杉田荘治
はじめに
アメリカ(U.S.A.)では7年前、新教育改革法(NCLB)によって2014年までに、すべての公立
学校生徒の4年生と8年生(中2)の全員がリーディングと数学で「良」の成績をとることとさ
れた。 しかし実際には「全員」が、そのような成績を収めることは至難のこととされている。
しかし、メリーランド州のある小学校で、3年生と4年生の全員が両科目で良以上の成績を
とったので、これを紹介し、その後、NCLB法の現状を、その経過も復習しながら述べることに
する。
Maryland州・Ocean市小学校の快挙
この小学校は幼稚園前の教育から4年生までの学校で、したがって小学校というよりは幼年
学校というべき公立学校であろう。イギリスにあるInfant schoolsという公立学校と同じである。
この学校の3年生と4年生の184名の生徒全員が、昨年春に実施された州標準学力テストの
リーディングと数学で「良」以上の得点を取った。 100%である。これはメリーランド州では初め
てのことでありり、しかも「優」の成績の者が78%もある。これは州で第1位である。
参考資料
○ 全校生徒数 568名 内訳 白人(98%) ヒスパニック(5%) 黒人(3%)
アジア系(2%) 原住民(1%)
また英語に不自由な生徒は29%もいるし、134名は学校給食で減免を受けている。
校長: Kordickさんと教育方針
Iren Kordick校長は祖母、母親とともに6才の時、Munichから移住して来てClevelandのスラム
街で育った。 あまり目立たない生徒で友達とも話しをしなかったが、5年生の時には英語を除い
てすべての科目でAを取った。 11年前にこの学校の校長になったが、彼女は、それまでの「先
生が尋ね、生徒が挙手し、その1人に先生が指名して答えさせる」方式を改めて、生徒がペアに
なって学習し答える方法にした。 朝の行事として「あなたのパートナーになります」ということを
唱えさせている。 また答えるときにもたんに「晴れ」とか「曇り」という単語で答えるのではなく、
「今日は曇りで後、雨になります」というよな完全な文章で答えさせている。
Good mornigとかGood afternoonという挨拶も友達同士でも完全にするようにさせるなど躾
は厳しい。 “いいわけ”も認めない。したがって他校へ進んだ場合でも他の生徒との差は歴然
としていて、すぐわかり尊敬されている。
1クラスの人数も20人以下で、そのために基金もうけている。 学校のモットーも「私は自分自
身を信じるならば、どんなことでも出来るし学ぶことも出来る」であるが、それをいつでも唱えさ
せている。 "I can be anything, I can learn anything, if I
believe in myself, and work
hard." 州のブルー・リボン賞、優れた校長賞など多数受けている。
なお他の州の実情をみてみると、例えばVirginia州で昨年、4校が州の学力標準テストでリー
ディングと数学で100%の生徒が「良」以上であった。 しかしそのうちTomas
Jefferson高校
は科学と技術を専門にする学校であり、またマグネット・スクールという優秀な生徒だけを集める
特別な学校である。 その他富裕層の多いモントメゴリー市の学校でも州の標準テストで98%、
または99%が「良好」以上であったが、それでも特殊教育を受けている生徒や英語で特別にレッ
スンを受けている生徒のために100%には達しなかったのである。 その他、ある富裕層のところ
でもリーディングは100%てげあったが、数学は3名の生徒が失敗したと報告されている。
このように普通の公立学校でテストを受ける学年の生徒全員が「良」以上の成績を取ることは
至難のことである。
【資料: Washigtonpost.com, 2008年5月28日号】
新教育改革法(NCLB)の現状
T NCLBが成功している部分
2008年1月7日 ホワイトハウス発表、これは2007年度の各州からの報告をまとめた全米レポート
であるが、それによれば、
○ リーディングでは4年生は今までの最高の成績であった。
○ 数学は4年生と8年生(中2)がそうであった。
○ 白人と黒人、ヒスパニックとの学力差が縮まった。
○ しかし今後、もっと法を柔軟に適用したり、とくに学力で苦しんでいる学校については、そう
しなければならない。
○ 連邦の基金を必要とする生徒に対する個人教授に充て、また学校選択を進めなければなら
ない。
○ 優秀な教員への優遇策についても同様である。
WIKIPEDIA The Free Encyclopediaの最近の記事も同じような分析をしている。
すなわち、最も低い学力の生徒の成績は確実に向上した。 これは過去で最高である。
また調査対象がNCLB法とは異なる全米教育向上計画(National Assessment
of Educational
Progress)でも9年生(中3)のリーデングは1971年以降で最高であり、数学では1973年以降、
最高であった。
なお資料としては少し旧いが第86編も参照してください。
U NCLBの問題点と今後
最近の世論調査(2008 秋)によれば、法そのものを改正したほうがよいとする者が23%もあり、
少し改正が34%, かなり改正が27%ある。 全く改正する必要はないとする者は15%にすぎない。
(この項: The 2008 Education Next-PEPG Survey of Public Opinion)
その問題点については今までも多く指摘されていることであるが、第127編でも記している
ので、それを下記しておこう。
アメリカ国民でありながら英語を自由に話せない生徒も多い。
しかし新教育改革法は、すべての生徒または、人種などの小グループごとの成績を連邦
政府へ報告することを義務付けている。 そのため一つでも、そのグループの成績か゛不良
であれば「改善を要する学校」に指定されて、ペナルティを受けたり、その他、生徒を他校
へ転校させたり、公費で個人教授を受けさせるなど、いろいろと面倒なことが派生してくる
ので、このような生徒を多く抱えているような地域や教委からの不満が高まっていた。
また第143編でも次ぎのように述べている。 すなわち、
なぜそんなに「改善を要する学校」が多くなるのか
新教育改革法は、いろいろな人口統計上のグループ、例えばアフリカ系アメリカ人や身体不
自由児、英語を話すことに不自由な生徒などのグループのそれぞれについても「適当な年
次向上」を求めている。 そのために学校全体としては良好であっても、そのなかのあるグルー
プがこの基準に達しないと「改善を要する学校」に指定されることになる。
また いくつかの州は新教育改革法:No Child Left Behind Act に適応するように適当
に州の基準を引き下げることも起こってきている。州の管理下におく例や閉校となる例につい
ては第85編を見てください。
このように専門家たちは「2014年までにリーディングと数学ですべての生徒が『良』を取ること
はどの州や地方でも不可能である」といっている。
新教育改革法(NCLB)とは(復習)
今まで各編で新教育改革法(NCLB)について述べてきたが、ここで改めて復習しておこう。
2001年、アメリカ(U.S.A.)新政権の最重要政策である教育改革について、その包
括的法案を上院は、91: 8 で、6月14日に、下院は、354: 45で、5月23日に可決した。従っ
て超党派的である。この教育改革法案: The No Child Left Behind は、2002. 1. 8
Bush 大統領が署名して成立した。
めざす目標
○ 全ての公立学校の3年生から8年生(中2)の生徒が、毎年、英語(Reading) と数学の
テストを実施すること。各州が実施するさいは事前に連邦教育省と協議すること。
○ 州の標準テスト12年後、すなわち2013-14年には、総ての学校で総ての生徒が数学
とリーディングで『良』レベル: proficient に達すること。
○ 学校全体、教委内全体でもそうでなければならないが、その内訳としての小グ
ループでもそうであること。すなわち、人種、貧しいなどの経済的背景、英語が不
自由なグループ、身体的不自由な生徒など人口統計上の小グ‐プの結果も公表す
るものとする。 年次向上プログラム(Adequate
Yearly Program: AYPをつくること。
○ その内容は、基礎である(basic)、良好である(proficient)、上級である(advanced)
として卒業(進級)の%、教員の資質・資格、テストを受けなかった生徒の%、『改善を要
する学校』: School in need of improvement の確認である。
○ [低学力]の公立学校へは、連邦補助金で支援する。 しかし、2年続けて成績不振
な学校では、生徒が他の公立学校へ転校することを認める。
さらにもう1年、[成績
不振]の公立学校、つまり3年そのような状態がつづいた学校へは連邦補助金を打ち
切る。そしてチャーター・スクールにすか、州が強制的にその学校を引き継ぐか、或いは
教員を入れ替えて再出発させる。
○ 高校生については在学中、一回実施する。
○ 4年生と8年生は全国教育向上テストに参加することにより全米的に比較できるように
すること。 なお可(basic)、良(proficient)、優(advanced)として区分し、basic
以下は不可である。
【註 第149編を参照してください】
その他
1 連邦が主導して教育改革を進める。
教育長官は連邦の主導を明示している。また、黒人の多い学校とかラテン系アメリカ人、特
殊学校、英語の不自由な生徒の多い学校などとの“いいわけ”を認めない。
2 学校や教委、州に結果責任を求める。
人種、民族、社会的経済的なことに関係なく、各州が確固たる進歩の条件を示して手加減し
ない標準テストを作ること。 『良』のレベルに達しない学校では、家庭教師による学習援助を
確実に実施すること。あるいは前記のような転校措置、閉校、新しいスタッフと方針で再出
発させるなどである。 【註 第70編参照】
3 連邦政府は州の学力標準テストのチェックを強化するについては第194編を参照してください。
4 各州が苦闘している例については第70-2編を参照してください。また州のテストの基準を
引き下げる例については第84編を見てください。
5 なおグループ別については第127編に記してあります。
おわりに
ご覧のようにアメリカの新教育改革法の成功例や人種の学力格差が少し減少するなど、
その成功している面について述べ、同時にその目指す目標達成がいかに難しいかについ
て概観した。 新しい大統領が誰になろうとも、法の改正または大幅な緩和策は必然であ
ろう。最後に同法の成立、目標、経過などを関係各編を紹介しながら復習した。
2008年9月20日記