65. アメリカ・カリフォルニア州の『英才児飛び級大学
   入学』法案 − わが国の場合は?


 杉田 荘治

はじめに 
 わが国でも、英才児の大学への飛び級入学を、もう少し進める必要があろう。
今年(2002)、NPO『教育研究リサーチ研究所』7月24日号が、アメリカCalifornia州で、場合によっては
「幼稚園児でも大学へ飛び級入学ができる」と報じた。 その原典はSacramento Bee紙、6月18日の記
事であるが、これについてアメリカ連邦教育省のRod PaigeさんとCalifornia州教育省のBob Shottsさ
んの協力によって、今審議されている法案とそのSacramento Bee紙の記事を入手することができたの
で、その概要を述べる。
また【コメント】で、わが国の場合についても考察したい。
T 法案の関係部分(要旨)
1. 法案名 AB 2607
  2002. 4. 10 州下院(Assembly) で一部修正、賛成多数、可決、 保護者への補助金については否決
  2002. 8. 19 上院(Senate)で一部修正された。
  
 その修正案は次ぎのとおりである。
 『極めて優秀な生徒』 (Exceptionally gifted pupils)
○ 現行では16才またはそれ以上の生徒で、しかも10学年の課程を修了し、州教育省のテストに合格
  した者、およびそれと同等程度と証明された者にのみ大学受検資格が与えられているが、これを改
  正して『極めて優秀な生徒』と認められた者は、16才以下でもコミュニティ・カレッジ(州立2年制大学・
  説明後述)への出願資格を認める。

○ この例外的な措置はコミュニティ・カレッジの入学についてのみ適用される。
○ その生徒は、大人の学習環境で独立してやっていけることを示してみせるか、あるいは親や保護者
  が、その生徒が大学キャンパスで安全で幸福にやっていけるようにサポートできることを示さなけ
  ればならない。
○ その生徒の担任または学校管理職が、学力的に十分やっていけることを証明すること。

U 州教育省によるテスト
  通常の標準テストは学期中に一回、春に一回、行なわれるが、これに加えて今回、教育長の判断に
  よって夏休み中に一回、さらに宗教的または身体的にハンディキァップのある者について適当な時
  期に実施することができる。 その費用は無料とすることもできる。

○ 州議会の意図は、各地方教委が、そのような能力のある生徒のユニークな学問的要望に応える
  ような方法を創られることを期待する。 そのさい親や保護者とよく相談して、生徒の年齢、情緒的
  に発達の程度に適した方法、大学のコースを受けるための適当な選択などをきめる必要があろう。
U Sacramento Bee紙、2002年6月18日号から
タイトル :“ 有能な子供なら、幼稚園からでも大きく飛び級することができる”
 今、下院を通過し上院で審議されている法案: AB 2607 によれば、生徒の年齢いかんにかかわらず、
幼稚園児でさえも州の高校卒標準テストを受けることができる。 IQ は150以上を想定。 リーディング、
書き取り、数学などの中心となる教科で極めて優れた成績を取った者。

 なお、潜在的には州で二万人から六万人ぐらいはいるのではないかといわれているが、その多くは
今の高校のレベルでは飽き足らず、授業にうんざりしているように思われる。
これに対する賛否
 法案の提出者である議員LynneさんやR-Walnut Creekさんは、「非常に優れた能力を持ってい
 る生徒に障壁を設けているのは間違っている」といっている。

 しかし、これを批判する人たちは、「これでは多くのコミュニティ・カレッジを一層込み入らせることに
 なる。 またなるほど学問的には極めて優秀であっても、社会的、情緒的に年長の学生たちと交わっ
 ていくことは難しいかもしれない」といっている。
V 11才のLivi Clancyの輝かしい例
彼は今11才であるが、もし数年前にこの法案が通過していたならば、幼稚園児であった時にも、この
「能力標準テスト」に合格していたかもしれない。 というのは、
○ 彼は生まれて5月後にすでに歩いたし、14月後には本を読み、他の子供たちがアルファベットを
  知る頃にはすでに2カ国語を話していた。
○ 毎日、学校ではストレスが積り、幼稚園から泣きながら帰ってきて「自分には何も学ぶものはない」
  と嘆いていた。
○ しかし5才児では、まさかUCLA(大学)へ行くわけにもいかず、母親は彼をコンピューター教室に連れて
  行ったが、そこですべての大学コースの課題をやってのけた。

○ 小学校も彼には適さなかった。そこで別のコースに挑戦したが、そこでも彼は2カ国語マスター・
  コース、上級数学コース、優秀な生徒のためのマグネット・スクールなどで、すぐ飛び級し家でも
  スクーリングを試みた。しかしこれらも彼の勉強への“渇き”を満足させることはできなかった。
○ そこで7才の時、大人が付き添っていくならば通学できるという条件で、コミュニティ・カレッジに出
  席することが許されたが中級代数、幾何学、心理学、スペイン語、英語、研究技法、音楽観賞を含
  めて大学レベルのコースを60単位以上にパスしている。

○ このように彼は「勉強している時だけが幸せ」だと母親が話している。 IQは200以上。
○ しかしコミュニティ・カレッジの学資が非常に高いし、また彼のために特別に雇った人に払う額も
  毎月、2,400ドルになる。 California州は18才以下の子供については義務がある筈であるから、
  たとえ大学レベルの教育を受けていたとしても全費用を負担すべきであるとして、前述のように、
  州議会にAB 2607 を法制化するように求めたのである。
W 州議会の審議その他
1. 下院では前述したように否定的な票は皆無であった。 年齢制限を撤廃してち、その生徒が適当
  であるならばテストを受けさせるべきである、とした。
2. 次ぎに、上院とGray Davis州知事の判断に委ねられているが、今のところ両者の意図は明確で
  はない。
3. 議会は州のコミュニティ・カレッジを主たる目標にしていて、州立California大学やCalifornia大学
  のみを対象にはしていない。
4. コミュニティ・カレッジ側は今のところ否定的で、16才以上、第10学年の終了者でなければ資格は
  ないとしている。
5. 州教育省も否定的である。 なおこのさい高校卒程度のテストは必ずしも大学進学に適さないので、
  これを引き上げたいとDelain Easten教育長も言っている。
補足
   筆者の質問に対して、州教育省Bob Shottsさんから、8月24日に次のような返信返があった。
  感謝している。

 「上院は8月21日, 修正案について再審議しました」
 「上院委員会はAB 2626 (費用保障の件の法案」について、小学生、中等学校生徒がコミュニティ・
  カレッジに進学した場合、その費用を補償するかどうかは審議するに値するときめました」
 そしてこれらの点を明確にしてから州知事へ法案を送る、としています。
 なお、「州教育省は反対である、と伝えてきています。」
参考 California州のコミュニティ・カレッジについて
California Community College 学長協会資料から
○ コミュニティ・カレッジは公立です( publicly supported)。
○ 現在 108校,  その他その地区 72
○ 4年制大学へのコースをもっています。また経験を積むコース、教育的背景に欠ける生徒のた
  めの矯正コース、追いつくための補充コースもあります。 従ってCalifornia大学や州立
  California大学、California Community 大学へ進む生徒もいますし、1 - 2 年の職業訓練コース
  へ進む者もいます。
○ 年齢もまちまちで、約3分の一は40才以上です。
【コメント】 わが国の場合を含めて
 ご覧のとおり、州下院は可決したが、上院や州知事の態度は未定、また州教育省の見解も否定的
であるから実際に法律となり、実施されるかどうかはなお不透明である。 しかし大きな流れや方向
性としては、このような“飛び級大学入学”への道を進むものと思われる。

 もっとも当面は、二年生大学に相当するコミュニティ・カレッジへの問題であるから、わが国のように
4年制大学、ことに大学院をもつ大学への飛び級入学とは異なるし、国民感情の違いから、その生徒
の年齢、身体的、社会的な発達の未成熟などを問題視されて、このような極端な飛び級はわが国で
は無理であろう。
 しかし現行のように大学入学資格を18才またはそれ以上とすることは余りにも硬直的といわなけれ
ならない。 極く一部で例外的に理数系の大学院を持つ大学について[一本釣り]のような飛び級入学
が行なわれているが、これでは不十分である。 最近、文科省が指定する学校について、これを拡大
する動きがあるが、[一本釣り]的な方法に留まっている。

 制度として広く高校2年生について、標準学力テストで高い得点を得た者に、その資格を与えるよう施
策されること望みたい。
そのさい、現行の大学資格検定試験のレベルでは低すぎるので、別途施策されることが必要だと考
えるが、このテストを都道府県教委に委ねることができないものであろうか。

 教員免許状も都道府県教委が発行し、全国的に通用する。 実際の採用には、都道府県が独
自の採用試験によっているが、これと同じような考え方である。 全国一律の認定テストのみに、と
らわれる必要はなかろう。

「そんな..... 県の認定テストなんか認めない」という大学があればそれは仕方がない。受験できない
だけのことである。 またその認定テストに合格して資格を得た高校2年生が、「やはり自分は高3の
生活をエンジョイしたい」というのであれば、それもよかろう。

認定テストの問題についても各都道府県教委が、その難易度なども検討されながら次第しだいに
適切なものになっていくであろうし、制度も定着しよう。 問題作成委員の主力は高校教員にする
方法も考えられよう。 現職教育のひとつにもなるし、第一、意欲も沸こう。

 ご承知のように[戦前]でも、旧制高校、陸軍士官学校、海軍兵学校など一部の学校について、
『飛び級入学』が制度としてあった。“4修”といっていた。 さして問題はなくスムーズに行われて
いたように思われる。
その“4修”者が、今の制度に充てまめて考えると、大学を中途退学した場合は、学歴は高校卒
ではなく、中学卒になるという懸念から、それらの者も高校卒としたほうがよいという考えかたがあ
るが、[高校二年終了]でよいように思われる。 もしそれらの者が大学を中途退学した場合は、
[○○大学中退]と記載すればよい。 後は必要に応じて、その理由を説明すればよいと考える。

 英才児について、これらも参考にされて公平で広く育てる観点から、検討され施策されることを
望みたい。 高校校長会、教育関係者の具体的な提言も期待したい。
 平成14年(2002).8月28日 記               無断転載禁止
【追記】2002年10月.10日        法案成立せず
 法案AB 2607 とその関連の2627は、Gary Davis州知事によって9月28日に拒否されたので
結局、成立しなかった。上院は積極的には反対しなかったが、やはり余りにも年少者の成熟度や
州教育省の反対意見、コミュニティ・カレッジの否定的態度などを考慮しての結果であろう。
今後、この法案を復活させることは不可能ではないが、同じ形の法、州の場合は正確には条項
(statute)として無理であろう。 Article W. Section 10 (a) of the California State Constitution.
I am returning Assembly Bill 2607 without my signature. And Bill 2627. Gary Davis

   【参考】 テキサス州でも同じような飛び級高校卒制度がある。60. テキサス大学『K-
      16 イニシアチブ』と日本の場合 追記ーテキサス州の飛び級高校卒制度
 に追記して
      あるので、それを見てください。