255 全米教育法学会に参加して(回顧)


 杉田荘治


はじめに
    約22年前の1989年11月、サンフランシスコで開かれた全米教育法学会(NOLPE)の
   研究大会に参加した。 当時、私は日本教育法学会の会員であったが、アメリカの教
   育法学者に勧められて、その会員にもなっていた。
    その第35回研究大会のテーマーのひとつに[日本とアメリカの教育法比較]があった。
   当時、私はある私立高校の校長でもあったので学園本部の承認を得て参加したが、今
   振り返ってみても、わが国の教育に資するところも多いと考えるので、その概要を述べ
   ることにします。


                    研究大会発表テーマー

     生徒の退学事件の訴訟          ○ アルコールと男子学生友愛会問題
     ○ 生徒の停学と退学の諸問題       ○ 家出少年の諸問題
    ○ 生徒の所持品検査             ○ 教員解雇判例
    ○ 学校評価と裁判所の関係         ○ 教育的管理のリスク
    ○ 教委職員の解雇問題           ○ セントルイス市の私立学校の人種問題
    ○ 学校評価の無意識の偏見について   ○ ボストンとニューヨーク市の特殊教育
    ○ 普通の学校の特殊教育          ○ 特殊教育と雇用者

    ○ 大学構内の人種的行動の増加  
   ○ 教育環境における性差別、嫌がらせ
    ○ 学校事故対策                ○ アメリカと日本の教育法比較
    ○ 教育的訴訟事件における裁判所の役割  ○ No Pass, No Play
    ○ 宗教とカリキュラム             ○ 最近の学校財政問題

   

               アメリカと日本の教育法比較分科会

    [はじめに]に述べたように今回の研究大会に参加の目的のひとつは、この分科会に期待
   するところであったが、やや物足らなかった。
 というのは、これはシカゴ大学のメッカ教授
   と上越教育大学のT教授との共同発表であったが、ほとんどメッカ教授がスピーチし、質問
   に対しても同教授が答え、時々確認のために座っているT教授に[それでよいか]と聞いて
   いる程度であった。  しかも資料としては[教育基本法]英訳が配られただけで、スピーチ
   の内容も[日本の教育は教育課程編成にせよ教員の人事、財政にせよ中央集権的な統制
   が厳しすぎて、教育基本法10条に定める教育は不当な支配に服することなく、国民全体に
   対して直接に責任を負って行われるべきであるいう本旨に矛盾している]というものであった。

    私は、それは正しく日本の実情を伝えていないと考えので、質疑・応答の時間に入ってか
   ら公立学校教員、校長としての経験や教委勤務、また今の私立学校校長として実情などか
   ら多少の例も述べながらやや反論した。
  果たせるかな休憩時間になると数名の人たちが
   私の周りに集まってきていろいろと質問した。 そこで私は教育課程編成の自由度や教員
   人事の弾力性などについても答え、さらにわが国の広域人事の長所は教員の適材適所を
   可能にし、それが結局、教員解雇を少なくしていることの利点についても話した。

    さらに12月給料保障制度は教員に安定感や使命感を強くさせ、ひいては自己研修や生徒
   のクラブ活動指導、家庭訪問の時間などの余裕を生み出していることなども語った。
 この
   ような基本方針に拠りながら適度な個別化教育も加味する方向に進んでいると説明した。
   熱心な質問者のなかには、いつかカナダを訪れて意見交換してくれるように希望する人も
   あったりして、私としては参加してよかったと思っている。

    なお後述するように他のいくつかの分科会にも出てみたが、二名の発表者による共同発表
   が多かった。 もちろんスピーチは二人並んで、それぞれ行うのであるが、質問の時間になる
   と質問によっては[ジョン、君]、こんどは[ベン、君]とお互いにファーストネームで呼び合って答
   えていたのが面白く参考になった。

                    学校事故対策分科会

    オースチィン学校事故対策専門弁護士がゼスチァたっぷりに体育時の事故を事例も示しな
   がら説明したが、時々フロアから爆笑が起こったりして、深刻な内容の割りには愉快な分科
   会であった。 しかもこの会のねらいは、コーチや教委の関係職員に、いつも事故を想定しな
   がらその対策を考えさせておくことによって、彼らに自信と誇りを持たせようとすることにあっ
   たように思われた。

    要点
   (1) 一般的留意事項
     ・ コーチとしては標準的な注意義務は日頃からわきまえておくこと。
     ・ 教委関係職員も[体育ブログラムのことはよく知らなかった]ではすまされない。 その
       危険予見性の一般的な程度ぐらいは知っておくこと。
   (2) 事故が起こった場合
     ・ 聞け、質問せよ。 しかし決して書いたものをいかなる人にも渡してはならない。
     ・ 訴訟事件になりそうな事故については、常識的な知識で対応してはならない。 必ず
       事前に弁護士と相談せよ。

   (3) コーチとしての心得
     ・ 古代ギリシァでは美術でも建築でも、古典デザインに拠るべきものとされたし、中世に
       あってはキリスト教が絶対的な権威であった。 また戦場では兵士は国のため王のた
       めに死ぬことが最も偉大なこととされた。  現代でもいかなる領域の人にも拠るべき
       ものあるはずである。 裁判所は裁判所として考えを持っているが、しかしコーチは
       コーチとしての考えや模範があるはずであるから、これを自信をもって堅持せよ。

     ・ 法廷では服装に注意せよ。 黒いスーツを着て、白いワイシャツ、またネクタイをしめて
       いけ。
     ・ 不法行為にも軽重があるから注意せよ。
       a 意図的な不法行為     殴打、名誉毀損、セクシャルハラスメント
                        重いから注意せよ。
       b 次のような職務に関する違反にも注意せよ。
         ・ バレーボールのコーチがスタンドを倒して生徒の足を傷つけた場合。   
         ・ 試験答案を投げつけて生徒に当たり、怪我をさせた場合。   かなり注意せよ。

     その他、34才の大学生が体育の飛び込み授業で、プールの底に頭を打ち付けて怪我を
    した具体的例も挙げながら説明し、そのあと質疑・応答が続いた。

  No Pass, No Play 『学習成績不良生徒のクラブ活動禁止』分科会

     No Pass, No Play といわれるこの禁止規程が果たしてどの程度、全米的な動きになって
    いるのか、よくわからなかったが参考になった。 たしかに学習成績不良の生徒に対して、
    夏休み期間などを除いて校内外のクラブ活動を禁止する動きが少しづつ広まってきている
    ことを感じた。
      この運動のねらい
     ・ 成績不良の生徒に学習時間を確保してやること。
     ・ 成績がよくなれば再びクラブ活動をすることができるという目標を与えること。

    しかしこの動きにも反対意見がかなり強く出た。
     ・ 成績不良生徒には、クラブ活動への参加意欲そのものが弱い生徒が多いので、これを
       禁止すること自体がナンセンスである。
     ・ [21世紀に向けての人づくり]からみて、消極的な政策で賛成できない。
     ・ クラブ活動禁止の決定は、毎日直接、生徒に接している教員が総合的に判断してする
       べきであって、学習成績の点数だけで決める問題ではない。
     ・ いやそれは校長が決めるべき事項である。  その他

   具体的規程
    1 テキサス州     教育規程 21・920節
     ・ 州教委は学期中の学習成績が不良の生徒に対して、教育区が主催するいかなるク
       ラブ活動にも参加させないものとする。
     ・ その生徒とは100点満点で70点以下とする。 但し上級クラスにあっては70点以下で
       あっても許可することができる。
     ・ 身体障害のある生徒については21・503節に規定する教育区特殊教育計画による。

    2 ウェスト・バージニア州     教育規程 18・2・2節
       中等学校生徒で成績不良の者は、体育的行事を含めて課外クラブ活動を禁止する。
       そのさい生徒の成績をA B C D EのうちD E についてランクを付ける。

    3 その他、カリフォルニア、オハイオ、ミシガン、メリーランドなども各教委や体育協会にそ
      の権限を委ねる動きが出てきている。

                      昼食会と講演
 
     最終日の19日(土)、参加者全員が一同に会して昼食会が持たれた。 たまたま隣り合わ
    せた人はニューヨーク市教員組合の幹部で体格、風貌ともども堂々としていて、しかも話し
    ていても気持ちよかたったし参考にもなった。
     昼食後、最後の行事としてカリフォルニア州サクラメント市にある全米学校安全センター
    の所長、スティブン博士の講演があった。 このセンターは荒れ狂う少年非行や校内暴力
    対策として1982年に開設された比較的新しい連邦の機関であるが、私はたまたま1985年
    に訪れたところであった。
 したがって特別な思いをもって彼の話を聞いたが、その要旨は
    各州の少年非行規程を分析し、少年本人の人権と州の教育的利益との均衡のもとに、誰
    がその記録を見ることができるか、例えばカリフォルニァ州では裁判官、少年本人、裁判
    所によって指定された者、検事、少年保護施設長に限られるなどの例を紹介しながら、モ
    デルになる規程を話した。
     またさらに連邦各機関との連携の必要性についても話し、ある少女の転校先の担任に
    少女の非行を知らせていなかったために、その面の指導がおろそかになり、次の傷害事件
    を起こす原因になった例も述べた。 また最終的には記録は学校が保管することが望まし
    いとするなど、全米的な調査や実例に即した研究成果をつぎつぎと発表した。

     私が訪れた時には、まだ未整備のところもあったようであるが、今回、彼の講演は自信
    に溢れセンターが着々として成果を挙げてことが理解できた。 
    なおその訪問記については 249. 全米学校安全センター訪問記を見てください。

  資料 :月刊『高校教育』 学事出版社1990年3月号 110頁 『全米教育法学会に出席して』
       Education Law Association (ELA)発表資料
  参考 NOLPE(全米教育法学会)は会員約1.200名。  初等中等教育公立・私立学校教員、
      管理職、教授、弁護士、州・連邦政府機関職員、地方教委行政官、日本、カナダなど
      の外国関係者などで構成されている。非営利団体  会員はこのように多彩であるの
      で教育現場に役立つ研究が多く、それゆえに高く評価されている。 Education Law
      Reporter などの季刊誌もあるが、本文で記載したように毎年研究大会を開いている。 
       なお1977年、名称をELA(Education Law Association)と変更し、その本部はOhio州
      のDayton大学へ移された。

  研究大会が開かれた
ザ フェアモント サンフランシスコ ホテル
The Fairmont San Francisco
41位にランクイン - サンフランシスコの242件のホテル中といわれる。 11月16日から4泊したが、研究大会の会場でもあったので、宿泊費は比較的廉価であった。
4.0

  おわりに
     ご覧のとおり全米教育法学会に単身参加して、アメリカの教育法の一端を知ることが
    でき参考になったが、またわが国教育の実情を説明することも出来たことを喜んでいる。

    日本からの現職高校長の参加は歓迎された。 11月という特に多忙な学期中、参加を
    承認してくれた学園本部にも感謝している。

2011年(平成23)12月30日記         無断転載禁止