257 メリット・ペイ(Merit pay)-教員の勤務成績
   反映の給与制度


 杉田荘治


はじめに
    教員の勤務成績を反映した給与制度、すなわちメリット・ペイ(Merit pay)は理論的には、
   それは当然のこととして支持されるであろう。 最近、民意を得たとして提案されている
   大阪府の教育基本条例(案)に含まれる下記の項目もその典型的なものである。
    また第231編で述べたように、アメリカ(U.S.A.)のオバマ大統領は2009年3月、全米ヒス
   パニック商工会議所会頭の会で[良い教員に報い、可も不可もない教員には向上の機会を
   与え、非常に悪い教員は他の仕事に就かせる]と述べたが、これも同じようなことであろう。

 校長は次の5段階で人事評価を行う。
   S=5%
   A=20%
   B=60%
   C=10%
   D=5%
     このうち、2年連続で最下位5%のD評価を受けた者は、注意指導や研修を受けて
    も改善されない場合には「免職または降任」の分限処分が課されることになる。

    しかし実際には巧くいっていない。 アメリカでも最近、43億5,000万ドルの[Race to the
   Top]連邦助成金を注ぎ込んで各州に競走させているが、矢張り余り効果を挙げていない

   ように思われる。
 わが国公立学校でも特別奨励金のような制度は別にして、大阪府で
   見られるようなものはない。 教員組合の反対があるからだけではなかろう。

      それは何故か

    大きくいえば次の二点である。 ひとつは校長による評定が主観的、恣意的になるという懸
   念があるということ、他のひとつは教員間の競争心をあおり短期的には効果はあろうが、時と
   ともに負の部分が大きくなり結局その学校を駄目にする惧れが十分あるということである
。 
   もちろん教員は国語、数学などの教科担任であるとともに、教務部、進路指導部などの一員
   でもあり、また1年生などのクラス担任でもあり、その学年の担任団の一員でもある。  さら
   に卓球部、合唱部など部活動の部顧問であることも多く、PTA、地域社会など校外活動にも
   従事している。 このように、わが国の教員は学習指導を主としながらも多くの分掌で活動し
   学校という教育の場で勤務しているその特殊性にある。

      それではどうするか

    同僚教員の意見を制度的に取り入れることである。 また評定の区分を少なくし、その割合
   も特に優れた者、特に劣るとされる者以外は普通とすることである。


    例えば授業の観察・評定には校長による定期・不定期のそれは必須のことであるが、同僚
   教員もよく観察、評価は日頃よくやっている。 隣のクラスの様子はよくわかるもの、これとても
   授業参観のひとつである。 また生徒の学習成績についていえば、国の標準テストだけではな
   く地域の標準テスト、学年共通テスト、学期末・学年末テストなどから、同僚教員の成果を知っ
   ている。 [あの2年生の成績は1年の時の担任に負うところが大きい]、[あのクラスの生徒に
   は学習塾に通っている者が多い]などその観察、評価は細部にわたる。 修学旅行、遠足など
   の学校行事についての協力振りも同僚教員はよく知っている。 それらの[意見]を取り入れるこ
   である。
 
                意見書 (例)

    私たちの学校の教職員について下記の項目ごとに意見を述べてください。
   a 特に優れていると思う教員の名前とその理由を述べてください。
   b かなり劣っていると思う教員の名前とその理由を述べてください。
   c 前記a, bに該当する教員がいない場合は空欄にしておいてください。

    註 ○年○月○日まで○教頭に封印して提出してください。

  授業について 

  教員名         その理由         
  分掌校務について
 
  教員名     その理由 
  学校行事について 
 
  教員名     その理由 
  教科について

  教員名     その理由 
  学年担任として

  教員名     その理由 
  研修などで

  教員名     その理由 
  PTA, 地域との連携

  教員名     その理由 
  学校全般について 

  教員名     その理由 
  その他特記すべきこと
 
  教員名 

   その理由 

  問題点
    教員組合、その分会の影響力を懸念する意見がある。 しかし今や政権内にもその出身者
   がいる時代、したがってより成熟した健全な教員組合であることを期待されるが、また学校の
   責任者としての校長が正しくそれを活かす力量が問われことにもなろう。

    別件であるが最近、職員会議もいわゆる上意下達の機関となり元気がないときく。このこと
   について 『4, 職員会議はどのような機関か』をみてください。 校長の権限とともに教職員の
   意見について述べてある。 もちろん学校としての意思決定は校長の権限であるが、しかし
   生徒の懲戒やカリキュラムについて広く校内の全教職員の意見を聞くことも必要であろう。
   その限度と関わりかたも、この際参考になろう。


               評定区分とその割合(%)

    恩賞は往々にして争いの因となる。 A B C の3段階区分が望ましい。 その割合も
   Aは精精20%、Cは5%, 精精10%、学校によってはなくてもよい。 その他はBである。


   とくに優れている者があればA+、また特に劣っている者があればC−とされればよい。
   5段階の評定になる。
    条例(案)のDと評定される教員についていえば、C−とされる教員のなかで該当する者である
   が、せいぜい1〜2%、多くて2〜3%であろう。 勿論0%の学校も多い。 
そのさい保護者の意見も
   考慮する必要があるが、すべての教員を知った上で評価したり意見を述べるわけではないので、
   どうしても偏りがあるということに注意する必要がある。また、ごねる保護者、モンスターぺアレ
   ントに惑わかされないことである。校長等の力量が問われる。 

    また学校環境も問題である。 荒れる学校とまではいえないとしても、規律がよく保たれていな
   い学校、それは主として校長等の責任であるが、そこで評定Dとするには、さらに教委等による
   検証が必要であろう。  条例(案)のように無理にDとする5%の教員を選び出す必要はない。

 
    このようにして保護者、また事務職員等の意見にも留意しながら、教員の『意見』を十分参考
   にして評定されれば、自ずから、Dと評定される教員が浮かび上がってくる。これも『基準』といえ
   よう。

    またメリット・ペイへの反映は給料よりは臨時給(ボーナス)による支給が望ましい。
   その額の差も“余り目立たない”額がよいように思われる。
 幸いなことに、わが国の優良
   教員はそのような額でも満足してくれるし、これはわが国の長所でもある。


    給料に反映させることは避けたようがよい。 人事異動に支障をきたすようになる。
   転任したとき、その給料の差は明らかであるから特にCまたはC−とされた教員を晒すこと
   になる。 晒すことが民意であるというのであれば、それはやむを得ない。 しかしそれは
   効果的ではなく、結局その教員を駄目にするだけではなく、その学校自体を悪くしたり人事
   も停滞させる。  また前任校でA+とされた教員についても必ずしも効果的には働かない。
   最近よく言われることであるが、転任のさいは[ノーサイド]にしたほうがよい


             学校評価と教員評定との関係

    A校、B校などの[学校評価]についても、指導主事、管理主事、教育主事、係長、課長な
   どの管理職、指導職の[意見]を書面によって聞くことがよいように思われる。
 それらも参
   考にしながら評定されるが、これもA B C ぐらいの区分になろうか。 それによってA校、B校
   のボーナス等の増加額、減額を決定し後は学校に任せたほうがよい。 またその差は余り
   大きくないほうがよい。 そのさいガイドラインは必要であろう。


    もちろん、これとは別に学校や教員に対して特別褒賞金の支給や増額があれば一層効果
   的であろう。


  参考1  わが国の国民性への考慮
    最近、ゼロ・トレランスに関連して、わが国でもオールタナティブ スクールの必要性をいう
   教育論者がいるが、わが国ではまず不可能であろう。
    
[あの家の子は毎朝、私立学校でもない、特別支援学校でもない。 なにか変わった学校
    へ行っているそうな]との評判には、生徒のみならず親も耐えられないであろう。  アメリ
    カとは異なる。 第一、かりにそのようなスクールができたとして、そこで数ヶ月過ごした生
    徒が元の学校へ戻ったとき、“○○学校がえり”として恐れられたり、居所を求めて周囲の
    生徒を悪化させたりしよう。 教員も手を焼くにきまっている。

    
またアメリカではすでに5,000校以上あり、オバマ政権も後押ししているチャータースクール
   も、わが国ではなかなか創られない理由も同じなのである。デリケートな国民性が関係して
   いる。


  
参考2  アメリカでも教育基本条例(案)に含まれるようなメリット・ペイはない。、
     はじめに述べたようにオバマ大統領は見解を発表し[最大の教員組合であるNEAと協力
    して進める]といっているが、そのNEAは強く反対している。 また比較的、政権の政策に
    協力的であり、組合員数の少ないAFTもそうである。

     
またオバマ政権が推奨しているデンバー方式でもそのようなメリット・ペイではない。
    これについては第136編を見てほしいが、アメリカ・コロラド州のデンバー市教員組合が市
    教委と合同して、生徒の成績向上を主にしたメリット・ペイの新しい給与体系を創った。
    しかし、新教員給与体系には市全体としては毎年2,500万ドルの財源増が必要とされ、そ
   れは市民一人平均61ドルの増税を覚悟させることになる。 原資は同じではない。特別給付
   を基にしたメリット・ペイである。
 
    またミネソタ州など8州で実施されているTAP(Teacher Advancement Program)も原資と  
   は別に500万ドルの特別資金をもっている。

    
また第148編『アメリカでは首長によってメリット・ペイが広がってきている』で記したように
   、それは向上したみなされる学校が基金から奨励金を受け取る(ケンタッキィ)、 2-3年続
   けて優秀な成績を挙げた学校が報奨金を受け取る(メリーランド)、 良好な学校(約25%)は
   15,000〜20,000ドルの特別賞を受け取る(サウス・カロライナ)などや、一部優れた教員に特
   別ボーナスを支給するというものである。 
 条例(案)のようなメリット・ペイはない。

 おわりに
    ご覧のとおりメリット・ペイについて大阪府の教育基本条例(案)の無理なこと、その理由、
   同僚教員の意見を取り入れること、その意見書、評定区分とその割合、またメリット・ペイへ
   の反映は給料よりは臨時給(ボーナス)による支給が望ましいこと、その理由、学校評価と教
   員評定との関係
その他参考として、わが国の国民性の考慮、 アメリカでも大阪府の教育
   基本条例(案)に含まれるようなメリット・ペイはないことなどについて述べた。 
    また 『4, 職員会議はどのような機関か』を見てほしい旨も述べた。広く検討されることを期
   待したい。


    なお付言すると昨年末、この論考の骨子を幾人かの旧友に話したところ、教職経験のある
   彼らは[条例(案)は無茶だ]、[それでは逆効果になる]と極めて批判的であった。 しかし[それ
   ではどうするか]といった案は聞かれなかった。  一方、教職経験のない彼らは[5%ぐらいの
   ダメ教員はいるだろう]、[彼らのために教育が悪くなっている。 なぜくびにすることができな
   いのか]といった条例(案)に好意的な意見が多かった。 したがって筆者の論考の骨子を[弱
   い意見である]と非難とまではいかないが、批判した。 しかし今述べたようにその[弱い意見]
   がわが国の教育にとって妥当であると考えている。

 2012年(平成24年)2月7日記      旧公立・私立高校長     無断転載禁止