200. わが国公立学校教員のメリット・ペイ(勤務成績
   反映給与等) 2


杉田荘治


はじめに
    このことについては第188編で述べたが、最近(2007年3月)、中央教育審議会が「人材
   確保法を堅持しながらも、その優遇措置を見直す」こととし、また「本給の4%の教育調整額
   についても、働きぶりに応じて支給額に差をつけること」、「副校長や主幹、指導(上級)教
   諭という職を設けること」などを答申したし、教育再生会議も「120%〜80%の幅を設ける」と
   の方針を打ち出した。 このように、この問題もいよいよ具体的に検討、立案される段階に
   入ってきたので、それらの答申なども検討しながら、この問題について考察することにする。

T 問題点
  1 主幹、指導(上級)教諭という職を設けて優遇されることはよいが、彼らを転任させるさい、
    人事の停滞、硬直が生じよう。 ことにA校で指導教諭であっても転任するB校で指導教諭
    でありうるか。 また中学校、高校では教科が関係してくるので、ことは複雑になる。
     例えば、学力不振校で英語の指導教諭であった者が学力優良校で果たして指導教諭
    であることができるか。 また転任した先の学校の英語の指導教諭をどうするか。 複数
    にすればよいだけではすまされないであろう。  同じように生徒指導上の問題校での指
    導教諭が果たして、そのような問題の極めて少ない学校で、その役割を十分に果たすこと
    ができるであろうか。 それに教科がからめば前述したように、更に複雑になる。

     このことが、給料体系で新たに創られる給料表を適用する職としたときは、その混乱は
    倍加することが予想されよう。

  2  都道府県教委が任命する主幹や指導教諭とした場合、校長の責任が曖昧なものになり
    易い。
 しかも、「それは県教委が任命したことです」と説明するだけでは校内的にはすまさ
    れないであろう。 教諭一般を勤務評価する以上に難しい問題が生じてくることが予想され
    る。 しかも給料総額が従来と同じで、指導教諭等の優遇を行えば、他の教諭のそれは事
    実上、減額になるのであるから事態は一層深刻になることが予想される。

U 教育職務の特殊性
    このことについては、わが国内外でよくいわれていることであるが今一度、復習しておこう。
     ○ 教員は国語、数学などの教科担任であるとともに、教務部、進路指導部などの一員
       でもあり、また1年生などのクラス担任でもあり、その学年の担任団の一員でもある。 
       さらに卓球部、合唱部など部活動の部顧問であることも多く、PTA、地域社会など校
       外活動にも従事している。 このように、わが国の教員は学習指導を主としながらも多
       くの分掌で活動しているが、比較的教員の独立性が強いアメリカなどと較べても大きく
       異なり、しかも長所である。 

     ○ また例えば3年生の成績は良くても、その生徒を2年時、1年時に担当した教員による
       総合力ともいえよう。
     ○ 学校全体で取り組むべき生徒指導、進路指導など同僚教員との連携が他の職種と
       較べてより密接であることが求められる。

V 評定方法
    これについも第188編で述べたように、
     ○ 教頭を第一次評定者とする。 これを受けて校長が決定する。 その後、教委が校長と
       協議の上、最終決定する。 
     ○ 各教科主任、各部、学年主任の意見を聞くことが望ましい。 それは文書による方法
       がよい。評定や評点は避けるものとする。
     ○ できれば総ての教員から意見を文書によって聞くこととする。 その方法は 「あなた
       は本校で特に優れた業績を挙げていると思われる教員があれば、その氏名と理由を
       書いてください。」などである。 これらは総て記名式とし、また前述のように評定や評点
       ではなく文書によること。 

                  評定区分と割合

    「A」「B」「C」の3段階評定が望ましい。 しかも大多数の者を「B」とする。
   「A」は前述の指導教諭などであろうが、−その前提として指導教諭についても現行の教諭の
   給料表を適用するー、それは少数でよい。 せいぜい10%、しかし県教委などと協議して、多少
   その率は変わろう。  「C」についても同様。 大多数の同僚教員が「そのように判定されても
   やむを得まい」とみなされるような者である。 したがって学校によっては「A」と同様に協議の上、
   なくてもよい。

    またこの評定は給料等と連動しているメリット・ペイ≠ナあるが、その幅は120%〜80%では
   広すぎる。 せいぜい110%〜90%で、ごくごく少数の者だけが120%相当で、また極めて例外的
   に80%相当者があろう。 その意味で5段階であるとの説明もできよう。


    なお、後述するが『学校基金』を新設されれば、それから「A」教員などに副賞≠ニして別途
   相当額を支給する方法もあろう。

                  主幹と指導教諭

  1. 主幹
    主任指導教諭または総括指導教諭とされたほうがよいと考える。
   また給料表も新設せず、特別昇給、120%昇給などの適用、特別手当などによって優遇する。

   それは転任などの人事異動の硬直性をできるだけ少なくするとともに、校内的にも副校長との関
   係や生徒指導主事、進路指導主事、教務主任、農場長、時には事務長(主任)などとの関係が
   複雑、不明瞭になることを避けるためでもある。
    また、場合によっては例えば教務主任との兼任も認めて、特別手当や昇給で調整される方法
   もあるように思われる。

  2. 指導(上級)教諭
    指導教諭とされたほうがよいように思われる。
   またこれについても前述のように、新たな給料表を設けず、現行の教諭適用表で優遇する。
   また例えば生徒指導主事(部長)など分掌各部の部長(主任)と兼任する場合もあろうし、独立
   したポストの場合もあろう。  いずれにせよ、その優遇措置は事例を示しながら調整を図られ
   ればよい。

    以上のように主任指導教諭(総括指導教諭、主幹)や指導教諭についても新たな給料表を設け
   ず、現行の教諭適用表によって優遇する。 特別手当の方法もあろう。 

                  教職調整額
    これも、4%一律支給を改正されるのはよいが、その幅はできるだけ小さいほうがよい。
   なぜならば、教職調整額の本来の趣旨、また今まで述べてきたようなことが、教員の目に見え
   ないところでの活躍≠ノついて一層、計ることが難しくなるからである。
    したがって、同僚教員が「彼(彼女)なら増額してやったほうがよい」と認めるような者に対して
   1〜2%程度の増額、逆に「あれでは減額されても当然」とみられる者について、1〜2%程度の減
   額がよいように考える。 季節や分掌校務の変更などで、その活動量も変化するので、無理にそ
   の時間計算など計量を図ろうとすると、ことは複雑になり、それが不満の種になる。 わが国では
   たとえ1〜2%の増額を得た教員は、それで満足するし、一方減額された者は反省する。

                 教育奨励基金

    最近、教育再生会議は学校評価、教員の給料について差を設けるとともに、『学校奨励基金』
   のようなものを認めるとのことである。 結構な提言であると考えるが、その『基金』については
   既に2004年11月に掲載した第150編や第193編で述べたので、それらも参照してほしいが、そ
   の一部を下記しておこう。 すなわち、
      わが国でも『教員奨励基金』の創設を
   1 『教員奨励基金』
     基金は政府、地方自治体からの助成金の他、有志、同窓生、保護者、事業主などからの寄
    付による。 それは学区または学区のグループ、市町村単位などが考えられよう。
    従って比較的、潤沢な『基金』もあろうし、そうでないところもあろう。 しかし政府などから支出
    される給与総額には変りはないのであるから、学校運営に支障をきたすことはない。 丁度、
    健康を維持するために必要な食事や栄養は確保されていて、『基金』から受けるおやつ
    やゲーム≠ネどが異なるようこなことである。


その他  学校への特別奨励金
     これについても拡充されることを望みたい。 またその校内への配分については大まかな
    ガイドラインは示しつつも、校長に一任されればよい。 その年度の学年や分掌校務などの
    業績を勘案しながら有効に配分されるであろう。

参考 1  教育関係団体のメリット・ペイについての意見
    中教審は、この問題について意見を集約されているが、そのなかから一部を下記のように
   要約しておこう。 すなわち、
   1. 日教組は次ぎのように提言している。 
    ○  現場教職員が納得し、意欲が持てるような処遇改善をすべき。
    ○  教諭は、一定の年齢・経験年数など客観的基準により上位級への格付けを図ることを検討すべき。
    ○  管理体制を強める懸念を排除した上での新級の創設を検討すべき 。

   2. 全日本教職員組合は次ぎのように提言している。  
    ○  専門職として初任給を大幅に改善するとともに、ベテラン教職員の適正な賃金を保障する賃金体系
       にすべき。

    ○  職の新設に伴う級の増設など評価結果による賃金・処遇への連動は行うべきではない。

   3. 日本高等学校教職員組合は次ぎのようである。 
    ○  4級制を11段階の8級制に抜本的に改正すべき。2級から5級は同じ教諭という立場であるが、経験
       や研修、免許更新の結果により職務上、上位に位置付けられるのが妥当であるべき。

    ○  義務と高校の給料表の一本化については、管理職への登用率に差があること、専門性の違いを考
       慮し、一本化は避けるべき。

   4. 全日本教職員連盟は次ぎのとおりである。
    ○  現行の4級制では職責、職務遂行能力や実績を給与に反映させることは困難であり、教員の意欲や
       資質の向上につなげるためにも5級制にすべき。

    ○  管理職にならなくても、指導力に優れた教員を管理職同等の職務の級に処遇することが必要である。

  一方、管理職関係団体の意見は次ぎのとおりである。

   5. 都道府県教育長協議会
    ○  大量退職・大量採用時代を迎えようとしており、教員の給与が魅力あるものであることが必要である。
    ○  教員の雇用及び勤務の実態を踏まえた時代に即した見直しが必要である。

  6 全国都市教育長協議会
     【主幹制】
   ○  組織的に学校運営を行っていくため、新たな段階を設けるために「主幹制」を導入することの検討も必要
      である。

   ○  主幹を管理職として位置付けるかどうかについては検討が必要である。

  7. 全国連合小学校長会
   ○  教員のモチベーションを高めるような給与体系とし、能力や実績等が適切に評価され処遇されることが
      大切 である。

   ○  メリハリある給与体系の検討が必要 である。

  8. 全日本中学校長会
   ○  給与は勤務実態、職責に見合うものにすべき。
   ○  給与体系の見直しに当たっては、給与総額を増やす方向で行うべき。
   ○  ミドルリーダーの育成の観点や担当する職務に応じた処遇の観点に立って検討すべき。

  9. 全国高等学校長協会
   ○  給料表の複数化を進め、教科指導・生徒指導能力や組織運営上の職務遂行能力に基づき、上位の給
      料表に移行できる制度にすべきである。

   ○  教諭と教頭の間にいくつかの職務の給を設け、能力や実績に応じた給料表にすべき。

  またPTAなどは次ぎのとおりである

  10. 全国高等学校PTA連合会
   ○  メリハリある給与体系、給与査定の導入に賛成である。
   ○  そのために、評価者、被評価者双方が納得できるような客観的で公正な評価方法を早急に検討すべ
      きである。

  11. 社団法人日本PTA協議会
   ○  教員の能力・実績等が適切に評価され、処遇に反映されることは当然であり、一律支給ではないメリ
      ハリある給与体系にすべきである。


   その他、次ぎのよな意見もある。

部活動を学習指導要領に位置付けを「公務」扱いとするとともに、部活動指導手当の拡充が必要

 評価に当たっては、PTAの代表者を加えるなどした外部評価を取り入れるべき。

参考 2 アメリカ連邦議会の動き
    アメリカにおけるメリット・ペイについては第188編で分類して述べたので、それを参照
   してほしいが、教員奨励基金について次ぎのような動きがあるので、参考までに述べて
   おこう。

    それは12名の議員たちが協力して今ある『教員奨励基金』:Teacher Incentive Fund
   を法律化して、その支出を確実なものにしようとしている。 実は2006年度には約9,900万
   ドルがこの『基金』に支出されているのであるが、2007年度には財源削減のためにカット
   されてしまった。 そこで前述のように、これを法律化し、さらに2008年度には1億9,900万
   ドルを要求しようとしているのである。 これは超党派の動きになりつつある。

    この法案が可決されれば、後は州や地方に任せる予定であるが、昇給とボーナスの
   いずれについて充てられてもよいようになっている。【資料:The Washington Times,
    2007年4月1日号】

参考 3  Delaware州の動き
    Delaware州は最近「Vision 2015年プラン」を発表したが、そのなにメリット・ペイを推進す
   ることが含まれている。それは主として生徒の成績に連動するものであり、いろいろと批判
   はあるものの、現行の教職経験年数と免許状のレベルだけできめられる平凡な給与体系
   を変更しようとするものである。 このように全米でも既に11州が動き始めていることも述
   べ、またデンバー市の方式を評価している。 【資料: Wilmington News Journal 2007年
   3月12日号】

   なおデンバー市の方式は第192編で紹介したので見てください。
     デンバー市教委と教員組合との間でかなり前から共同して新しい給与制度をつくろ
     うとする動きがあったが、約5年前にProComp(Professional Compensation System
     for Teachers)
というプロジェクト・チームを創って試行を続けた。 その後、これに参
     加する教員は次第に増えて、今では、4,100名の教員のうち約1,700名の者がこのメン
     バーである。 そして『教員奨励基金』: Teacher Incentive Fundを創っているが、
     らの昇給分やボーナス増は、その『基金』から支給されることになっている、などである。


おわりに
    いよいよ、わが国でも公立学校教員についてのメリット・ペイも現実の問題になりつつある。
    ところで関係諸会議では優良教員に対する優遇措置を強調するあまり、メリット・ペイの
    幅を大きくするような意見が強く出る傾向がある。 しかし教育改革を実のあるものにする
    ためには、今まで述べてきたような弱そう≠ネ意見も十分参考にされることを望みたい

    幸いなことに、わが国の優良教員は、その程度の優遇措置でも満足してくれるし、業績の
   やや劣る教員も劣等感にさいなまれることなく次ぎを期そうとするであろう。 “無能力教員
   ”については別途、措置されればよい。 ゼロ・トレランスはよいとしてもオールタナティブス
   クールや『出校停止』措置に慎重なわが国固有の感情は、この問題についても当てはまる
   であろう。 なお『教育奨励基金』の創設についても再度、期待しておきたい。

 2007年5月11日記        無断転載禁止


付記 平成24年(2012年)1月
  大阪府の教育基本条例(案)に関連して、メリット・ペイについても再考した。第257編を見てください

  257 メリット・ペイ(Merit pay)-教員の勤務成績反映の給与制度