杉田荘治
はじめに
最近、大阪市立高校でバスケットボール部の主将が顧問教師から繰り返し体罰を受け、
これを苦にして自殺する事件が起きた。 これに対して橋本大阪市長が保護者に謝罪し
従来の彼の体罰観が間違っていたことを認めたとメディアは報じている。
もしそれが教師による『いかなる力の行使も体罰である』とするならば、それは間違っ
ている。 またこのような事件が起きるとすぐ、そのような考えかたの風潮になるが、そ
れもまた危険でもあり、十分注意すべきことであろう。
学校では場合によっては懲戒としての教師による[有形力の行使]はありうるし、必要で
もある。 [先公、それは体罰だぜ]、[可愛いわが子によくもまぁ手を掛けてくれたなぁ]と凄
まれその結果、事実上の懲戒ができず荒れる学校、クラス崩壊へとエスカレートする惧れ
も出てこよう。 正当な教育を萎縮させる危険性があることにも注意すべきである。 また、
いじめの遠因になることも予想される。
このことについて今までも各編で述べてきたが最近の状況を見て標記の題目『いかなる
力の行使も体罰』とすることの間違いについて改めて論述することにする。
判例は妥当である 学ぶべき
例1 女子教諭体罰(懲戒)事件
東京高裁 第3刑事部 昭和56年4月1日判決
判決要旨
有形力の行使は教育上の懲戒の手段として必要最小限度にとどめることが望ましい。
しかしながら、教師が生徒を励ましたり、注意したり、生徒の好ましからざる行状につ
いてたしなめたり、警告したり、叱責したりする時に、やや強度の外的刺激(有形力の
行使)を生徒の身体に与えることが、教育上肝要な注意喚起行為や覚醒行為として
機能し、効果があることも明かである。
他にもっと適切な方法がなかったかについては、必ずしも疑問の余地がないではな
いが、本来、どのような方法・形態の懲戒を選ぶかは、平素から生徒に接してその性
格、行状、長所・短所等を知り観察している教師に任せるのが相当であり、その決定
したところが社会通念上著しく妥当を欠くと認められる場合を除いては、教師の自由裁
量権によって決すべきである。 刑法208条の暴行罪は成立しない。 無罪
事件の概要
体力テストを実施するため、約400名と十数名の教師が集まっていた。 ところがそ
の時、2年生のその生徒が「何だ、Kと一緒か。」とその教諭の名をいい、友達にずっこ
けの動作をしてふざけてみせた。
○ そこで教諭は叩いたのであるが、他の生徒たちの証言によれば、こづく、という状態
であったし、大多数の者もこれに気付かず、特別周囲の注意をひくほどではなかった
し、生徒自身もとくに反抗したり反発したりせず、おとなしく叱られていた。
○ 生徒の身体に傷害や後遺症を残すような証跡は全く存在しない。
○ その8日後、不幸にも生徒は死亡したが、当時生徒は風疹にかかっており、また生徒
はバレーボール部員でもあったことなどから考えると、その死亡との因果関係を示す
証拠は全くない。
○ 生徒は性格が陽気で人なつこい反面、落ち着きがないことを教諭は知っており、ま
たよく話しかけたり、ふざけたりすることもあったので、教諭はその生徒に対して、あ
る種の気安さと親近感を持っていた。 憤慨・立腹し、私憤に駆られて単なる個人的
感情から暴行するとは考えられない。
例2 最高裁第3小法廷 平成21年4月28日判決
最高裁判所判例集 63巻4号 904頁
判決要旨 最高裁
悪ふざけの罰として児童に肉体的苦痛を与えるために行われたものではない。
本件の行為はやや妥当性を欠くところがなかったとはいえないが、その目的、態様,
継続時間などから判断して、教育的指導の範囲を逸脱するものではなく、体罰には
該当しない。 5人の裁判官全員一致の意見。
事件の概要
平成14年11月、天草市(旧本渡市)の公立小学校で男子臨時講師がコンピ−ター
をしたいとだだをこねる3年生男子をなだめていた。 そこへ通りかかった男子2年生
がその講師の背中におおいかふさるようにして肩をもんだ。 離れれようにいっても
やめなかったので右手で振りほどいた。 そこへ6年生の女子数人が通りかかった
ところ、その生徒は他の同級生とともに、じゃれつくように女子生徒らを蹴りはじめた。
そこで、その講師はこれを制止し注意した。
その後、その教員が職員室へ行こうとしていたところ、その児童が後から彼のでん
部を二回蹴って逃げ出した。 そこで追いかけていって児童の胸元の洋服をつかんで
壁に押し当て大声で[もう、するなよ。]と叱った。 数秒。
例3 違法な体罰ケース
福岡地裁飯塚支部 昭和45年8月12日判決
資料 :
判例時報 613号 30頁
判決要旨
違法な懲戒(体罰)。 翌日その教師を恨む遺書を残して自殺したが死亡との因
果関係はないとされた。 福岡県に対して3万円の支払いを命じる 。国家賠償法
事件の概要
○ 昭和37年9月25日、福岡県立某高校の人文地理の時間に、その生徒は私語し続け、
しかも生物の参考書を開いてしたので、授業後、職員室へ連れていかれて訓戒され
た。 生徒は反省したので次ぎの授業開始とともに「教室へ戻るように」といわれた。
○ しかし、これを見ていた生徒のホームルーム担任が、隣の応接室へ連れていって叱
責した。これに対して、生徒は反抗的な態度を続け、しかも喫煙やカンニングなどの
事実も判明したので、担任教師は平手で数回、頭部を殴打し「明日、父親が来校する
ように」と命じた。午後2時30分頃、クラスへ返したが、その間、授業を受けさせず昼食
もとらせなかった。
○ 翌朝、生徒は級友あてに6通の手紙をしたためて首吊り自殺をした。
○ この担任はいくぶん短気で、今までもしばしば体罰を加え、生徒を負傷させたり、逆
に生徒から刃物で刺されたりしたことがあった。 また生徒も訓戒を受けたことがあり、
また事件の6日前にはノイローゼに基因する不調で診断を受けたことがあった。
次のような理由のある力の行使と体罰とは異なる
ー
騒ぎをしずめたり、暴力行為を排除するなどのために、学校の教職員が、
力を行使することは、体罰ではない ー
このことについてアメリカ(U,S,A,)では体罰と区別してるので参考にしたほうがよい。
アメリカの場合 参考にすべき
すなわち、体罰禁止、条件付容認の州、地方教委をとわず全米的に共通していることは次
のとおりである。 理由のある力の行使: reasonable force として体罰とは区別されている。
教育上子必要な措置といえよう。 第25編を参照してください。 すなわち、
次の場合は、たとえ親やある教委が体罰に反対していても、力を行使することができる。
@ 騒ぎを静める場合
A 武器や危険な物を持っている場合
B 自己防衛の場合
C 他人や器物を護る場合
わが国では特に[騒ぎを静める場合]に注目すべきであろう。
なかには、Virginia州のように体罰禁止であるが、そのような[力の行使]をして、少し肉体
的痛みや怪我を与えたとしても問題視しないことを明記しているところさえある。
すなわち、そのような[力の行使]をする場合でも慎重を期すために、次の点を考慮すること
としている。
@ 適度なものであること。
A 長く続く傷害を与えないこと。
B 生徒の態度や過去の行為が考慮されること。
C
その罰の性質と強さ
D そんなに厳しくなくとも効果のある方法て゛あること。
E 他人の安全・安定
わが国では 本旨を明確にすべき
問題行動を起こす児童生徒に対する指導について(通知)
18
文科初1019号 平成19年2月5日
別紙 学校教育法第11条に規定する児童生徒の懲戒・体罰に関する考え方
2 児童生徒を教室外に退去させる等の措置について
(3) また児童生徒が学習を怠り、喧騒その他の行為により他の児童生徒の学習
を妨げるような場合には、他の児童生徒の学習上の妨害を排除し、教室内の
秩序を維持するため、必要な間、やむを得ず教室外に退去させることは懲戒
に当たらず、教育上必要な措置として差支えない。
しかし、『通知』の本文には規定されず、上記のように『別紙』としての形をとられたのは
主旨からみて少し迫力に欠けるように思われる。 はじめに記したよう騒ぎを引き起こす
生徒や親などから[先公、それは体罰だぜ]、[可愛いわが子によくもまぁ手を掛けてくれた
なぁ]と凄まれて、これを体罰と誤解して懲戒ができない惧れが出てこよう。 また教育関係
者の多くが、現にこの規定があることを知らないので追い込まれている。 本文に規定
されたほうがよい。
筆者の所論
生徒の懲戒も、考えてみれば常識的なことであり、またそれが最も重要なことである。
具体的なことについては次の体罰的懲戒制限条項のように生徒の年齢、性別、身体的な
強さ、その時の身体的、精神的な状態その他の事情を要件に、各教委、各学校で親など
の理解や協力を得て検討されれば有益であろう。 もちろんその総てについて必須事項と
しないまでも真剣に検討されれば自ずからその程度を定めることができよう。
体罰的懲戒制限条項 (試案)
1 生徒の性別、年齢、身体的状況、違反行為の程度は考慮されたか。
2 事前に生徒から “ いいわけ ”を聞いたか。
3 用いられる道具はどうか。平手だけに限るかなど、よく検討される必要がある。
4 頭や耳などを避けるようになされたか。
5 その懲戒以前に、居残り、特別に清掃を課すなどの措置がとられていたか。
6 [次に違反行為があれば、その懲戒もありうる]との注意・警告が本人に(場合によっ
ては親にも)なされていたか。
7 同僚教師の立ち会いはどうであったか。
8 教頭、校長への報告はどうか。
9 生活指導日誌への記載 についてはどうか。
10 懲戒が行われた場所は適当か。 密室性の排除など。
11 状況によっては親への通知はなされたか。
12 若い教職員に対する配慮をどうするか。
13 長時間、昼食をとらせないとか用便にいかせないことなどがなかったか。
14 [ 生徒心得] [親や保護者への通知]などの周知をどうするか。
15 その他
参考資料
1. 至文堂『現代のエスプリ』 現代の教育に欠けるもの 302号 親の代行と教師の体罰
2 『学校教育と体罰 日本と米・英の体罰判例』 杉田荘治著 昭和58 学苑社
これは絶版になっていると思われるが名大 中央図、名大教 、 名大法 、愛教大図 、
愛大名 、京大教育 、 京大人環総人 、 金大 、 九大 など54大学・学部図書館で見る
ことができる。 なお米国連邦議会図書館も所蔵している。 インターネットで検索すること
ができる。
おわりに
関係判例をよく読み、アメリカの場合も参考にし、文部科学省『通知』の本旨を明確にし、
併せて筆者の所論を検討されることを期待したい。 いじめ対策としても有効であろう。
第一、ここで論じたことを曖昧にしたまま体罰統計をとっても不正確なものとなろう。
平成25年(2013) 1月13日記 無断転載禁止