杉田荘治
ばじめに
最近(2004年7月)、イギリス政府は主として中等学校教育についての改革案を発表した。
これをGuardian(5/7/2004)号、BBC NEWS(8/7)号その他、各注記の資料によって要約
することにする。
T 概要
5年計画:Five-year planといわれるが、高い学力を維持している上位校に、その見かえり
としてもっと自由を与えようとするものである。 とくに優れた学校に[スーパースクール]と
いうブランドを与え、自分たちで給料をきめたり、また新しい建物をつくるための資金調達も
できるようにするし、また市アカデミーといわれる学校や財団学校なども計画している。
また総ての中等教育学校が、ある教科などでスペシャリストがいるような学校にしようとし、
さらに学校への資金の流れを地方教委の手を通さずに、直接学校へ支出することも計画
している。 これらについて逐次見ていこう。
U スーパースクール;Super-schools
前述したように地方政府の手を離れて自分たち自身の給料を決めたり、教員が不足して
いるような教科では優良教員に最高5,000ポンドまで加算することができ、またカリキュラム
も独自できめたりするなど相当な自治が認められる学校である。スポーツ施設などを創りた
いときには資金調達も出来るし、またこれによって教室を増やし生徒の定員増にも独自で
対応することができる。
V 財団的公立学校
Foundation Schools 公立基金学校またはたんに財団学校といってもよかろう。
地方政府などからの資金とともに民間からの資金も加えて学校を運営するものであるが、過
去にも労働党政権の時代に存在し、独自に資産を持ちスタッフも採用することができたが、
制約は多くて力が弱く、せいぜい地域の学校という程度のものであった。 従って複雑な手
続きを嫌って、創りたいという申しでは殆どなかった。
しかし今回の案ではそのような制約も少なく、財団としての地位が与えられ助成金も自分たち
で管理するなど自由な裁量を許し、教員組合と合意した諸条件やカリキュラムの変更について
も自由に制定することができる。
政府案のこのような学校は中流の家庭の子供たちが私立学校へ行かなくてもエリート教育
を受けれる魅力的な学校をつくろうとするものである。 もっとも労働党の一部議員たちは
教育の二重構造を問題視して反対している。
なお参考までにこのような財団学校は歴史的には情緒書障害児を対象にして創られたり、ま
た香港では英基学校として英語によることを掲げているもの、また大學進学を明確に目標に
掲げて、親、教員、地域、事業主の他大学も協力している学校Foundation for Excellent
Schools)などもある。
W 市アカデミー: City academies
政府はこの市アカデミーを教育改革の大きな柱にしているが、これは州の資金で創られる
学校で、授業料はいらない。 以前は貧困な都市中心部の地域で教育に恵まれない優れた子
供たちに高い教育を受けさせる目的で創られた。 民間人の協力も得て良い施設・設備や技
術に支えられ、強い校風ももっている。 地域における旗艦ともいえる学校:Flagship schools
で事業主もこれに貢献している。 また学校運営についても通常の中等学校よりはずっと“自
由”な独立性をもっている。
2002年に3校、開校し翌年さらに9校つくられた。 今後2007年までには53校増やし、2010年
までには併せて200校つくる計画である。 しかも政府は将来、イギリス全土にわたって中等
教育の重要な柱として拡大する方針である。
しかしこれに反対する者は、本来、通常の学校へ向けられる資金がそこへ流れ込む惧れがあ
るし、優秀な生徒についても同様であると批判している。
X その他
○ 総ての学校で制服を定めることを奨励する。 また大規模な学校にはハウス制度を取り入れて
親密なセンスを育てることも奨励する。 もっとも政府はこれらについては強制はしないといって
いるが、生徒に誇りをもたせために強く望んでいることは確かである。
○ 総ての学校について校長と打ち合わせた結果であれば、学校財政について3年間の権限を
与えることもできるようにする。 「土地の囲い込み」と同じような仕組みで校長が望む計画を
推進させる。
○ 失敗校は閉鎖されるか、民間の協力も得て市アカデミーに変換させたり、また模様替えして
再出発させる。
○ とくに荒れた生徒の多い学校に対する対策として各地域に実験校をつくる。 一つの学校が
あたかもゴミ集積場であるような状態を解消する。
○ 前述したように総ての学校には芸術、技術、人文科学を含むそれぞれの分野でスペシャリ
ストのいる学校をめざす。 例えばBirmingham市では77中等教育学校のうち53校がすでに
そのように指定されている。
批判
全英教員組合(NUT)は政府のこの5年プランは安定した教員の給料体系の土台を壊し、有産
階級の学校とそうでない学校とに分割するものであるとして反対している。 なおこの給料体系
とは1918年にBurham 委員長によって決定されたもので、その後多少の変更がさなれたもの
の教員の勤務成績には余り関係のない均一的なものが基本になっている。 また政府の内部
でもまだ論議されているようであるが、しかし親の学校選択の現実的な権利を保障するという見
地から推進されていこう。
また地方教委の権限は低下する。“形式的なお役所仕事”の流れから例えば学校への資金
についても直接、学校へ支給されたり、また学校の自治、裁量が大きくなることによって、あた
かも地方教委は「郵便やさん」のような役割になることが十分に考えられる。
参考 イギリスでは教員向けの24時間TVケーブルが認可された。
別件であるが標記のように24時間TVケーブルが放映されることになる。すなわち、Times
Educational Supplement(09/07/2004)が報じるところによれば、授業のレベルを高めるた
めに教育省が資金を出してこの事業を推進するが2005年から放映される。 これはヨーロッ
パでは最初のものとなるが、これまでに1,000名に及ぶ教員、校長、行政官などによるプロジェ
クトにより6週間にわたり試行されたが、その評判は極めて高かったからである。 イギリスを
代表する教員組合の一つであるNASUWTからも、このプロジェクトに参加し、これを評価して
いる。 イギリスの最近の教育改革の一つとして紹介しておこう。
コメント
ご覧のとおりであるが特に財団的公立学校やスーパースクールは、わが国にとっても参考にな
ろう。 わが国でもスーパースクールは幾つか指定されているが、学校全体の自治・独立性まで
には及んでいない。 また学習塾や予備校へ通う生徒が多いわが国にあって、公立学校教育
を審議する教育改革会議でも、それらについてはほとんど触れられず避けているように思われ
る。従って教育改革論議はその分、浅くなっている。
私は先に学校財団などについて次ぎのように述べたたことがある。
記
62.
わが国にも、こんな公立中等教育学校を創れないものか? 83. アメリカの学校教育改善の事例ー
日米の比較において 135. アメリカの学校教育改革の事例ー日米の比較おいて その2 わが国の
教育についての検討事項 などを参照してください。 そのうちの一部を下記しておこう。
「公立学校における学校財団のようなものは創れないか。 従来のPTA予算の運用に問題ありとし
て、現在“萎縮している”と聞く。 しかし教職員にたいする具体的な顕彰や研修費補助などを含め
て、健全なこのような組織が[特色ある学校づくり]のためにも必要であろう」、「学校や教員に自由、
裁量の余地をあたえる、しかしその「結果責任」を問う」、「学習塾との関係、また民間人経営参加の
公立学校(公費を与える意味)の認可などであるが、平均的な子には良い、しかし“できる子”は退
屈して、学習塾に期待する、といった問題の対策も具体的に論議されることが必要である」などで
ある。
2004. 7. 14記