43. 判例にみるーアメリカの不服従教員の解雇


Shoji Sugita:杉田 荘治            42 判例にみるーわが国の不服従教員の懲戒処分
                           6 日米の教員解雇

はじめに
わが国では[不服従]による教員解雇判例は、ほとんど見当たらないが、アメリカ(U.S.A.)では非常
に多い。
最近の例について、Journal of Law & Education,Jefferson Book Company の 2000年度分
に掲載されたものについて見てみよう。その他、若干、付記する。
T Mescall v. Mara 事件
            連邦地裁 S.D.New York   1999. 11. 11 判決  No.98 Civ.0017 WCC
                                       49 F.Supp. 2d 365 ( S.D.N.Y. 1999 )
1 概要
  著しい欠勤、といっても年間、20日余りで、しかも本人は[交通事故の後遺症のため]と主張した
  が、認められず、また年少の生徒を避ける態度などを問題視されて、4年間にわたる試補教員
  期間の終了時に正式採用教員になれなかったことを不服として、訴え出たが裁判所によって退
  けられた例である。
2 事実
 ○ ある女子教員がガイダンス カウンセラーとして採用され、試補教員として週2日間は子供セン
   ターで、他の3日間はE小学校で勤務したが、その職務は[満足]であった。しかし一年間に7日、
   欠勤した。
 ○ 1995年度にF小学校に転勤になり、12月15日までに5日間、欠勤したが、その月の18日に交
   通事故にあい、首と背中に痛みを覚え、また精神的にも不安症や恐怖症になり、結局、その年
   度は合計して21日欠勤した。
 ○ また彼女は年少の子供を嫌がるような素振りも時々あった。それは多分、以前に小さな子供
   が彼女に椅子を思い切り投げて体当たりしたことがあったためであろうが、この学校でも、校長
   の指示を拒んで休憩時間の監督をしなかったことがあった。
   もっとも彼女は[そんな指示はなかった]といっており、またその後、そのことを教員組合に相談
   したら、[契約的には、そのような義務はない]といわれたといっている。
 ○ 1996年度には他校へ転勤し、そこで試補教員として3年目、4年目を過ごした。その4年目のあ
   るとき、[すべての試補教員はレッスン プランを出すように]と指示され、また彼女には、その他
   にある時期、日々の授業プランを出すように校長から命じられた。 しかし彼女は副校長の忠
   告も無視して、これに従わなかったので、その年度の終わりに正式採用教員にはなれず解雇
   された。   
    理由
   ・ 著しい欠勤、 ことに休日明けの日に顕著。
   ・ 若い生徒とともに過ごすことを避ける。
   ・ 恣意的な授業プラン
   ・ 指示や忠告の無視
3 判決理由
 ○ 彼女は欠勤は心理的な病気による休暇であるとして身体不自由者法:ADA:Disabilities Actを
   適用すべきだといっているが、そうではない。 欠勤についての説明を十分にはできなかった。
 ○ 他の同僚とは差別されたといっていることについても同様である。
【コメント】 交通事故の後遺症のためと主張したが、欠勤日数や勤務振りを問題視され、4年間の
      試補教員勤務の後、解雇されたもので、わが国の場合と較べて厳しいといえよう。
U Cockrel v. Shelby事件
      連邦地裁 E.D. Kentucky  2000. 1. 28判決  No.98-40  81 F. Supp. 2d 771 ( E.D.Ky 2000)
1 概要
  小学5年生の担任教員が、校長の指示を無視してタイトル『産業用の大麻』というビデオを授業で
  見せたことにより、[不服従]、[教員として不適当]、[義務懈怠]、[不能率]、[無能力]として解雇さ
  れた。  裁判所も、その処分を正当とした。
2 事実
 ○ 前述のとおりであるが、1996. 5月30日、俳優Woody Harrelsonによって演ぜられるビデオを、
   5年生に授業で見せた。その内容は論争中のものであった。
 ○ 彼女の勤務成績は低かった。
   そこで教委は彼女を解雇した。
3 判決理由
 ○ 彼女は表現の自由を主張したが、それは合衆国憲法修正第一条・表現の自由によって保護さ
   れるものではない。
 ○ 『保護者同伴映画』Rランクである“Pink Floyd, The Wall”という映画を見せた Younger v.
   Harris という先例も参考にする。
【コメント】 平素の勤務成績もよくなかったが、それにしてもわが国と較べて厳しい処分といえよう。
V March v. Alabany, Schoharie, Schenectady, Saratoga連合教育区事件
           連邦第二巡回栽 1999. 4. 5. 判決 No.98-7213v2, 173 F.3d 469
1 概要
  ある高校教員が宗教的色彩の強い教材を、禁止されているにもかかわらず使用して、[不服従]と
  して解雇された。その訴えを一審も退けたが、この二審でも退けられた例である。
2 事実
 ○ Mは1977年からBOCESという連合教育区の特殊教育部門に属する、社会的、情緒的障害生
   徒担当の教員であったが、 1989年、劇的にクリスチァンに改宗し、1991年秋に教材を“許し”、
   “和解”、“神”を論ずるように変更した。
 ○ 1994年9月、BOCESの教育長が次のような手紙を送り、教材から宗教的な部分を取り除くよう
   にとの停止命令を発した。
     先週、あなたと、あなたが、しばしば宗教の教材を使っていることについて話し合いました。
     ご承知のように、学校で、そのような教材を使うことは禁止されています。 あなたの個人的
     な信仰を公教育に持ち込むことは許されません。
 ○ しかし彼は、それを拒んだ。 というのは、そのような指示こそ生徒にとって有害であり、神の
   前での意識を冒すことになると考えたからである。 そして自分のテーマーや教材を変えようと
   はしなかった。
 ○ そこで教育長は1995年3月に[不服従]、[教員として不適切な行為]として責任をとらせることに
   し停職にした。 その後、正式な聴聞会が開かれ、6月間の停職処分とされ、彼もそれに署名
   した。
 ○ 1996年1月に職場に復帰した彼は“総合発展手法”クラスの担任に指名されたが、そのクラス
   は自自閉症や精神的にハンディキャップのある生徒のクラスであった。
   ところが、ある生徒の父親が、自分の子供の゛弁当箱に宗教的音楽の入った録音テープを発
   見したことから、彼が神とか“平和の精神”とかを教えていることがわかった。
 ○ 彼は、それは授業時間中の教材や指導ではない、と主張したが、そのようには解釈されず、
   解雇された。
 ○ そこで[教育長や上司の指導は憲法上、不明瞭で、しかも越権行為である]として訴えて出た
   が、地裁はこれを退けた。
3 判決
  われわれも一審について審議したが、新らたに発見できるものもなかったし、処分についての
  裁量権の濫用もない。 よって判決を確定する。
【コメント】 宗教心の厚い信者は、時には公教育の宗教的中立を損なうことがあるが、その一例
        である。
次は少し旧い例であるが『不服従』について興味深いものと考えるので、概要だけを述べておこう。
W Monteith v. Webster地区教委事件
          West Virginia最高裁 1988年判決 375 S.E.2d 209
概要
  ある小学校の一年生の担任が、修士相当の資格を大学から取ったので、契約条項からいって
  給料は修士レベルの額に上がると期待していた。 ところが実際に給料を受け取ってみると、学
  士レベルの額に9年の経験を加味したしたものであったので、気が動転して直ちに児童に課題
  を与えて校長室へ行き外出の許可を得ようとしたが、あいにく校長は不在であった。しかも副
  校長も部屋にいなかったので益々、気が動転して教室に戻り、持ち物を集めて教室から出て、
  車で教委へ行って抗議した。
  この間、学校を留守にしたのは約一時間であったが、これを『不服従』として解雇された。

  さすがに裁判所は、なるほど彼女のとった行動は良識あるものとはいえない、としながらも、他
  の同僚教員も仕切った隣の教室にいたし、児童たちに課題も与え、彼らもそれを続けていたし、
  また僅かの時間で戻ってきているので、[クラスを放置した]、[不服従]とはいえないとして解雇処
  分を取り消した。
付記
 また他の例としても、Kansas州で、職員組合との協定により[学年末の一週間には休暇は認めら
 れない]という協定があったにもかかわらず、当日、妻から[夫は病気で欠勤する]と電話を掛けさ
 せ、実際には他の仕事のために欠勤したことを『不服従』として解雇され、しかも裁判所もこの処
 分を支持した例がある。
   Gaylord v. Board of Educ., Unified School Dist.218 Morton County, 794 P.2d 307
   ( Kan. Ct. Appl. 1990 )
X 参考資料
1 アメリカ教員連盟のアンケートから
     AFT ( American Federation of Teachers ):アメリカ教員連盟が『教員解雇』についての
     アンケート( 1996年 春に実施 )の結果を公表しているが、そのなかで『不服従』による
     解雇を中心として参考になると思われる個所を要約しておこう。
    【註】 AFT Teacher Dismissal Survey, 調査の対象教員の55%はNew York州とIllinois
        州の教員から、45%はその他の州の教員から。
Q. あなたは過去 3年間で、正式聴聞会手続きによるにせよ、そのような手続きをとらないにせよ、
  【教員解雇】のケースを見聞されたならば、そのケースの【解雇事由】について答えてください。
A. 不服従で解雇されたケース .......... 11名 [正式手続きによるもの、6名。それによらないもの、
                            5名]
  義務懈怠で解雇されたケース ...... 29名 [正式手続きによるもの、10名、それによらないもの、
                            19名]
  規則違反で解雇されてケース........ 27名 [正式手続きによるもの、 12名、それによらないもの、
                            15名]
【コメント】 上記の数字はそれぞれ1000名についてのものである。従って[不服従]を狭義にとれ
       ば、正式手続きによる解雇にせよ、そのような手続きをとらない非公式な解雇にせよ、
       併せて1000名につき11名の解雇教員であり、この[不服従]を広義にとれば、すべて併
       せて 67名の解雇教員数となる。 やはり、わが国と較べて多いといえよう。
2 [不服従]の解釈と適用
 ところで、それが[不服従]なのか否かを巡って争われることがある。
それについて判例: Jim Hanna v. Portland School District 1.J.Respondent ORS 243.672 Case
は次のように述べている。 参考になると思うので要点を下記する。
要旨
   どのような行為が[不服従]となるのかについて、教員組合との協定で、はっきりと取り決められ
  ていなくてもかなわない。 それは伝統的な解釈基準によればよいからである。
  すなわち、特に詳細な規定がなくても、一般的な産業界で用いられる解釈や適用の仕方によれ
  ばよい。 だから, [これらの行為は協定できめられていないから、不服従にはならない]わけでは
  ない。 Fair Dismissal Law case
【コメント】 当然のことといえば、それまでのことであるが、実際にはタジタジとさせられることが
       時々、ある。 学校で生徒指導の際にも、[そのような規定がないのに、どうしてこれが
       校則違反なのか]といわれて困惑していることもあろう。
       一般的に教育界で規則について普通に解釈されている基準によればよいだけのことで
       ある。勿論、極端な拡大解釈は許されないし、また例示規定があることは望ましい。
  2001年4月下旬 記                無断転載禁止