教会に通う   
                                        
 s.s.生 

 半年程前から名古屋市の繁華街にあるキリスト教の教会へ毎週・日曜日に礼拝に
通っている。 しかし、キリスト教徒になるつもりはない。神に対する敬虔な気持ちは
持っているが、それはキリスト教における神とは少し異なる。天の神とする点は同じ
であるが、それはJesus Christ. Father. The Holy Spiritの神ではない。 この点、
旧友O君ではないがイエス・キリスト様には少しくお詫びしなれけばなるまい。

 では何故、キリスト教の教会に通うようになったのか? それは、ある日、市内の路上
でひとりのドイツ人から勧められ、参加者には外国人が多いこと、牧師は英語で説教
すること、通うに便利なことなどを知ったので決めたのである。
  
 最初に行ってみて驚いた。祭壇のようなものは一切ない。それどころか最初にロッ
クンバンドの伴奏によって全員が立って歌を歌う。勿論、Jesus Christ, Father, The
Holy Spiritを讃える歌で前にあるスクリーンに歌詞が英語で出ている。皆、真剣で中
には両手を挙げて敬虔な気持ちを表している人さえいる。
 それが終わると、牧師さんのスピーチ。 幼児や赤子も多いのでスピーチの前に彼ら
は別室へ移されて、そこで彼ら向きの行事があるらしい。 そのスピーチはすべて英語。
アメリカ人の牧師が週によって交代してやられる。  旧約聖書、新約聖書からいくつか
を取り出して説教される。その要旨はスクリー ン上にも出ている。日本語の通訳もつい
ているが、むしろそのほうが余りわからない。 従って帰宅してから英語の聖書を開い
て復習している。
 ところで牧師の服装はおおむねジーパンすたいる。しかし説教の内容が深いためか
不快感は与えない。スピ―チが終わると、また、全員が立って神を讃える歌を歌う。そ
の歌詞は前と同じものもあるし、異なったものもある。その間、喜捨の籠が回ってく る。
勿論、額などは随意である。  礼拝の後は参加者は自由に会話する。クッキィを食べた
りジュウスを飲んだりしながら皆楽しくやっている。別室にいた幼児たちも参加して賑や
かである。
 このように勉強になる。[キリスト教徒になるつもりはない]といっているが、周囲の人々
は[そのようなことは気にしないで]といってくれているので当分続けるつもりでいる。この
ようにMUSTARD CHURCHに感謝している。


 2015年(平成27)12月15日記