杉田荘治: Shoji Sugita
はじめに
アメリカのフィラデルフィア市では、多くの現職教員が昨年(2003年)秋に実施された試験に失敗して『指導力
十分な教員』として認められなかった。 このことについて最近(2004年3月)、Philadelphia
Inquire紙が報じて
いるので、まずその概要を述べ、その後最近、連邦教育省によって改訂された『指導力十分な教員』とは、に
ついて述べることにする。
T Philadelphia Inquire (3/23/2004)号から
教員たちはテストで失敗している
Philadelphia市ではテストで苦しんでいるのは生徒だけではない。 数学の教員の成績が最も悪く、
約3分の2の教員が失敗し、理科は約2分の1、英語は43%、社会は34%の教員が不合格になった。
すなわち、昨年9月と11月にPennsylvania州の7年生と8年生担当教員全員について認定テストが実施された
が、Philadelphia市の教員は1,346名のうち690名が不合格になった。 これは他の教委管内のそれと較べる
と非常に高い不合格率である。 因みに同市を除いた他の教委全体で、2,905名が受けているが、その合格
率は77%である。 従って不合格は約4分の1弱である。
同市の教員人事担当官は「これには大変、落胆している。彼らがそのような貧弱な知識や能力で薄い氷の
上を滑ることは許されない」、「子供に高い教育水準を確保するためには、教員自身が高い水準を保持する
ことが先決である」と語っている。
そこで市教委は次ぎのテストに備えて、彼らに対して補充授業や優秀な教員を派遣することを計画し
ている。テストはここ数ヶ月以内に再び実施されるであろう。
連邦の要求と各州
連邦政府はすべての教員について『指導力十分な教員』として認定されることを求めているが、そ
の方法や基準は各州に委ねている。ここPennsylvania州では厳格な州のテストに合格しなければ
ならないが、他の州、例えばNew Jersey州ではその現職教員の教職経験年数を加算したり、大
學や外部機関による研修を加算する方法を選択することもできるようになっている。
そこでPennsyvania州でも、このような方法や基準を定めようとしているが、まだ具体的には決まっ
ていない。
教員組合の見解
Philadelphia教員連盟は失敗した教員に対する補充授業や援助を歓迎している。 また中等学校の多くの
教員は数科目を担当しているが、そのことは彼らにとっては多くの科目に合格しなければならないように
させる。 これは困難なことである。 しかも市教委は中学校を幼稚園から8年生までの学校に変えよう
としていることも彼らの担当科目に影響してくることを批判している。
コメント
このようにPhiladelphia市では多くの教員が『指導力十分な教員』になれなかったので、市教委は
補充授業など、それらを助けるプランを推し進めることになる。 また認定の方法についても、たん
に厳格な州のテストだけではなく、HOUSSEといわれる各州共通標準評定を導入することも必要で
あろう。 従ってそのHOUSSEについて述べることにするが、それに先だって、つい最近、連邦教育
省が発表して『指導力十分な教員』の改訂版について述べおきたい。
改訂された『指導力十分な教員』とは
資料:
連邦教育省 2004年1月16日発表
Rod Paige教育長官より、新教育改革法による『指導力十分な教員』の弾力的取り扱いについて
わが国では、すべての生徒が良い教員を持てるように保証しています。それによって総ての子供たちが
その可能性を十分伸ばすことができるからです。 政府は2005-06年度までに、総ての教員が『指導力
十分な教員』になるよう準備していますが、そのためには彼らは指導力十分であることを示してみせるこ
とが必要です。 これは教員の利益になり、地方教委、州の利益、とくに生徒の利益になります。
T 新しい弾力的措置
合衆国ではすべての教委の約3分の1は田舎(rural)にあります。 数でいえば約5,000教委で
すが、連邦教育省の担当官はその地方を巡回して教員や州、教委の意見を聴きました。 その
結果、新教育改革法の定める『指導力十分な教員』の規定は小さい田舎の教員には適当では
ない、という意見を耳にしました。 そこでは数教科、科目を担当している人が多くいますが、こ
の新しい弾力的措置は彼らに、もっと時間を与えることにします。
すなわち1教科で『指導力十分』であることが必要ですが、他の担当教科、科目については3年
間の余裕を与えます。 また彼らに対して向上プランや教育行政機関からの援助や優秀教員の
手助けなどの方策も講じます。
U 理科教員に対して
田舎では理科教員は、しばしば2科目以上を担当しています。これに対してある州は「理科一般」
の認定を必要とするとともに科目ごとの認定も必要としていますが、ある州では科目ごとの認定
でよい、としているところもあり、まちまちです。連邦政府はこれについても弾力的措置をとり、
「理科一般」でも良いとしますし、また科目ごとの認定でもよいと考えます。
V HOUSSEの利用について
現職教員は州の厳格なテストで合格して「指導力十分」とされる他に、HOUSSE評定の方法を選ん
でもよいでしょう。このHOUSSEとは教職経験や専門的知識、技術、教員研修などを総合して「指
導力十分」と示してみせるものです。 【註】これについては別項で後述する。
W 特殊教育担当教員に対して
彼らも核となる教科については「指導力十分」と示してみせる必要があります。 しかしその他の
教科や行動領域については弾力的に考慮します。 また議会とも協議して身体不自由児教育法
についても調整します。
【参考】次ぎも参照してください。105. アメリカで『指導力十分な教員』は、どの程度充足されているか
HOUSSE評定とは
High, Objective Uniform State System of Education 、すなわち「高度で目的に適った統一
州標準評価」のことであるが多くの州で現職教員についてのみ適用されている。 どこでも、ほぼ
同じようであるが、Anchrage教委の規則から、これを見てみよう。
現職教員がこの適用を受けようとするときは、下記に示す項目の組み合わせで合計100点を得な
ければならない。
1 小学校教員の場合
○ 小学校の教職経験年数 ......... 最大50点まで加算することができる。
○ 小学校教育の証明を受けているとき ........... 10点、加算する。
○ 高等教育機関で副専攻科目を履修しているとき .......... 10点、加算する。
○ 学位をもっているとき........10点、加算する。
○ 公認された現職小学教育に関する研修に参加し履修したとき、一学期につき、..3点、加算する。
○ 小学校学習指導試験: NTEに合格したとき........ 5点、加算する。
○ 小学校教育に関する講習会に指導者、発表者として参加したとき.........5点、加算する。
○ 良い小学校教育に関するサービス活動へ参加したとき..........
5点、加算する。
○ 小学校教育に関して表彰や助成金を受けたり、出版したものがあるとき.......
5点、加算する。
○ 英語以外の言葉を流暢に話すことができる者........ 5点、加算する。
2 中学校、高校教員の場合
2科目について次ぎの要件を満たすことが必要である。 例えば理科では、生物、化学、地学、
動物学、環境科学、植物学、航空宇宙学、生理学などであり、 また社会科では地理、政治、
歴史、経済、社会学、心理学、人類学などである。
その他の要件や加算点については、小学校教員の場合と同じである。 しかし教育に関する
講習会、研修、サービス活動、出版などすべての事項について「小学校教育に関して」という
条件は付けられていない。 広く教育に関するもの、とされている。
従って、小学校教員の場合よりは有利である。 しかし2科目以上とされる点はハードである。
3 その他
例えば講習会とは、政府、州、教委や広く認められた団体のものとか、表彰も良い評判の団体
などの定義も示されている。 発表についても30分以上とするなどである。
補足
New Hampshire州でも州独自の厳格な認定テストや全米認定委員会テストを受けて「指導力十分」とされ
るほかに、このHOUSSEの方法を選んで認定を得る道が設けられている。
コメント
本文のなかで記載したように今後、Philadelphia市教委は補充授業や優秀教員を派遣して彼ら
を手助けしたり、またHOUSSEといわれる教職経験年数や研修会、教育サービス活動の実績、
出版の有無などを考慮した方法を採用するなどして合格率を高めることになろう。 また全米的
にも弾力的措置をとることによって「指導力十分」とされる教員の率を高めようとしている。現実
的な政策といえよう。
追記 Philadelphia Inquire (4/1/2004)号によれば、補充授業のために地方銀行であるWachovia
銀行は50万ドル献金し、またChest Hill, Holy Famil、St.Joseph's,
Templeといった団体も
協賛しPennsylvania大學も協力する。 また連邦からの助成金も投入する。 そして今年の夏
から5年生担任から8年生担任教員を対象にして、英語、社会、理科、数学について補充授業
を実施する。 1コースは45時間以上、授業料は無料ではなく減額。 2006年6月までに全員に
ついて合格をめざす、とのことである。
2004. 4. 2記