239 [アメリカのために教える]グループの活躍概観


杉田荘治


はじめに
    最近わが国でも、アメリカの[アメリカのために教える]グループの活躍について知ろうとする
   機運が少し出てきている。 現に知人のひとりが質問してきたが、今までも第216編や第218
   編などで述べてきたが、この際、最近の動きや彼ら自身の使命感、派遣前の夏期事前研修、
   契約に至るまでの過程、また二年間の活動を終えた後、彼らに対するサポートや同窓会など
   についてもふれながら、この活動を概観することにする。

       このグループの誕生    Teach for America: TFA
    1988年にWendy KoppというPrinceton大學3年生が発案し、翌年、卒業論文にも書き、全米
   の貧しい地域の子供たちが直面している教育の不平等を解消し、また彼ら自身も違った世界
   で意義のある仕事
をしたいと考えて具体化させた活動である。彼女はExxon Mobilから草の
   根の基金を得て、僅かのスタッフとともに設立し、1990年にはすでに6地域の学校へ500名の
   メンバーを派遣するようになった。 そのとき100以上の大學から2,500名の男女学生が応募
   した。 それを面接によって500名を選びロスアンゼルスにある研修所で5週間にわたって事
   前研修を行なっ後、全米6地域に派遣したのである。

     [註: 創設から22年の歳月が流れ、今や彼女は43才で4児の母親でもある。 夫のBarth氏
       とともに精力的にこの運動に取り組んでいる。夫婦はマンハッタン地区に住み4人の子
       供は地元の公立学校に通っている。その躾も厳し
いといわれる。 彼女自身も評判のビ
       デオを買うさいには皆と同じように長い列に並んで買うような謙虚さを持ち合わせてい
       る。 
       Time Magazineが2008年度で世界に最も影響を与える100人の1人として、女史を選ん
       だ。 
夫のRicahard Barth氏はKIPPといわれるチャータースクールの組織の最高経営
       責任者でもある。詳細は第218編を参照してください。]

 
 夏期事前研修  (AP Photo/David J. Phillip)  Wendy Kopp女史 Time Magazine 2008年度


  その後
   ○ 1994年  事前研修所をヒューストンに移し市教委と連携して、その協力を得るようになっ
            た。
   ○ 1995年  2年間、各地で教えた者が同窓会を創った。
   ○ 1997年  150名以上のビジネス界のリーダー、政治家、エンターテーメント界の人たち、職業
            スポーツマンが協力して事前研修会の講師も引き受けてくれるようになった。
   ○ 2001年  ニューヨーク市に新しく研修所を設置した。 その後、この研修所はフィラデル
            フィアに移した。
   ○ 2002年  志願者は14,000名になった。
   ○ 2005年  3,500名のメンバーが全米22地域の1,000校へ派遣された。
       本部  315 W. 36th Street  New York, NY 10018


    現況では、2009年度には志願者が3万5,000人にもなったが、これは2008年度と較べても
   42%の増加である。例えばハーバード大学では13%増、Spelman大学では25%増である。また
   派遣するメンバーも2015年までには4,000人にまで増やす計画であるといわれる。ことに数
   学、理科についてそのようにしたいとのことである。(New York Times, 2010年1月3日号)

      連邦政府の態度
  ○ 第222編. オバマ次期大統領(U.S.A.)の教育政策のなかでも記したように「アメリカのため
    に教える」グループの活動にも十分関心をもっている。 また大統領選挙の時にもその支
    援を強調していた。 

     このグループの年間予算は約1億8,900万ドルといわれるが、その約10%は連邦からの支
    援である。 もっとも昨年は約1,500万ドルであった。もっとも最近の連邦政府の[トップに向
    けて競争]資金に含まれていないので、この支援について若干の不安があるようであるが、
    しかしダンカン教育長官は[他の費目と併合させるつもりである]と語っているので、その心
    配はなかろう。(この項、Washington Post, 2010年2月11日号)

  ○ 現政権のみならず前政権でも2001年、Laura Bush大統領夫人が2,000万ドル投資してく
    れ、そのために一つの内部組織を創ることができた。(第174編参照) 


       財政
    前述のように年間約1億8,900万ドルといわれるが連邦からの支援、民間からの寄付、ま
   た勤務した地方からの寄付金などに拠る。その約4分の1を使って募集活動を行なっている。 
   そのためトップレベルの141大學にスタッフを置いて、募集のための行事や勧誘をしている。
   またNewYork Times, 2005年10月2日号によれば、その額は約4,000万ドルとされるが今後
   精査される必要があろう。

          現職教員と比較して彼らの指導の効果はどうか

   多少違った評価もあるが、第216編で述べた評価が妥当のように思われる。その一部を下記
  する。

 Making a Difference?: The Effects of
 Teach for America in High School 
 The Urban Institute and CALDER,
 2008年3月
 教科        評価
 代数T   経験のある教員に教えられた生
 徒では、優の成績をとる者が多
 いが、良の成績は、このグルー
 プ教員に教えられた生徒が圧倒
 的に多い。 しかも不可の成績
 は、このグループ教員による生
 徒では少ない。
                
 代数U  代数Tとほぼ同じようなことが
 いえよう。 しかし、さすがに
 優についてはベテラン教員に
 よる生徒が多い。
 物理  代数Uとほぼ同じである。しかし
 不可については、このグループ
 教員に教えられた生徒では極め
 て少ない。
 化学  生物とほぼ同じことがいえ
 よう。
 地学  さすがに地学では、教職経験
 のある教員による指導が効果
 を挙げている
 体育  両者に大差はないが、しかし
 教職経験のある教員に教えら
 ている生徒に不可が多い。
 英語  さすがに教職経験のある教員
 に教えられた生徒に優をとる
 生徒が多い。しかし良では逆で
 ある
 ○ このグループ教員がマイノリティの生徒
   を多く担当していることも考慮する必要
   があろう。また1クラスの生徒数も多い

 ○ 優をとる生徒については、さすがに教職
   経験のある教員に教えられている生徒
   に多いが、しかし良の成績については全
   く逆である。 このグループ教員による生徒
   が極めて多い。
 優秀な学生が意欲的に
   教えている結果であろう。

 ○ ことに成績不振の生徒については、この
   グループ教員による場合は極めて少な
   い。
 数学と物理で著しい。 もっとも同じ
   理科でも生物、化学、ことに地学ではベ
   テラン教員のほうが良い成果を挙げて
   いる。
 ○  英語ではさすがにベテラン教員による
   生徒に優をとる者が多いが、良の成績で
   は逆である。 体育ではコメントのとおり
   であるが、なぜかベテラン教員の場合、
   不可をとる生徒が多い。

  なお、この調査はノースカロライナ州の高
  校卒業認定試験の成績を、2000〜2006年
  度にわたって比較されたものである。

  またMathematical Policy研究2004年の調
  査によれば「このグループのメンバーは数
  学で他の本務教員より少し高い実績を残
  し、英語でも悪くない
成績を挙げている」と
  される。  
  また彼らが勤めていた学校の校長の評価も
  良くて、
その63%の校長たちは「彼らは他の
  教員より効果を挙げてくれた」と答えてい
  る。 親の評判や評価も良く「今後も自分た
  ちの学校へ来てほしい」といっている。(第174編参照)

      今後
    前述のように志願者は増えているし、現在3,500名を派遣しているが、2015年までには
   4,000名にまで増やす計画である。また連邦議会はその支出を2.100ドルにまで増やし
   8,000人規模にまでにしたいと伝えられる。(CAMPAsORress.org, 2010年1月5日号)


   ○ 2年の経験を終えた“卒業生”のなかからも2010年度には、校長が800人、教育行政
     管理職が100人になろう。
   ○ なお“卒業生”の数は今、約1万7,000人になるが、その63%はその後も教育界に留
     まっているし、そのうち31%の者がクラスで教えている(2003-2005)。

   ○ 寄付についても、Exxon Mobilは創設以来支援していたが、さらに50万ドル追加する   
     など各方面からの寄付も続けられている。 例えばNational Corporate Partnerは
     毎年最低100ドルを支援することを約束しているし、このグループ自身も35箇所にそ
     の拠点を置いて[On-lineでもよい、クレジットカードでも結構、車、トラック、バンでも嬉
     しい]などとして呼びかけている。

     批判
   ○ 不況のため退職教員が少なくなり、その補充教員も少なくなっているのに、このグ
     ループのメンバーが増えるのは問題である。 例えばボストン市で成績不良の疑い
     がある“ピンク”の教員にまで取って替わっている。
   ○ 採用されながら二年間の仕事を終えないで、途中で辞める者が三分一いる。
     確かに最近、New York Times, 2010年1月3日号やCAMPUS*PROGRESS,
     2010年1月5日号もこれを問題にしている。 事実ある女子教員が生徒の喧嘩、パン
     チ、中傷、親からの告発されるなどで挫折する様子も報告されている。

   ○ 五週間の夏期事前研修がまだ不十分である。
     [註: 同グループの説明によれば、この研修は合格したメンバーに対して全米8箇所
       で行われ、その地方のサマースクールで実際に教えること、毎日経験を積んだ
       現職教員の指導を二時間受けること、夕方の面接指導などが義務付けられて
       いる。多くの校長は他の研修より良いと評価している]とのことである。 しかし
       その後、赴任して実際に問題校で教えると困難な直面に遭遇するのであろう。

          選考されてから各地方で教えるまで
                      [資料:TFA自身の発表資料] 

    ○ 使命感  アメリカの[教育の不平等]を解消したい。そのため二年間、都市部、
            僻地、低所得層の地域の教育向上に尽くすこと。
    ○ 夏期事前研修  前述のとおり、五週間、全米八箇所のセンターで受ける。

    ○ 各地方での採用のさいは、例えば、ミシシッピーのデルター地帯はどうか、また
       初期幼児教育、特殊教育、英語が不自由な生徒の教育、二ヶ国語教育など
       について相談される。さらに科目は勿論のこと、その地方に適した免許要件
       を充たしているかどうかについても審査される。
        またサラリー、健康保険、その地方の生活費、ローン、赴任手当や研修の費
       用、特別報償金などについても告げられる。 二年後にマスターの申し込み資
       格があるかどうかについても相談されることが多い。

    ○ 二年の勤務を終えると希望の仕事について相談される。そのさい事業主や卒業
      生が協力してくれる。われわれはGoogle.KIPP,Morgan など多くの企業と連携して
      おり、それらが採用することも多い。また大学院についても同様である。
      なお卒業生は同窓会のサミットを毎年いくつかの都市で開催している。

  [参考] 名古屋ぐらいの都市になると、さすがに外国からの留学生も多い。時々街でア
      メリカ人らしい留学生を呼び止めて[アメリカのために教える]ク゛ループのことを
      知っているかと尋ねると、ちょっとした学生は知っていて、しかも畏敬の念を抱い
      ていることがわかる。[それでは卒業後、参加するか]と聞くと残念ながらここ半年
      のうちには無かった。

[参照資料: 文中で記したほか、CAMPUS*PROGRESS, The Washington Post,2010年
       11日号、USA TODAY,2009年7月29日号]

おわりに
    わが国では教員の採用条件も異なり、また都市部や僻地に学力不振校や問題校が
   特に多いという事情もないので、このような[アメリカのために教える]グループの活躍
   が生まれる余地は少ないかもしれない。 しかし例えば若者を“草食系”などといって
   その無気力さを批判することも多い。 兵役の義務はない、さりとてドイツのように老人
   介護施設や身体障害者施設などでそれに替わるべき義務を果たすことを求められるこ
   ともない。 広く社会で認められ評価されるような仕組みが制度として、またそれに類
   するようなものが必要であると考えるが、そのさいこのグループの活躍は示唆に富ん
   だものがあるといえよう。

 2010年3月15日記           無断転載禁止


追記  平成23年6月22日、中日新聞や朝日新聞(名古屋版)によれば、愛知県は新規事業
    として、この日本版ティーチ・フォア・アメリカ: Teach for Americaともいえる事業
を始
    められることになった。 すなわち就業の機会をえていない大学や高等専門学校等の
    若年卒業生に対してNPO法人と連携して一ヶ月ほど事前研修を施して、小・中学校へ
    研修生として派遣し四が月ほど学校の仕事に従事して教育現場の研修を行うというこ
    とである。
 愛知県産業労働部労政担当局 就業促進課

     筆者はすでに4年前、第174編などでアメリカの動きについて述べてきたが、それらも
    参考にされることを喜んでいる。 アメリカとはかなり事情も異なるので、より困難な事
    態も予想されるが、その成果を期待している