260 アメリカで財政破綻した地方教委や成績不振

   の公立学校を州が直接管理


杉田荘治


はじめに
    アメリカ(U.S.A.)で財政破綻した地方教委や成績不振の公立学校を州が直接管理する策
   がしばしば行われている。 
    我が国でも最近、成績不振の公立学校に対して、これに似たような政策を実施しようとする
   動きが出てきている。 将来、標準学力テストをアメリカと同じように学校別に公表するような
   事態にでもなれば、この動きは一気に加速しよう。


    その参考に供するために、アメリカの州による直接管理、State Takeovers について見て
   いくことにする。 もっとも既に第132編などで触れてきたので、ここではそれらを要約したり、
   また最近のケース、論評も追加しながら進めることにする。

                州による直接管理とは

    2002年に制定されたNo Child Left Behind Act : ひとりたりとも落ちこぼれをつくらない法
   によれば次のとおりである。

    ・ 公立のチァーター・スクールとして再発足させる。
    ・ 適当な年次向上に合致させるため、校長を含むすべての教員またはそのほとんどの教
     員を入れ替える・
    ・ 民間企業のような外部の企業体と契約して、効果的に学校を運営させる。

    ・ 州法によって州の教育機関に運営を任せる。
    ・ スタッフや統治機構を変更して生徒の成績が向上するように再構築する。

    また前述のNo Child Left Behind Act に規程するものではなく一般的な州による直接管理
   とは次のとおりである。 (第163編参照)

    五つの形態
      @ 州教育局または州教委が地方教委や教育長を辞めさせて、新たな教育長や教育委員を
        指名して管理する方法。
     A 地方教委や教育長をそのまま残しておいて、州が指名した者に対するアドバイザーとして
        の役割に限定する方法。
     B 州が市長に権限を委任して、市長が管理者などを指名する方法。
     C 州が民間会社と契約して、それに管理を委託する方法。
     D 完全に教職員を入れ替えて、新しい教育方針、カリキュラムなどで再出発させる方法。

    ・  また閉校にしたりスタッフを入れ替えたりという方法は避けて、長く続く成績不振校を助け
       るためにサービスを提供する方法。
    ・  生徒の学力向上のための研究プランを使用させる。

             州による直接管理の効果はどうか

    New York Times, 2011年12月11日号によれば、それは複雑な結果(mixed results)となっている
    例1 California州のEmery教委の場合
       この地方教委は10年前に財政破綻のために州から緊急支援として130万ドルを受けて
      いたが、これを昨年9月に返済した。

    例2 New York州ロングアイランドにあるRoosevelt校は9年間も州による直接指導をうけたり
       スタッフの入れ替えなどもあったが、生徒の成績は一向に改善されず悪い状態が続いて
       いる。
 このことについてPennsylvania大学のJonathan Supovisz教授は[州の直接管理
       によって地方教委の財政や行政改革は改善されるかもしれないが、生徒の成績向上には
       たいして役立たない。 ことに貧困や社会的問題が根強くあるところではそうである。また
       その地方のことは地域の人たちが最もよく知っており、なにが必要であるかについても
       同様である。 連邦や州レベルによる管理はそれ自体、かけ離れたものになりやすい。]と
       説明している。

    例3 Philadelphia州のある地方教委が生徒の成績不振と学校財政の運営の拙さから、州知事
       と市長が共同してスタッフを入れ替えたり、新しい共通カリキュラムを導入し、その結果責任
       を求めた。 成績は一時的に向上したが、また新たな財政問題が起って大混乱になり、リー
       ダーは8月に辞職してしまった。

    例4 California州OAKLA ND   2003年に財政危機に陥り州から緊急支援として1億ドルの援助
       を受けた。 2009年にもまだ返済を続けているが、新たにまた支援を受けることになった。
       なるほど財政と生徒の成績は改善の方向に向かっているが、しかし住民の多くが、そこから
       離れて抜け出すような動きになっている。

    例5 Connectibut州BRIDGPORT教委は2万人の生徒を擁するが、成績不振や機能障害のために
       公選されていた教委のメンバーを6月に解散させて州は新しい教委のメンバーを指名したが、
       訴訟問題になっている。

    例6 N.Y. ROOSEVELT  生徒数2600人の地方教委であるが、2002年に経営の拙さと生徒の成績
       不振のために州教育省の直接管理とされた。
 そして2億ドルの援助を受けた。 生徒の成績
       は少し向上したが新しい建物などのために支出がかさばり、2008年にはまた800万ドルの援助
       を求めている。

                   過去の具体例
   
     
  資料  全米教育委員長会  2002年4月8日 発表分        第156編参照
       Policy Brief: Accountability-Reward/Sanctions, State Takeovers and Reconstitions 

   州と地方教委    理由   根拠州法   備考
 Mississippi
  North Panola教委に
  1996年から実施
 財政悪化  Miss.Code
 Ann.

 §37-17-6
 改善されたので
 1998年に現状
 に回復された
 Arkansas
  Altheimer教委に
  2002年から実施
 6年間も低い
 学力
 Ark.State,
 Ann
 §6-15-403
 特記事項なし
 Kentucky
  Letcher教委に
  1994年から実施
 財政悪化と
 管理上の問
 題
 K.R.S.
 §158.6455
 改善されたので
 1997年に現状
 に回復された。 
 Maryland
  Baltimor市教委に
  1997年から実施
 困難な諸問
 題
 Senate Bill
 795
[Baltimor
 City
Public   Schools]
 教委の権限を全
 面的に剥奪。知
 事と
市長によって
 新しい委員と最
 高執行官
を指名
 Massachusetts
  Chelsa教委に
  1989年から実施
 学力問題と
 財政悪化
 Mass.Ann
. Law
 ch.69
 §1J-1k
 ボストン大學と
 連携して日常的
 業務の見直しと
 技術的な
援助
 West Virginia
  Lincoln郡教委に
  2000年から実施

  McDowell郡教委に
  2001年から実施
 管理上の問
 題
 財政悪化
 学力低下


 学力上の問
 題
 不健康・不
 安全・危険
 W.Va.Code
 §18-2E-5
 特記事項なし
 Texas
  Wilmer-Hutchins
  教委に1996年から
 財政悪化
 学力低下
 Tex.Educ.
 Code 
 §39.131
 
 1998年に現状に
 回復された。

   参考  この4月、最近の具体例について前述の全米教育委員長会:Education Commission of the States
        にE-mailで質問した。それに対して副会長Kathy Christie女史から返信があった。 
       具体例については不明であったが下記のサイトは参考になった。  感謝している。 
 
 http://www.ecs.org/ecs/ecscat.nsf/WebTopicView?OpenView&count=-1&RestrictToCategory=Accountability--Sanctions/Interventions

                 我が国の直接管理とは

     我が国では成績不振の学校や財政破綻の地方教委などに対して、都道府県や市による
    直接管理が考えられるが、財政破綻の問題はまず皆無で成績不振校のそれに限られよう
    それも今、国などの標準テストの結果については学校別には公表されていないので,大きく
    問題視されることはない。 我が国ではその公表は避けたほうがよいと考えるが、もし将来、
    そのようなことになれば、その動きは一気に加速しよう。
     そのさい次のような日米の相違点について考えたほうがよい。


    1 我が国の教員給料は、ほぼ全国一律で地域間格差はない。
     わが国では県立学校はいうまでもなく、公立小学校・中学校の教員も『県費負担教職員』とい
     われることからもわかるように、その給料はすべて県費(都道府県)であり、しかもその1/2は国
     庫負担である。 従って、いかに財政的に貧しい地方や地方教委といえども教員給料について心
     配する必要は
ない。

     アメリカにおける教員給料の州別格差は大きい。 しかも同じ州のなかでも地方教委間の
    格差は大きくて低いところは最高のそれの半分にもならない。


    2 我が国の教員人事は広域人事である。
     アメリカでは
その範囲は比較的狭く、なかには高等学校区といって一つの高校と数校の小中
     学校しかない教育区さえ存在する。 連合教育区として人事を行っている地方教委もあるが、
     しかしその範囲は狭い。 退職補充しかできないところもある。   わが国では市町村教委とい
     えども独立して人事を行うことは出来ず、内申権はあるものの、その枠を超えて県教委等によっ
     て広域的に行われる。従って、「適材を適所」の人事を行うことができる。


    3 いわゆる[狭いカリキュラム]:Narrow Curriculum に注意すべきである。
     前編でも述べたようにアメリカでは、リーディングと数学に時間を割くため、他の教科を削減する
     状況が強くなっている。 連邦からの資金を減らされることを懸念するあまり州そのものが、この
     ことについては甘くなっているが、我が国でも将来、注意すへき問題となろう。

    4 富裕度など地域の社会的条件も十分考慮して、該当教科・科目の教員の力量を
     量るべきである。

     むしろ、我が国の協調性、皆で支えあっていくことに重点を置き、個々の教員をターゲットにするよ
     うなことはできるだけ避けたほうが効果的である。


   参考資料  本文中に述べたものの他、
    ・ CREAT LAKES CENTER, FOR EDUCATION RESERCH & PRACTICE, April 2009

     ・ THE Center FOR COMPREHENSIVE SCHOOL REFFORM AND IMPROVEMENT

おわりに
    我が国ではまだ一部の動きであるが、その機になればアメリカの例を参考にしていく必要が
   あろう。 そのさい財政破綻した地方教委を州が支援する場合は比較的効果を挙げているが、
   成績不振校の再建は、なかなか困難であることに注目したほうがよい。

 2012年(平成24)4月19日掲載       無断転載禁止