杉田荘治
はじめに
わが国でも今年4月24日に小学6年生と中学3年生のほぼ全員に対して、国語と
数学の「全国一斉学力テスト」が実施され、その結果が一部発表された。 しかし、
学力の向上と生徒・学校の実態把握が主たる目的であるが、その利用いかんによっ
ては67億円とかいわれる巨額の費用を投じ、それが“民間への丸投げ”との批判も
あり、また新たな問題を引き起こす心配がある。
このことについては既に第183編で「この統一テストを小学6年生と中学3年生の
全員を対象にすること、また国語と数学に限ることには賛成できない。 負の影響が
強過ぎるからであり、また例えば無作為によって10%程度の生徒分の統計で目的は
殆ど達成できる。」と指摘し、また「科目も国語と数学以外についても実施したほうが
良いし、他の学年も頻度は異なってもあったほうが良いと考える。 前述のように一
部の抽出方法であれば、それはやり易くなるであろう。 作業量は当然のことではあ
るが、問題作成者の心理的負担もその分軽減されようし、成績について都道府県や
市町村などの結果責任も少しは緩和されよう。 このほうが完璧を期すよりは良い。」
と述べた。 今でも、そのように考えている。
ところで、アメリカ(U.S.A.)でもNAEPといわれる全国統一学力テストがあり、それは
4年生なり8年生なりを対象にしているが、全員ではなく精々、5〜6%の参加率である。
わが国では、“全員参加”と一部誤解してむきがあるが、そうではない。 なるほど、
この全米統一テストとは別に州が実施するNCLB法による統一テストがあり、それは対象
学年の生徒にとっては全員参加のものである。 また問題の難易度や項目、基準などに
ついて各州は連邦教育省と協議し調整が図られるが、しかし州独自のテストであることに
は変りはない。 そこで最近、幾人かの教育長がNAEPテストを“格上げ”して全員参加の
テストにするようにと提唱しているか゛実現は難しいであろう。
そこで今回はアメリカの全米統一テスト:NAEPについて受験率や「どのようにして学校
や生徒が選ばれるか」に焦点を当てて見てみることにする。 そして最後に最近、昨年
度実施の4年生の結果が公表されたので、参考までにその一部を紹介したい。
資料はすべてNAEPによる報告書、The Nation's Report Cardといわれるが、それに
よる。
全米統一学力テスト:NAEPを受ける生徒数や率
○ 2007年実施で最近(2007年9月)に発表された資料によれば、
4年生 数学とリーディングで、約39万人
8年生(中2) 数学とりィーディングで、約31万人
【註】参考までに1996年度分の『質疑応答集』をみると「この2教科では35万人ぐら
いは統計上必要であり、またそれで十分である」と書かれているので、その後
も大体、そのように続けられているのであろう。
○ リィーディング 4年生 生徒数(assessed)は次ぎのとおりである。
全米で公立学校 7,310校参加 生徒数 183,400名 | |
Alabama 110校 3,400名 Alaska 180校 2,900名 Arisona 120校 3,600名 Arkansas 120校 3,00名 California 320校 10,200名 Colorado1203校 3,300名 Conecticut 110校 3,100名 ........... Wyoming 170校 2,700名 などである。 |
どのようにして学校や生徒が選ばれるのか
NAEP Information
for Selected Schools
○ 平均的な州では学年、教科等こどに公立学校、約100校、 生徒数約2,500名が
無作為によって選ばれる。
○ それには地域、男女別、人種、学校の都会性の程度・タイプ、親の教育、学校給食費の
減免状況、連邦資金の状況、TitleT資金受給状況などが考慮されている。
○ 特別な地方や首都圏、少数民族の多い地区など特殊なところは追加されて「標準数」
が決められる。(その州別数を後述する)
○ 選ばれた学校では、学年、教科ごとに原則として30名を無作為によって選ぶ。 そのな
かで身体不自由児、英語に不自由な生徒は区別される。 なお選ばれた学校や生徒は
このテストょを受けることは拒否できない。 法制化されている。NAEP Authorization
Act 参照。 またTitleT、Vなどの連邦資金の受給資格要件ともされている。
○ 私立学校もテストの対象になっている。 私立学校ユニバース調査(PSS)といわれる基
準によって選定されるが、その人数は学年、教科ごとに30名である。 これも義務である。
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州別標準数 左の表,4年生 リィディング 2007年度の場合 全米で受験生 20万4,400名 (公立 19万6,500名 私立 3,500名) それは 公立は、6%弱の受験率 私立は、1%強の受験率 全米では、5.5%の受験率 ○ ここで記したようにテスト を受ける生徒の数は 全米で20万余であるが、 実際に評定(assessed) された生徒の数は前述 のように18万余である。 したがって記載ミスなど のため統計上、除かれて いるものが非常に多いよ うである。 ○ 表の最後にあるDoDES というのは『基地の学校』 であるが、その受験率は 非常に高い(50%弱)こと も注目される。 |
数学・リィーディング以外の教科はどうなっているか
NAEP : Sample Questions Booklets
○ 上の表のように2007年度 4年生については、 数学とリィーディングだけであるが、
8年生にはその他にライティング(書き取りなど)も実施された。
○ 12年生については書き取り・作文だけが実施された。
○ その他、Puerto Rico などは別途、実施されている。
○ 2006年度には数学、リィーディング以外に公民、アメリカ史、書き取りなどがある。
○ 2005年度には数学、リィーディングのほかに理科が実施されている。 また数学と
リィーディングについては、4年生、8年生は2年ごとに必須であることがわかろう。
○ 表にあるLONGTERM
TRENDとは長期的な傾向をみる統一テストで、9才児、13才児、
17才児という年齢区分による調査である。 従ってその結果は学校教育のカリキュラム
には反映されないことになっている。
【註1】 その他、第183編も参照してください。 アメリカ史、公民、地理、芸術、世界史、経済、
外国語などがあることが理解できよう。
【註2】 また2005年度〜2017年度の実施計画もすでに発表されている。 Schedule for
the State and National Assessment of Educational Progress (NAEP)
from
2007 to 2017 を見てください。
生徒、学校ごとの成績(得点)は発表されない
これについてはNAEP:質疑応答集でも次ぎのように示されている。
NAEP data are kept strictly confidential. Students do not receive
individual
scores, and reports for individual schools are not prepared.
このように“消去法”で生徒、学校ごとの成績(得点)は発表されないことになっている。
したがって、それ以外のもの、州や教委、人種など本文に述べた区分などについては詳
細に公表されることになる。 やはり厳しいものといえよう。 また統計的にも本文で記し
たように5〜6%程度の受験率で十分であるとみなしているのであろう。
参考 最近の成績(数学)
今年9月25日に連邦教育省統計センターが、2007年実施の数学の成績を発表したので
その一部を下記しておこう。
○ 4年生と8年生、併せて約35万人の結果である。
○ 4年生は、これまでの17年間に27点、向上した。 8年生は19点の向上である。
いずれも500点満点。 90分のテスト。 学校側で分類項目などの記入に約20分。
Compared with 2005,
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全米統一学力テスト委員会( The National Assessment Governing
Board )
このNAGBは1988年に連邦議会によって設立され、全国統一テストを実施する権限を持って
いる。 第183編をみてください。
○ 委員は26名 超党派的 州知事、州議員、州・地方教委、教育関係者、事業主、
一般人から連邦教育相が指名する。 しかし委員会としての独立性は尊重される。
またその氏名は役職などとともに公表されている。
○ この委員会が大綱を決め、そのもとに5つつの実行委員会が分担して調査、計画立案、
執行などを行なっていく。
おわりに
はじめにに述べたように今年、実施された全国一斉学力テストは、その利用いかんによっ
ては巨額の費用と“民間への丸投げ”との批判も強くなろう。 そこでアメリカの全米統一テ
スト(NAEP)の受験率や学校・生徒の選定の方法、数学、リィーディング以外の教科の実施
状況などに焦点を当てて論考した。 全国学力テスト委員会の新設などを含めて長期的な
計画の再検討を期待したい。
2007年10月17日記