杉田 荘治
はじめに
最近(2003年11月)、Washington Post紙の論説委員:Richard Cohenさんが「公立学校の教員に
連邦の所得税を免除してやってほしい」と論説している。(11/18)号
これは農業の保護政策としての補助金制度と同じような考えかたであるが、これを紹介し、その
後、コメントで若干の意見を付記したい。
T 提言の標語 : Leave No Teacher Behind
新教育改革法: No Child Left Behindにちなんで標記のような標語を創り、その覚悟のほどを示し
ているが、実現の可能性も考えて、最後には「本当に指導困難校で働く教員について適用される
ことが必要である」と多少、意見に幅をもたせている。 彼によれば、
アメリカの公立学校教員の平均給料は、年間41,000ドルまたは、それ以下で到底、優秀な人材を
教員として採用することはできない。
そこで、荒いぽいいい方をすれば、すべての公立学校教員に連邦の所得税を免除すべきであ
る。そうすれば、結婚し14才以下の子供を2人もっている教員は、1年間に4,300ドル余分に使うこと
ができる。 これに各州が参加すれば、その額はもっと多くなろう。
勿論、サラリーだけで優秀な教員を確保できるものではなく、働く環境や条件を変えなくてはなら
ない。 学校は汚い、危険な場所。 親は注意を払わず、罵りさえする。 そして多くの場合、子供
たちからも支持されていない。 しかし始めなければならない。
今、学校を苦しめているものに対して、魔法の弾丸があるわけではない。 問題は複雑で、さらに
政治やイデオロギィーによって複雑になり、時には教員組合の抵抗もあるが、しかし教育問題につ
いては良い教員と良い校長が最も重要なのである。 現に多くの人に聞いてみなさい、「あなたの
人生を変えた人は誰ですか」と。 彼らはしばしば、「それは先生です」と答えるだろう。
U 農業に対する政策と同じ
農業に対して政府は、いわゆる「一連の作物」: row crops といわれる政策を創り、小麦、コー
ン、大豆、綿、米などの作物について目標価格を設定し、もし作物価格がこの設定価格と一致
しなければ、その差額を補助して調整する。 全く社会的、政治的なもので農民も望み、政治家も
票に結びつくので歓迎している。
何故、同じような決定が教育についてもなされないのか。 綿は国内だけではなく、海外のいろいろ
な事情によって動いているが、教育も国内だけの問題には留まらないはずである。
提言のように着手すれば、少なくとも1年に130億ドル、必要であろう。
V その他
Richad Cohenさんは、自分の生徒時代を振り返り「“大恐慌”と女性差別の時代に教育を受けたが、
当時は多くの優秀な人たちが教員になった。 他の職業より待遇も良く環境もよければ、必ず優秀な
人材が教育の世界でも得られ、また留めることができる」と語っている。 きまり文句の「子供たちの
将来は教育にある」を本当に信じるならば、教員の給料を良くすることである。 そして所得税の免
除は公立学校教員についてのみであり、または本当に指導困難校の教員に限ってもよい。
コメント
ご覧のとおり具体的な改善策である。 今までアメリカでは、軍事、外交、商業・貿易などの憲法
上、連邦の専管事項とは異なり、教育は州の専管事項とされてきたが、今や連邦政府が全国
統一標準テストを積極的に行ない、「指導力十分な教員」をすべての学校に配置することを州に
義務づけるなど、その権限を強め、教育は“準憲法的”な事項ともいえる状態になってきている。
従ってそれを保証するものとして、教員の給料につていも、これを高めるなどの施策も必要であ
ろう。
これとは対照的に、わが国は今まで、「市町村立学校職員給与負担法」や「義務教育国庫負担
法」など多くの法律によって国が教育に深くかかわり、全国津々浦々に至るまで、相当高い教員
給料を保証し、教育の機会均等を図ってきた。 しかし最近、国の財政の健全化や長く続いたこ
とから生じる“教育の機会均等”の弊害などから、教員人事、教育財政などの運用や権限を地方
へ委譲する動きが少しづつ強くなってきている。 アメリカの動きにも注目し彼我の長所に学びな
がらわが国にあっても施策されることを期待したい。
なお、杉田の「83. アメリカの学校教育改善の事例ー日米の比較において」、「80. アメリカの教育
関係統計」を参照してください。そこではアメリカの公立学校教員の平均給料は44,499ドルと44,993ドル
となっている。従って前述本文にある年間41,000ドルは少し低すぎるように思われる。
2003. 11. 21記