概要は次ぎのとおりです。
アメリカにおける「体罰・停学」の問題
杉田 荘治
アメリカ(U.S.A.)における生徒の懲戒、ことに体罰・停学問題を検討するさいに、まず取り上げなけ
ればならない判例は連邦最高裁の『イングラハム対ライト』1977年判決である。 それは今でも体罰
についての実質的な唯一の判例としてアメリカでは重視されている。 また停学については1975年の
最高裁『ゴス』判決がそうであるので、これらについて述べる。 その後、体罰行使のさいの制限条項、最近の動きなどについて記述する。
T 連邦最高裁『イングラハム』1977年判決 INGRAHAM v. WRIGHT, 430 U.S. 651 (1977)
これはフロリダの中学2年生イングラハムがライト校長からパドルで体罰を受けた事件であるが、その体罰は合憲とされた。しかしこれを単純に『体罰の容認』と取ってはならず、あくまでも教員による体罰は合衆国憲法修正第8条の『残酷で異常な懲罰』には当たらないとし、また修正第14条に規定する『厳格な適法手続き』を経て行使するほどのことではない、とされたことなのである。
従って、州法や教委規則などで体罰禁止とされているところでは、勿論、体罰は違法であるし、また禁止ではない場合でも、いろいろな条件が付けられている時は、それに拠らなければならない。また逆に体罰禁止の代替措置として停学などの処分が定めれている場合は、それを確実に実施しなければならない。 わが国では、この点が曖昧である。
ところでこの判決は、5 : 4 の多数判決であったが、これを『体罰賛成 5』、『体罰反対 4』と誤解している論説があったがそうではない。州法や規則などで禁止していない場合、しかも一定の条件を守って行使される体罰について、これを違法としない点では少数説といえども同じなのである。ただ少数説は体罰によっては残酷で異常なものもありうるとし、従って厳格な適法手続きまでは必要ないかもしれないが、何らかの体罰行使に至るまでの手続きは必要である、としているのである。
一方、多数説も前述のように体罰に条件をつけ、それが遵守されることを想定しての意見であり、しかも残酷で異常な体罰については、他の救済措置がとられるので憲法問題としては、修正8条も14条も必要ではないとしているのである。 従って両者の間にそれほど大きな違いはない。
わが国の教育研究者のなかにも、この点を見落としている人がいるように思われるので付記する。
しかしその後、下級審の判例はどうも少数説に近いように思われるが、それについては注A杉田
の著書を見てください。例えば、1977年イリノイ州控訴裁判所で、生徒のグループの大笑いを、自分が嘲笑されたものと誤解したためか、いきなり力ずくで生徒をつかんで強くロッカーに押しつけた行為を悪意ある違法の体罰とされた。 また1980年にも正当な理由もないのに、いきなり顔を殴打したこ
とを違法として教委の賠償責任も問われた事件も同様である。
U 連邦最高裁『ゴス』1975年判決
Goss v. Lopez (1975), Goss v. Lopez (419 U.S. 565)。
前述のとおり、連邦最高裁の停学についての唯一の判例であるからであるが、これ
についても後述注の筆者のサイトの第178編に詳述してあるが、その一部を下記する。
オハイオ州の公立高校生たちが最大10日の停学になったが、その処分の前に事情聴取される機会が与えられなかったので訴えて出た。 当時、州法はそのような権限を学校職員に与えていた。生徒たちの行為については第118編を参照されるとよいが、概要つぎのとおりである。
その一人は授業が行なわれていた講堂でデモ行動をしていたが、校長の退去命令を拒んだので直ちに停学になった。 またある生徒は彼を講堂から連れ出そうとする警察官に体当たりの攻撃を加えたので直ちに停学になった。 その他の4名についても同様である。また、ロペッツは学校のランチルームの器物が破壊された混乱に巻き込まれて停学になったが、彼は「自分は破壊行動には加わっておらず、全くの傍観者である」といっているが、この事件の記録は残されていない。
これに対して連邦最高裁は「10日程度の停学は生徒の人生にとって重大なものである。 停学によって教育を受け利益が一時的にせよ拒否され、また本人の評判という「自由」の利益も損なわれた。そこで基本的な要請としては停学以前に何らかの通知と何らかの事情聴取が必要である。懲戒権者は、ほとんどの場合、信頼できる手段によって職務を遂行しているが、それでも時々、事実を確認しないままに他人の報告やアドバイスによって処理することがある。 その際、誤りを犯す危険性がないとはいえない」として、州法を違憲としたのである。
V 体罰行使のさいの制限条項
これについても第24編を参照してほしいが、その一部を下記する。
Mississippi州..... Mississippi Secretary of State, Mississippi
Code, 37-11-57 ( 原文省略 )
・体罰は秩序を維持するためや生徒を懲戒するために、合理的な方法で実施すること。
・州法や連邦の法に拠ること。
・教員、補助教員、校長、副校長のいずれも行使できる。
・悪意、恣意、人権無視、安全無視でないこと。
・そのために生徒が悩んだとしても、教員等は免責である。
また一般的には次ぎのような規定が多い。
・地方教委の政策やガイドラインに合致していること。
・傷害を与えるものでないこと。
・すべての親に徹底されていること。
・親が反対している場合は実施できない。( 別の懲戒を実施すること )
その他次ぎのような制限条項も見られる。他の懲戒手段をとった後の最後の手段として、許される。 正当な理由があり、人道的であること。 頭を打ってはならない。 デリケ−トな生徒や神経質な生徒に行ってはならない。 3年生以下の子供には、許されない。 立会人を置くことが必要である等として、それぞれ定められている。
体罰行使することを拒んで辞職させられた例として第129編を参照してほしいが、概要は次の
とおりである。 すなわち、ミシシッピィー州のある中等学校の副校長が規則によって、生徒を
パドルで叩くことを命ぜられたが、従わず結局、辞職させられた例である。 彼は辞職する前、
州司法長官事務所にも相談したが「パドルを拒む理由はない」と忠告され、さらに教員組合か
らも同じようなアドバイスを受けていた。【註】この項の原資料はWashington Post 2004年2
月21日号であるから詳細は、それを読んでください。
W 体罰に代わるべき停学
前述したように体罰には親の同意が必要であるとするものも多いが、その同意がない場合は停学などの代替措置を規定していることも多い。次ぎがその例である。すなわち、Ohio州
Ohio Revised Code, Title 33 Education Section
3319.41 やTexas州
Garland Independent School District, Texas Division of Educational Operations などであるが後述注@の第26編体罰問題 その三...アメリカの州規則・教委規則【原典】を見てください。
また第101編に述べてあるが、連邦教育省のホームページに懲戒の一覧の中に体罰もふく
まれていることにも注目したい。そこには、その他コミュニティサービス、居残り、校内停学、オータナティブ・スクールへの送致、長期の停学、退学などが列記してある。 またこれらの判例の取り方ゃ読み方についても筆者のサイト、第177編で記したので参考にしてほしい。 そこには体罰、停学のほかに服装(持ち物)検査、大學入試のさい白人学生に対する逆差別、学習クーポン件などの連邦最高裁の判例についても述べてある。
X 最近の動き
これについても前述注@の第181編を見てほしいが、それは 『全米体罰禁止連合』:
NCACPS 2005年11月発表分である。the National Coalitionto Abolish Corporal
Punishmentの資料であるが、その出処は連邦教育省であり客観的なものあると考えてよかろう。全米の2002年〜2003年度の状況などを図表などで示してあるが、その一部は下記の通りである。。
体罰禁止の州と容認の州はその左図のとおりである。
○ 体罰禁止の州はAlaska,
California,など28州である。
○ 体罰容認の州は、Alabama,
Arkansas, Colorado, Idaho, Indiana, Kentucky, Louisiana, Mississippi, Missouri New
Mexico, South Carolian, Tennessee, Texas,など白色の州である。
しかし州としては 容認でも実際には、その2分の1以上の地方教委が禁止している州はArizona, Utah,など斜線を引いた州である。
また、体罰を受けた生徒数とその割合(公立小学校・中等学校)は全米で301,016人で、その全生徒に対する割合は0.6%であることがわる。これは前回(3年前)のそれと較べると少し減ってきている。【註】この数は合法とされる体罰である。またワースト10州はMississippi,Arkansas,Alabama,Tennessee,Oklahoma,Louisiana,Georgia,Texas,MissouriKentuckyである。 その数は例えば、1位のMississippi
州では、45,197 人であり、その割合は9.1%であるし、10位の Kentucky州では、2,846人で 0.5%であることがわかろう。
このように体罰は減少傾向にあるが、しかし、停学は増加傾向にあるといえよう。 もっともその停学の数にはゼロ・トレランスによる増加分も含まれるが、しかし体罰は減り停学は増える流れといえよう。例えば1976年には、全米で1,521,896人の生徒が体罰を受けており、その割合は3.5 %であったが、前述のように2003年には、301,016
人で割合も 0.6%と少なくなってきてい
る。 しかし停学になった生徒数は、 1973 - 74 年には170万人 、その割合が3.73% であったも
のが、この年度には305万3,449人と増加している。 その内訳は男子は2,18万2,273人で、 女子は87万1,176人である。
参考 世界各国の体罰禁止状況
これについては、第101編追記に記載した『全米体罰禁止連合』のレポートを参照される
よい。そこには、1783年に禁止したPolandから、2002年に禁止したFijiまで列記してある
これに新たに、2004年、Canadaが加わった。 そのことについては第129編を見てください。
しかし同時に「合理的な力の行使」については認めたことを見落してはならない。すなわち、
教員については、体罰は認めない。 但し、クラスで生徒が感情を爆発させるような行為をした場合は、これを抑えるために力を行使することは認めるとされたのである。
注
@ 杉田ウェッブサイトhttp://www.aba.ne.jp/~sugita/ 上記各編参照
A 杉田荘治著『アメリカの体罰判例30選』学苑社 昭和59年
B American Civil Liberties Union,
Ingraham v. Wright (1977)