253 わが国の生徒懲戒の問題点


杉田荘治


はじめに
    『名古屋三蔵塾』という会がある。 この会(塾)は中小企業主、薬剤師、デザイナー、
   市議、神経内科医。シャンソン歌手、からくり人形研究家、弁護士、書画家、元教員、
   元警察官など多彩な職業の人たちによってつくられている自主的な研修・親睦団体
   である。 年に数回、例会をもつとともに毎月一回、土曜日の早朝7時から各界の人
   を招いて講演会をもって勉強し、そのあと朝食を共にして散会し、それぞれ仕事など
   に入っていく活動を続けておられる。

    今回、私が招かれて講演したが、ここではその講演内容に多少補足して述べること
   にします。

 1 騒ぎを引き起こしている生徒(児童・生徒)を教室の外へ
  引きずりだすことは正当である。


   教員が何回も注意し、教室の後に立つ指示も無視するような生徒を教室の外に引き
  ずり出すことは正当な教員の行為である。 ときには他の教員の協力を求めてでもそう
  すべきである。 [先公、俺の体に触って、それは体罰だぜ]などといわれて、怯んでしま
  うようなこともあるが、それは間違いである。 もちろん違法な体罰ではなく正当な[理由
  のある力の行使]である。 それを怠ることこそ職務怠慢であり、そのためにクラス崩壊
  や学校崩壊へとなる惧れは十分考えられる。  わが国において、この認識が薄く、ま
  た誤解している。 保護者、教委、マスコミなども十分留意されることを期待したい。


   次に述べる文科省『通知』でも別紙に規定されているが、この主旨に欠ける。 筆者が
   第25編で述べているように、このことを明確にされることが“いじめ”対策としても有効
   であろう

 2 初等中等教育局長通知    平成19年2月5日
  『問題行動を起こす児童生徒に対する指導について』
  関係箇所

  [なお、児童生徒から教員等に対する暴力行為に対して、教員等が防衛のためにやむを得
 ずした有形力の行使は、もとより教育上の措置たる懲戒行為として行われたものではなく、こ
 れにより身体への侵害又は肉体的苦痛を与えた場合は体罰には該当しない。また、他の児
 童生徒に被害を及ぼすような暴力行為に対して、これを制止したり、目前の危険を回避するた
 めにやむを得ずした有形力の行使についても、同様に体罰に当たらない。これらの行為につ
 いては、正当防衛、正当行為等として刑事上又は民事上の責めを免れうる。]

   このように自己防衛や暴力行為、緊急避難などの場合は[正当な力の行使]として体罰では
  ないとされているが、それは当然のことであって、[クラスの秩序を回復し維持する場合
]は含
  まれていない。
 もっともこの『通知』の別紙として次のように述べられているが、その『別紙』と
  しての形をとられたのは主旨からみて少し迫力に欠けるように思われる。 本文に規定された
  ほうがよい。


   別紙 学校教育法第11条に規定する児童生徒の懲戒・体罰に関する考え方
       2 児童生徒を教室外に退去させる等の措置について

       (3) また児童生徒が学習を怠り、喧騒その他の行為により他の児童生徒の学習を妨げ
         るような場合には、他の児童生徒の学習上の妨害を排除し、教室内の秩序を維持
         するため、必要な間、やむを得ず教室外に退去させることは懲戒に当たらず、教育
         上必要な措置として差支えない。

  補足 その他 25. 体罰問題そのニ 「理由のある力の行使」は体罰ではない、を見て
     ください。  ー 騒ぎをしずめたり、暴力行為を排除するなどのために、学校の教職員が、
     力を行使することは、体罰ではない ー

     
わが国では、学校教育法で禁じられている体罰と生徒の暴力行為を排除したり、騒ぎを
     静めてクラスの秩序を回復・維持したりするなど、合理的な理由のある場合、教職員が[力
     を行使]する正当な行為とを混同して、その行為を違法視するきらいがあるが、そうでは
     ない。


 3 アメリカ(U.S.A.)の場合は明確である

   全ての州に共通していることは、[理由のある力の行使]については、すべての州法・
  地方教委規則で、これを正当化していることである。


   その共通したタイプ は次の例の通りである。
  1 Pennsylvania 州教委規則 12.5
     次の場合は、たとえ親やある教委が体罰に反対していても、力を行使することができる。
     @ 騒ぎを静める場合
     A 武器や危険な物を持っている場合
     B 自己防衛の場合
     C 他人や器物を護る場合

  Virginia 州は体罰禁止であるが、[力の行使]については同様である。更に、その際、
  少しの肉体的痛みや怪我をともなっても問題視していない。


    しかも@のように[騒ぎを静める場合]が第一に規定されている。

   ちなみに、原文は次の通りである。
  22 Pa. Code § 12.5. Corporal punishment.
     (d) In situations where a parent or school board prohibits corporal punishment,
      reasonable force may still be used by teachers and school authorities under
      the following circumstances:
      (1) To quell a disturbance.
      (2) To obtain possession of weapons or other dangerous objects.
      (3) For the purpose of self-defense.
      (4) For the protection of persons or property.

    なおVirginia 州kの少しの肉体的痛みや怪我についても問題視していない。関係部
   分は次のとおりである。

       Code 22.1 - 279.1
    This definition shall not include physical pain, injury or discomfort caused by
   the use of incidental, minor or reasonable physical contact or other actions
   designed to maintain order and control as permitted in subdivision (i) of subsection
   A of this section or the use of reasonable and necessary force as permitted ..

            [懲戒権の範囲]
    
     肩や背中をコツコツと叩くことは[懲戒権の範囲]であって懲戒の一種である。 
    体罰ではない。 このことについても時に誤解がある。 前記文科省『通知』でも、

 児童生徒に対する有形力(目に見える物理的な力)の行使により行われた懲戒は、その一切
 が体罰として許されないというものではなく、裁判例においても、「いやしくも有形力の行使と見
 られる外形をもった行為は学校教育法上の懲戒行為としては一切許容されないとすることは、
 本来学校教育法の予想するところではない」としたもの(昭和56年4月1日東京高裁判決)、

  として裁判例を引用している。昭和56年4月1日東京高裁判決 関係箇所

    [教師が生徒を励ましたり、注意したりする時には肩や背中を軽く叩く程度の方法は
   相互の親近感や一体感を醸成させる効果があると同様に、生徒の好ましからざる行状
   についてたしなめたり、警告したり、叱責したりする時に、やや強度の外的刺激(有形力
   注意事項の重大さを生徒に強く意識させるとともに、教師の毅然たる姿勢・考え方や教
   育的熱意を感得させることになって、教育上肝要な注意喚起行為や覚醒行為として機能
   し、効果があることも明かである。]

     [註]  刑事裁判月報 昭和56年度 13巻4号には[中学校の教師が平手と軽く握った
      こぶしで生徒の頭を数回殴打した行為について、、、正当な懲戒権の行使にあた
      り違法性]がないとされた事例]とある。
 なお一審の水戸簡裁は罰金3万円を命じ
      ていたが、東京高裁は上記のように最終判断をしたのである。

    また最近の最高裁判決も同様である。
         最高裁第3小法廷  平成21年4月28日判決  
                             最高裁判所判例集 63巻4号 904頁
                             判例時報 2045号 118頁 

    判例時報 2045号では[公立学校の教員が女子数人を蹴るなどの悪ふざけをした
   2年生男子を追いかけて大声で叱った行為は国家賠償法上違法とはいえないとされた
   事例]。 

     概要
     平成14年11月、天草市(旧本渡市)の公立小学校で男子臨時講師がコンピ−ター
    をしたいとだだをこねる3年生男子をなだめていた。 そこへ通りかかった男子2年生
    がその講師の背中におおいかふさるようにして肩をもんだ。 離れれようにいっても
    やめなかったので右手で振りほどいた。   そこへ6年生の女子数人が通りかかった
    ところ、その生徒は他の同級生とともに、じゃれつくように女子生徒らを蹴りはじめた。
    そこで、その講師はこれを制止し注意した。

     その後、その教員が職員室へ行こうとしていたところ、その児童が後から彼のでん
    部を二回蹴って逃げ出した。 そこで追いかけていって児童の胸元の洋服をつかんで
    壁に押し当て大声で[もう、するなよ。]と叱った。  数秒。

     当日夜、児童は自宅で大声で泣き始め、母親に[眼鏡の先生から暴力された。]といっ
    た。その後、夜中に泣き叫び食欲が低下し、通学にも支障を生ずるようになり通院して
    治療を受けるようになったが徐々に回復して問題なく過ごすようになった。
     その間、母親は長期にわたって小学校の関係者に極めて厳しい抗議行動を続けた。

     最高裁の判断
      悪ふざけの罰として児童に肉体的苦痛を与えるために行われたものではない。 
     本件の行為はやや妥当性を欠くところがなかったとはいえないが、その目的、態様,
     継続時間などから判断して、教育的指導の範囲を逸脱するものではなく、体罰には
     該当しない。   5人の裁判官全員一致の意見。

     [註] この事件も熊本地裁は体罰とPTSDとの因果関係を認めて天草市に対して65
        万円の損害賠償を命じ、福岡高裁は体罰はあったが、PTSD(心的外傷後ストレ
        ス障害)との因果関係は認めず21万円余の損害賠償を命じた。 しかし最終判断
        は前述のように体罰ではない。 [懲戒権の範囲]の懲戒であるとした。


                制限条項

     [懲戒権の範囲内]とされる体罰的懲戒、すなわち有形力の行使て゛適法とされるも
    のについては、もちろん悪意や残酷で異常なものは論外であるが、小・中・高校など
    で保護者の理解も含めて妥当な範囲が画されることが望ましい。 例示すれば次の
    ようなことが考えられよう。

  1 生徒の性別、年齢、身体的状況、違反行為の程度が考慮されていたか。
  2 事前に生徒から “ いいわけ ”を聞くなどの余裕があったか。
  3 用いられる道具はどうか。平手だけか。またそれに類する程度のものか。
   その回数もせいぜい数回が限度か。
  4 頭や耳などを避けるなど、体の部位が適当か。
  5 その懲戒以前に、居残り、特別に清掃を科すなどの措置がとられていたか。
  6 [次に違反行為があれば、その懲戒もありうる]との注意・警告が本人に(場合に
   よっては親にも)なされていたか。
  7 同僚教師の立ち会いはどうか。
  8 教頭、校長への報告はどうか。
  9 生活指導日誌への記載はどうか。
  10 懲戒が行われた場所は適当か。 密室性の排除。
  11 状況によっては親への通知はなされるか。
  12 若い教職員に対する配慮 はどうするか。
  13 長時間、昼食をとらせないとか用便にいかせないことなどの防止。
  14 [ 生徒心得] [親や保護者への通知]などの検討・
  15 その他 

    もちろんこの総てを制限条項として求めるのではなく、前述のように職員間の合意、   
   保護者の理解などを含めて検討され、妥当な範囲が画されれば、さらなる教育の一歩
   の前進といえよう。 

          アメリカの場合

   1 全米PTAの体罰コントロール見解

 全米PTAは体罰に反対しているが、次のように体罰が許容される社会[学校]にあって
は制限条項を次のように求めている。
  @ 親の同意と告知されること。
  A 生徒と親に、体罰の理由を説明すること。
  B 学校管理職によって実施されること。
  C 体罰以前の懲戒措置の段階が示されること。
  D 体罰行使のルールが決められていること。
  E 体罰は、その教員とは異なった他の指定された職員によって実施されること。
  F 記録は必要。 それには人種、性別、身体不自由などは必須要件である。また公
    開できること。
  G 生徒と教員のファイルを残しておくこと。それが定期的に確認されること。
2.アメリカの体罰制限条項
  Mississippi州..... Mississippi Secretary of State, Mississippi Code, 37-11-57
    @ 体罰は秩序を維持するためや生徒を懲戒するために、合理的な方法で実施
      されること。
    A 州法や連邦の法に拠ること。
    B 教員、補助教員、校長、副校長のいずれも行使できる。
    C 悪意、恣意、人権無視、安全無視でないこと。
    D そのために生徒が悩んだとしても、教員等は免責である。


  Pennsylvania州 ....... 体罰制限条項 22 Pa Code Section 12.5
    @ 地方教委の政策やガイドラインに合致していること。
    A 傷害を与えるものでないこと。
    B すべての親に徹底されていること。
    C 親が反対している場合は実施できない。( 別の懲戒 )


 また使用するパドルなども定めている。 例えば今もって唯一の憲法問題の体罰
に関する判例とされる『イングラハム』 Ingraham v. Wright (1977)判決のなかで

フロリダ州デイト郡の規則では体罰は長さ2フィート、幅4インチ、厚さ0,5イカチの木
製のパドルで通常1
5回尻を叩くこととされている。


        アメリカでは小学生に対しても停学がある

  わが国では小・中学生に対して停学にすることはできない。 教委による[出校停止]
 処分も極めてまれであろう。 したがって他の懲戒を確実に実施することが必要
 である。さぼり得、法の悪用ではクラス崩壊、学校崩壊になりかねない。
○ Pennsylvania, Kane Area 教委規則
   小・中・高校を通して、叱責から退学まで可能である。
○ Detroit 市教委規則
   教師を攻撃した生徒、喧嘩、ギャンブリング、タバコ所持、不服従、などは
  停学に。 そのさい年齢大きさを考慮して実施されること。

○ Indiana 州規則... Indiana Public School Board of Commissioners
   小・中・高の区別なし。違反行為の程度がポイントである。
○ Indiana 州 Mt. Comfort Elementary School Student Handbook
   まさしく小学校の規則に、このように停学が規定してある。

○ Arkansas州 Code 1999 Changes 、Code 6-18-507
   いかなる生徒に対しても、10日間までの停学にすることができる。
○ NEW JERSEY SCHOOL LAW
   いかなる生徒に対しても停学にすることができる。

○ Ohio州 Ohio Revised Code, Title 33 Education Section 3319.41
 このように体罰に代わるべき懲戒を確実に実施すべきと規定している。
○ Texas州 Garland Independent School District,
   このように体罰にかわるべき懲戒に服すべきと規定している


その他 アメリカでは体罰は減り停学は増える 
     第252編を参照してください。

その他 学校と体罰  『現代のエスプリ 現代の教
    育に欠けるもの』
  1992年9月号 302 至文堂
     杉原誠四郎教授 解説
    『杉田論文にも東京大学助教授 寺沢論文にも紹介されている
    ように文部省は[軽く叩く等の軽微な身体に対する侵害を加える
    ことも事実上の懲戒の一種としてる許すと解するのが相当であろ
    う]と、実情にあった解釈をしていた。 しかるに最近、身体に触
    れるただけで、法定禁止の[体罰]だというような、あえていえば
    異常な風潮になったのである。』

    『杉田の[学校教育と体罰]が提唱している教師の[体罰]のあり方
    は、まじめに考えてみなければならないものである。』



参考                          平成22111

会員の皆様へ
                      名古屋三蔵塾        塾長  今枝一男 

  第
115回『名古屋三蔵塾』11月例会のご案内

拝啓 秋気いよいよ深まり、日増しに寒さも加わってまいりました。会員の皆様には
各界でご活躍のことと、心よりお喜び申しあげます。

さて、第115回『名古屋三蔵塾』11月例会を下記のとおり開催いたしますので、ご参加くださいま
すよう、ご案内申しあげます。                                    敬具


1.   平成231119日(土曜日)午前7時〜9時(5分前にご集合)

2.会  場 名古屋クラウンホテル 8階『伏見の間』

         名古屋市中区栄一丁目8番33号 電話052-211-6633
   地下鉄伏見駅下車 7番出口徒歩5分(ホテル名古屋ヒルトン南側

3 早朝講演&朝食会
    〔講師〕杉田 荘治先生 元、公立・私立高等学校長
    〔演題〕『生徒指導の日米比較/日本を担う青少年育成のために』


   わが国の戦後の学校教育は、GHQ主導の自虐史観がベースとなっていました。安倍政権
  時に教育基本法が改正されましたが、依然として権利主張の偏重教育が行なわれています。果
  して、日本を担う青少年が凛とした日本人に育つでしょうか。

  今回は、永年に亘り生徒指導問題に取り組んでこられた杉田先生にご登壇いたき、生徒指導
  の日米比較から説き起こし、学校教育の在り方について、ご提言・ご高説を拝聴します。 ご講演
  後
、杉田先生を囲んで朝食バイキングを楽しみます。

4.会 費 3,000円(朝食会費込み)※賛助会費の前納割引制度あり。 
                                            以上

〔お問い合わせ先〕
名古屋三蔵塾事務局 人文科学アカデミー内 Phone 052-202-1221
                Fax 052-202-1225

 おわりに
    騒ぎを静めクラスの秩序を回復し維持するために[力の行使]をすることは体罰で
   はない。 わが国では今もって誤解や認識不足がある。文科省『通知』もそのことに
   ついては不十分である。 アメリカの例などを参照されて再検討されることを期待し 
   たい。
    なお『名古屋三蔵塾』の活躍には驚いている。 すでに115回も毎月土曜日の早
   朝に講演会をもって研修し朝食後、それぞれの職務に向かうことは、そう簡単には
   できるものではない。 そこへ招いていただいたことを心から感謝している。


平成23年(2011)11月26日記        無断転載禁止