48. 『学習券』は合憲か? - アメリカ連邦控訴裁判決とその後-        追記.......連邦最高裁判決



杉田 荘治:Shoji Sugita
はじめに
 今( 2001年11月)、アメリカでは『学習券』は合憲か否かを巡って争われている
ところで、『学習券』とは、『教育クーポン券』、バウチァ、Voucher などと呼ばれているが、それは
一向に[成績が挙がらない公立学校]から、生徒が私立学校へ転校できるとし、そのさい経済的に
貧困な家庭の子供に対して授業料を補助しようとする制度のことである。

 しかし、転校先の私学には、私学としては普通のことであるが、宗教系の学校が多いことから、
『政教分離の原則』に反し、公金をそのようなことに支出してもよいかどうかが問題視されている。


最近、NPO『21世紀教育情報』5号、10号が、これを概観されているが、ここではアメリカ連邦第6
巡回(控訴)裁判決文を原典とし、それに若干の資料を参照して、この問題を要約することにする。
T 連邦第6巡回控訴裁判所判決
   Simmons-Harris v. Zelman事件
       2000年12月11日判決    
1. 要約
  1995年にOhio州の州議会が、『学習券』プログラム: バウチァ・プログラム: Voucher Scholarship
 Programと呼ばれる州のプロジェクトを作った。 それはCleveland市教委が成績を挙げず、巧く
 管理できないために州教委の直接の管理下におかれることを受けてのことであった。 そして、そ
 のプログラムは、市の経済的貧困な家庭の子供たちのうち、私学へ行こうとするときに授業料を補
 助しようとするものであった。

2. 『学習券』プログラム: Voucher Scholarship Program 
 ○ 前述のように貧困家庭の子供が私学へ行こうとするときには、年間、2,500ドルを限度として授
   業料を補助する。 その他の家庭の子供には、1,875ドルを限度とする。
 ○ 家庭が選んだ私立学校へ直接支払われる。
 ○ 勿論、その私立学校はCleveland 市教委内にあり、州の基準に合致した学校でなければなら
   ない。 人種的偏見や宗教の違い、倫理上の背景、支持者か否か、里子などの問題について
   差別しないことが求められる。 またどこの国の出身者かなどについても同様である。
 ○ 1999 - 2000 学年度のその生徒登録数は、3761名。
   その60%は貧困レベル以下、また3632名は宗教系の学校へ。
   56校の私立学校、そのうち46校が教会系の学校。
   しかし、『学習券』プログラムに参加する限り、いかなる制限も設けていない。
3. 経過
 ○ 1999年5月27日、Ohio州最高裁は連邦憲法の『確立条項』に照らしてみても違反していない、
   として、原告勝訴の判決を下した。
 ○ しかし、12月20日、連邦地裁は『確立条項』に反するとして違憲と判断し、さらに連邦控訴裁に
   よる審理を求めてきたのである。
  【註】 この『確立条項』とは、合衆国修正憲法第1条に規定するEstablishment Clause のことで、
     いわゆる『政教分離の原則』: Financial Assistance to Church-Related Institution の件
     で、宗教に関係する学校などの公共機関への財政的援助を禁止する条項のことである。
4. 連邦控訴審理として当裁判所の判断
 ○ 宗教系学校にもいろいろあるが、しかし世間一般の事柄についてもハンドブックや使命で、そ
   の宗教的信仰を織り交ぜている。 また宗教的行事への参加、科学や語学の授業でも宗教的
   理想を求める雰囲気がある。
 ○ ある学校では、創造者としての神、キリストの旗、誓い忠誠などが求められる。

 ○ 従って我々は、『学習券』プログラムを違憲とした連邦地裁の判断に同意し、そのように判決す
   る。 しかし、この事件は重要で先例になる価値のあるものと考えている。
U 控訴審判決の後
 今まで見てきたように、第6巡回連邦控訴審は『違憲』の判断を下したが、しかしこの件をその段階
で終結させるのではなく、更に継続して審理されることとなった。
それは、後述『教育改革センター』などからの意見書やBush大統領の教育改革案・意見書などが大
きく働いているように思われる。

その結果、本年(2001) 9月25日、連邦最高裁は、このCleveland市の件を憲法問題として審理する
ことを決定した。 日時は未定であるが、明年(2002) の始めに口頭弁論が予定されている。
判決は6月頃か?

○ この決定に対する反応
  『教育改革センター』ニュースを借りていえば、
 ・ 今まで、Ohio州Cleveland市の子供たちは、ここ20数年間、失敗し続ける成績の悪い学校へや
  むを得ず通学しなければならなかった。
 ・ しかし『学習券』に反対する人たちは、それは先鋭的だとか非合法だとか批判してきた。
 ・ 今、連邦最高裁が「憲法問題として審理する」と決定したことは、幾千という人々に幸せで生産
  的な人生を送るためのチケットを与える希望の光といえよう。

【註1】 この『教育改革センター』: The Center for Education Reform は、1993年に設立された全米
    的、独立した非営利組織:NPOである。 
【註2】 連邦控訴裁は巡回裁判所といわれ、全国で11ある。 Ohio州は、その第6巡回裁判所の管轄
    下にあり、その他Kentucky, Michigan, Tennessee の各州が含まれる。

【註3】 今回のケースは『裁量上訴』と思われる。 すなわち、Writ of Certiorari といわれ、上告を認
   めるかどうかは完全に最高裁の判断に委ねられる場合である。 事件移送命令書が控訴裁に
   送られる。なお、そのようなケースは、年間約、100件といわれる。( 田中英夫『英米の司法』東
   大出版会 1977 )
付記  Wisconsin州のMilwaukee市やFlorida州でも、同じようにこの『学習券』問題が起こっている。
      "School Choice Today"

【コメント ご覧のとおり、教育における『政教分離の原則』と『親の学校選択』との問題である
      そして後者の要求が強くなるにつれ、私立学校の宗教色の濃淡も考慮されながら、次第に『学
      校券』も合憲とされる方向に進むように思われる。 しかし、現実には「都市の貧民層のために、
      自分たちの税金をそのようなことに使ってもらいたくない」という一部親たちの本音もあろう。

      わが国では、大都市を除いて、転校しうるような私立学校も多くはないので、このような問題は
      まず起こらないであろう。 しかし、公立学校といえども学区を越えた学校の選択の余地を親に
      与える問題、また同じ学校の中にあっても、競争原理が働くような『学校の選択』について、アメ
      リカの事例を参考にする必要があると考える。
 2001年11月 28日記      元公立・私立高校長 教育評論家       無断転載禁止


【追記】2002. 7. 1    連邦最高裁の判断
 予想されたように連邦最高裁は、今年(2002) 6月27日、5 : 4の多数決によって、この学習
プログラムは合憲であると判決した
。すなわち、EDUCATION WEEK , 2002.6.27日号によ
れば、本日、連邦最高裁はOhio州のSimmon-Harris v. Zelman 事件について、5 : 4 の多
数説によって“宗教的事項については全く中立的であり、合衆国憲法に違反していない”と判
決した。 これによって今、宗教系の私立学校である49校へ転学したCleveland 市の3.700名
の生徒たちは、そのまま引き続いて学習券を受けながら通学できることになった。 親の収入
によって異なるが、授業料の10% -20%に相当する額である。

○ 多数説.... 長官William H. Rehnquist, Sandra Day O'Conor, Antoni Scalia, Anthoney
         M. Kennedy and Clarence Thomas “これはその特別な教育区における財政
         と住民の問題である”
○ 少数説... David H. Souter, John Paul Stevens, Ruth Bader Ginsburg and Stephen G.
         Brey“多数説は『確立条項』の平価切下げのようなもので、将来に悲劇をもたら
        す可能性がある”  

 また、Boston Globe Online も6月28日号で、この最高裁判決を報じている( The price of
vouchers)。 その内容は上記以外に真新しいものはない。   
また、New York Times も6月28日号で報じているが、内容的には略、同じ。ただしNEA(全米
教育協会)の顧問Robert Chaninは『学習券』には反対し続けると語っている。     
なお、テレビも、この判決を直ちに報道したが、私は偶々、27日当日、テキサス州のDallas に
いて夕刻それを聞いた。
【コメント】 この連邦最高裁判決を、その判決原文によって、もう少し補足しておくと、
       正しくは、ZELMAN v. SIMMONS-HARRIS  000 U.S. 00-1751 (2002) Decided June
       27, 2002
      判決理由
      ○ 真の親の学校選択の一つである。
      ○ 既にこの学習券プログラムを受けている生徒の96%は、宗教系の私立学校へ通学し
        ている。
      ○ このプログラムは明らかに失敗しつづける公立学校に通っている貧しい家庭を援助
        しようという、宗教・教会に関係のない世俗的目的(secular purpose) から捉えるべき
        である。

      なお、 前述したように、この件は『裁量上告』であった。 certiorari to the united states
      court of  appeals for the sixth circuit. なお、連邦最高裁によって決着がついたという
      ものの、その銭の使い方が一部の者の利益になるのではないか、また人種の多様性を否
      定するような方向に進むのではないかという批判は依然として強いように思われる。
      
      English version, here

追記(2006年9月)  なお教育クーポン券(学習券と同じ)については、さらに第189編を参照してください。