V Montana州の事例など
杉田 荘治
はじめに
アメリカ ( U.S.A.) の教育法季刊誌では Journal of Law and Education ( Jefferson
Company )が最も権 威のあるものとみなされているが、その 1999年度以降で 2000年
度 No.2号までに掲載された事例のうち、 無能教員の解雇に関するものを抽出し、それ
らを公式判例集で調べ、要約することにする。 従って以下は全て、杉田によって要約さ
れたものである。
T 連邦裁関係
連邦最高裁関係のものはない。 次に述べる 第 8巡回控訴裁のものが唯一の判例である。
T Berg v. Gregory Bruce 独立教育区 No.601 事件
No. 96-1818 連邦第 8巡回控訴裁 1997. 4. 23 判決
はじめに
B は Minnesota州 Gregory Bruce No.601 独立教育区の公立小学校の 3年生担任であった
が、[年齢による差別]を受けたとして訴え出た。 これに対して、連邦地裁は、それを証明する
に足る十分な証拠はない、として訴えを退けたので、彼女が控訴してきたものである。
1 事実
ところで両者の間で争いがない事実は、次の通りである。
○ 1992年までの 5年間、B は 3年生の担任であり、Bruce は彼女の校長として勤務評定を
行う立場にあったが、彼らには、彼女の教え方を巡って時々、意見の食い違いが見られ、
衝突を繰り返していた。
○ 1992年度が始まる前に、親たちから校長に [子供たちが彼女のクラスに適応していない]と
いう苦情が 15件も寄せられた。 それまでも、このような苦情があったので、校長は本腰を
いれて彼女の教え方と生徒の成績評価の仕方について調べようと考えた。
校長の息子も彼女のクラスの生徒であったが、校長は彼女の息子に与えた評価について
も不満であり、また息子も 「遂にクラスの一人の生徒が落第しそうになっている
」と父親に
告げたりした。
そこで校長は、彼女に生徒の成績評価表を提出させて、それを点検した結果、いくつかの
単元をもう一度、教え直して再テスト するように命じた。
○ そのため、彼女は教育区のS教育長に手紙を出して 「自分の息子の成績が悪いので、校長
は私に幾つかの要求をしてきている」、「それは嫌がらせであるから、憲法上の問題として法
的手段も考えている」と述べたので、教育長は第三者も交えて両者が話し合うように提案した。
その後、校長は、しばしば彼女のクラスの授業を参観するようになり、1992年
12月、クラス
管理と生徒成績評価の仕方について [ 不十分 ]と通知し、毎週 どのように改善されたかチェッ
クするためにクラスを訪れると告げた。
しかし、彼女はその問題について校長と話し合うことを拒否し、次の月曜日には予告して欠勤
し、火曜日と水曜日は無断欠勤した。
○ 1993年 1月、彼女は教育長に再び手紙を送り 「私を信用せず、嫌がらせをしている」、 「教育
の向上をはかるという純粋な気持ちではなく悪意に基づく」 、「 そのような根拠のないことをし
たことについて、私に詫びるように」 校長に命じてほしいと書いた。
その後、再度、手紙を出して、この時はじめて 校長の彼女に対する行動は 『自分の年齢』
に関する動機によるものであると述べ、自分より若い教員に変えようとする意図があるとし、
自分の先任権 ( 解雇にさいして最近雇われた者から解雇される仕組みの権利 )が侵されると
告げた。
○ 校長は、その年度に 13回、授業参観を実施し、また 30通の文書と彼女に面接したい旨の文
書も 9回 送ったが、彼女は校長が参観している間は授業せず、校長が教室から出ていくと、ド
アをビシャリと締めて無断で校舎から出ていった。
○ そこで校長は[不服従]と[反職業的行為]としての警告文書を送ったが、彼女は依然として欠
点を直そうとはしなかった。
○ 1993年 6月 8日、教委は[ 生徒の成績評価についての協力を拒否したこと]、[不十分]、[不
服従]、 [反職業的行為]、[職務に関する討議を拒否したこと]を理由に解雇した。 そして 32才
の教員に変えた。
そこで、彼女は校長と教委を相手どって地裁に訴えを起こし、解雇は [年齢差別禁止法 Title 42
違反]であると申し立てた。
2 地裁の判断
同僚教員や親たちからの多くの宣誓供述書を審理した結果、彼女は挙証責任を十分、果たし
ていないとし、十分な証拠はない、として彼女の諸要求を退けた。
3 結論 〔当控訴審の判断〕
我々は年齢の基準については、州の最高裁が 1964年にくだした雇用差別事件の[ 適当な秩
序とその証明力]に照らして判断したが、地裁の判断に誤りはない。 よって、そのように確定する。
【 コメント】
この程度になれば解雇もやむを得ないと考えるが、しかし、わが国では人事の異動範囲も広
いので校長との感情問題や校長の息子も彼女のクラスの生徒であることなどを考慮して、他
校への転勤措置も検討されよう。
U 州の事例
U South Dakota 州 Richard Collins v. Faith 教育区・ 教委事件
South Dakota 州最高裁 1998. 2. 25 判決
1998 SD -17
はじめに
C は小学校の生徒に性教育として、二人の男性が性行為をしているビデオを見せて、どのよう
にして口による性行為と肛門の性行為をするかを説明したことで、無能力教員として解雇された。
その教委の決定を地裁も支持したので、彼は控訴 (中間裁判所がないので事実上の上告)
した
が、控訴審は、地裁の判決を破棄して、彼の復職を認め給与の支払いを命じた事例である。
1 事実
C は 29年間、Faith 教育区の教員であったが、その間ほとんど 5年生の担任であった。 しか
し、解雇の件のさいは 4年生を担任していた。
その当時、教委は小学生に対する性教育について公式的な規定は特にもっていなかったが、
1995年のその時までの 15年間、地域保健看護婦が性教育について あるプランを作っていた。
そして 5年生と 6年生用の 思春期、成熟期、分裂生殖を含むビデオを選定していたが、この特
殊なビデオを実際に使うことは難しく、ましてや 対象の 4年生には始めてのことであった。
授業に入る前に、彼は一人の生徒に教室から出ていくようにいった。それは以前、その生徒
の親から、その種の性教育を自分の子供にされることを望まない、と聞いていたからである。
ビデオを見せた後、生徒たちから質問を受け付けた。 その際、彼は、できるだけ正直に答える
ことが教育的であると考え、また自分の義務感から 過去 15年間、同じ態度で続けてきたことで
もあるとして、そのようにした。
生徒からの質問は、フイルム や ワークシートからの課題である 包皮切除、マスターヘ゛ーショ
ン、夢精、射精に及び、さらに一人の生徒は 「 二人の男性でも性交渉はできる、と聞いているが、
それはどのようにして出来るのか」と聞いたので、彼は説明する前に 「この種の行為は眉をひそ
めるような行為である」といったので、生徒たちは、それは醜い行為であると理解した。
その後、彼は、はっきりとした言葉で口による性行為と肛門による性行為について説明した。
1995年 4月 25日、教育長に親たちから、前日、Cから受けた性教育についての苦情が寄せら
れたが、その核心は、彼の質問に対する答えの部分であった。
そこで、親、教育長、校長と Cを交えての非公式な会合がもたれたが結論は出なかった。
○ そこで、この件は教委にもちこまれ、解雇に向けての聴聞会も開かれ、その結果、教委は賛
否投票により[無能力]として解雇した。
地裁も、これを支持したので、彼が控訴したものである。
2. 控訴審としての審議事項
○ 29年にわたる忠実な勤務を無視して、教委は 無能力として解雇したが、この種の事項は
常に感情問題となる ホモ行為についての彼の[極めてオープンな答え]にあった。
しかし、この事項について、それまでに教委の明確な指示、規則 は何もなかったし、プラン
や場所などの限度についても示されていなかった。
また、地域保健看護婦からも 「私から男子生徒に答えることは出来ないので、生徒に良く答
えてやってほしい 」といわれていたことも考慮すべきである。
○ 事実、それまでの15年間、対象学年や教材の違いはあったにせよ、全く問題無く続けられ
てきたのである。
○ 確かに今回は、彼の乏しい判断によって引き起こされた事件である。 彼自身、[
私の貧弱
な判断で、このような行為をしたことを後悔している ]と認めていることも検討すべきである。
○ そもそも [無能力]とは、先の判例にもあるようにの、“ 義務を果たさないことや失敗が体に
しみついて習慣的になっていることである”。 また他の同僚と比べてみても能力的にも正確
さでも、全く違っているとか、極めて能率が悪くて、常に二倍も遅いなどのことである。
○ 他の判例である McCoy v.Thompson ( Wyo. 1984 ) 件でも [たった一回の善意に基づく失
敗は無能力にはならない]と判断している。 たた゜し、たった一回でも、その後の職務を遂行
するのに重大な支障を来すとか、それが永久的に害を与えるような場合は例外である。
○ 今回の場合は、その後の彼の指導に支障を来したという証拠はない。また生徒がそれによっ
て悪い影響を受けたという証拠もない。 生徒の躾の問題も増えていない。
教委は 彼を解雇する前に停職にしていたが (4月 24日から 5月 17日まで),
なにら問題はな
かった。
このように生徒にも同僚教員その他にも混乱はなく、実質的な害はなかった。
3 判決
地裁の判決を破棄して、Cの復職を認め、いままでに不利益を蒙っていた給与の支払いを教委
に命じる。 K 主任判事、G判事 同意見
【コメント】 一途な教員が、小学 4年生に対して実施した軽率な性教育であったが、わが国では
教委が解雇と決定する前に、厳重な口頭による注意、文書による戒告や停職などの
措置がとられよう。
2000年8月末 記 続く ...V Montana州の事例 など 無断転載禁止