230. アメリカの教員ストライキ その4
   (ロス・アンゼルス)


杉田荘治


はじめに
    ロス・アンゼルス市教員組合が最近(2009年5月15日)、一日のストライキを計画した。
   裁判所から差止め命令が出され、ストライキそのものは中止になったが、一部の教員は
   実施して逮捕された。 このストライキについて巻末資料により、その理由、影響、当日
   様子など要約しておこう。 最後に今まで起こったストライキについて、各編で述べてきた
   が、その具体的事例の時期、理由、結果などを抽出して参考に供することとする。

               ロス・アンゼルスの教員ストライキ

T 理由

    先月、市教委は4-3 の多数で約60億ドルの財政規模のバランスを計るために、5億9610
   万ドルを削減することを決めた。 それにともない教員を[一時解雇]することにしたが、その
   数は5,400名に及ぶことになった。このなかには未だ終身雇用保障権を得ていない若い教員
   3,500名も含まれている。 実施は2009年7月1日からである。なお組合員は教員とそれ以外
   の者を含めて4万8000人である。

    新政府から経済活性化資金が来るのであるが、市当局は来年の厳しい財政事情も考えて
   その半分を来年のためにとっておこうと計画したのである。 これに対して教員組合は、その
   連邦資金をそのまま使えば、教員解雇問題は解決できるといっている。 またストライキの理
   由のひとつは、クラスの定員増に反対することであるが、これも財政事情からきている。

    ストライキの実施日は5月15日の一日である。
   市教委も混乱は認めている。 それはそうでなくても低所得層の多い地区ではクラス定員が
   多く、しかも終身雇用保障権を未だ得ていない教員が多い。 そこで教員の給料削減を提案
   していたが組合は受け入れなかった。 また終身雇用保障権を得ていない教員に早期退職
   奨励金を支給する案や一時解雇した教員に対しても、その1,400名については考慮しようと
   する動きも出てきていた。 しかしストライキへの動きは止まらなかった。

U 差止め命令
     そこで市教委は裁判所に対して[差止め命令]を発してもらうように要請した。

    当日はAPテスト(ある種の高大接続テスト)が実施され、大学への進学を目指す生徒にとっ
    ては重要な日なのである。 また五月は州の学力標準テストの月でもあり、多くの学校では
    遠足も計画されていた。 自然史博物館や高校テニス選手権大会、陸上競技、サッカーの
    試合や親たちのラリーなども予定されていた。


     これに対してロス・アンゼルス郡最高裁・James C Chlfat判事は5月12日、その要請を認
   め[契約に違反し、生徒の健康、福祉に反する]として禁止したのである。 Cortines教育長
   はこの決定を賞賛し生徒と教育にとっての勝利であると語った。 まもなく教員組合との交渉
   のテーブルにつくことになろう。 [註: 差止め命令については第182編をみてください。]

V 当日

    大多数の教員はストライキをやめたが、警官が監視するなか、一部の者は教委本部の入
   り口で座り込みやデモをやったために、46人が逮捕された。
 このなかにはDuffy委員長も
   含まれていたが、間もなく釈放された。

 [参照資料]: Los Angeles Times, 2009年5月2日号、13日号、Los Angeles News, 2009年5月
         12日号、Examiner.com, 2009年5月15日号



                アメリカの教員ストライキの具体例

     今まで各編で述べてきたが、そのうち州、日時、理由、結果などを下記しておこう。


 1. ミゾリー州セント・ルイスの例
    2005年1月9日に、420名を擁する教育組合(AFT連携)は実施することにしたが、開始直
   前の交渉で回避された
   理由
   ○ 教員の健康保険条件について教員組合は不満足である。
   ○ 給料についても教委は「大学卒の新任教員について、次の4年間で年間8,000ドルアップ
     して31,000ドルにする」といっているが教職経験の長い教員の分についてははっきりしな
     い。 また「市近郊の他の五つの地方教委の給料と同じになるように引き上げる」といっ
     ているがその保障もない。
   ○ 1年間の勤務日数を10日増やしたし勤務時間も長くした。

   結果
   前述のように、ストライキは開始直前の交渉で回避された
        最終合意の内容
   ○ 大学卒(学士)の現職教員については今後4年間で11.3%〜26.3%昇給させる。
   ○ その他の教職経験の長い教員については今年とその後の3年間にそれぞれ
      2,000ドル支給する。
   ○ 教職員はもっと健康保険料を支払うこととする。
   ○ 授業日の勤務時間は28分長くする。 また来年には授業日を4日増やす。
      またその後の2年間にそれぞれ3日増やす。  などである。 その他第155編参照。
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 2. イリノイ州の例
   Collinsvilleという小さい地方の教員組合が2005年8月15日にストライキを計画した。
   組合員数は425名。  312 対 10という多数で決議したが、交渉は続けることにした。
   理由
   ○.周辺地区の教員給料と比較すると、余りにも低い。 有能な教員が周辺地区へ移って
     しまい、そのために教委は昨年度、47名の新任教員を採用しなければならないほどで
     あった。 従って今後、1年目は7%アップ、2年目は7.5%、3年目は8%アップを要求する。
   ○ 教委側..........1年目は3%アップ、2年目には4%、3年目も4%アップする。

   その後、交渉し続け最終的に8月25日、連邦調停官と一緒になって交渉した結果、
   9月19日から予定していたストライキを中止することにした。 204対150で。
    妥結案 ...... ○ 今後3年間、毎年4.5%アップ   ○ 初任給は28,014ドル(年間)
            ○ 教職20年の者で修士号所有者 など その他第182編参照
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 3. バーモント州の例
   Colchesterという教員組合員約200名の小さい地方教委で2005年10月10日、ストライキ
   が始まった。
   理由
   ○ 組合側..... 初任給そのものが郡内の他の教委と較べて最低である。 従ってこれから
            3年間、毎年4.5%アップすること。 また健康保健料の引上げも不満である。

   教委側も裁判所に対して差止め命令を要請してでも、年間175日の授業日を確保しようと
  したが、結局、連邦調停官とともに双方が協議し、「毎年4%アップ」で合意し、組合側は10月
  24日、学校に復帰した。 その他第182編参照
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 4. マサチューセッツ州の例
   Quincy市で教員組合員は約890名。 2007年6月、4日間のストライキを実施した。 
   その3日目に州の裁判所から差止命令が出されたので四日目に中止した。
   理由
   ○ 教員給料をこれから4年間で13%アップする案を提示しているが、組合は、ここ5年
     間で20%アップを要求している。
   ○ 健康保険料の市へ納付する率を、今までの10%から20%に引き上げることの反対

   実はこれまで18ヶ月にわたって交渉が続けられていたが合意できなかったので、組合は
   この6月11日からストライキを始めたのである。 その3日目にNorfolk Superior Courtと
   いう裁判所から、「どちらも交渉のテーブルに戻るように。 組合は6月14日、朝6時までに
   ストライキを中止しなければ15万ドルの罰金を科す」との差止命令:Injunctionが出された。
   その他第203編参照。


おわりに
    ロス・アンゼルスで5.400名にもなる教員の一時解雇とは驚きである。 裁判所からのスト
   ライキ差止め命令が出た
。早期退職奨励金を支給する案や一時解雇した教員に対しても、
   その一部については再考慮しようとする案も出ており、今後再び交渉のテーブルにつくこと
   になるが財政事情からみて多難であろう。 連邦からくる経済活性化資金の使い方をめぐっ
   て、ロス・アンゼルスのみならず他の大都市や地方でも同じような問題が起こるのではない
   かと考えられる。


    また他のストライキの具体例でもみてきたように、ストライキの大きな理由のひとつは周
   辺地区・地方との給料格差が問題視されることである。 この点、わが国ではそれこそ、全
   国津々浦々に至るまで均一標準給料が保障されているので、このような格差の問題は起こ
   りえない。この長所を活かしながら、漸次、教育改革が行われていくことが望まれる。
 

 2009年5月23日記           無断転載禁止