207 アメリカ連邦最高裁判決は「人種融合」策を
   後退させる


杉田荘治


はじめに
    アメリカの連邦最高裁はこの6月28日に公立学校の入学要綱についての「人種」の問
   題について判決したが、それは「人種融合」策を後退させ、再び「人種分離」の流れを加
   速させる力となろう。 勿論、憲法上は「人種分離」を違憲とすることには変りがないが、
   現実的には「人種融合」策に歯止めをかけ、公立学校生徒の事実上の人種分離策を
   是認することになるからである。
    この問題については第187編で述べたのであるが、上記のように最近、連邦最高裁
   の判断も出たので改めて、この問題を取り上げ考察することにする。

T 今までの経過
  1. 1954年5月、連邦最高裁は『人種融合(統合)』策を高らかに宣言した。 すなわち、
     Kansas州のTopeka市に住んでいたLinda Brownという黒人の女子小学3年生は
     自宅の近くにある小学校は白人専用の小学校であったために入学することが出来
     なかった。そこで自宅からバス停まで歩き不正確な時間のバスに乗って、黒人専
     用のモンロー小学校まで通わなければならなかった

      
     このBrown事件に対して連邦最高裁は「公立学校教育で人種別にしておくこと自体
     が違憲である」と宣言し、「人種的には分離しているが、しかし施設設備やスタッフな
     とを平等にして教育している」という主張を認めなかったのである。

  2  これは画期的な判決であったが、何時から人種統合(融合)策を実施するかについて
    は曖昧であったので、翌1995年に審議され結局「公立学校ではそれを、慎重な速度で
    実施すること: "with all deliberate speed" となった」。 Brown Uといわれるが、これ
    がまた問題を残すことになった。

  3  その後の混乱はボストンの通学バスなど各地で問題が起こったが、それについて典型
    的な事件はSeattle市の実施要綱の中の「人種」についての配慮項目であった。
    すなわち、生徒の居住地区などが事実上、人種的に分離されている実情があるので、10
   校の高校の入学については次のような方法がとられた。 それは、定員オーバーの学校や
   マイノリティの生徒が75%以上の学校また白人生徒が25%以下の学校にのみ適用される。

  ・ 兄弟姉妹が既に入学している生徒については、その申し込みを優先する。
  ・ 人種を考慮する。    
  ・ 自宅からの距離を考慮する。   
  ・ 抽選     

     Louisville郡(Kentucky)教委の実施要綱も同様で、それはThe 2001 Planといわれるが、
   マグネット・スクール
を含めて各学校の黒人生徒の割合を15%〜50%とする、規定されていた


U 問題点
    問題点は前記経過で述べたように入学要綱に「人種」を明記していることである。
   「人種融合」策を憲法上の要請として「必要欠くべからざる」ものとしながら、他方、そのように
   「人種」を明記することを問題にしているのであるが、これは大學の場合とよく似ているように
   思われる。 そこで大學の場合について見てみることにしよう。


V 大學の場合

    これについては第179編で述べたのであるが、その要点を下記しておこう。
  1. ミシガン大學のケースでは連邦最高裁は「人種の多様性は大學についても認めるが、それが
   余りにも極端に加点するとか、特別の枠を設定していくような入試要項は違憲である」とした
。 
   すなわち、例えば高校卒、標準テストの得点、高校の資質、カリキュラムの程度、地理的な条
   件、卒業生との関係、リーダーシップなどと同等の扱うなど他の要素と同じように扱い限定的に
   「人種」を考慮するのであればよい
、としたのである。

  2. ロースクール志願の白人学生による『逆差別』の訴えについても同様の判断であった。
   GRUTTER v. BOLLINGER
et al. 「人種」のために100点満点のうち、20点を加点するとか、
   5分の1の枠を設けることなどを違憲としたのである。


  このように今回の公立学校の入学要綱についても大学の場合と同様な判断をしたことになる。
X 今回の連邦最高裁判決についての批判
  1. 市民権プロジェクトからの批判

    カリフォルニア大學に本部のある市民権プロジェクト:The Civil Rights Projectが、この8月
   29日に批判を発表したが、それによれば、
  ○ 連邦最高裁は再び「人種分離」の方向にスピードを加速させている。
  ○ 地方教委はみずから進んで「人種」を含めた規則をつくっているが、これらは改正されるか
    破棄されるべきものである、と最高裁は判断した。
  ○ 上告してきた2件について審理したが、多数説は4:4:1であった。

  ○ 非白人の人口は増えているが彼らと劇的な協力関係は薄くなり、教育の不平等が広まる
    ことになろう。

 Table 15
Percentage of White Students in School of Typical Black, 1980-2005
Region    1980 1984 1988 1995 2005 Change 1980-2005
South      41   41  41   37   32  -9
Border     38   36  37   36   31   -7
Northeast   28   28  27   26   25   -3
Midwest    31   30  32   31   29   -2
West      34   35  36   33   29   -5
US Total   36   36  36   NA   30   -6
 左の表のように
 典型的な黒人の
 多い学校で白人
 生徒の割合は減っ
 てきている。全米で
 は30%。 それは
 1980年と較べると
 6% の減少である

  なお表18では、典型的なラテン系生徒の多い学校で白人生徒の割合を表示している。
  地域によって差はあるが全米では27%。 1980年と比較すると9%も少なくなっている。
  連邦最高裁の判断が出たので、今後はさらにその割合は少なくなり、「人種分離」が加速
  するものと思われる。

  2. Washingtonpost.com 2007年8月29日号もアフリカ系とラテン系アメリカ人と白人生徒
   との再分離が進むだろう。 しかもそれは白人生徒が私立学校へ逃げ出すだけの理由で
   はなかろうと報じている。

X その他
   今回の判決原文は下記を参照されるとよい。 内容的には今まだ述べてきたことと同じで
  あるが、compelling goverment interestは憲法上、尊重すべきであるが、それを教委は狭く
  解釈・適用せず「人種」を考慮していたこと:not narrowly tailored が違憲であるといっている。
  http://www.supremecourtus.gov/opinions/06pdf/05-908.pdf

   なお9名の判事の意見では、ある個所は賛成、ある個所は反対などとかなり複雑になって
  いるが、全体としては5 : 4の多数判決であった。 その大勢は既にWashingtonpost 昨年
  12月5日号でも報じていたので、これも参考になろう。

おわりに
    ご覧のとおり、この6月に判決が出たアメリカ連邦最高裁判決は、公立学校における「人種
   融合」策を後退させ、再び「人種分離」の流れを加速させるものとなろう。大學の場合とも比較
   し、また判決原文のアドレスも付記したので教育研究関係者にはそれなりに役立つだろうと
   考えている。

 2007年9月10日記           無断転載禁止