杉田 荘治
はじめに
今年(2002) 3月末、わが国のチァーター・スクール運動を支援するために、ミネソタ大学
のジョ・ネイサン(Joe Nathan)氏が来日し東京、長野、大阪などで講演されたが、その模
様や雰囲気を最近、朝日新聞がコメントしている(5月24日、朝刊 高橋庄太郎記)。
私もその東京での大会に参加したが確かに、わが国でもチァーター・スクールを創ろうと
する熱意は相当のものと思われた。 しかし、私はわが国でチァーター・スクールが出来そ
うでいて出来ない最大の理由は国や県などによる学力標準テストがないことだと考えている。
しかもその標準テストについて、文科省も教委も、また教員組合もチャータースクールを『創
る会』も避けているように思われる。
現にその会場でも問題にならなかった。しかし、当のジョ・ネイサン教授には当然のことと
考えられていたふしがあった。 現にそのミネソタ州では、ホームルームの生徒たちといえ
ども州の標準テストを受けなければならないからである。
一方、日本側からは全く質問は出なかった。私は事前に質問用紙に書いて出していたが、
質疑応答の時間が少なかったためでもあろうが問題にされなかった。
問題点
チァーター・スクール制度はスクールにかなりの「自由」を与える。 そのかわりに相当の「
責任」を果たさせるという考え方が基本であり、しかもその「責任」を計る客観的なものは主
として州の標準テストである。 ところがわが国では、「そんな客観性のある標準テストは作り
ようがない」、「かりにあったとしても、そんなテストでチァーター・スクールを評価してもらたく
ない」、「統一テストそのものに反対である」などといっているように思われる。
これはある種の甘えであるが、そんなことをいっている限り、チァーター・スクールは出来な
いないだろう。 アメリカとは異なり、塾や予備校によって標準テストのようなものが実施されて
いるわが国では、国や都道府県による学力標準テストの必要性は低いと思われるが、こと
チャータースクールに限っていえば、これが最大の難点であろう。 それだけにその代案を含
めて検討されることを期待したい。
【参考】 Minnesota州 Mounds View学校区でのホーム・スクール見学訪問 : 渡部親司(兵庫
教育大学大学院生) 成田 滋(兵庫教育大学教授)。また21世紀教育情報
Vol.036
2002.5.29 『プロジェクト学習の質を高めていけば州統一テストは簡単にクリアできる..』
など、州の標準テストは総ての生徒にとって受けることが義務であることがわかろう。
アメリカの場合を見てみよう。
チァーター・スクールも学力標準テストを受けなければならず、しかもその成績は詳細に公
表される。
例としてまず、Massachusetts州のボストン市にあるRenaissaceチァーター・スクールを取り
上げることにする。 というのは、先に『47. 公立学校のチァーター・スクール化?』で述べたよ
うに同スクールはEdisonスクール会社に運営を委託していたか゛、生徒の成績が向上せず、
近くその契約を打ち切るとのことであるからである。
その後、同じくMassachusetts州にあるRising Tideチァーター・スクールについて述べる。
そのスクールもまた、Edisonスクール会社のような民間教育企業のBeacon 教育経営会社に
よって運営されてきたが、思うように生徒の成績が伸びず、近くその会社との契約を打ち切っ
て、自分達の手で「一人立ち」しょうとしているとBoston.com紙が最近(2002. 5.
23日号)で報
じているからである。
最後に、わが国の場合について提言する。もっともそれは既に『41. わが国のチァーター・ス
クール』で提言しているので、その関係個所を再掲することになる。
T Renaissance チャーター・スクールの州学力標準テストの成績
2001年 MCAS テスト(Massachusetts Comprehensive Assessment Systems
Tests)
Boston com紙、2002.
5. 23 掲載
|
8年生(中2) |
受検生徒数 |
優秀 |
良好 |
普通 |
不合格 |
欠席 |
平均点 |
英語 |
このスクール |
83 |
0 % |
29 % |
49 % |
22 % |
0 % |
31 |
|
州全体 |
71,457 |
8 % |
59 % |
25 % |
8 % |
1 % |
42 |
数学 |
このスクール |
83 |
4 % |
8 % |
19 % |
69 % |
0 % |
21 |
|
州全体 |
73,128 |
11 % |
23 % |
34 % |
31 % |
0 % |
33 |
○ このように、このスクールの8年生(中2) の全員83名が受検しており、州全体でも1%
の欠席しかない。州全体とは、通常の学校、農業・職業学校、チャーター・スクールのすべ
てを含む。それらは
管内教委の成績も含めてすへ゛て公表される。また生徒本人、学校、教委へ報告される。
○ このスクールでは、英語の不合格が、22%( 州全体では8% ), また数学でも、69%
( 州全
体では31% ) と多い。
○ その他の学年の成績一覧表は省略するが、例えば4年生(小4) を取り上げてみても、英語
の不合格は31% (州全体では、11%)、数学では41%( 州では19%) と矢張り多い。
○ なお、2001年度のMCASテストの試験科目は次ぎの通り。
3年生(小3) 英語のみ。 4年生(小4) 英語と数学。 5年生(小5) 実施せず。
6年生(小6) 数学のみ。 7年生(中1) 英語のみ。 8年生(中2) 英語、数学、歴史・社会
【註】 MCASテストは非営利団体NPOによって運営され、州によって標準テストとして公認されている。
彼らはこのように巧くNPOを活用している。今後、わが国の場合はどうだろうか。県の研究セン
ター? それともNPO? また評定でNeed Improvement を普通としておいたが、普通以下の
ことである。しかし不合格:Failing ではない。優:Advanced, 良:Proficiency,
のうちの可
のことである。またチャーター・スクールの生徒も必ず受けなければならない。( All public school
students in grades being testing including students,..... in charter
schools, ......)
U Rising Tide チァーター・スクールの学力標準テストの成績
2001年 MCASテスト Boston
com紙、2002. 5. 23 掲載
|
8年生(中2) |
受検生徒数 |
優秀 |
良好 |
普通 |
不合格 |
欠席 |
平均点 |
英語 |
このスクール |
45 |
0 % |
62 % |
27 % |
11 % |
0 % |
40 |
|
州全体 |
71,457 |
8 % |
59 % |
25 % |
8 % |
1 % |
42 |
数学 |
このスクール |
45 |
7 % |
20 % |
38 % |
36 % |
0 % |
29 |
|
州全体 |
73,128 |
11% |
23 % |
34 % |
31 % |
0 % |
33 |
○ このスクールも8年生(中2) の成績は、数学、英語ともに州全体より不合格者も多く、平均点も低
い。 しかし、その他の学年の一覧表は省略するが、6年生(小6) の数学は州全体よりも少し
良い。従って高学年になるほど成績が下がっていることがわかる。
○ 全校生徒数 216名 『はじめ』に述べたように、1998年に創設されたチァータ‐・スクール
である。Beacon 教育経営会社と契約して年間約10万ドルを支払って、その経営方法を利用し
てきたが、成績が挙がらず近くその契約を打ち切るとのことである。
【註】 しかしチァーター・スクールを廃止する動きではない。民間運営から決別して「一人立ち」しよう
とする動きである。現にBoston com紙(2002. 5. 23) によれば、現在Massachussetts州には、
42のチァーター・スクールがあるが、2003年までに更に2校、計画されているとのことである。
V 提言(再掲)
1 新設されるチャーター・スクールの生徒も『標準テスト』 または『共通テスト』を受けること。
そのために、小・中・高校生に対して、
@ 国や都道府県において統一した『学力標準テスト』を実施されること。
A 当面、それが困難であるならば、市町村において、『学力標準テスト』を実施されること。
B 前記のテストを実施できないときは、
3校以上の学校が組んで『学力共通テスト』を実施されること。
・ 組み合わせは各校の自由とする。 通常の学校とチャーター・スクールとの組み合わせ
でもよい。
その組み合わせは変えないほうが望ましいが、場合によっては変更も認める。
・ 国語・数学・理科・社会・英語の基礎教科とする。 事情によっては、その一部でもよい。
難易度も自由。 ただし通年、同じ難易度が望ましい。
・ 年、一回以上
・ 問題は公表されること。 その方法は生徒を通じて親に配布するなど、一般的に、知る
ことができる方法であれば自由。
C 前記のように、チャーター・スクールの生徒も受検するものとする。
極めて例外的の場合は、第三者機関の判断による。
【註】 これによって、無学年制をとるチャーター・スクールも一人ひとりの生徒やスクール全体
の学力の推移を知ることができる。ただし、チャーター・スクールにあっては、それはか
なり大幅に弾力的に評価すること。
【註】 その他については、『41. アメリカのチャーター・スクール訪問記 ー提言とともに
ー』を参照してください。
付記 わが国では国や県による学力標準テストが何故、難しいのか?
このことについては【60. テキサス大学『K-16 イニシアチブ』と日本の場合】で述べたが、
実際には、ほぼすべての中学生について、その学力を知ることが出来る。 それは大手の学
習塾が、国語、社会、数学、理科、英語の共通テストを年間、数回実施し、ほぼ全員がこれを
受けるからである。 しかもその県の公立高校の入試は、同じ日、同じ問題で行なわれる。
高校生についても同様。大手予備校が全国的規模で、年間、数回、主なる大学入試科目の
共通テストを実施し、高校生は入試に備えてこれを受けるからである。しかもその得点は個々
の生徒に知らされるし在籍の学校にも通知される。さらにこれとは別に、数校の高校が共同し
て、共通の実力テストを行なっているところもある。
このように、県や国の共通標準テストがなくても特に不便を感じないが、しかしそれらのテス
トは強制的なものではないので、受けない生徒もいるし、卒業後すぐに就職するような者にとっ
ては特に必要ではない。 チァーター・スクールが、わが国で出来そうて゛、なかなか出来ない
のは、特に県の公式標準テストがないため、将来チァータ‐・スクールの生徒や学校全体の学
力の変化を計ることができないという不安が残ると私は考えている。従って前述したように、
わが国の特殊な事情を考慮して、その代案を含めて提言しているのである。
2002年5月30日 記 無断転載禁止