追記 : “逆差別”との訴えを連邦地裁は却下
杉田 荘治
はじめに
人種の問題は難しい。 アメリカでは多様な人種の構成体:diversity
body としての公立学校の在り方は
尊重されなければならない。そのために、時には少数派を優遇することも必要とされよう。しかしそれは、
時には白人にとって『逆差別』であるとの問題を引き起こすことにもなる。
先に大学については、64. アメリカの大学入試でマイノリティ(少数派)優遇策は必要か、それとも
それは逆差別か? と64-2 マイノリティ(少数派)優遇入試についてアメリカ大統領の見解 で触
れたが、今回、公立学校の例について述べることにする。 すなわち、
最近(2003. 2月)、ボストン市で白人の親たち10名が子供が近くの小学校へ入学でなかったために「不当
にも差別を受けた」として連邦地裁へ提訴した事件が起った。
これを"Globe Staff", 2/10/2003号と2/12号、また"American
School Board" 2003.2月号が報じているが、
それらを要約しよう。
T 問題点
Boston(ボストン)市の小学校、中等学校の入学について、市教委は、その定員の半分は、生徒が歩いて
通学できる範囲: walk zones から確保し、残りの半分は近在の学区からの生徒を受け入れるという『入
学方式』を採用している。
実は、1974年に連邦地裁(W. Arthur Garrity判事)は人種差別撤廃の判決を下したので、黒人(白人)
地区の生徒は白人(黒人)地区の学校へバスで運ぶという方法がとられてきたが、これは明らかに人種を考
慮した政策であったし、またその結果、意図的に黒人生徒を学力標準の低い学校へ通学させることにもなった
ので、1999年に規則を改正して前述のような『入学方式』に変更されたのである。
このように現在の『入学方式』は人種的には中立で、近くの学校へ通学したいと希望する親にとっても、また
市内の他の評判の良い学校へ行きたいとする親に『学校選択』のチャンスを与えることにもなると説明して
いる。
ところが最近、白人の親10名が近くの学校に入学することが出来なかったので、これを不服として訴え出た
のである。すなわち、自分たちの住んでいる地区は圧倒的に白人の多い地区であるが、その子供たちを受
け入れず、他の地区、それは85%も少数派の人種の人で占められているが、そこから受け入れているのを
不服としているのである。「憲法違反である」、「人種と明示しなくて、巧く“人種の顔ごしらえ”をしている」と
その代理人の弁護士が批判している。
U 入学方式
"American School Board" 2003. 2月号によれば、
○ 市内のどの生徒も3校まで申し込むことができる。
○ それらの生徒は学年の平均ポイント、入試の得点によって申し込み者別のプールに入れられ、
その上位2分の1の者が入学することができる。厳格な得点ランキングによる。
○ 他の2分の1については、連邦教育省、公民権部局が定めるカテゴリーにある白人、黒人、ヒスパニック
系、アジア系、原住民の5区分によってプールされているなかから決定する。
この2分の1の生徒を問題になっているBoston Latin 校の1997-98年度について見ると、白人 40.41%、
黒人 27%、 アジア系 19.21%、 ヒスパニック系 11.64%、 原住民 13%であった。
【註】この『入学方式』を"The Boston Public Schools at a Glance"
によって補足すると、小学校と
中等学校は市内を3ブロックに分けられているが、高校は1ブロックである。また生徒の人種は、
市内全体で、黒人48%, ヒスパニック28%, 白人14%、アジア系9%、原住民1%
である。なお、
参考までに教員については、白人61%、黒人26%、ヒスパニック)9%、アジア系4%、であり、男子教
員27%、女子教員73%である。
V Payzant教育長の証言
今月11日に、市のPayzant教育長が連邦裁判所で、2時間21分にわたって次ぎのように証言した。
○ 白人生徒より黒人生徒を“ひいき”しているといわれるが、そうではない。
○ 10名の親たちの意見も、よく聞いたが、しかし全市に十分な学校ができるまで『学校選択』も制限すべ
きではない。
○ また「圧倒的に白人の多い地区の子供の75%を受け入れることができないか」との質問についても、人種
のバランスからみて無理である。
以上のとおりであったか゛、最終の陳述は12日かあるいはこの金曜日であろう。
W 杉田への回答
『はじめに』に述べたような“Globe Staff”などの記事を読んでも不明な点があったので、思いきって、この
12日、Payzant教育長宛てにE-mailで質問したが、それに対して翌13日、市教委入学担当部長Jerry
Burrell
さんから次ぎのような回答が寄せられた。感謝している。
○ あなたの質問のように確かに“歩いて通学できる範囲”に住む生徒が定員をオーバーすることが
あります。その場合は「抽選」:lotteryによって入学する生徒を決めます。
○ 抽選番号は他の生徒との関係でランクが決められます。「成績の上位2分の1」という報道がありますが
それは正確ではありません。
○ あなたの質問の人種の点については、今までの「入学方式」は人種を要素(factor)にしていましたが、
1999年にそれを改正しました。それ以外については以前の規則と同じです。
【コメント】 ご覧のとおり。 先の大学入試要項でも、そうであったが、このボストン市の『入学方式』でも、少数派
のために一定の枠を設けるなど明らかに人種に配慮した方式にすると、白人から人種的な“逆差別”と
の問題を引き起こし、違憲とされるので、他の方法、すなわち経済的な理由、地理的条件などの要素
として人種を“含み”をもたせたものとして扱い、実質的に多様な人種の構成体としての公立学校を維持
しようとしているように思われる。わが国では、この種の苦労は少ないが、アメリカの人種問題を理解す
るさいの参考となろう。
なお、前述『杉田への回答』で述べたように、Payzant教育長が地裁で証言された時期にも拘わらず、丁
寧に回答していただいたことを心から感謝している。勿論、質問したさいには、それは礼儀であると考え
たので、私の身分を明かし、ホームページでやっていること、またこの件について今まで調べた概要を
述べたことはいうまでもない。
2003. 2. 14 記
追記(2003. 4. 26) “逆差別”との訴えを連邦地裁は却下した
結論から先にいうと、連邦地裁(Stears判事)は、この4月22日、本文で述べたような白人の親から出ていた
“逆差別”を受けているとの訴えを却下した。 すなわち、自分たちの徒歩で通えるの通学範囲である学区
の公立学校には入学でぎず、その代わりに他の近隣の学区からの生徒を受け入れていることは人種によ
る差別だとしていたのである。
そこで見たように学区内の生徒には二分の一しか定員を確保せず、他のい二分の一は他の学区から受け
入れ、そのために通学バスの費用を予算から捻出しているのは、まさしく自分達の犠牲においてなされて
いる入学方式で、しかも「時代遅れのバス政策に5,100万ドルも使っている」として、違憲であるとしていた
のである。
しかし今回の地裁の判断は、教委の入学方式は人種に関する問題ではない。「学校選択の自由」によるも
のだとし、「すべての親に最も適切な学校で競い合いながら学べるようにする制度である」と結論した
のである。 また人種を要素にせず、くじ引きという方法をとっていることも評価した。
訴えを起こした親は、この却下に納得せず「控訴する」といっている。【資料】:
The Boston Globe (4/24/2003)
コメント ご覧のとおり。明かに人種を要素とした入学方式ではないので、控訴しても親の訴えが認められること
はないであろう。