杉田 荘治
はじめに
最近(2002. 11. 27)、アメリカの教育改革法(包括的教育改革法: No
Child Left Behind Act)の最終
規則が公布されたが、これをWhashingto Post紙などの各紙が一斉に報じた。成績の挙がらない学校
や教委に厳しく結果責任を問う内容が主なるものであるが、ここでそのWhashington
Post紙やNew York
Time紙、ABCD SmartBriefなどから、その要点を述べる。またその後、規則(final
regulation)そのものの
内容やPaige教育長官の趣旨説明についても触れることにする。
ところで昨年、この法案が連邦議会で審議されていた時、その審議経過を、45. アメリカの包括的教育法
−提言とともに、で既述し、また今年に入って、その法案が成立してからのことは、追記、教育改革法成立
として述べたので、この『最終規則』はその続編といってもよかろう。
T 各紙の記事の要約
1 連邦が主導して教育改革を進める。
Paige教育長官の趣旨説明を後述するが、連邦の主導を明示している。
また、黒人の多い学校とかラテン系アメリカ人、特殊学校、英語の不自由な生徒の多い学校などとの“いい
わけ”を認めない。
2 学校や教委、州に結果責任を求める。
○ 人種、民族、社会的経済的なことに関係なく、各州が確固たる進歩の条件を示して手加減しない標準テスト
を作ること。
○ そのテストで、すべての生徒が『良』: proficiency に達するようすること。
○ “失敗した学校”から他の良好な学校へ転校を希望する生徒は、転校させること。そのさい転校を希望する
学校が定員オーバーを理由にさせないこと。 教委が近くの教委と事前に契約を結ぶとかクラス数を増やす
などの責任を果たすこと。 【註】なお、各紙は“失敗校”: failing
school といっているが、連邦教育長官は、そ
の用語は使わず、“改善を必要とする学校”: school in need of improvement
といっている。
○ 『良』のレベルに達しない学校では、家庭教師による学習援助を確実に実施すること。あるいは前記のような
転校措置。また数年そのような状態が続くような学校は閉校になるか、新しいスタッフと方針で再出発するか
チァーター・スクールに変える。
3 報告は正確に行なうこと。
落第生の% なども人種や社会的・経済的な統計上の下位集団も含めて正確に行なうこと。今まで“隠し”や隠蔽
が見られた。
4 しかし連邦予算は少ししか増えない。
この点については共和党と民主党との間で、お互いに攻撃しあっているが、僅かの増額になろう。一方、罰則は
強化される。
U 最終規則の批判
1 各州代表者たちは「連邦が主導権を握り、連邦の統治を強め、非常に多くの学校が失敗校に指定されるかも
しれない」といっている。
2 身体的・精神的に不自由な生徒や英語を第二国語とするような生徒が『良』レベルに達することはできないだ
ろう。
3 Bush行政は資金・財源を十分には用意していない。
4 教育長官は否定しているが、生徒が『学習券』をもらって私立学校へ転校する動きを強めるものである。
というのは、標準以下の学校の多い教委や良好な学校でも受け入れる余裕がないことを口実にするからで
ある。また、もし多くの親が転校を望んだとき、どうするのか、はっきりしていない。
V 最終規則の条文
正式にはAdjustment of Civil Monetary Penalties for Inflationである。しかし余りにも簡略すぎてよく
わからないが罰則の強化といえよう。すなわち、
○連邦法に拠る特別な金とその最大限度を定める。
○連邦法に拠る代理機関の評価を強化する。
○行政手続きや連邦裁判所における行動について定める。
○関係機関は4年毎に、この『調整法』に適用するように規則をつくること。初年度のペナルティは10%以内。
例えば1998年の高等教育改正で、教員養成プログラムに失敗すれば、25,000ポンドの罰金など。
その他、わが国の伝達講習など他の行政機関による転送などを認めていないことも参考になる。すなわち、
直接、連邦の規則に拠ること。そのため耳の不自由な人のための方法などが公開されている。テキストも
Adobe Portable Document Format (PDF) でも見れる。
C Paige教育長官の声明
最終規則を公布する直前の11月22日に、Paige教育長官が議会の教育・労働委員会に文書を提出した。
それによれば、
○ 各州に強く教育水準の向上を求める。 総て『良』レベル:proficiencyに達するように希望する。
各州と連邦の連携を強化する。
○ 幾つかの州は低い水準にあり、しかもそれを隠くそうとしている。『良』の成績を取り易くするために、
わざと州の標準テストの基準を引き下げようとしているものもある。 それは国民の信頼を失うことに
なる。
○ 今後、“失敗校”:failing school といわず、“改善を必要とする学校”:
school in need of improvement
と呼ぶ。 そして、その学校に対して直接、援助する。 しかし、その認定は州が行なうこととする。
○ 科学的に証明された方法、標準、評価、教授法をさぐりながら学校や教委が結果責任を負うことを求
める。大統領の意図もそこにある。 予算の工夫についても同様。
○ 内容のある知識と人生経験のある教員を求め、これを支援する。また喜んで協力してくれる技術者、プロ
グラマー、看護士、調査員、兵士、科学者を補助教員として採用することを支援する。
コメント ご覧のとおりであるが、それにしてもこの『規則』は貧しい片田舎の公立学校にとっては厳しい要求になる
ものと思われる。例えばNew York Times紙 2002. 12. 2日号にある学校の様子が紹介されているが、それは
幼稚園から中学3年までの全校生徒が黒人で貧しい家庭の子供264名のAlabama州にある公立学校である。
McCoy校長は乏しい学校財政、貧弱な施設や教員をかかえて悪戦苦闘している。
幸いなことにはわが国では、公立小学校・中学校の教員等は『県費負担教職員』といわれることからもわか
るように、その給料などは都道府県の負担であるから、貧しい市町村であっても、30人学級実現のための町
費負担採用教員など特別な場合を除いて、財政的には問題視する必要はない。さらにその県費の二分の一
は国庫から都道府県に支出されるので、たとえ財政的に厳しいところといえども教職員等の給料などを確保
することができ、資質ある教員を全国的に一律に採用することができる。しかしアメリカの場合は前述のとおり。
さらに公立学校校舎などの施設・設備についても国庫負担とされるものが多いので、山間・僻地でも立派な
校舎などを見ることができる。アメリカではその地区の財政力によって著しく差がある。
制度としては、わが国のものが優れていると考えるが、しかし時にはそれに安住し“ぬるま湯”につかる
緩みもあろう。アメリカのように到達目標を明確にして努力することが、公立学校教育全般について、さらに
必要であると考える。
2002. 12. 4 記 無断転載禁止