杉田荘治
はじめに
アメリカ最大の教員組合:NEAはオバマ政権の教育政策について様子見であったが、そのガ
イドラインが出されてからは最終的に反対を表明した。 このことについてEDUCATION WEEK
の報道を中心にして見ておこう。 しかし一部の地方では変化も見られるので、それについても
触れる。最後に今までの教員組合の活動について各編で述べてきたが、それらを要約しておこ
う。
NEAは連邦資金[トップに向けて競争]について、オバマ政権と争う
EDUCATION WEEK 2009年8月25日号によれば、その連邦資金のガイドラインについて次
の理由で教員組合:NEAは反対している。
1. 今まで州や地方が公立教育について成功させてきたことを改善する、という明確な保証も
ないままに改革を進め連邦資金を投入しようとしている。
2. 教員免許状の要件も緩めようしている動きにも反対する。例えば[アメリカのために教える]
グループなども利用しようとしているか゛、彼らは二年間だけ働いて公教育の領域から去って
いく者である。それらに資金を投入するのではなく、本格的に教員となろうとする者に対して、
しっかりとした準備教育ができるようにするため、また長く教員生活を続ける者のために、そ
の連邦資金を充てるべきである。
3. 教員評価
生徒のテストに拠る教員評価には反対する。それは今までの集団交渉によって決められて
きた契約、覚書その他の協定書を認めないことになるからである。 生徒の学力評定につい
ても、トップダウン式の連邦に主導権を委ねたような標準テストは、それが生産的にあろうとも
非生産的であろうともモデルとすることはできない。
4. チャータースクールについては、それは教育改革に良く働くものでなければならない。しかも
マグネットスクールなど他のモデルとなるべきものである。たんに公立学校のトップを変えるだ
けでは済まされない。 また、チャータースクールの成果についても未だ不十分である。
以上にようにNEAは連邦政策については様子見であったが、今年8月12日に、ガイドラインが
示されてから反対を表明したのである。余りにも競争原理を働かせていること、その拠るところ
の資料などの不明確さを指摘しているのである。 しかし例えば教員研修についても、たんに教
育学を履修した者に免許状を与えるのではなく、危機に瀕した学校へ赴任しても対処できるよう
なトレーニングの必要性は認めている。 しかもNEAも[われわれも、このことについて十分な手
段を持っているわけではない]と言っている。
なお、AFTはまだ正式なコメントは出していないが、やはり[余りにも過度な処方箋である]といっ
いるようであるが変化の兆候もみられる。(後述)
また、THE WALL STREET JOURNAL 2009年10月2日号も、教員組合について次のような厳
しいコメントを述べている。 すなわち[教員組合はチャータースクール、テスト、結果責任、NCLB
法のすべてについて反対したり、無関心を装っている。 それによってメディアの信頼を失ってい
る]。
[補足1] 上述の連邦資金については既に第229編で述べたので参照してください。すなわち、
[以上のように第一回分として440億ドルの教育予算を支出するようにダンカン教育長
官に4月1日に指示され、4月7日から流れ始めた。 今後、州や地方の改革についての
実績をみて第二回分として50億ドルが用意されている。 これは“トップをめざして競争
する”といわれているが、その時期は今年の秋と来年の夏になろう]。
[補足2] [トップをめざして競争]連邦資金のガイドラインの詳細については、連邦教育省
Docket ID-2009-OE SE-0006, RIN 1810-AB07を見てください。
一部に変化
しかし、教員組合の動きにも一部、変化が見られる。このことについては既に第231編でも
述べてきたが、最近USA TODAY,2009年9月30日号も次のように伝えている。 すなわち、
[団体交渉によって低学力校への転任については、優れた教員の意思と優先権を尊重して
転任させないことが多いが、最近この場合は[メリットペイ]を与えてその教員を赴任させる
ようになってきた]。 [NEAは公式的には、こんなことは認めていないが、しかし地方レベル
では少しつづ進んできている]ということである。
なお、明治図書 [学校マネジメント]2009年10月号の杉田荘治著[広がるオバマ政権下で
の“公立校の能率給”]も参照してください。
アメリカの教員組合概観(要約)
NEA(全米教育協会)とAFT(アメリカ教員連盟)であるが、両者は次のように異なる。
1. NEA:: National Education Association (全米教育協会)
1857年公立学校関係者の自由意志に基づいて結成された団体であり、公立学校の諸問題を自分
たちの職能成長を計りながら向上させていくことを目指すグループ活動であった。 従って“静かな
教育協会”であった。 その後の変容して教員組合となり、会員数も320万人で今では最大の教員
組合である。
2. AFT: American Federation of Teachers(アメリカ教員連盟)
1916年、一握りの教員によって結成され、教員の権利や賃金、労働時間などの労働条件を団体交
渉、労働協約によって勝ち取るという路線を歩んでいる。 アメリカ総同盟: AFL - CIO と同盟して
教員組合運動の先導的役割を果たしてきた。 しかし今や会員数も140万人となっている。
3. 次は第51編で述べたのであるが、前者2組合の関係を適切に説明していると思うので再
掲しておこう。 アメリカの有識者から杉田への回答
1 連邦生徒指導問題研究所のR.S.博士から
AFT, NEA ともに労働組合です( both labor
unions )が、NEAが最大です。 ここ数年、両
者は合併(merging) しようとする論議がなされていますが、まだ実現していません。 しかし、
いずれ将来、実現するでしょう。
2 Indiana大学のM.M.博士から
最初は両者は大変、違っていました。すなわちAFTは労働組合でしたが、NEAは職業的な協
会として機能していました。 しかし両者は急速に接近して、今やNEAも組合と呼ばれています。
○ 両者は団体交渉で、それぞれ教委管内で教員の代表として指名され、議題を交渉によって解
決しています。ここ数年、合併しようとする提案がなされているようですが、ある理由のために
実現していません。
3 Detroit市教委のL.L.博士から
NEA はAFTと同じように高い賃金、勤務条件の改善などで団体交渉をやっています。ストライ
キもやりかねません。 NEAはAFTより、よりよくやろうとして自分たちを高揚させています。
ここ数年、両者は区別できないほどになってきています。 私の推測によれば、AFTは大都会
でNEAよりも行動的です。
○ 一般的には、どちらか一方の組合に入っています。NEAとAFTは、『9月11日の犠牲者』のた
めに協力して、NEAFTという災害救済基金を設けました。 このことは両者の関係を表してい
ましょう。
4 California州Y郡教育長のR.T.さんから
アメリカのある州では組合加入は自由ですが、ある州では強制的です。組合費はサラリーによっ
て違いますが、1年間に700ドルー500ドルです。 AFT, NEA ともに全国的な組織で、州、地区
をそれぞれ代表して、私のような雇用主と交渉します。
○ AFTは他の労働組合と同様に労働組合として発展し、現在もその目的を残しています。
NEAは職業的な組織として発足しましたが、今やAFTと同じような組合に変わってきています。
○ AFTは今ではNEAより、ずっと小さくなり、国内における影響力は小さくなってきています。
その他、私の意見としては、今では教職の専門性は低下し、学校や生徒に対する献身や意欲
も低下しています。それでいて、サラリーもかなりよく、多くの権利をもつようになりました。
ある教委管内では多くの労働問題も起こっていますが、一方ではNEAと学校当局は子供たち
をルーズにするような教育を心配し論議しています。
組織率
前述のように実質的にはほとんど100%といえよう。 それは給料などはすべて団体交渉で決めら
れ、しかもそれは各地方教委ごとにきめられるからである。
わが国の日教組は30%を下回っている。 平成19年 28.3% したがって組織率だけからでは
判断できない面がある。
現実路線といわれるが
例えば、New York市教員組合のUFTが市教委に対して、「無能力教員の解雇手続き」を現在の
ようにダラダラと進めるのではなく、6ヶ月以内に終えるように要求している。 (第121編)
またデンバー市教委と教員組合との間でかなり前から共同して新しい給与制度をつくろうとする
動きがあったが、約5年前にProComp(Professional Compensation System for Teachers)とい
うプロジェクト・チームを創って試行を続けた(第192編)などである その他、首長が教委を超え
て直接、教員組合と接触するなども、現実路線といってもよかろう。
しかし、オバマ政権の教育改革との関係については前述のとおりで今後にまたなければなら
ないことが多いように思われる。
ストライキ 第155編、 第53編をみてください。
例えば、イリノイ州では教員のストライキは容認されている。 ただし10日前までに予告するこ
と、また仲裁には従うことが要件である。
州別教員組合のストライキ容認・禁止一覧
資料 : State Collective Bargaining Policies for Teachers State Notes June 2002
○ ストライキを認めている州 9州
Alaska Illinois Montana Ohio Oregon PennsylvaniaRode Irland
Vermont Wisconsin
○ ストライキを禁止している州 しかしペナルティの規定なし 12州
California Connecticut Delaware Hawaii Idaho kansas Maine
Nebraska New Hampshire New Jersey Tennessee Washington
○ ストライキ禁止、しかも ペナルティの規定(罰金、解雇、時には刑罰)もある州 12州
Florida Indiana Iowa Maryland Massachusetts Michigan Minnesota
Nevada New York North Dakota Oklahama South Dakota
○ 州法には全く規定なし
上記以外の州 (本文で記載したMissouriもこのなかに含まれる)
その処分は比較的軽いように思われる。 しかし裁判所の差止命令にしたがわないと重い。
ストライキ1日につき2日分の給料カット。 1年間、給料カットを回復することを禁止している。
1日のストライキについて10ドルの罰金が科せられた。New Jersey州では、裁判所の『差止め命
令』を拒んで、罰金と投獄。
なお、最近のストライキについては、第155編 ミズリー州 St, Louis の例や第230編ロス・
アンゼルスの例を見てください。
おわりに
ご覧のとおり、教員組合は依然としてオバマ政権の教育政策に反対している。しかし一部、
ことに地方によっては柔軟に対応しようとする変化も見られる。 なお、教員組合の活動に
ついて、その変容とともに概観・要約した。
2009年10月13日記