254 大阪府教育基本条例(案)のいくつかの問題点と
   その代案


杉田荘治


はじめに
    今、大阪府では教育基本条例(案)が大きく論議されている。 これはたんに大阪府に止まら
   ずわが国教育への問題提起でもあろう。そこでそのいくつかの問題点を取り出し、それぞれ
   について代案を述べることにしたい。

                   教員評価

  問題点

    条例案は、校長は次の5段階で人事評価を行うと定めている(19条)。
   S=5%
   A=20%
   B=60%
   C=10%
   D=5%
     このうち、2年連続で最下位5%のD評価を受けた者は、注意指導や研修を受けて
    も改善されない場合には「免職または降任」の分限処分が課されることになる。
    (別表3の第1項、28条4項)。


     このようにして、校長による人事評価は次の年度からまた新たな5段階評価が始ま
   ることになる。 牛の角を矯めようとして、その牛を殺すことになろう。 その学校を駄目
   にしてしもう惧れは十分にある。

  代案
    学年担任団、生徒指導部、進路指導部などの校務分掌などグループ評価に重点を
   おいたほうがよい。 その課程でおのづからDと評価される教員が浮かび上がってくる
   までまったほうがよい。 もしそのような評価を与えるような教員がいなければ、それ
   でよい。 無理に5%、指定することは前述したように、教育効果としては逆効果であるし、
   危険でもある。

    校長等による日頃の授業参観はいうまでもないが、同僚教員のそれらも重要である。
   隣のクラスの様子はよくわかるもの、これとても授業参観のひとつである。 生徒の学習
   成績については、発表できる国の標準テストの他、地域の標準テスト、学年共通テスト、
   実力テスト、学期末・学年末評価などできるだけ多く利用すればよい。 校務分掌の協力
   振りも同僚教員はよく知っている。 また保護者や地域の声についても校長等ができるだ
   け“えこひいき”の気持ちを排し注意深く耳を傾ければ、実際の程度はわかってこよう。

    なお注意すべきことはよく、おとなしい教員が問題になることが多いが、そのさい学校
   全体の日頃の規律、雰囲気が影響していることが多いことである。 戦前にも、おとなしい
   教員はいた。しかし生徒も親もその教員の良さを見抜き、学校全体の規律、雰囲気のな
   かで十分、学習効果を挙げていたのである。

   このようにして、それでも余りにもひどすぎる教員のみがDとされよう。5%の抽出ではない。

    またS, A, B, C 区分につていも 「A」「B」「C」の3段階評定が望ましい。 しかも大多
   数の者を「B」とする。
 S, A をあわせてせいぜい10%、極めて優秀な学校にあっては20%、
   しかし県教委などと協議して、多少その率は変わろう。その学校で誰がみてもそうだとみ
   なされる教員に限ったほうがよい。、最終的に校長が額を決定するが、
その間、考慮す
   べき方法については別稿で詳述する。 
なおあわせて『4 職員会議はどのような機関か』
   もみてほしい。この問題を検討するさいに参考になろう。

    アメリカでもメリット・ペイ方式について、成果を挙げた学校へ特別報奨金を支給し、そ
   の配分については、その学校に任せる方法が効果を挙げているといわれるが、まして
   や和を大切にするわが国にあってはそうであろう。 「C」についても同様。 大多数の同
   僚教員が「そのように判定されてもやむを得まい」とみる者である。 したがって学校に
   よっては教委と協議の上、なくてもよい。

    理由 教育職務の特殊性と国民性からきている。
     わが国で次のようなことを考慮する必要がある。
    ○ 教員は国語、数学などの教科担任であるとともに、教務部、進路指導部など
      の一員でもあり、また1年生などのクラス担任でもあり、その学年の担任団の一員
      でもある。  さらに卓球部、合唱部など部活動の部顧問であることも多く、PTA、
      地域社会など校外活動にも従事している。 このように、わが国の教員は学習指
      導を主としながらも多くの分掌で活動している。 このことは比較的教員の独立性
      が強いアメリカなどと較べても大きく異なり、しかも長所である。 

    ○ また例えば3年生の成績は良くても、その生徒を2年時、1年時に担当した教員
      による総合力ともいえるものもあろう。
    ○ 学校全体で取り組むべき生徒指導、進路指導など同僚教員との連携が他の職種と
      較べてより強く求められる。 
    ○ [皆で渡れば怖くない]などと否定的に評価されるわが国の国民性も無視できない。
      しかしこの協調性は大いなる長所でもあることが多い。
    ○ また幸いなことに、わが国の優良教員は、わずかのボーナスの上乗せや昇給で
      満足してくれるし
、過度な競争心は負に働く。 業績のやや劣る教員も劣等感に
      さいなまれることなく
次ぎを期そうとするであろう。 “無能力教員”については以上
      のような総合評価によって措置されればよい。

      前述したようにグループ評価に重点をおき、その活躍や成果の課程でおのづからD
     と評価される教員が浮かび上がってくることを有力な評価基準としたほうがよい。

     和を重要視することは弱い意見ではない。 これを無視したり軽視したりして、一見
     合理性を主張する強そうな案は避けたほうがよい。

   参考
     アメリカ(U,S.A.)でも無能力教員の扱いは簡単にはいかない。解雇手続が数月いや
    数年かかることがあり、その間、給料が支払われている。
       [700名のニューヨーク市の教員が何もしないで給料が支払われている。 解雇手
      続きで審理を受ける教員であるが、ある者はヨガをやったり、小説を読んだり、同
      僚の肖像画を描いたり、インターネットを見たり、なかには本当の不動産を売買し
      ている者や博士号を取るための勉強をしている者もいる。 壁を見つめるままの者
      もいたり、時にはモニターで監視されているにもかかわらず巧くすり抜けて道路の
      反対側のハンバーガーの店で過ごす者さえいるが、しかしその多くの者は何となく
      一日を過ごしている。正式には再雇用センターというが、“ゴムの部屋”と呼ばれて
      いる
。]
       [首都ワシントンでは約250名の教員がその対象になっているここロサンゼルス
      でも178名の教員が同じような[家]で待機させられている
。] 第234編を参照してくだ
      さい。 わが国でもこれを他山の石として解雇決定は慎重にやったほうがよいように
      思われる。

       実は11年前、当時テキサス州知事(その後、大統領)を含む約17名の州知事に次ぎ
      のような質問をe-mailでしたことがある。 (2000年) 10月 中旬
        [あなたの州で、無能教員についての基準を設けておられますか ?]など。

       勿論、教員の解雇は州の権限に属するものではなく、各地方教委によってなされる
      ものであり、事実そのような回答が多かった。 しかし、なかには [ より良い教育を州
      の生徒たちに施すことは州知事の使命]であるとの観点から、州知事自身が努力して
      いる施策や、また参考条文・条項などを紹介していただいた。     回答は直接、
      州知事からきたもの、[ 知事の命を受けて]として寄せられたもの、またE-mailでの回
      答の他に自宅へ郵送されてきたものもあった。大統領選の渦中の人、George Bush
      Texas州知事の手紙も含まれる。   その数、15州。 9.11テロ以前のことであるが、
      アメリカの懐の深さを感じ、感謝している。
  しかしそこでも無能力教員の解雇につ
      いて苦慮していることが理解された。 わが国でも参考にされてよかろう。 詳細は第
      35編とその続きを参照してください。


                 府学校協議会

   問題点
     条例案は、校長が保護者や地域住民からなる「学校協議会」を設置し、教員の評価
    や教科書の推薦を協議すると定めている。(11条)  この協議会の選出基準は定めら
    れていないが、選ばれた地元有力者の影響下で、教科書推薦や人事評価がなされる
    力は強くなろう。 地元の民意を反映させることはよいが、しかしその学校の教員のほ
    とんどすべてを知って校長に進言・提言するわけでもないだろうから、やはり偏ったもの
    になる惧れは十分にあろう。

   代案
     府学校協議会を新設することがよいと考える。

    教員の勤務評定に客観性をもたせるためにも、また広く、学校の諸問題に対処するた
   めにも、学校協議会を設置されることを期待したい。  
   視察し校長との質疑・応答等を通してその学校の問題点を客観的に把握させ、教員の勤
   務評定についても間接的に意見を提供する方法である。

 しかし、質疑・応答といっても、その項目は、どの学校についても共通で、予め公表され
た形式による。
 また、時には校長に勧告することもあろうが、それを受け入れるか否か
を含めて無理に結論を出さなくてもよい。 その視察したチームは府学校協議会へ文書
などで報告し、視察を受けた校長は、地教委・都道府県教委へ文書で報告すればよい。

   構成
     

   ○  性別、年齢別、教職経験者[現・旧]、親、一般市民、教育関係団体から選出する。
   ○ 議員、教委スタッフ、監査委員など、直属系統 あるいは、それに類する者は除く。
     
   ○ 府レベルでのトレーニングを修了した者とする。
   ○ 委員は学区、地教委の枠を越えてプールされ、個々のチーム編成も上記比率をでき
     るだけ尊重する。
   ○ 任期を設ける。 最長 8年ぐらい ?
   ○ 独立性機関

   活動と権限

@ チームによる学校視察。
A 原則として予告しない。 但し、授業日、学校行事の日などについて事前に承知し
  ている。
B 前述のように学校視察と校長との懇談、質疑・応答が主である。 共通学力テストの
  結果が学校別には発表されていない現在、その有力資料を欠いたままで学校評価
  をするこは、それこそ無理である。従って、評価は行わず、また必要に応じて勧告す
  ることが限度である。
C 質疑・応答の大綱は公表された形式による。
D 原則として、チームの委員の学区、地教委の学校訪視察はしない。

E 原則として、簿冊の点検はしない。 [監査委員や指導主事など監査や視察とは異
  なる]
F 原則として、授業中の教室には入らない。 但し、喧騒その他、異常のある場合は
  例外。
G 訪問の結果報告は、前述のように協議会議チーム、校長が、それぞれ所属会議、
  地教委などへ文書で報告する。
H 警察その他、関係機関への通報を必要とする時は、校長の了解を得ること。その
  了解が得られない場合は、その旨を、上記のようにそれぞれ報告する。
I 学校協議会全体としての結果報告については、別途なされる。
J 生徒、教員等の個人名は不要のこと。
K 委員は適当な守秘義務を負う。

   関連して ー 学校ごとの学校評議会
    これまで述べてきたような府学校評議会が作られれば、学校ごとの評議会はとくには必要
    ではない。 それは学校や地域の実状に合っているという利点があるにせよ現行のPTAを
    強化すればよい。

   参考
    第29編, 第30編のイギリスの学校評価と教員勤務評定も見てください。
    学校評価に重点が置かれ、それらを通じて校長によって教員の勤務評定がなされる。この
    点、アメリカ (U.S.A.)の場合と少し異なる。  教員の勤務評定は校長によって行われるが、
    しかしそれは外部のトレーングを受けた評価者 (Assessors) によって認定される必要があ
    るし
、また、OFSTED (教育水準査察院) に属する査察官 (Inspectors) の学校評価と密接
    に関連がある。]

                    [有形力の行使]
   問題点
     本条例案は、教育上の必要があるときは「必要最小限の有形力」を行使してよいと規定
    している。(47条)


   代案

     代案はない。 さらに論述すれば、騒ぎを静めクラスの秩序を回復し維持するために[力
    の行使]をすることは体罰ではない。 わが国では今もって誤解や認識不足がある。文科省
    『通知』もそのことについては不十分である。 アメリカの例などを参照されて再検討される
    ことを期待したい。

     また体罰の[懲戒権の範囲]について昭和56年4月1日東京高裁判決最高裁第3小法廷
    平成21年4月28日判決
では[教師が生徒を励ましたり、注意したりする時には肩や背中を
    軽く叩く程度の方法は教育上肝要な注意喚起行為や覚醒行為として機能し、効果がある
    ことも明かである。]
としていることも確認すべきである。

     その他[懲戒権の範囲内]とされる体罰的懲戒、すなわち有形力の行使て゛適法とされるも
    のについては、もちろん悪意や残酷で異常なものは論外であるが、事前に生徒から “ いい
    わけ ”を聞くなどの余裕があったかなど検討される必要があろう。 第253編を見てください。

 
おわりに
    ご覧のとおり大阪府教育基本条例(案)のうち、いくつかの条項の問題点をとりあげ、その代
   案を示した。 広く検討されることを期待している。 元公立・私立高校長

 平成23年(2011)12月4日記          無断転載禁止