241. ニューヨーク市は“ゴムの部屋”を閉鎖


杉田荘治


はじめに
    ニューヨーク市には教員等の解雇手続きのために待機している通称[ゴムの部屋]と
   いわれる部屋がある。正式には再雇用センターというが、そこで約650名の教員たちが
   何もすることなく、幾月も、いや時には何年もの間過ごしている。 彼らには今までと
   同じように給料が支払われ、週末や夏休みなども同じように与えられている。

    この不都合を解消しようとして今までも対策が採られてきたが、余り効果がなかった。
   しかし遂に今年、市教委と教員組合がこれを閉鎖することに合意した。 これは画期的
   なことであるが、ここではその合意事項と、今までの経過、またそれはTenure(終身在
   籍権)とも関連しているので、その最近の動きなども述べることにする。

                    合意事項

    Michael Mulgrew教員組合委員長とJoal Klein教育委員長は、2010年4月15日、共同
   記者会見して次の合意事項を発表した
。(UFT.org 2010年5月6日号など巻末記載資料)


    1. [ゴムの部屋]は2010年6月30日をもって閉鎖する。
    2. この部屋で待機している教員などには、DOEといわれる成人教育や家庭教育を担
      当する機関の仕事を割り当てる。給料等は支給する。
 (DOEについては後述する)

    3. その他一定の条件をつけて自宅待機させる者もいるが、それらにも給料は支給する。
    4
  “無能力”とされるケースについては予備審査を行い、10日以内に解雇手続きを開
      始するがどうかを決定しなければならない。 不法行為のケースについては60日以
      内に正式手続きを開始するか否かを決定しなければならない。
       このようにしてこの期限内に正式審査を開始できない者については、前の職に戻
      すものとする。

    5, 審理を促進するために裁定官(Arbitrators)を現行の23名か39名へ増やす。
    6. あまり重大でない不法行為や解雇するほどのことではない者については、その処分
      は3日以内に決定する。

    7. 現在進行中のケースにつていも審査官は調停(和解の意味)について努力するものと
      する。 それは[3020-審問]という手続きによる。
    8. 今後起こるケースについても彼らに前述のような仕事を割り当てる。 調停についても
      同様である。そのようにしてその年度内に解決するものとする。

 合意事項の署名と記者会見
 (uft.org,2010年5月6日号)
 左Klein 教育委員長、
 右、Mulgrew 教育組合委員長

 


[ゴムの部屋] 
 Foxnews.com,2010年4月15日掲載


               今まではどうであったか

    はじめに述べたように彼らには何も仕事が与えられず、待機しているだけであった。この
   ことについては第234編や第121編でも述べたのであるが、その一部を下記しておこう。

    a New York市教員組合は昨日、「無能力教員の解雇手続きを現在のように、数年かけ
     てダラダラとやっているのを改めてスピードアップし6ヶ月以内に短縮するよう」提案した。
      Randi Weingarten市教育委員長も、200名の教員が“ゴムの部屋”と呼ばれる部屋で、
     給料は満額支給にされ、待機させられて解雇手続きが行なわれているが、その費用か
     らみても、またそれらの教員自身のためにも問題であると語っている。
      [New York Times(1/15/2004)号要約、第121編参照]
     それでいて両者の事情から巧くいかなかった。

    b. 700名のニューヨーク市の教員が何もしないで給料が支払われている。 解雇手続き
      で審理を受ける教員であるが、ある者はヨガをやったり、小説を読んだり、同僚の肖像
      画を描いたり、インターネットを見たり、なかには本当の不動産を売買している者や博
      士号を取るための勉強をしている者もいる。裁定官(Arbitrators)が少ないからで、僅か
      23名しかおらず、しかも一ヶ月に5日しか働かない者もいるためであるが、教員組合の
      態度も影響しておろう。(第234編参照)

  コメント
    ご覧のとおり約20年間つづいた“ゴムの部屋”を閉鎖するように市教委と市教員組合が合
   意したことは歴史的なことである。そのさいDOEといわれる教育機関を利用することも画期
   的なことで、今後アメリカでモデルとなっていくものと考えられる。


      ところでこの問題は教員の終身在籍権(Tenure)と関連している。 最近その見直しが
     全米的に進められているので、その動きを見ていこう。


            教員の終身在籍権(Tenure) 見直しの動き

      一旦、終身在籍権(Tenure)を与えてしもうと、なかなか解雇することができず、解雇し
     ようとすれば適性手続(適法手続: due process rights)といわれる厳格な手続きが求
     められ、このためにニューヨーク市のような“ゴムの部屋”を生むことになる。 そこで、
     a. いっそうのことこのTenure を廃止してしまえという声さえも出る。
     b. しかし大部分の州は廃止するのではなく、このTenureを与える条件を厳しくしようと
      している。
      ○ 例えばFlorida州は3年後にすぐ与えるのではなく、その後も年次契約にしておき、
        五年目が終わったとき、新しい評価基準の二つ以上の領域でAまたはBの評定が
        得られた者に初めてそのを与えることにした。 その法案は上院で可決されたが
        教員組合などの抵抗にあっている。

      ○ 生徒の学習成績の向上を大幅に採り入れようとしている。 例えはcolorado州で
        はその比率を50%までに高めようとしているが、ここでも教員組合(NEA傘下)が
        反対している。 しかしDelaware州では積極的に教員組合との協議が進められて
        いるのが特徴的である。
         このようにTenureを与えるさいにも学習成績を採り入れようとする動きは新政権
        の[トップに向けて競争]: Race to the Top政策が大きく影響していよう。

      ○ Ohio州は現行2年で与えているが、これを3年にしょうとしている。

     c. 現職教員の解雇についていえば、その適正手続:due process rightsの基準を緩や
      かにしようとする傾向にある。 すなわち、いちいち[改善すべき程度を超えている]
      と証明するのではなく、たんに定められた基準にあわない(not meeting established
      standards of performance)ことを示せば足りるとする基準にするのである。

     d. 本文でも述べたように適正手続の途中で調停(和解)の方法もより採用されていくであ    
       ろう。
     [参照資料: Education Week, 2010年6月21号など]


          試補教員や適正手続(適法手続)

      本文でも触れたとおりであるが、今までも第31編などで述べてきたので、それらから
     関係箇所を再掲しておこう。
    ○ 終身在籍権 : Tenure

       ほとんどの州は、3年の試補期間を終えた教員 (Probationary teachers)に終身在
      籍権(Tenure) を与えている。 無能教員を解雇するに当たって、最も面倒なことは、
      この権利 :Tenure である。 本来、この権利は教委が恣意的に教員を解雇することを
      防ぐ目的のものであるが、その趣旨は正しく運用されていないともいわれる。


    ○  試補教員 : Probationary teachers
       試補契約は 1年ごとに 3年間つづけられる。しかしなかには2年のところもあるし、また
      3年のところでも他の教育区で教職経験のある者は2年で足りるとされる。逆に正式採
      用教員でも、何らかの理由で教職から 5年以上 離れていると、再び免許更新のコース
      を受けなければならない(Louisiana州)ところもある。第35編を見てください。

おわりに
    
ご覧のとおり[ゴムの部屋]が閉鎖され、解雇手続きも促進されることはよいことであるが、
   しかし終身在籍権の見直しも進み、その基準も緩められることになるので解雇はし易くなる
   流れになる。他方、終身在籍権(Tenure)を与える基準は厳しくなる。わが国でも現行の1年
   を2年にしたらよいとの意見も出ている。

 2010年7月21日記             無断転載禁止