267 アメリカ大都市の教育について市長のコントロール


杉田荘治


ばじめに
    わが国では教育委員の公選制は廃止され、市長が指名し市議会の同意を得る仕組みであるが
   アメリカ(U,S,A,)では今でも多くの市では公選制である。 しかしそのアメリカの大都市で公選制を
   廃して、これを市長による指名に切り替える動きが強くなっている。
 市長の教育への介入・コント
   ロールであるが、この動きとその効果は、わが国でも参考になると考えるので、これを見ていくこと
   にしよう。

          シァトル市による調査結果から
    シァトル市が教育委員の公選制を廃して、これを市長による指名に切り替えようとした。 そこで
   2007年の初頭、他都市の経験に学びたいとして、ワシントン大学政治科学部の協力によって全米
   の状況を調査した。

    直接的な理由
   ・ 管内の学校の学力不振が続く。      ・ いじめなど生徒指導問題の対応が不適切であった。
   ・ 教育委員会の方針や運営が一貫性に欠ける。 また拙劣であった。
   ・ 誰が責任者なのか責任の所在が曖昧であった。


    期待される理由
   ・ 学校の結果責任をはっきりさせることができる。
   ・ 教育の統治が広く、しかも継続性がある。
   ・ 教育財政の一体化を計ることができるし、その透明性を高めることができる。
   ・ 市長による行政との一体化を計ることができる。青少年教育、体育、サービスなどと学校教育と
     の連携についても同様である。
   ・ 多くの部局を統合することによって行政費用を節約することができる。

    成果
   成果は期待されるほどではない。 すなわち、
   ・ 市長のコントロール・介入によって一時的には教育にショックを与えるが長続きしない。少し長い
     目で見るとその効果は限定的である。
   ・ バルチモア市ではむしろ成績は下がってきている。
   ・ 市長派による政治的な腐敗もある。 市長の血縁者による教育的事業への結びつきが強くなり、
     しかもこれを市議会が追求することが困難になった。

   ・ 市場原理による教育問題の解決方法になりやすい。 [もっといろいろな方法]で取り組もうとする
     方法が軽視される。 すなわち、トップダウン、たった一つの方法でアプローチするようになる。
     教育問題を扱うさいに柔軟性に欠けるようになる。

    市長の影響力の四つのタイプ
   ・ 市長自身が強く介入する。     ・ 市長が教育委員を指名する。
   ・ 市長が指名する教育委員とそうでない教育委員が混在(hybrid)している。
   ・ 市長はあまり強くは介入しない。

    [例] ニューヨーク、首都ワシントンでは市長が直接、問題校の校長を交替させた。
       また第176編で述べたようにコネチカット州の中都市の市長が市議会から教育委員に同意
       され、その後の教育委員会で教育委員長に指名されたケースもある。 しかし市長は教育
       委員に選ばれたが、投票権のない委員に留まった例もある。

       また州の例を分類したものであるが参考になると思うので下記しておこう。 第176編参照
        @ 州教育局または州教委が地方教委や教育長を辞めさせて、新たな教育長や教育委
          員を指名して管理する方法。
        A 地方教委や教育長をそのまま残しておいて、州が指名した者に対するアドバイザー
          としての役割に限定する方法。
        B 州が市長に権限を委任して、市長が管理者などを指名する方法。
        C 州が民間会社と契約して、それに管理を委託する方法。
        D 完全に教職員を入れ替えて、新しい教育方針、カリキュラムなどで再出発させる方法。

      補足的研究資料から   
    Chicagotribune.com 2011年1月10号

   ・ シカゴでは僅かの学力向上があっただけである。
   ・ 閉校となった学校の生徒を、それより少しましな他の学校へ移しただけである。
   ・ テストに必要な科目を増やすようなカリキュラムに替えた。
   ・ 教員にテストの準備のための学習指導をさせるようになった。
   ・ 全米学力標準テストでも2003年度に較べても少し向上しただけである。
   ・ 校内暴力のため良い教員を失うことになった。

    Online woj.com 2010年8月6日号
   ・ ノースカロライナ州やテキサス州の一部では全米学力標準テストで向上している。
    しかし、シカゴやクリープランドは2009年度の4年生のリーディングは低いレベルのままである。
    
    Rotgers研究所調査 2010年10月12日号
   ・ 市長のコントロールは教育に影響を与える一つの要因にすぎない。 その地域の社会的要因、
     健康問題その他多くの要因と混合していることを無視して、それだけで評価してはならない。

おわりに
    ご覧のとおり、成果は期待されるほどではない。市長のコントロール・介入によって一時的には
   教育にショックを与えるが長続きしない。またその弊害にも注目すべきであろう。 わが国では大
   都市でも貧富の格差はアメリカよりは小さく、また教員の人事異動も広い範囲で実施することが
   できる利点があるから、これを活かす方法はあろう。

 平成24年(2012年)11月14日記       無断転載禁止