杉田 荘治
はじめに
最近(2003. 5月末)、H教育大學(大学院)で標記のテーマでWindowsやプロジェクタを使って特別講義をし
たが、それについてはN教授に感謝している。この講義は広く、我が国教育関係者にも役立つところがある
と考えるので、その概要を下記することにします。
講義概要
アメリカの学校教育改善の事例ー日米の比較において
始めに
アメリカでは新しい教育改革法: No Child Left Behind
Act が実施されはじめたが、各州などは悪戦苦闘している
ように思われる。 そこで標題について、教職員の待遇改善についての問題点、学校管理職の権限強化および統一
学力テストの結果の報告責任の各事項に分けてこれを見ることにする。最後にアメリカの公開性について、われわれが
参考にすべき事例を述べたい。利用する資料はShoji Sugita home
page:http://www.aba.ne.jp/~sugita/ などである。
アメリカの教育改革法の要点
『70. アメリカの教育改革法の最終規則』 /70j.htm を参照のこと。 その一部を下記します。
1 連邦が主導して教育改革を進める。
Paige教育長官の趣旨説明が、連邦の主導を明示している。また、黒人の多い学校とかラテン系アメリカ人、特殊学校、
英語の不自由な生徒の多い学校などの“いいわけ”を認めない。
2 学校や教委、州に結果責任を求める。
○ 人種、民族、社会的経済的なことに関係なく、各州が確固たる進歩の条件を示して手加減しない標準テストを作ること。
○ そのテストで、すべての生徒が『良』: proficiency
に達するようすること。
○ “失敗した学校”から他の良好な学校へ転校を希望する生徒は、転校させること。そのさい転校を希望する学校が定
員オーバーを理由にさせないこと。 教委が近くの教委と事前に契約を結ぶとかクラス数を増やすなどの責任を果たすこと。
【註】なお、各紙は“失敗校”: failing school といっているが、連邦教育長官は、その用語は使わず、“改善を必要とする学校”:
school in need of improvement といっている。
○ 『良』のレベルに達しない学校では、家庭教師による学習援助を確実に実施すること。あるいは前記のような転校措置。
また数年そのような状態が続くような学校は閉校になるか、新しいスタッフと方針で再出発するかチァーター・スクールに変
える。
3 報告は正確に行なうこと。
落第生の% なども人種や社会的・経済的な統計上の下位集団も含めて正確に行なうこと。今まで“隠し”が見られた。
4 しかし連邦予算は少ししか増えない。
この点については共和党と民主党との間で、お互いに攻撃しあっているが、僅かの増額。一方、罰則は強化される。
.................................. ...............................
また『70-2. アメリカの教育改革法のその後ー各州は悪戦苦闘している』 /70j2.htm も参照してほしい。一部を下記します。
アメリカでは各州がそれぞれの教育改革プランを連邦教育省へ提出しなければならない期日が近づいている。 すなわち、
各州はこの1月31日までにその予備的なプランを示して連邦の承認を得、 さらにその最終プランをこの五月までに提出しなけ
ればならない。 その内容は2014年までの教育改革の年次計画である。
連邦の定める方式に合致すること
連邦教育省は各州や教委に対して『適当な進歩の年次計画』: "adequate yearly progress" としての基準を定めているが、
これがかなり難しい。 すなわち、
○ 州の標準テストで向上したことを% で示すこと。 そして12年後、すなわち2013-14年には、総ての学校で総ての生徒が
数学とリーディングで『良』レベル:
proficient に達すること。
○ 学校全体、教委内全体でもそうでなければならないが、その内訳としての小グループでもそうであること。すなわち、
人種、貧しいなどの経済的背景、英語が不自由なグループ、身体的不自由な生徒などの小グループを指すが、それら
の結果も公表すべきこととする。
○ その年次毎の内容は、基礎である(basic)、良好である(proficient)、上級である(advanced)として卒業(進級)の%、教員
の資質・資格、テストを受けなかった生徒の%、『改善を要する』学校の確認である。
これらを公表することによって、親、教員などが協力し合う方法を探り、また親が新しく選択することができるようにするため
である。 また連邦資金Title Tも有効に使うこともできる。
T 教職員の待遇改善についての問題点
『追記 NEA発表によるアメリカの教員給料』 http://www.aba.ne.jp/~sugita/52j2.htm を参照のこと。その一部を下記します。
全米で昨年度(2001 - 2002)、California州の教員の給料が最も高く、South Dakota州が最も低い。
公立学校教員の平均給料(年).......
44,499ドル 36州はその平均以下である。
California州平均.............53,870ドル その次ぎがConneticut州、 New York州
逆にSouth Dakota州...........31,295ドル North Dakota州、 Mississippiが続く
1.給料について州の間の格差は大きいし、また同じ州内でも富める地区や教委と貧しいそれらとでは格差も大
きいであろう。従って貧しい地区などでは低い指導能力の教員をかかえて低い教育水準に苦しむことになる。 また男子
教員の率もさがろう。最近、新しい教育改革法: No Child Left Behind Actによって連邦が直接、そのような教委や学校へ
財政的援助をするようになったが、どの程度改善されるであろうか。
【参考】 わが国では県立学校はいうまでもなく、公立小学校・中学校の教員も『県費負担教職員』といわれることからも
わかるように、その給料はすへて県費(都道府県・指定都市)である、人事も広域に亘って行なわれる。従って、いかに
財政的に貧しい地方や地教委といえども教員給料について心配する必要はないし、優れた教員を確保することができる
(市町村立学校職員給与負担法)。
さらに、その県費の半分は国庫から支出される(義務教育費国庫負担法)。さらにはまた地方交付税交付金も利用されよう。
従って財政的に厳しい県といえども余り教員給料について心配する必要はなく、全国的にみても良い教員を確保し、高い教
育水準を維持することができるという利点がある。しかも給料には、その他の給与として扶養手当、調整手当、住居手当、
期末・勤勉手当、退職管理職、僻地手当などの諸手当も含まれ、さらに事務職員、学校給食関係者分も含まれている。
制度としては、わが国の方式が優れていると考える。しかし最近、『30人学級』や『民間人校長』を巡って県と地教委などで
問題になっているように、この制度の弾力的な運用も、より期待されよう。またこの制度に“ぬるま湯”的に安住し、教育に
おける自由な競争を減殺させている面も否定できないであろう。教員給料についての彼我の差を認識し、より自覚してわが
国の利点を活かされることが望まれる。
2. アメリカの『貧困層の学校』には経験不足の教員が非常に多い
これについても『73 アメリカの『貧困層の学校』には経験不足の教員が非常に多い』 /73j.htmを参照してください。
3, 教員としての満足度の低下
これについても『http://www.aba.ne.jp/~sugita/80j.htm』を見てほしいが、その一部を下記する。 1996年度
....非常に満足 32.1%(1961年度では49.9%) やや満足 30.5%
(1961年度 26.9%)
普通 17.3% (1961年度 12.5%)、 やや不満 15.8%
(1961年度 7.9%)
非常に不満 4.3% (1961年度 2.8%) このように不満が多く、しかも増えてきている。なお、この資料はNCES,
Table 70である。http://www.nces.ed..gov/whatsnew で、table 70 としてサーチ。
また、 公立学校教員数........
全体 216,4000人 (1961年度 1408,000人) 内、男子 25.6% 女子 74.4% 、
(1961年度 男子 31.3% 女子 68.7%であったが)
【コメント】
このように給料の格差も大きく、また満足度の低下も問題である。 このことは最近の給料の増加や著しい減少など、
その差も大きいことも問われる問題であろう。 すなわち、NCES Table79によれば、1999-2000年度で全米で給料(平均)
が前年比で0.6% 増加しているが、しかしGeorgia州では12.4% もアップしているが、Alabama州では逆に15.3% もダウンして
いることがわかる。このように連邦政府のデータ‐NCESのtableを実際にクリックしてスクリーン上に表示した
方法は理解を深めるのに役だったと考えている。
提言 教職員の待遇改善の一つの方策
わが国の教員俸給表のような標準給料表を創るなどして連邦が積極的に関与されること。すなわち、教育を地方分権的の
事項より引き上げて、外交、軍事、人権などに準じた『準憲法的』なものとみなす。
例えば、最低給料表、教職経験・年齢などを加味した標準給料、初任給に民間の加算例などを制定し、これを強行
法規的なものとして、その額に達しない額の全額または2分の一などを連邦または州が補助する。
教職員としての誇り、生活の安定感、人材確保、地位向上は自ずから期せられよう。
また、わが国の『僻地手当て』、『定時・通信制手当』のように『改善を要する学校』への積極的志願教職員への特別手当な
ども考えられないか。人事異動で配慮する施策もよかろう。
【参考】
現在、連邦から支出される学校歳入の率は全米平均で、6.5% にすぎない。しかもそれはすべていわゆる“紐つき”である。
2カ国語教育、インデアン教育、身体不自由児童教育、職業教育、Title T実施などの費用であるが、これを拡大すること。
なお、http://nces.ed.gov/whatsnewのtable
88を参照されるとよい。そのなかに、上述のように全米で6.5% であるが、内訳と
しては、大都会の中心部の学校では、9,6%、 その郊外部の学校では4.3%
などとなっている。また州政府からの支出は全米
で、47.7%であり、その地方自身の支出は45.8%
である。
わが国では圧倒的に国または都道府県からの補助金・支出であることは既述のとおり。
なお、連邦議会の役割 第T条8節
関税、消費税、通商、帰化、破産、貨幣、証券、郵便局、公海、戦争、陸海軍、民兵、人身保護、条約、など。
U 学校管理職の権限強化
1 アメリカでは最近、学校管理職ことに首長の教育に関する権限の強化がみられる。
例えば、ニューヨークの例を参照してほしいが、 http://www.aba.ne.jp/~sugita/74j2.htm その一部を下記すると、
市長・教育局長の権限強化と校長の採用、 統一カリキュラムと一部テキストが問題視、
地区(コミュニティ)教委や地方(district)の権限を減じて地域(Region)教育長の権限を強化する。
市長案は現在32ある地方事務所(district offices)ををやめて、これを10名の地域教育長(Regional Supreintendents)
に権限を委ねようとするものである。
また、○広く全国から優秀な校長を採用しようとしているが成功するか?
また、○統一カリキュラムとそれを免除される学校 すなわち、Klein教育局長は市内全体の学力向上を図るために、
すべての学校がリーディングと数学で統一されたカリキュラムによることを計画している。 しかし今までに成績が向上した
学校は、この適用から除かれて従来どおり、その学校独自のテキストや方法を続けることができる。 その学校は市内の
公立学校1200校のうち約200校。
今回の208校を選定するに際して、Klein教育局長は政治的、人種的に中立であったことを評価している。 しかし選に洩
れた中流家庭の多い地区の親たちは、今後、近隣の貧しい家庭の多い地区の学校と同じカリキュラムを使用しなければ
ならないことに不平をいっているし、またリストに載った学校でも、それが“評判の良い学校”となり、貧しい地区からの生
徒が転校してくることを懸念している。
また、○ テキストも連邦の公認レベルについて。 補助金を受けたいならMonth byMonth というテキストが問題になって
いる。新しいカリキュラムやテキストを使用することで連邦から助成金を得ようとする場合は、それが生徒の為になることを
科学的に証明しなければならない。 新教育改革法はそのように規定しているからである。
なお、首長の過剰な介入について時には、地教委との関係で訴訟が起こることもあろう。 現にニューヨーク市でも提訴
事件があったが一応の決着が図られた。それについては次を見てください。
74-2 最近のニューヨーク市の教育の話題(続き)追記(2003. 6. 12) 市長は訴訟問題に決着をつけた
2. Massachusetts州知事の改革案
最近の記事であるが知事は次ぎのような改革案を提示している。 すなわち、
○ 指導不充分な教員に“夏休み特別研修”をうけさせる。
○ 親にもそのような教員研修のための対策会議に参加させる。
○ 成績不振の学校の校長に[10%の教員を解雇できる独自の人事権]を与える。
このように校長については直接[結果責任]を負うものとして、“10% 独自人事権”、学校予算の弾力的運営などが図られ
よう。“ゼロ・トレランス”の方針もそれに強く働くことになろう。従って後述Vの事項を含めて“諸刃の剣”としての学校運
営が問われていくものと思われる。
わが国の場合
○ 前述の“10% 独自人事”のように、例えばコンピューター教育強化策として、校長間の“教員のトレード”について教委は優
先的に考慮する。
○ 学校予算についての弾力的運用。
○ 公立学校における学校財団のようなものは創れないか。 従来のPTA予算の運用に問題ありとして、現在“萎縮している”
と聞く。 しかし教職員にたいする具体的な顕彰や研修費補助などを含めて、健全なこのような組織が[特色ある学校づくり]
のためにも必要であろう。
○ 勤務評定 中間層を厚くした三段階、精精、五段階の評定が適当であろう。また顕彰を強化したほうが良い。前述の
学校財団も利用できないものか。
○ 教職員研修 自主的、積極的な研修の時間の確保と金銭的な補助
“さぼり”の隠れ蓑になるとの批判はあるが、克服していけないものか。
○ 職員会議 最近やや形骸化していると聞く。“皆で学校を押し上げる”ためのものとして工夫するところがないだろうか。
その他、わが国でも近年、市町村や都特別区などで、首長が教育に直接、責任を負う者として、教員人事、クラスサイズ、
カリキュラム、特別な学校設置などの教育改革に取り組もうとする動きが少しづつ強くなってきている。 八王子市 高浜市
犬山市
【コメント】公立学校にも学校財団を創る発想に院生はかなり関心を懐いたように思われた。
V 統一学力テストの結果の報告責任
これまで見てきたように州から連邦へのテストの結果の報告は、少数派生徒、英語を母国語としないような生徒、身体不自由
児など小グループごとのスコアも学校ごと、地教委ごとなど詳細に報告され、しかもそれらは広く一般にも公表されるので、
このことが関係者にとっては結果の報告責任で最も厳しいものになろう。 その結果、
○ 親の「学校選択」として、失敗校(改善を要する学校)からの転校を希望する者について公費で配慮しなければならない。
コミュニティの共同体意識の変化も起ころう。果たして近くに適当な転校先があるかどうか。遠隔地の場合は事実上、不可能
な場合もあろう。
また、無能力教員に対する再教育検討委員会に親の参加が求められるなど親の批判も強くなろう。
○ 学習券を得て私学へ転校する生徒に対する配慮についても同様である。なかには転校した私学に馴染めなくて元の学校
を戻る者もあろう。
【参考】学習券の合憲性について
判例、合憲としては問題解決した。すなわち、48. 『学習券』は合憲か? - アメリカ連邦控訴裁判決とその後-追記.......
連邦最高裁判決
この連邦最高裁判決を、その判決原文によって、もう少し補足しておくと、正しくは、ZELMAN v. SIMMONS-HARRIS
000 U.S. 00-1751 (2002) Decided June 27, 2002
判決理由
○ 真の親の学校選択の一つである。
○ 既にこの学習券プログラムを受けている生徒の96%は、宗教系の私立学校へ通学している。
○ このプログラムは明らかに失敗しつづける公立学校に通っている貧しい家庭を援助しようという、宗教・教会に関係の
ない世俗的目的(secular purpose) から捉えるべきである。
なお、前述したように、この件は『裁量上告』であった。 certiorari to the united states court of appeals for the sixth
circuit. なお、連邦最高裁によって決着がついたというものの、その銭の使い方が一部の者の利益になるのではないか、
また人種の多様性を否定するような方向に進むのではないかという批判は依然として強いように思われる。
○ チューターの配慮と費用の問題
○ チァータースクールへの転換または民間委託が強化されよう。場合によっては地教委管内の学校まるこ゛ととのケースも
起ころう。
【例】 47-2. 最近の民間運営のチャーター・スクール: ナショナル・ヘリテージ・アカデミーの例
私はこれは良い例のように思うが、教員の団体交渉権、団体協約のほうはどうなっていか。このアカデミーの教員は、
すへ゛て教員免許をもっている。むしろそれは既報のように高い。
しかし、このアカデミーのチャーターは地方教委によって認可されたものではないので、Michigan州法による団体交渉権
や団体協約の締結権はない。従って、アカデミー独自でこれを行うことが必要であるが、将来の課題であろう。
生徒の通学手段 スクールバスはない。 親たちの相乗りが多いが、それは低所得層の家庭にとっては、つらい条件に
なろう。
機能重視の建築方式
機能重視は機能本位にもなりかねない。 既に述べたように学校の建物のもつ重厚さ、美観、情緒的なものは失われる。
二者択一として割り切るのであろうか。 学習塾、予備校的?
○ 州統一テストは連邦の公認を得たものになるので、全米的な標準レベルのものになろう。従って一層、テスト問題の客観性、
妥当性が検証されていこう。 小さな州が苦慮するとも聞く。
○ 校長の配置換え、解任などが多くなろう。
対策にさいして考慮すべき事項
○ 指導困難な地区や学校などの不利な条件を考慮し、それぞれの進歩の度合いを評価すること。顕彰についても同様である。
○ テストのスコア以外の学校評価などについて工夫すること。 “皆で協力して押し上げる”“日本式的な方法”といえようか。
わが国の場合
学習熟や予備校の統一テストに依存している実状があるが、その他に都道府県独自または地教委の統一テストを創る
必要がある。
○高校入試での調査書(内申書)… 絶対評価にともないそれを補完する意味で必要である。
○チァータースクールの創設にともない、その客観性を量る。代案を検討されること。
○高校3年生の卒業認定の条件として。
○しかし、国民感情を考慮して、テストの結果の公表は慎重を期すこと。
W その他 アメリカの公開性
アメリカの公開性、それはたんに情報の公開のみならず、“懐の深さ”ともいうべきものであるが、学ぶことが多いように思わ
れる。例えば、35 無能教員についてアメリカ各州知事からの回答、38.
アメノカのチャーター・スクール設立者、校長等からの
回答、75. 公立学校でも白人の親たちから“逆差別”との訴え、などで記したように丁寧に回答していただいたことである。
そのうち、最後の件については、Payzant教育長が地裁で証言された時期にも拘わらず、丁寧に回答していただいたことを心か
ら感謝している。勿論、質問したさいには、それは礼儀であると考えたので、私の身分を明かし、ホームページでやっていること、
またこの件について今まで調べた概要を述べたことはいうまでもない。
【コメント】
たとえ不利な面といえども敢えて発表したり回答してくれるというアメリカの公開性について、院生は
共感していたように思われた。
2003. 5. 28記