232. シカゴでの成功例は連邦に及ぶか


 杉田荘治


はじめに
    オバマ政権はダンカン教育長官のシカゴでの教育改革の成功例をモデルにして、これを
   全米に推し進めようとしている。
    ところで、シカゴ市の例としてはすでに第226編でシャーマン小学校やハッパァ高校の例
   を取り上げたが最近、Howe小学校の成功例も報道されているので、ここではそれを取り
   上げてみることにする。 またその成功にはAUSLという教員養成機関が大きく寄与してい
   るので、これも見ることにしたい。もっともそれについても既に第226編で述べたので、それ
   に最近の事情などを追加することになろう。 最後にそれらについてのオバマ政権の取り
   組みについて概観しよう。

                Howe小学校の再建
    これについては、U.S.News,2009年5月27日号が詳しく述べているので、これを中心に
   して、さらに市教委自身の議案からもこの問題を要約することにする。

  1. シカゴ市のJulia Ward Howe小学校は幼稚園から8年生までの学校であるが、生徒指
   導上の問題と、州の標準テストではわずか20%の生徒しかパスしないような学力不振
   のために、2008年に一旦、閉校され再建されるとこになった。


  2. 同校再建の議案     2008年2月27日
    今までも学力不振などのために改善するよう勧告がなされ、少なくとも4年間、観察期間
   とされたが、依然としてその成果は挙がっていない。
   ・ この地方での最低の学力不振校である。2006年度のイリノイ州標準テストでは37%の
     者だけがパスした。
   ・ 2005年度からのその合格平均も32%にすぎない。リーディングはわずか30%、数学は
     33%、理科は31%である。 その後も向上していない。

    この学校の生徒の93
%は低所得層の生徒である。破れた家庭で暴力のために親類や
   縁者を失った者も多い。荒れ果てた地域を16才の少年が猛スピードで走り回っている光
   景もよく見かけたのである。

    そこで、2007年度末には、校長を含むすべての教職員を解雇し、すべてを入れ替える
    ことにしたい。なお必要とあれば集団交渉に入ることとする。
 
      ダンカン教育委員長ほか署名

  3. 同校の再建後
    その後、Howe小学校は再建され、校名もHowe優れた学校:Howe School of Excellence
   と改称されて再出発した。新しい校長、27名の新しい教職員、新しいカリキュラム、新しい
   マナーが見られる学校に変わった。 制服を着た生徒たちは一列に並び静に教員の次の
   指示を待っている。 フリーな朝食をむさぼった後、六年生のあるグループは教職一年目
   のキァレイ先生に従って教室に入る。彼女は3分間でコートを脱ぐように指示し、宿題を提
   出させる。 他の教員にも同じようなガイドラインが与えられているのである。

    教員の指示に従わない生徒に対しては、休憩時間が与えられないか、黙って一人でラン
   チをとる罰が与えられるが、今まではそうではなかった。 [それは狂気じみていた。喧嘩
   があっても教員はそれを見て見ぬふりをしていた。クラスの規律を維持するにも悪戦苦闘
   した。学力のほうも43%の生徒しかリーディング、数学、理科のテストで合格しなかった。]
   とある教員が語っている。

    キァレイ先生もなるほどLutheran大学で教員免許状を得たが、このような都市部での学
   校で働く準備はできていなかった。わずか8週間から16週間ほどの教育実習で、しかもそれ
   は従来の形式や方法によるものであった。 しかしAUSLという教育機関(後述する)は違っ
   た。都市部の学校での実際の授業をビデオで見せて、それにおびえさせない方法も教えて
   くれたし、コーチの先生がつき切りで指導してくれ毎週、フィードバックも丹念にやってくれ
   たので自信がもてるようになった。 今でも挑戦しているが、彼女なりに良くやった生徒に
   は、ちょっとしたご褒美を工夫して与えたりしている。
   
    生徒たちも次のように話している。 すなわち、[新しい先生は以前とは違う。生徒たちを
   やる気にさせる計画をもっている。われわれもルールを守り核となるような価値あるものを
   得ようと、その気になっている]。 また勉強だけではなく、レスリングなどのクラブ活動も
   奨励してくれて、市主催の選手権大会でも賞をもらって活気に溢れているなどである。

          都市部学校リーダーシップ・アキァデミー : AUSL
          (Academy for Urban School Leadership)

    これについては第226編を参照してほしいか゛、そこでは2001年の初めに教員を養成、
   トレーニングし、定着させために創られたものであること、Bill and Malinda Gate財団、
   シカゴ地域財団、市民その他からも資金を得ていること、失敗した学校の再建の管理、教
   員の供給を行っていることなどを記した。 今までも約250名のトレーニングを受けた教員
   はシカゴ市都市部の学校で5年間、教えることを義務づけられていることも述べた。

    さらにここで少し補足しておくと、10ヶ月のトレーニングを受けた教員による指導のため
   に、再建された学校では州標準テストの成績は向上し、50%以上も得点が上がったところ
   もある。また、シカゴ・アキァデミィ高校では、その93%の生徒が大学へ進んだ。市内の他
   の高校では50%にすぎない。 またHavard高校では試みとして共学をやめて男女別のク
   ラス分けにしたが、一年間に得点が8%も上げている。

    しかし教員の仕事も多くなっており、絶えず生徒に目配りしなければならず、家庭生活
   で緊張が強いられることも多い・ 例えば自分の娘の世話もしながら教育博士号を取ろ
   うとして頑張っている者もいるが、しかしこのアキァデミィの終了者の定着率は高く、その
   90%の者がずっと教職に就いている。

    このアキァデミィの費用も前述したようにかさばみ、私的な寄付による部分も多い。また
   再建に協力した学校に対しても、暫くは資金的にも協力しなければならないために資金
   も必要である。なおここで履修した教員は2009年までに約300名になった。また前述のBill
   and Malinda Gate財団からの寄付は4年間で1,000万ドルである。

               連邦への広がり
    オバマ政権はシカゴ市のAUSLのような機関を全米で200くらい創りたいとしている。す
   でにボストン、デンバーでも創られ、ニューヨーク、フィラデルフィア、テネシーなどでも、そ
   の準備がなされている。
   そして最もひどい問題校、約5,000校を選びだして資金を注ぎ込み、5年間で再建したい
   と考えている。その連邦の資金は50億ドルであり、問題校の選定はテストの得点、落第
   率、大学への進学状況その他の基準によるとしている。

おわりに
    ご覧のようにシカゴでの成功例をモデルとして、これを全米に推し進めようとしているが、
   教員組合の協力や動きが大きな問題である。解雇した教員については、必要とあらば集
   団交渉など所定の手続きに入るとしているが、その数や範囲が拡大すれば困難な問題
   となろう。

2009年7月2日記             無断転載禁止