杉田荘治
はじめに
第183編でも指摘したように、近く実施されることになった、わが国の統一学力テストに
よって、学校はカリキュラムをその2教科に重心を移し、他の教科を軽視することになろう。
いわるる『狭いカリキュラム』または“カリキュラムを狭める”のである。 このことについて
アメリカの最近の動きについて述べ、参考に供したい。
T アメリカ教育政策センターの資料から
アメリカ教育政策センター:Center on Education Policy (CEP)は昨年(2005)、2回に
わたって調査の結果を発表したが、最近New York Timesなどが、これを取り上げて論
評している。 すなわち「学校のカリキュラムが狭くなってきている」と警告しているので
あるが、これを一言でいえば"narrowing the curriculum"といえよう。 そこでそれを見
ていくことにするが、まず表でしめそう。
表T リーディングと数学に時間を割くため、他の教科を削減した状況(全米) 2005年5月
教科 | 全く減らさないか、またはごく僅か しか減らさない教委 % |
幾分またはかなり 減らした教委 % |
不明 % |
社会科 | 69 | 27 | 4 |
理科 | 74 | 22 | 3 |
美術 | 77 | 20 | 3 |
体育 | 88 | 10 | 2 |
その他 | 68 | 18 | 14 |
表U
A 減少の程度を教委の地域性によってみると次ぎの通りである。
|
また教委の大小によってみると、 ○ 非常に大きい教委では......90% ○ 大きい教委では................79% ○ 中間的な規模...................73% ○ 小さい教委では...............70% 平均..............................71% |
参考
教科別の削減状況を2005年12月発表について見ると、次ぎのとおりである。
かなり減らした % | 幾分へらした % | 不明 % | |
社会(歴史、地理、公民) | 33 | 64 | 3 |
理科 | 29 | 68 | 3 |
美術、音楽 | 22 | 76 | 2 |
体育 | 14 | 83 | 2 |
その他の教科 | 17 | 71 | 12 |
U 評価
このように2教科に重心を移し、“カリキュラムを狭めた”ことについて評価は分かれている。
a. 低学力校では学校は興味がなく、退屈なものになってきている。 それは丁度、ステーキ
とポテト以外のメニューがないようなもの、またバイオリンの練習で毎日、スケールだけを
繰り返しているようなものであり、バスケットボールでいえばラインアップの練習だけで、そ
の癖がついてしまってパワーアップの実力がつかないようなものである。
b. それでいてリィーディングと数学の成績が向上しているかといえば、必ずしもそうではない。
例えばカリフォルニア州で州のテストを連邦政府の求める新教育改革法:NCLBに拠って
実施してみたところ、数学では「良好」であったものは17.4%あったが、リィーデングでは
14.9%しかなかった。
c. もっとも連邦政府の評価は違う。 すなわち、その教育省スポーツマンによれば、「地方
教委の努力によって健全なカリキュラム: a well-rounded curriculumを続けていける筈で
ある。 第一、リーディングと数学で良い成績をとることか゛何故悪いか。 テストがなければ
生徒は勉強しないであろう」といって反論している。
d. New York Times(2006年3月26日)の論調もやや厳しい見方である。 すなわち次ぎのよ
うなことを記している。
新教育改革法:NCLBが実施されてから特に低学力校では、リーディングと数学の授業
が増え他の教科は減少してきている。 ある学校では2科目は3倍になったし、またある
ところでは、2科目以外の教科に充てられるのは一日のうちに55分しかないところもある。
このように今や健全なカリキュラム:a well-rounded curriculum"は失われて狭いカリ
キュラムになってきている。 その理由はリーディングと数学で連邦政府の求めるテスト
で成績が挙がらなければ“罰”を受けるからである。
以上のような論説であるが、その“罰”については第138編、第85編、第45編などを参照し
てください。 一部を下記しておこう。
[低学力]の公立学校へは、連邦補助金で支援する。 しかし、2年続けて成績
不振な学校では、生徒が他の公立学校へ転校することを認める。 さらにもう1年、
[成績不振]の公立学校、つまり3年そのような状態がつづいた学校へは連邦補
助金を打ち切る。そしてチャーター・スクールにするか、州が強制的にその学校を引
き継ぐか、或いは教員を入れ替えて再出発させる。
【註】アメリカ教育政策センター: Center on Eucation Policy
このセンターは1995年に設立された非営利で中立的な教育調査機関で、主として
公立学校教育についての調査を行なっている。 本部はワシントンD.C. 資金は
Joyce財団、Ewing Marion Kauffman財団、Goege Grund財団など多くの財団から
得て、Phi Delta Kappa Internationalも協力している。
上記の調査は約4年間かけて実施されたものである。
V 対策をとっている教委等
なかなか難しいようであるが、Washington Post 2005年9月20日によれば次ぎのような
対策が見られる。 すなわち、
○ リーディングに理科、社会科、音楽を取り込んで授業をして成果を挙げているところ
がある。 例えば古代エジプトのことを1年生に教え、2年ではマーチン・ルーサー・
キングのことを取り入れているのである。
○ 英語の不自由な生徒について理科、社会との統合を図って進める。
○ 2科目以外の教科について州独自のテストのあるところはよい。 例えば、バージニア
州では生徒は社会や理科を軽視しなくて学習する。
○ また卒業認定試験のあるところもよい。 ポーツマス市がその例である。
W わが国における対策
1. 第183編で述べたように、国語と数学以外の教科についても実施したほうが良いし、学年も
頻度は異なっても小学6年、中学3年以外の学年にもあったほうが良いと考える。 従って
全員参加のテストでは“重過ぎる”。 問題作成から「成績の結果責任を問われる」までの
すべてについて、それは大変なことで、それでいて負の影響が大きい。 一部抽出で十分
目的は達成される。
2. アメリカで州独自のテストと併用するところや、また卒業認定試験のあるところて゛は良いよ
うであるから、この点も考慮されるほうがよいかもしれない。 テストの重層構造化の懸念はあ
ろうが、“一発勝負”的な全国統一テストだけの弊害よりは少ないであろう。
3. 同じく第183編で述べたようにネブラスカ方式も参考になろう。 そこでは“一発勝負的テスト”
に依存するような評定方式ではなく、517地方教委が独自に評定方式を作っている。 教員に
よる平素の観察と評価、地区ごとのテスト結果、州の書き取りテストの結果、全米的に行なわれて
いるテストの結果などを総合して評定しているのである。 現職教員をこの面において活かすこ
とは無理であろうか。
コメント
ご覧のとおりであるが、近く実施されることになった、わが国の統一学力テストはカリキュラムを
その2教科に重心を移す『狭いカリキュラム』を作り出すものとになろう。その対策としては巻末
に述べたようなことが考えられる。
2006年5月16日記