれにせよ彼は「これから60日のうちに誰が貧弱な校長か決めなければならないが、私は最も
  蔑まれる人の一人になるであろう」といっている。【資料:New York Times (5/23/2003)号】

        追記(2003. 6. 12)  校長候補者の教育基金への民間からの献金

   本文に記載のとおり校長候補者に対する教育が強化され、市から委託を受けたリーダーシップ・
  アカデミィがこれを担当するが、その基金として既述の分を含めて市の事業主のリーダー組織が
  3,000万ドルを寄付した。 代表のKennedyさんが、そのうち半分を8ヶ月前に持参していたが、残
  り半分もここ数ヶ月のうちに献金されることになろう。この献金には市の200名以上のリーダーたちが
  熱心に協力しているが、彼らは市長や教育局長の説明を聴き「リーダーシップはなによりも大切な
  ことで、学び、鍛え、働き、ともに分かち合うことである」といっている。

   ところでこの教育には、ここ3年間で2,900万ドルの費用が必要であるが前述のように献金でま
  かなうことができるし、その一部として90名について、この夏から実施されることになる。90名の候
  補者の27%は黒人、9%はラテン系である。 またトレーニングを受けている期間でも一人当たり年
  間、71,000ドル支給される。
   2006年9月までに600名の新しい校長が必要でるが、そのうち出来るだけ多くの候補者について
  教育が実施される予定である。【資料】New York Times(6/11/2003)号

  【コメント】このような教育について民間からの献金に頼るのもアメリカらしいといえよう。 それにし
      ても大量の校長の交替には驚かされる。またその候補者に年間7,100ドル支給されることは
     結構であるが、解任された校長のアフタケアはどうなるのであろうか。


V 連邦政府はテネシー州のテスト・プランを承認した

   テネシー州のテスト・プランは新教育改革法:No Child Left Behind Act に合致しているとして連
  邦政府は5月29日、これを承認した。 全米では25番目である。 【資料 Tennessean (5/30/2003)号】

   新しいプランでは、テネシーの報告カードは強化され、直接どういうことが教えられているか、生徒
  が毎年どの程度スコアを伸ばしたかが追跡調査されて、授業の改善に役立つものとなろう。 また特
  別なグループ、すなわち経済的に不十分な生徒、英語の不自由な生徒、五つの人種や民族グルー
  プなど少数派生徒とのギャップも小さくする努力が強化され、すべて診断の対象となり、それらの結果
  が広く一般に公表されることになる。

   テネシー州のプランは1月31日に連邦政府に提出されていたのであるが、その後,同輩教員のチェッ
  クを経て幾度も改訂させられ前述のように5月29日承認された。このように州が責任をもって創ったプラ
  ンと連邦政府とが結婚したような結果である。

   今までの州のアチーブメント・テストは全米の平均なと゛とは無関係に州だけで、生徒の成績がどの
  程度向上したかを示す参考程度のものであったが、これからは全米的な基準に照らしてその程度が
  量られるものになった。 また学力テストの基準もそれに照らして問われることになろう。

   州は『McGraw-Hill教育』と契約し3年生から8年生までの数学、理科、社会、リーディングと国語
  のテストをこれに委託することになる。 そのうち、ごく一部は今年から試験的に始められるが本格的
  には2004年の春から実施されることになろう。

   この夏、州の担当官は生徒の成績向上策を作成して各学校や地方に『適当な年次計画』をつくら
  せる。そのさいデータ‐を追跡調査して毎年どの程度向上したかを計っていくことになる。 また州は
  学校や地方にも役立つ技術的な援助も準備する。「それはわれわれの役割の一部である」と担当官
  McCarganさんが語っている。

     付記  教員免許状の改正

   州のテスト・プランが連邦政府の承認を得たことに合わせて州は教員免許状を改正しようとしている。
   No Chid Left Behind は学校をより専門化しようとしているが、今までの免許状は「幼稚園−8年
  生」までのものであり、これでは広過ぎるので、これを「幼稚園ー6年生」までのものにする。
   「7年生ー12年生」の分は既に州の教育委員会の会議に提出済みである。新任の中等学校教員
  から適用されることになろう。
   実はこれらの改正案は過去にも二回提案されたことがあったが「弾力性を欠く」として実現しなかっ
  た。今回は事情が変わってきたので改正されるであろう。

コメント
   ご覧のとおり。州のなかには連邦のペナルティ(主として補助金の削減)を避けるためにテストの基
  準を引き下げたり、また校長の解任や現職教育の強化、一方ようやく連邦の承認が得られたような
  州など様々でコメントするには余りにも難しい動きであるが、大きな“うねり”であるといえよう。

 2003. 6. 9 記                  無断転載禁止