アメリカでは、少し前までは、尿検査は実施できないとされていた。 すなわち、1985
年のAmable v. Ford事件では、「すべての生徒から血液や尿を麻薬検査のために提出さ
せることは許されない」と判断された。 また、ニュージァジー州の場合でも同様で、「入学
に際して、すべての生徒に尿検査を受けさせる」とする教委の施策を認めなかった。
それらはいずれも『医学的という見せかけで、すべての生徒をコントロールすること』は違
法である、という理由であった。
( Odenheim v. Carlstads-East Rutherford Regional Sch.Dist, 211 N.J. Super. 54,
510 A. 2d 709, 1985 )
しかしながら、麻薬問題の深刻化とともに、その考え方も変わりつつあるように思われ
る。すなわち、次の判例は最近よく評論で引用されているものであるが、控訴審では否定
されたが、最高裁では容認された例である。 紹介しよう。
判例 Vernonia School District 47J v. Acton 事件 (1995)
オレゴン州で、12才の少年Actontが、課外活動としてのフットボール大会に参加しようと
した。彼には麻薬の疑いが全くなかったにもかかわらず、教委のルールによって尿検査を
受けるようにといわれた。 しかし彼はこれを拒否したので、参加資格が与えられなかった。
そこで、彼は訴え出たのであるが、第九巡回控訴審は、彼の主張を認めて、「麻薬使用の
疑いが全くない生徒を含めて一斉に尿検査を強制することは違法である」としたが、連邦最
高裁は、『学校の秩序維持』などの観点に立って、6 : 3 の多数決で下級審判決を破棄して、
「尿検査は合理的な検査である。 体育競技に参加する生徒のプライバシーは、学年や医
学的条件によって詳しく定められているので、一般の生徒ほど、それを考慮する必要はなく、
社会一般のルールや傾向に従ったほうがよい」と判断した。
( Vernonia School District 47J v. Acton, 115 S.Ct. 2386132 L.Ed. 2d. 564, 23 F. 3d 1514 )
【コメント】5. 犬を使っての検査
ただ、この判決は、体育競技参加生徒のケースであって、広く[一般生徒に対して尿検査
ができるか否か]については触れていない。残された課題である。しかし今後、麻薬問題が
深刻化すれば、容認する方向に進むかもしれない。
わが国では、多くの学校で、学年初め、すべての生徒の尿検査が実施されてきた。それは
生徒の健康維持・増進の目的のもので、勿論、麻薬検査のためのものではない。しかし今後、
すべての生徒にそれを求めることができるかどうかは、やはり課題であろう。
犬を使って匂いを嗅ぐ検査も例外的なものである。
連邦最高裁は、この検査について何ら判断を示していないが、下級審の判断は分かれている。
18年前の1980年に生徒数、2500名の大規模中・高校に訓練された犬を入れて、ロッカールー
ムなどを検査したことがあったが、余り大きな問題にはならなかった。( Doe v. Renfrow 事件、
631 F.2d 91 7th Cir. 1980 )
しかし、生徒の人権尊重意識の高まりがあり、また麻薬防止の要請もあって、この問題は揺
れ動いている。 次に、容認しなかった例と認めた例とを挙げておこう。
判例6. 金属探知機による検査
ペンシルバニァ州で警察官が、ある高校生の肩に掛けたカバンを犬を使ってクンクンと嗅がせ
た事件があったが、州控訴裁は、[明らかに麻薬が入っているという疑い]があったわけでもない
のに、たんに校則違反の疑いで検査をしたのは違法である、とした。( Commonwealth v.
Martin, 626 A. 2d 556, Pa.1993 )
しかし、Jennings事件(189)では、始めから生徒に[麻薬所持の強い疑い]があったので、生徒
自身を嗅いだことさえも容認された。 ( Jennings v. Joshua Indep. Sch.Dist., 877 F. 2d 313,
5th Cir.1989 )
検事総長Lynne Schroering の意見書 (1994. 8月30日)要旨
生徒か゛校内へ武器を持ち込もうとしている場合は、憲法上、金属探知器による検査は
可能である。但し、教委規則で、それを使用する場合や条件を明定しておく必要がある。
また、ガイドラインをつくること。 ガイドライン.には [まず、ポケットを空にすること、別室
で調べる場合は生徒と同姓の二人の教職員で実施することなど]その手順や方法が示さ
れている。
【註】 1993年現在、テネシー、ルイジアナ、フロリダの3州が明定している。( Rubin, 1993)
また現在、州レベルの事件はあるが、連邦レベルのものはない。
また、教育評論家の意見としては、特定の生徒を対象にするのではなく、広く一般生
徒を対象にする場合は可能、とするものが多い。一般的な管理的検査と考えるわけ
である。
次に容認された例を挙げよう。
判例
Commonwealth v. Cass事件 (1995)
ペンシルバニァ州のある高校で、すべての生徒を対象にして、「コートを脱ぎカバンを
ベルトの上に置き金属探知器の間を通るように」と指示した。するとある生徒について
反応があったので、管理職を呼んで調べたところ、カッターナイフが出てきた。 その生
徒は、検査方法そのものが違法であると抗弁したが、教委は[管理上必要で、生徒のプ
ライバシィ侵害は最低のものである]として、その事実を証拠として警察に引き渡した。
これに対して、ペンシルバニア控訴裁も、これを支持して、[フィラデルフィアの公立高
校の生徒の間に広まっている武器使用の実態]にかんがみ、一般生徒を対象にした金
属探知器に使用を合法とした。( Commonwealth v. Cass, 446 Pa. Supper.66. 666
A.2d 313 )
People v. Duke ( 1992 )事件も同様である。
すなわち、ニューヨーク市で、凶器となるナイフを生徒が隠しもっていたが、金属探知
器によって発見された。 市刑事裁判所は、この探知器の設置や検査を、裁判所や図
書館、高速道路のチェックポイントにあるものと同様に[管理目的の検査]とみなしたの
である。 ( 151 Misc 2d 295, 580 N.Y.S. 2d 850, 1992 )
次は違法とされた例である。
People v. Pruitt事件 (1996)
イリノイ州のある高校で、金属探知器が反応したので調べたところ、生徒のズボンか
ら連発式銃が出てきた。 それに対して一審は、その措置を認めたが、控訴審は、生徒
のプライバシィ保護の観点に立って[金属探知器を使用するほどの犯罪の疑いがなかっ
た]にもかかわらず、実施した検査そのものが違法であった、とした。
( 278 Ill. App. 3d, 194. 662 N.E. 2d 540 )
People v. Panker事件 (1996)7. その他
これも同様のケースで、ある高校生が金属探知器の間を通らずに行こうとしたので、
調べたところ、武器を持っていることがわかった。しかし、裁判所は、[始めから、犯罪
の疑いが十分あったわけではない]として、そのナイフを証拠として取り上げなかった。
( 284 Ill. App. 3d 860, 672 N.E. 2d 813 )
【コメント】 わが国の常識からすると、やや奇妙な結論のように思われるが、しかしあくまで、
[犯罪の疑いが十分にある特定の生徒を対象にすべきである]とする考えに拠るの
であろう。
なお、前掲:Student Searches and the Law, p.25 によれば、設置・検査に際し
ては、次のように手順が定められている。
・設置することを予告すること。 ・まず[ポケットを空にすること]と告げること。
・反応したら、[もう一度、通り抜けるように]と指示すること。 ・ハンド式のマ
グネット・メーターを次に使用すること。 ・手でパタパタ叩いてみること。
・ピョンピョン飛び上がらせること。 ・同姓の職員で実施すること。
公立と私立
前掲:The Court TV Cradle-to-Grave 合法ガイドによれば、
[公立学校の教員は、連邦または地方の公務員という身分をもち、その立場に立って服装
検査を実施するのであるから、憲法遵守義務のレベルは、それだけ高くなる。 しかし私立
学校にあっては、原則的には、随時、随意に服装検査をすることが出来る] [しかし、警察
官を要請する段階になれば、憲法遵守のレベルは高くなる。]
州学校規則の例 イリノイ州学校規程[要点]参考文献
1. 学校当局は、ロッカー、机、駐車場その他、生徒が校内へ残していった生徒の持ち物など
を予告なしに、またその生徒の同意なしに、また正式の令状なしに検査することができる。
2. 学校当局は、正式の警察官の協力を求めることができる。 また訓練された犬を使って
の警察の捜査を要請することもできる。 その際、押収された証拠は、警察に渡さなければ
ならない。
3. 各地区教委は、[不法売買]の物品を所持している生徒に対して、直ちに懲戒を加えること
ができる。
4. 生徒の所持品を検査・押収したり、また身体検査を実施するときは、[違反行為の疑いが十
分、あるかどうか]を慎重に判断しなければならない。
5. 各地区教委は、規則を制定し、ガイドラインを、より適切なものにするために、PTAによる
勧告委員会をつくることが必要である。
6. 各地区教委は、毎年、学校、生徒および教職員の安全、生徒指導の実態を報告するものと
する。
【註】 サウス・カロライナ州の規程も、ほぼ同様である。但し、下着を下げさせる検査は禁止さ
れている。 また、教職員に服装検査についての現職教育を受けることを義務づけてい
る。 参考になろう。
本文中、引用したものの他、次のものを参考にした。[一部重複]
1. School Searches of Students and Seizures of Their Property
これは生徒の服装検査について、要領よくまとめられている。
2. Vernonia School District 37J v. Acton Decided June 26 1995
3. Supreme Court of Wisconsin Case No. 95-3104 State of Wisconsin v. Angelia D.B.
4. The Court TV Cradle-to-Grave Legal Survival Guide, " Search and Seizure"
5. National School Safety Center Publication and Products. " Students Searches and the
Law " (1995)
この本も服装検査について、よくまとめられている。アメリカン・センターなどに問合されるとよい。
12ドル
なお、このNational School Safety Centerは、アメリカの青少年犯罪、薬物濫用、ずる休み、
施設破壊行為などの問題に対処するため、1984年、サクラメントに創設された研究センター
である。 Pepperdine大学と連携をとり、そのR.Stephen博士が所長。 杉田は、翌1985年7月
日本人としては始めて訪問した。その訪問記は学事出版・月刊誌『高校教育』 1985.10月号
に掲載されている。 また、本年( 1998 ) 4月、Stephen所長が、連邦下院の教育問題等委員会
で、全米の現状や連邦レベルでの対策、地方レベルでの対策について、詳しく陳述している。
その全文をインターネットでも見ることができる。NSSCのホームページを開いて検索していくと出
てくる。参考にされるとよい。
6. Mr. Sagan's Readings on School Searches "Or should dogs be allowed in school"
7. HEADLINE: School Drug Search Ruled illegal BYLINE: Compiled from the reporting of
Shannon P.Duffy and Hank Grezlark of the Pennsylvania Law Weekly and The Associated
Press
8. United States Court of Appeals, Eleventh Circuit, No.95-6243 Cassandra, JENKINS v.
TALLADEGA CITY BOARD of EDUCATION
9. Strip Search Grow From Zero Tolerance, by Chastity Pratt and Bill Graves
これもよく分類・要約されている。 しかし、事件の背景や経過が、いまひとつ、はっきりしないも
どかしさがある。
10. American Bar Association Criminal Justice Section, Weapons in Schools and Zero
Zero Tolerance, by Rober E.Shephered Jr. and Anthony J. DeMarco
これは簡潔。しかし簡潔すぎて事件の経過がよくわからない。弁護士協会の服装検査について
の意見の要約としてはよいのであろう。
11. Metal Detector Searches In Schools, by Lynne Schroering, requested by J. Stephen Kirby
文字どおり、検事総長の意見書[質問に答える形式]
12. School Law Brifing
13. Survey of Illinois Law: Education Law A Fourth Amendment: Search and Seizure
14. Journal of Law & EDUCATION, Volume 27, No.1 January 1998
有名な教育法季刊誌 しかし、惜しむらくは、記事がやや旧いように思われる。
付記 日本の服装検査
わが国では、生徒の服装検査に関する規則やガイドラインは皆無に近い。
[金属探知器による検査]や[犬を使って嗅ぐ検査]は、全く学校では実施されていない。
また、ロッカーの検査や生徒の自転車(自動車ではない)レベルのものはあるが、[下着を下げさせる
検査]も極めて少ない。
例 【盗難事件】
ある生徒の申し出により、盗難事件が起こった場合、クラス担任は、疑いのある生徒を含む
クラスの生徒全員に対して、「出来心で取った人は、何時までに○○の所へ返しておきなさい」と、
良心に訴える。それでも出てこなかったときは、やはり全ての生徒に、「ポケット、カバン、机の
中の全ての持ち物を机の上に置くように」と指示する。このように、クラス全員の協力? のもとに
服装検査が実施されるのが一般的である。
従って、徹底を欠き、時には犯人を見逃すこともありえよう。しかし不思議なことには、被害生
徒も、その親も、それ以上深く追求しないことが多い。また学校当局も「その生徒(犯人)の良心
を疑う。先生も残念だ」といって、その件を打ち切ることが多い。[クラスの和]をより重視するか
らである。 勿論、被害生徒が納得せず、また学校当局がその時の状況から考えて、極めて悪
質な盗難事件とみた場合は、その他の手段がとられよう。
尿検査
本文でも述べたように、わが国では、生徒の健康診断の一つとして、学年度当初、すべての生1998年 6月
徒について尿検査が実施されることが一般的である。そこには[生徒の健康に学校も責任を持つ]
という思想が働いている。生徒個々の健康は、クラスの健康、全校生徒の健康と深く関わってい
るからである。
しかし生徒の宗教、信条と同じように生徒の健康・病気・医療は基本的には、生徒・その親の
プライバシィの範疇に属することも忘れてはならない。 アメリカでは前述のように、全ての生徒
に義務として血液や尿を提出させることは、否定的または極めて懐疑的である。わが国でも検
討すべき課題といえよう。
【コメント】わが国にあっても、服装検査の仕方などのガイドラインの制定などについて、今後更に
検討すべき課題も残されていよう。
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