137. アメリカでは教育予算不足を理由に訴訟が
   増えている


杉田 荘治


はじめに
   アメリカでは貧しい地方教委から、低学力の最大の理由は教育予算の不足であり、そのた
   めに良い教員は得られず、施設・設備も劣悪のままに放置されていることであるとして訴え
   を起こすケースが増えてきている。 なかには地方裁判所の裁判官が「州議会が生徒に平
   等な教育を受ける機会を保障していない」として、これを支援する動きも現れている。
   このことについて最近(2004年6月)、Washington Postなどが報じているが、まずこれについて述べ、
   その後、これに関する裁判官のケースを述べて、この問題を見てみることにしよう。

T Washingto Post (6/7/2004)号から
   貧しい地方教委が高い学力水準を求めるなら、教育予算の増を、と訴える。
  法廷の風景
   法廷の掲示板には、南カロライナ州の最も貧しい地区の一つであるMarionを代表する弁護
   士が提出した学力標準テストのデータ-が一面に貼られている。 この事件はMarion 7教委が州
   議会に対して何百万ドルもの教育予算を増加するように求めて起こしたものである。
   巡回裁判所のThomas W. Cooper判事は黒い皮製の椅子に、ゆっくりと身をゆだめながら弁護士の
   説明を聞いているが、近隣の裕福な郊外地区と較べて、黒人が圧倒的に多いこの地方の学力標準
   テストのスコアの低さは、すぐ理解することができる。 教員給料の差、SAT標準テストの得点の差、
   スクール・ランチの減免を受ける生徒数の差なども詳しく書かれている。

   その教育長も「われわれの生徒は州憲法が保障するような教育を受けていません。木造の校舎は
   老朽し雨漏りしたままですし、パーキングも舗装されていません。理科実験室もおざなりのものです。
   最近でも隣のHorry郡では良い教員に対して一万ドルのボーナスが支給されたが、わがMario地区
   では300ドルしか支給できませんでした」と陳述している。

  全米的な動き
   このような光景は今や何もこの地方だけのものではなく、全米的なものになってきている。 
   すなわち、貧しい地方教委がデータ-を利用して自分たちへの教育予算の大幅な増を求めて訴訟を起
   こすケースが増えてきているのであるが、ある専門家によれば二分の一以上の州で同じような訴えが
   最近、起こされているということである。

   1980年代でも富める地区と貧しい地区との差をなくし平等な教育を求める論争はあった。 また人
   種や少数グループ間の平等を求めて、例えばスクール・バスでその救済を図ろうとしたこともあった。 
   少し前でもスクール・バスの問題で【Brown対教委】として人種統合の観点から1954年に判決され
   たこともあったが、しかし今日では[教育財政で十分な教育の機会均等]を求める運動に切り替え
   られるようになった。 例えば「われわれの地区には教職経験の浅い教員しかいない。そして5,000ドル
   も多く貰えるとなるとずぐ、隣の教育区に走っていってしもう」などと主張するのである。

   これはBush政権が2014年までに数学とリーディングについて、総ての生徒が「良」の成績をとる
   ように求めたので、貧しい地方教委は到底その目標を達成できないと予想して、それは貧弱な教
   育財政にあるとして訴え始めたからである。 このように今や州政府が教育財政で憲法上の責任
   を果たしているかどうを問われるようになった。

  裁判官からの支援
   裁判官たちも原告側に味方するようになってきた。 すなわち彼らの多くは州政府や議会に対して、
   もっと教育予算を増やすべきであるととするのであるが、この傾向は今後、新教育改革法のめざす
   目標に失敗する学校や地方教委が増えれば増えるほど強くなるであろう。 原告側に弾丸を供給
   するようなものであるという人もいる。

   ところで大部分の州では、その憲法で「基本的または適当な教育を保障する」ことを定めているが、最近
   では5州を除いて総ての州で、この州憲法を利用している。 すなわち僅か数ヶ月のうちにMissori,
   Nebraska, Kentucky, Louisiana州でこれを理由に訴えが起こされ、さらにSouth Carolina,  
   Massachusetts, Montana, kansas州がこれに続いている。またVirginia州でも検討されて
   いる。
   少し前の2002年にはWashingtoとMaryland州で同じような方法での訴えがあり、その結果2008年ま
   でに13億ドル追加された例がある。 また最近でもNew York市でその控訴審は、7月31日まで95
   億ドル、毎年増やすように命じ、さらに今後4年間で30%増やすことについても検討するように命じた
   が、この件は高校を卒業する以前に40%の者が退学していく問題とともに大きな問題になっている。

  教育予算増についての論争
   ○ New Jersey州では過去4年間に教育予算が大幅に増えたにも拘わらず、生徒の学力の
     ほうはほとんど向上していない。 このように銭は有効に使わなければ成果か挙がらない。
   ○ このような訴えは生徒の低学力の原因を親が教育に参加していないこと、拙劣な教育管理の
     あり方など様々な原因からすり替えるものである。
   ○ 州議会に付与されている権限を裁判所が横取りするようなものである。
   ○ 州議会は住民の意思が、教育を基礎的なものに重点を置くのか、それとも世界的レベルを
     基準におくのかを確かめて予算を決定するのである。 もし後者を住民が選ぶなら、それも
     よいであろうが、いずれにせよその意思によって議会が決定することであり、裁判官が決め
     ることではない。
   ○ 問題の本質を離れて、裁判所と議会との力関係の問題になってきている。

   ○ しかしKentucky州では“危機に立つ”生徒の向上には役立っているとの報告がある。またNew
     Jersey州では低学年に効果が著しいとの意見もある。
   ○ Kansas州では先月、州議会が貧弱な教育財政を一向に改善しないので、ある裁判官が教
     育予算そのものを一時、停止させるような命令を発した。 今、この件は州最高裁で審議され
     ているが、このように今やこの種の訴えはポーカーゲームのようになってきている。
     【註】このケースについては別項で詳述する。

  参考 Marion地方とは
     南カロラナ州にある市で、北緯34度 西経79度、 人口7,042名(2000年国勢調査で)
     ○ 人種 ..... 白人32.14%   アフリカ系66.22%   原住民0.4%    太平洋0.4%   その他
     ○ 平均所得(1家族) 31,844ドル      23%の家族が貧困以下

     カンザス州の裁判官が州議会を非難し、その予算の執行を一時差し止める

    Journal -World 2004年5月12日号によれば、カンザス州Shawness郡地方裁判所判事の
    Terry Bullockさんが彼が担当する事件に関連して、州の予算執行を6月30日まで停止す
    るよう命令を発した。 このためサマー・スクールや来年度の学校教育に混乱が生じるおそ
    れが出てきた。

    これは五か月前、担当する事件でカンザス州議会に対して「学校教育制度は少数派民族の
    生徒に対しては違憲的であり、これを改善するように」との命令を出していたにも拘わらず、
    州議会が対策を立てないままに2004年度議会を休会にしてしまったからである。 「この命令
    は子供たちの教育を一時的に遅延させるかもしれないが、しかし長期的にみれば彼らの教育
    を受ける権利を保障することになろう」と彼は話している。

  賛否
    ○ 教委側の弁護士は「是正しなければ議会の予算の機能を停止させるということは、始めから
      議会の頭にガンを突き付けているようなものだ」と非難している。 すべての人は頭を冷やす
      必要がある。 とにかくわれわれは手続きをふまねばならない、といっている。
    ○ 議会のリーダーたちも「今、学校財政について州最高裁で審理されているのであるから、彼の
      司法的判断は不適当である。 Bullockは詮索好きな活動家で議会の管轄に過度に踏み込ん
      できている。この命令を阻止する訴えを新たに起こすことになる」といっている。 阻止できれば
      10月中旬には州最高裁の最終判決が出ようし、もし阻止できなければまた何らかの手を打つこ
      とになろう。
    ○ 州の新しい教育会議もカンサス州の公立学校教育は学校予算が余り増えないのに、良くやって
      いると評価している。

    ○ しかしある人たちは、彼の命令は覚醒効果があったと評価している。 カンザス州教育協会
      のChristy Levingsさんも「議会はこの問題の重大さに気付いていない。 彼を馬鹿にしているが。
      もはやこの問題から目をそらすことはできないであろう」と警告している。 
    ○ 教育税の増加ということに賛成している人たちは、この命令の効果を十分予想している。

  ここに至るまでの経過
    ○ 1966年11月8日、州憲法を改正して10名による教育委員会が公立学校を統括し、教育財源につ
      いても適当な要求を議会に対して行なうことを定めた。
    ○ 1991年、Terry Bullock判事が提起された訴えについてのルールを定めた。
    ○ 1992年、州議会は特別に州税としての教育税を定め、この法律を州最高裁も支持した。
    ○ しかし1999年、少数派民族の生徒グループと14の地方教委が、この法律の執行については人種
      差別的であるとして連邦と州の裁判所に訴えを起こした。

    ○ 2001年、Bullock判事は教育財政制度は不適当であると意見を述べた。
   ○ 2003年12月3日、Bullockは「州の財政制度は憲法違反である。 2004年7月1日までに是
      正するように」と命じた。
   ○ しかし州議会は公立学校に対する追加予算を承認しないままに休会してしまった。 すなわち、
      下院は10,900万ドルの増税案を可決したのであったが、上院が22: 18で否決したのである。
   ○ そこでBullock判事は「6月30日まで教育財政の執行を停止する」差止め命令を発したのである。

コメント
   ご覧のとおり、アメリカでは新教育改革法のめざす目標に失敗する学校や地方教委が増えれ
   ば増えるほど、それは貧弱な教育財政によるものであるとして、このような訴訟が増えよう。
   これに一部、裁判官も加担するようになってくる。 わが国では他の編でも述べたように、こ
   のようなケースはまず考えられない。市町村学校給与負担法によって教員給与は全額、国
   や都道府県から支給されるので、全国一律に良い教員を確保することができ、また義務教育
   諸学校施設国庫負担法やへき地教育振興法などの手厚い国庫補助によって良い施設・設備
   などが財政力の弱い地方でも確保されているからである。

   むしろ地方分権の一つとして財源の委譲も論議されるなかで、このような国庫負担負担制度
   のあり方も検討され、それとともに地域によって義務教育の格差が生じる懸念も論じられてい
   る。わが国制度の長所を保持しながら、より柔軟な策がなされるか難しい問題である。 なお、
   134. 州最高裁の裁判官が「教育予算は不充分」との意見書を提出し波紋が広がっている
   も参照してください。

 2004. 6. 19記            無断転載禁止