杉田 荘治
はじめに
今年(2003年)9月、各州は連邦教育省に『指導力十分な教員』の充足状況について報告することとに
なった。 それについて39州とコロンビア特別区が報告したが、11州は報告していない。 その結果一覧
が、この10月に連邦教育省とAssociated Pressから発表されたので、まずその一覧を記す。 その後、
それについての解説をJS Onlineを参照しながら述べる。
次ぎに『指導力十分な教員』とはどんな教員を意味するのかについて述べるが、このことについては既
に『98. 教員給料についてのギァラップ世論調査と指導力十分な教員』で、かなり詳しく述べてあるので、
ここではMichigan州教委の『質疑応答』の例などを取り上げて、その内容を深めることにする。 従って
CNN comの記事も追加し、最後に参考として『緊急免許状』について補足する。
T アメリカの州別『指導力十分な教員』の充足率
2002-03年度 資料: 連邦教育省、Associated Press (10/20/2003)号
州 | 充足率 % | 参考:生徒の落第率% | 州 | 充足率 % | 参考:生徒の落第率% | |
Ala. | 35.3 | 4.08 | Mo. | 94.7 | 3.7 | |
Alaska. | 16.0 | 5.8 | Mont. | 報告なし | 3.9 | |
Ariz. | 報告なし | 9.5 | Neb. | 90.0 | 4.0 | |
Ark. | 97.0 | 3.0 | Nev. | 50.0 | 6.3 | |
Calif. | 48,0 | 2.7 | N. H. | 86.0 | 14.7 | |
Colo. | 85.7 | 2.6 | N. J. | 報告なし | 2.6 | |
Conn. | 96.0 | 2.5 | N. M. | 報告なし | 3.8 | |
Del. | 85.0 | 6.2 | N. Y. | 報告なし | 5.7 | |
D.C. | 74.6 | 6.8 | N. C. | 報告なし | 5.7 | |
Fla. | 91.1 | 3.2 | N. D. | 91.1 | 2.0 | |
Ga. | 94.0 | 5.8 | Ohio | 82.0 | 3.7 | |
Hawai | 86.7 | 14.8 | Okla. | 64.0 | 4.8 | |
Idaho | 98.1 | 3.8 | Ore. | 81.4 | 4.8 | |
Ill. | 報告なし | 報告なし | Pa. | 95.0 | 2.2 | |
Ind. | 96.2 | 2.3 | R. I. | 63.0 | 28.6 | |
Iowa. | 94.8 | 2.41 | S. C. | 報告なし | 報告なし | |
Kan. | 80.0 | 3.2 | S. D. | 85.7 | 2.8 | |
Ky. | 95.0 | 4.0 | Tenn. | 報告なし | 3.5 | |
La. | 報告なし | 6.6 | Texas | 75.8 | 4.2 | |
Maine | 報告なし | 2.9 | Utah | 95.9 | 報告なし | |
Md. | 64.5 | 3.4 | Vt. | 92.0 | 3.9 | |
Mass. | 96.0 | 3.5 | Va. | 80.0 | 5.7 | |
Mich. | 95.0 | 3.8 | Wash. | 83.0 | 7.7 | |
Minn. | 96.0 | 12.1 | W, V. | 94.0 | 報告なし | |
Miss. | 85.0 | 1.1 | Wis. | 98.6 | 1.5 |
Wyo. | 95.0 | 5.9 |
【説明】
○ Wisconsin州が最高で、その充足率は99%である。 ついでIdaho, Arkansas,
Indiana,
Connecticut, Minnesota, Massachusetts, Utah, Pennsylvania, Wyoming,
Michigan, Kentucky
などが続く。 一方、Alaska州は最低で16%。 Alabama, Californiaも低い。
○ Wisconsin州が何故高いかについて、そのスポークスマンのJoe Donovanさんは「州の臨時免許状
:emergency licensesのルールを厳しくしていたこと、明確な3年計画を早めに確立していたこと、困難
な地方の学校へも指導力のある教員が赴任することに魅力あるものとしていたことなどを挙げている。
ただ、この一覧で注意しなければならないことは、「指導力十分な教員」についての定義が州によって
多少異なるということである。従って厳密には比較することには無理がある。JS
Onlineから。
U 指導力十分な教員
これについては始めに述べたように、既に『98 ギァラップ調査と教員』でかなり詳しく述べた。 すなわち、
アメリカの新教育改革法:NCLBは、2005-06年度の初めまでに、総ての教室に「指導力十分な
教員」を配置することを各州や各地方教委に義務づけている。 主要科目について、その能力が
十分にあることを示す(demonstrate)ことができる教員であるとしているが、その肉付けは各州に
任せている。その幾つかの州の規則を述べたが、ここではMichigan州教委との質疑応答の例その他も
見ながら、さらにその内容わ深めておこう。
1 Michigan州教委における質疑応答
Q1 私は生物の副専攻科目の免許を持っています。 理科で修士号を取ろうといていますが、それで
生物で『指導力十分な教員』とみなされますか。
A 理科で修士号を得れば、生物で『指導力十分な教員』と認められます。 その他、生物で6学期講習
を受け、2005-06年度までに『指導力十分』と示してみせれば可能です。
Q2 健康・家庭・消費者科学の免許で小学校で教えることか゛出来ますか。
A 教えることは出来ません。 その学校で生徒が「健康」を選択した場合は、出来ます。
Q3 特殊教育の修士号は『指導力十分』とみなされますか。
A 駄目です。 普通教育のクラスを教えるときは、規則に示してある選択から選んで、それに合格しな
ければなりません。
Q4 私は田舎の学校で6学期間、90時間「言語」の時間を担当しました。 これを利用することが出来ますか。
A 出来ません。 新しい規則によって充たさなければなりません。
Q5 小学校の免許をもっており、リーディングに重点を置いた英語の修士号をもっています。それでリーディ
ング、英語、言語を教えることか゛出来ますか。
A 小学校では教えることはできません。 しかし中等学校では英語と言語を担当することは出来ます。
【コメント】このように修士号をもっていても主要科目が問われることになり、専門でない科目について
は示された選択によってテストでその指導力を示してみせることが必要とされる。教科の専門性
が強化されることは良いが、解雇が多くなり、また人事の融通性を狭める短所もあろう。 この
点、大教科主義をとるわが国とは大きく異なる。
また、Michigan州の最大の教員組合MEA(Michigan Education Association)もそのホームペー
ジで詳細に説明して徹底を計っていることも、わが国の場合と異なる。その一例を下記しておこう。
記
小学校現職教員は最低、学士号をもっていること、十分な州の証明があること、次ぎの選択のうち一つ
を充たしていることが必要ですから、そのようにやってください。
@ Michigan教員証明テスト(Michigan Test for Teacher Certification)に合格し認証を得ること。
A 旧いK-8免許を持っていても教える科目で専門(major)でなければ、あらためてMTTC試験に合格す
ることが必要です。
B 修士号をもっていること。
C アチィーブ全米証明委員会の証明があること。
D 3年以上の小学校での経験があり、最低18単位を修得して州教委がこれを認証すること。
また地教委が実施する講習会も認められるが、それも予め届け出て、州のガイドラインに沿い、プラン、
基準、評定についても州教委の承認を受けたものに限られます。
U その他の例
R.P.さんは教育の学士号と修士号を持って25年間も中等学校で理科を教えていたが、新法によれば、
それだけで理科を教えることはできない。 規則に従って州の認定にパスしなければならない。
またColorado州のB.Ingleさんも中等学校で25年、教えているが、小学校で教えるさいには同様である。
『緊急免許状』で長く続けていくことは出来ない。 South Dakota州でも同じ。 なおその科目は、英語、
リーディング、言語、数学、理科、外国語、市民と政治、経済、芸術、地理である。 (9101節) いずれの州に
よって認証されることを強調している。 以上 CNN com (9/1/2003)号
Oregon州でも同様であるが、その『質疑応答』欄で次ぎのように回答している。厳しい例である。すなわち、
スペシャリストとして小学校で教えている教員も、今後50%以上の時間をその科目で教えようとするときは、
新たに州教委の認証を得なければなりません。 オールタナティブ高校や治療課程の生徒を教えている
ときも同様です。
参考 特殊教育の『緊急免許状』: Emergency licenses
特殊教育:special educationといっても、その主たるものは情緒不安定な生徒にたいする教育などで
あるが、しかし早期教育や学習能力に欠ける生徒やマイノリティの生徒への言語教育など幅広い領域
の教育である。 また『緊急免許状』もどちらかといえば、わが国の『教科外担任許可』に近いように思わ
れる。ある免許はもっているが、臨時にその特殊教育の領域を担当しているからである。
これらの教員についても今後、州の規定に従って再認証を受けることが求められるが、遠隔地の教員の
の取り扱いとともに課題であろう。
なお、Wisconsin州の現状は下記のとおり。 資料: Wisconsin教委公立教育 SIP:GOAL3
1998 - 1999年度 合計 869名
内訳 難聴教育担当の教員 9名、 早期教育 47名、 認識能力不充分の生徒教育 143名
学習能力不充分の 250名 スピーチ/言語 42名、 視力不充分の 5名
情緒不安定の 373名
コメント 教職歴の長い教員といえども例外は認めず、すべて新たに州の認証を受けるか、あるい
は全米的な認定テストや州によって公認された地教委の講習を履修し『指導力十分』と認定
されることを求めるかなり厳しい新法である。これによって前にも述べたが特に低学力校や
貧困層の地域の教育を向上させようとしている。 この点が先のやや理念的、抽象的教育
改革といわれた『危機に立つ国家』とは異なる。
しかも、小学校や中等学校の学校種別、学年指定、専門科目などの専門性が強くなるので、
パスしなかった教員は排除されることになるので当然にその数も増えよう。
わが国でも現職教員の再教育については大きな課題になりつつあるが、アメリカの例を参考
にしながら、もう少し柔軟な改革案を創り実施されることを期待したい。
2003. 10. 31記