杉田荘治
はじめに
アメリカ(U.S.A)には『アメリカのために教える』というユニークな学生グループがある。
それは大學を新たに卒業した学生たちが、それぞれの進路へ進み始める前の2年間、全米
の各地に散って田舎や都市部の低学力の学校で教える活動をしているのである。文字通り、
Teach for Americaと呼ばれている。
これについて約2年半前に第174編として述べたことがあるが、最近その成果についての
初めての報告書がThe Urban研究所から発表されたので、その報告書を主にして述べてお
こう。
T 調査・研究報告書の概要
Making a Difference?: The Effects of Teach for America in High
Schoolと題されて
いる。 The Urban Institute and CALDER, 2008年3月発表
○ ノースカロライナ州の高校標準テストについて、3年以上の教職経験のある現職教員
と彼らとの生徒の成績を比較している内容である。
○ その結果を表によって示そう。
http://www.urban.org/UploadedPDF/411642_Teach_America.pdf Table
2関係個所
このグループ教員 | 3年以上の教員 | コメント | |
平均的な1クラスの生徒数 | 20.45人 | 19.88人 | グループ教員が多く担当 |
マイノリティの生徒数 | 80.10人 | 49.36人 | グループ教員のクラスに多い |
代数 T |
優の生徒率 14.73 良の生徒率 53.67 可の生徒率 27,92 不可の生徒 3.68 |
優の生徒率 31.02 良の生徒率 38.12 可の生徒率 25.24 不可の生徒 5.62 |
左記のように、経験のある教員 に教えられた生徒では、優の 成績をとる者が多いが、しかし 良の成績は、このグループ教 員に教えられた生徒が圧倒的 に多い。 しかも不可の成績は、 このグループ教員による生徒で は少ない。 |
代数 U | 優の生徒率 15.04 良の生徒率 44.82 可の生徒率 37.90 不可の生徒 2.24 |
優の生徒率 35.15 良の生徒率 36.05 可の生徒率 25.90 不可の生徒 2.90 |
代数Tとほぼ同じようなことが いえよう。 しかし、さすがに 優についてはベテラン教員に よる生徒が多い。 |
物理 | 優の生徒率 7.18 良の生徒率 50.65 可の生徒率 39.57 不可の生徒 2.40 |
優の生徒率 11.20 良の生徒率 44.40 可の生徒率 35.30 不可の生徒 9.10 |
代数Uとほぼ同じである。しかし 不可については、このグループ 教員に教えられた生徒では極め て少ない。 |
生物 | 優の生徒率 6.49 良の生徒率 34.78 可の生徒率 41.49 不可の生徒 17.25 |
優の生徒率 17.25 良の生徒率 40.11 可の生徒率 27.54 不可の生徒 15.10 |
代数Uとほぼ同じことがいえ よう。 |
化学 | 優の生徒率 14.83 良の生徒率 36.68 可の生徒率 36.87 不可の生徒 11.62 |
優の生徒率 31.28 良の生徒率 36,28 可の生徒率 22.49 不可の生徒 9.96 |
生物とほぼ同じことがいえ よう。 |
地学 | 優の生徒率 6.50 良の生徒率 28.85 可の生徒率 49.31 不可の生徒 15.34 |
優の生徒率 23.91 良の生徒率 36.06 可の生徒率 32.78 不可の生徒 7.25 |
さすがに地学では、教職経験 のある教員による指導が効果 を挙げている。 |
体育 | 優の生徒率 7.18 良の生徒率 50.85 可の生徒率 39.57 不可の生徒 2.40 |
優の生徒率 11.20 良の生徒率 44.40 可の生徒率 35.30 不可の生徒 9.10 |
両者に大差はないが、しかし 教職経験のある教員に教えら ている生徒に不可が多い。 |
英語 | 優の生徒率 12.51 良の生徒率 49.72 可の生徒率 28.35 不可の生徒 9.43 |
優の生徒率 30.51 良の生徒率 37.68 可の生徒率 22.30 不可の生徒 9.52 |
さすがに教職経験のある教員 に教えられた生徒に優をとる 生徒が多い。しかし良では逆で ある。 |
U 総括
1 このグループ教員がマイノリティの生徒を多く担任している。 また1クラスの生徒数も多い。
2 優をとる生徒については、さすがに教職経験のある教員に教えられている生徒に多いが、し
かし良の成績については全く逆である。 このグループ教員による生徒が極めて多い。 優秀
な学生が意欲的に教えている結果であろう。
3 ことに成績不振の生徒については、このグループ教員による場合は極めて少ない。 数学
と物理で著しい。 もっとも同じ理科でも生物、化学、ことに地学ではベテラン教員のほうが
良い成果を挙げている。
4 英語ではコメントで述べたように、さすがにベテラン教員による生徒に優をとる者が多いが、
良の成績では、逆である。 体育ではコメントのとおりであるが、なぜかベテラン教員の場合、
不可をとる生徒が多い。
5 なお、この調査はノースカロライナ州の高校卒業認定試験の成績を、2000〜2006年度にわ
たって比較されたものである。
V その他の資料から
Chritian Science MONITORなども論評しているが、内容的には前述のものと、ほぼ同じで
ある。 すなわち、このグループ教員による指導の成果は3年以上の経験のある現職教員より
も優れている、ことに数学と理科でそうであるとしている。
【註】 しかしその詳細は上記表のとおりで、あまり誤解しないほうがよかろう。
参考 『アメリカのために教える』グループとは
このことについては第174編を参照してほしいが、その一部を含めて下記しておこう。
○ 沿革 1988年にWendy KoppというPrinceton大學3年生が発案し、全米の貧しい地域の
子供たちが直面している教育の不平等を解消し、また彼ら自身も違った世界で意義のあ
る仕事をしたいと考えて具体化させた活動である。
○ 2005年度には3,500名のメンバーが全米22地域で、1,000校に在籍し教えている。 1校
で数名によるものが多い。 このように毎年それくらいの学生が展開しているが、2010年に
は4,000名にまで増やしたいとのことである。
○ 給料・手当て
メンバーへの給料や健康手当は採用した地方教委から直接、本人に支給される。 その
額は新任教員と同額である。 従ってその額は地方によって異なる。また赴任旅費や事前
研修期間の滞在費も支給されている。 地方教委による1週〜2週のオリエンテーションにつ
いても同様である。 このようにたんなるボランティア活動とは異なり、現実的な策が保証され
ている点が優れている。 長続きする理由であろう。
○ また2年間各地で教えてきた彼らは、その後、校長、教委管理職、優良教員、医学界、法律、
事業、ジャーナリストなどで活躍し、その数は2005年には14,000名にもなった。 そして同窓
会を創ってメンバーの支援もおこなっている。 しかし実際にクラスで生徒を教える者は多くな
いといわれる。
おわりに
ご覧のとおり、『アメリカのために教える』グループは全米で健闘し成果を挙げている。 今回、
初めて高校だけの資料ではあるが、3年以上の教職経験のある現職教員との指導についての
成果の比較がなされ、発表された意義は大きいといえよう。
2008年5月16日記