64. アメリカの大学入試でマイノリティ(少数派)優遇策
  は必要か、それともそれは逆差別か?

  追記..... テキサス州の『10%法』は有力な
       モデルになっている



杉田 荘治

はじめに
 白人以外に多様な人種、少数民族を擁するアメリカでは、その多様性は当然のこととされ、
学校もそのような環境のもとで教育を受けることは必要欠くべからざる原則となっている。

(Diversity student body)

 しかし大学入試で、この原則を適用するとなると、現実には白人学生とマイノリティ(少数派)
学生との得点のギァップを無視して、マイノリティを優遇する方式をとらざるを得なくなる。その
ためにマイノリティの定員を予め確保しておくような入試要項にすると、白人志願者から憲法
『平等保護条項』に違反する“逆差別”との問題を引き起こすことになる。

 1978年に連邦最高裁はCalifornia大学医学大学院とBakkeという白人志願者の件について
判決して、一応の決着がついたかにみえたが、今もって、実際の入試要項を巡って論議が続
いているので今回、この問題を順を追って見ていくことにする。 資料は巻末【参考資料】の通り。 
出来るだけ箇条書きによって、その要点を述べる。

最初に1978年の判決のBakke事件について述べよう。
T California大学v. Bakke 事件 
                      University of California v. Bakke   438. U.S. 265 (1978)
入試要項
1. California 大学医学大学院の入試要項には、定員100名の合格について、二つの方式がと
 られていた。その一つは通常の方式で、他の一つは『特別な方式』で、しかもそのために16%
 が確保されていた。
2. 通常の方式では、4.0満点で2.5点以下の者は不合格になり、それ以上の得点の者につい
  て選考されて合格者がきめられた。
3. しかし少数派の志願者については、2.5点以下の者についても6名のうち1名が、『特別委員
  会』によって面接のグループへ廻され、そのグループで一番から百番まできめられた。
  その後、面接の採点、推薦状、課外活動、本人の履歴、入試テストの得点、科学の平均点、
  MCAT(医学系大学入試テスト)などを総合して『判断基準の得点』グループに入れる者がき
  められた。
  また その際、黒人、メキシコ系アメリカ人、アジア系アメリカ人、インディアンの少数派の志
 願者は、悪い環境で今まで教育を受けてきたことを考慮されたので、そのグループでは常に
 トップで選ばれる仕組みになっており、このようにして『特別な方式』で16%が合格することに
 なっていた。

 因みにこの4年間で63名の少数派志願者が、この『特別な方式』で入学し、44名は通常の方
式での合格者であった。
事実
1. Bakke(白人)は1973年と1974年の二回、志願したが、彼には通常の方式のみが適用された。
2, 1973年には、500満点のところ468点を取ったが、通常の方式コースの470点以下であったので
  不合格になった。
  1974年に再び志願して、600満点のところ549点を取ったが、やはり不合格になった。 しかし、
  この年も『特別な方式』で合格した者の得点は彼よりも、ずっと低かった。


そこで、これを不満として州裁判所に訴えて出た
一審判決
 ○ 100名定員に予め、少数派志願者のために16名を確保しておくような『入試要項』は違憲で
   ある。 しかし本人の入学については証明できなかったのて、これを認めない。

そこで今度は、州の最高裁に事件は移された。その結果、
California州最高裁判決
 ○ 大学も総ての人種に開放することは非常に重要であり、少数派のドクターが少数派の患者
   のために喜んで当たるという目的は尊重しなければならないが、しかしこの大学の『入試要
   項』は憲法が規定する『平等保護条項』(註、巻末記載参照)に照らして違憲である。
   しかも本人の入学について、大学側は十分に挙証責任を果たしていないから、本人の入学を
   認めるべきである。

【コメント】 このように違憲としたことは一審と同じであったが、しかし医療を受ける少数派患者の
        ために少数派医師も必要であると示した点が異なる。 またBakkeの入学は認めた
連邦最高裁判決  1978年           5:4 の裁定
1. Bakkeの入学を命じた判決を確定する。
2. 大学の入試要項の『特別な方式』は無効である。
 しかし将来『人種についてカウントすることを全く禁止する』ことについては破棄する。 
【コメント】 従って、大学が将来入試要項に、人種について考慮できる余地を与えた内容であった。
【コメント】 今まで見てきたように連邦最高裁は、やや曖昧な含みを持たせて違憲と判断した。
       これがその後の控訴裁判所(巡回裁判所)の判断が二つに分かれる原因にもなっている


    連邦最高裁判決で唯一人、つっこんだ意見を述べたのがPowell 判事であった。従ってその意見
   が実質的な最高裁の意見とみなされ今日に至っている。
 すなわち、「教育の場においていろいろ
   な人種、少数民族その他の人が含まれる多様性のある共同体・社会(diversity student body) は
   必要欠くべからざる原則(compelling interest) であり、これは大学の入試要項についても正当化
   されなければならない。 しかし今回の白人志願者のように不当に拒否されることは修正憲法第14
   条に規定するの『平等保護条項』に照らして容認することはできない」

  【参考】 一般的には黒人は白人のLSATテストのスコアでは、平均して10ポイント低い。 GPAテストで
       は、その差はそれほどでもないといわれる。従ってロースクールで人種のことを全く考慮し
       ないと劇的のその数は減少するといわれる。

U 連邦最高裁判決後の判例
 下級審の判断は分かれている。 すなわち、入試要項を合憲とするものと違憲とするものとがあ
る。最近のものとしては、次ぎに述べるMichagan大学ロースクールの件があるが、そこでは合憲
とされた。しかしGoergia大学の場合は反対である。

1. Michigan 大学ロースクール事件
    Grutter v. Bollinger  ( 288 F. 3d 732 ) 第6巡回裁判所 2002. 5. 14 判決

@ このケースは、白人女子学生Grutter が、1997年にMichigan大学ロースクールを受験したが
  大学側が人種や少数民族のために『プラス要素』として割り当数や加算点をを加味していたた
  めに、その余波を受けて不合格になった。
A これに対して、一審は大学のその『入試要項』を違憲とした。 2001年3月27日判決
B しかし、この第6巡回裁判所は、それを覆して5: 4 の多数決で、大学も多様な学生の
  共同体であり、その『入試要項』もそれに合うように厳格に仕立てられているので合憲である.
  narrowly tailored とした。しかし、さらにこれは連邦最高裁に持ちこまれている。
【註1】 Michigan ロースクールは当時、13 - 14 % が少数派学生で占められていたが、ある専門家
    が試算したところによれば、LSATテストやGPTテストを厳格に適用すると4%ぐらいに減るだろう
    とのことである。.
【註2】 Michigan大学はその後、入試要項を改正して、少数派のための割り当て数を加算点をや
     めて、その代わりに" soft variables" として人種などを考慮すべき要素の一つとした。

次ぎは違憲とした巡回裁判所の例である。 すなわち、
Johnson v. Board of Regents of the University of Georgia, 263 F.3d 1234       
    第11巡回裁判所 2001年8月27日判決

@ ここでは、3人の女子志願者が入試要項に少数派のために、ある一定の加算点が与えられてい
  たのを問題にして訴えて出た。 一審は合憲としたが、ここでは、それを覆して違憲と
  した。
A しかも、多様性そのものについても、それが大学に本当に必要かどうかについても判断を示さ
  なかった。
【註】 このように少数派には厳しく、それた゛けに白人学生有利の立場に立っている。従って保守的
   との批判がある。
V 各大学は入試要項をどのように変更したか
1. 私立大学ではあるが、Harvard大学の方式のように変更しているらしい。 すなわち、
 ○ いろいろな地域から受け入れる  ○ 富める者と貧しい者  ○ 生活体験  
 ○ 特殊な才能  ○ イデオロギーが違ってもバランス的見方
 これらと同じように人種、少数民族を考慮していこうとするものである。 従って彼らのために一定
 の数を確保しておくようなことはしない。

2. Texas大学やFlorida大学の例(州立)
 そこでは、どの高校でもトップクラスの生徒を無条件で合格させる。 そうすれば黒人の多い高校
 などからも必ず大学に入学できることが保証されるので、少数派を含めて大学の多様性が保たれ
 るからである。 これはBush州知事などが州法で規定したものであるが残念ながらロースクール
 には適用されない。
コメント
    ご覧のとおり。 今後の方向としては、少数派のために『一定の数を確保』するような入試要項は
    確実に違憲とされよう。 しかし彼らのために『考慮すべき要素』としなければならず、その際、
    Harvard方式が十分参考にされていくであろう。
大学でも人種などの多様性と知的財産・集団、
    それはアメリカの国力とも関連しているが、そのバランスの上に検討されていくものと考えられる。
    いずれ再び、連邦最高裁の判断が求められるときが来るであろう。

   参考     アメリカ合衆国憲法  合衆国憲法修正箇条
    修正第十四条 〔一八六八年確定〕

  第一節 合衆国において出生し、またはこれに帰化し、その管轄権に服するすべての者は、合衆国お
       よびその居住する州の市民である。いかなる州も合衆国市民の特権または免除を制限する法
       律を制定あるいは施行してはならない。またいかなる州も、正当な法の手続きによらないで、何
       人からも生命、自由または財産を奪ってはならない。またその管轄内にある何人に対しても
       法律の平等な保護を拒んではならない。
   AMENDMENT ]W proposed on Jun. 13, 1866  valid on Jul. 28, 1868  Section 1.

    All persons born or naturalized in the United States, subject to the jurisdiction thereof, are
   citizens of the United States and of the State wherein they reside. No State shall make or
   enforce any law which shall abridge the privileges or immunities of citizens of the United States;
   nor shall any State deprive any person of life, liberty, or property, without due process of law;
  nor deny to any person within its jurisdiction the equal protection of the laws.

   これを受けてCalifornia州では次ぎの規定がある。どの州もほぼ同じ。
   Article I, Section 31 of the California State Constitution  "The state shall not discriminate
  against, or grant preferential treatment to, any individual or group on the basis of race, sex, color,
  ethnicity, or national origin in the operation of public employment, public education, or public
  contracting."
   このように大学入試も“公の教育”であるから、人種、性別、膚の色、少数民族、祖先の出生地など
   で差別することを禁止している。
参考資料
1. University of California Regents v. Bakke, 438 U.S. 265(1987) , No.76-811
2. AN ISSUE PIPE FOR SUPREME COURT REVIEW: A DECISION Upholding Michigan Law
  School's Race-Based Admission Plan Creates An Even Circuit Split, By JOANNA GROSSMAN
3. BARBARA GRUTTER v. LEE BOLLINGER, Appeal from the United States District Court for
 the Eastern District of Michigan at Detroit, Decided : May 14, 2002
4. NEA, LEGAL CHALLENGES OT AFFIRMATIVE ACTION IN STUDENT ADMISSIONS By
  Cynthis M. Chmieleswski, June 27, 2002
2002年8月 2日 記         元公立・私立高校長 教育評論家   無断転載禁止

追記 (2002. 11. 20)  テキサス州の『10% 法』は有力なモデルになっている

はじめに
   前にも述べたように、大学の入試要項に、マイノリティ(少数派の学生)のために予め、「○%合格」
  などの枠を設けておくことは、白人学生に対する逆差別になり違憲である。 しかし大学といえども
  「多様な人種の構成体」: Diversity body とすることは尊重されなければならない原則である。

  この両者の要請から「州のどの高校からも、そのトップ10%以内の成績の生徒はテキサスの公立大学
  へは自動的に入学することが約束される」というテキサス州法、いわゆる『テキサス州10%法』が全米
  の有力なモデルとして注目されてきている。
 これをWashington Post 2002. 11. 4 日号とSmartBrief
  2002. 11. 4日号から要約しょう。

T 二人の学生の例
   J. Padon というメキシコ系アメリカ人の少女はテキサスに着いたときには、英語はほとんどしゃべれず、
  また大学へ進もうとも全く考えていなかった。 しかし彼女は聡明で中程度の高校ではトップであるから
  州の『10%法』によってAustin にあるテキサス大学へ入学できることは確実である。 将来的に有望な
  ダンサーでもある彼女は自分が望む、そのテキサス大学の最も優れた学部へでも入学することが出来
  ることを数週間前に知らされて「私は信じられないくらいだ」といって喜んでいる。 従って彼女は家族の
  なかで始めて大学へ進学する者となろう。

   一方、D.Huntという男子生徒は、親や20人もいる従兄妹たちはテキサス大学の卒業生であるが、し
  かし彼はDallas郊外にある超難関校のHighland Park高校の3年生で性格も良く、生徒会やスポーツ
  でも活躍しているが、その『10%法』に該当することは望み薄である。ましてやテキサス大学の彼の希望
  するビジネス・クラスへ進むコースとなると、それは比較的、競争の激しくない高校の『10%法』によって
  入学できる者によって、ほぼ満たされているので不可能であろう。 従ってテキサス州以外の大学へ進
  むことを考えている。そのために、もっと標準テストで高い得点を得るなど、いろいろと挑戦しなければな
  らないが、しかしPadon のような『10%法』で入学を保障されている少数派の学生を妬んではいない。
  「彼らはそれぞれ努力して、そのような良い成績を挙げているのだから」と考え、『10%法』は多少の矛盾
  を含んでいるが、それでも依然として公平であるといっている。
    このようにPadon とHunt は対照的である。
    
U 裁判所の考え方
   今、連邦最高裁は大学入試のさい、少数派優遇策: 積極的差別是正措置: affirmative action のルー
  ルを決めるに当たって、このテキサス10%法に注目している。 すなわち余りにも人種を露骨に考慮した
  入試要項に代わるべきものとみなし、もっと吟味しょうといしている。前述ミシガン大学ロースクールの
  Grutter事件などについて一括して2003年3月に最終論議が行なわれ、6月には判決が出るものと期待
  されている。(Washington Post, 2002. 12. 2追加)

   このテキサス州『10%法』は1998年に制定されたもので、Florida州やCalifornia州のものとも異なるが、
  全米の各州は、テキサスの経験をじっと見守っている。 この少し前の1996年に連邦控訴審はテキサ
  ス大学法学大学院の少数派優遇策を否定して「もはや入試について人種を考慮しない」といった。 
  その結果、アフリカ系アメリカ人やメキシコ系アメリカ人の入学は急降下のように激減してしまった。
    
   そこで州議会は、すばやくこれに対応して、また公立大学にも『人種の多様性』が保障されるように
  するために『10%法』を制定したのである。これによって州やその周辺にある約1,800の高校が現実に
  広く人種によって分離されているためにアフリカ系アメリカ人やメキシコ系アメリカ人も公立大学でそ
  の位置を確保することができるのである。 保守的な人は明らかに人種に配慮した入試要項には反
  対であるが、このような新しい法による一つの英才教育制度には余り反対しないであろう。

V 『10%法』の効果

   1 Austinのテキサス大学の学生の割合は変化した。すなわち、この法の実施前の1997年には、
     少数派学生は46% であったが、53%になってきている。
   2 メキシコ系アメリカ人をとってみても今年の入学生は14%、黒人は3.5%であった。もっとも州全体
     での人口ではメキシコ系アメリカ人は30%, 黒人は12% である。
   3 一番の受益者はアジア系アメリカ人である。そのAustin のテキサス大学やその他の州立大学
     にへの入学者は15%である。 その州の人口は2.7% に過ぎないのに。

C 多少の問題点

   1 黒人があまり利用しないこと
    高校でトップの黒人生徒は当然に入学資格があるにも拘わらず、テキサス州立大学へ進まない。
    例えばPindston高校では、アフリカ系アメリカ人とメキシコ系アメリカ人は、ほぼ半分ずつで、その
    3分のTが大学へ進学するが、しかし黒人はごく僅かしか州立大学へは行かず、Austinのテキ
    サス大学へはほとんど零である。 校長も熱心に勧めるが結局、白人の多いテキサス大学を避
    けて、彼らにとって居心地のよい大学を選んでしもう。
   2 授業料と費用のこと
    例えば、40ドルの入学申し込み金は高い。そのためLonghorn『奨学資金』を活用させる必要があ
    る。この『資金』は低所得層の高校生に適用され今でも80% は黒人とメキシコ系アメリカ人である。
    しかもその『資金』を受けている300名は、各高校のトップ10%に入っているが、実際には州標準テ
    ストの成績は他の入学生より200ポイントは低い。 しかし大学での手助けや特別のカウンセリン
    グなどで学際的には他のクラスメートと同様に、或いはそれ以上の成績を挙げるようになってきて
    いる。 粗けづりだが期待できよう。

コメント】 白人の多い高校、或いは黒人やマイノリティの多い高校など、その如何を問わずトップ
       10%以内の生徒に州立大学への入学を約束するという『10%法』は合憲的であり、しかも大
       学の『人種の多様性』を確保することができる。
国情が異なるわが国でも彼らのこの入試制
       度は参考になろう。

 無断転載禁止