198. アメリカにおける最近の教育的話題二つ
    
−高校生の二極化、デンバー市の積極策ー


杉田荘治


はじめに
   最近(2007年2月28日)、インディアナ大學がアメリカの高校生についての調査結果を発表
  したが、多くの高校生は「学校はつまらない」と考えている。 しかし他の調査によれば上級
  コースを履修する高校生は増えてきているので、二極化が進んでいるように思われる。
  またデンバー市教委は積極的に『アメリカのために教える』グループを活用しようとしている
  ので、これについても述べることにする。

          多くの高校生は「学校はつまらない」と考えている

   はじめに述べたように最近、インディアナ大學『評価・教育センター』が2006年度の高校生
  の実態について聞き取り調査をした結果を発表したが、それことををCNN, USA TODAYなど
  多くのメディアが、この2月28日に報じている。 そこでその原典である同センターの資料から
  表を中心にして要約することにする。

 問 1
 あなたは学校をつまらない
 と思ったことがありますか
 ・ 全くそう思わない ............ 2%
 ・ 2回に1回ぐらい ................4%
 ・ 時々 ...............................27%
 ・ 毎日.ある..........................50%
 ・ どの授業もつまらない ......17%

 問 2
 つまらない理由はなんですか
 
 ・ 教材がつまらない ............. 75%
 ・ 教材が自分に合わない ......39%
 ・ 授業が平凡すぎる ...............32%
 ・ 先生とのやりとりがない....... 31%
 ・ 授業が難しすぎる .................27%
  【複数回答】


 問 3
 あなたの学校は安全ですか
 
 ・ そう思う (強くそう思うものを含めて)..............78%
 ・ そう思わない (強くそう思うものを含めて) ...22%

 問 4
 1週間で自宅での勉強時間は
 
 ・ 0時間 .......................7%
 ・ 2時間未満 ............ 36%
 ・ 2時間〜5時間 ..... 40%
 ・ 5時間〜10時間 ....12%
 ・ 10時間以上 .............5%


 問 5
 落第した理由は

 ・ 学校が好きでなかった ........................ 73%
 ・ 先生が好きでなかった ..........................61%
 ・ 授業か゛自分に合わなかった ............... 60%
 ・ 家庭の事情............................................42%
 ・ 働いて銭を得るため ..............................35%
 ・ いじめのため...........................................28%
 ・ 自分に気をつかってくれる大人が
   学校にいなかったので ..........................24%
 ・ 授業が易しすぎたので ............................19%
  【複数回答】

【註】 この調査は全米25州の110校の生徒についての聞き取り調査結果である。 その数、約8万1,000
   名。また学校は37名しかいない小規模校から4,000名もいる大規模校に及び、その地域もバランス
   よく考慮された。 A Report on the 2006 High School Survey of Student Engagement

コメント
   「学校はつまらない」と思っている高校生は多い。 わが国と比較してどうであろうか。
  しかし、自宅での勉強時間や次ぎに述べる高校で上級コースを取る生徒が増えていることからみ
  て、高校生は二極化していると思われる。 

       しかし『上級コース』を履修する生徒が増えている
ばしめに
   アメリカでは大學委員会が定める『上級コース』を設ける高校が増え、これを履修する生徒が
  年々、増えてきている。 すなわち、大學委員会:College BoardがAPという『上級コース』のプ
  ログラムを作っているが、このコースを高校が取りこみ、この履修単位を取る生徒が増えてきて
  いるのである。

T 『上級コース』: AP, Advanced Placement Program
  1 概要
   ○ アメリカとカナダで実施されている『コース』であるが、これを履修しパスすれば、高校生
     の段階で大學における履修証明が得られ高い評価であれば、単位が認められるもので
     ある。
   ○ 科目   次ぎの35科目 もっとも多少変動する。
      美術史、 生物、 微積分学、 化学、 中国語と文化、 比較政治学、 コンピュ‐タ科学A、
      コンピュータ科学AB、 英語・英作文、 英文学、 環境学、 ヨーロッパ史、 フランス語、
      ドイツ語、 人類地理学、 イタリア語と文化、 日本語と文化、 ラテン語、 ラテン文学、
      マクロ経済学、 ミクロ経済学、 音楽理論、 物理B、 物理C・力学、 物理C・電気、磁気、
      藻類学、 ロシア語と文化、 スペイン語、 スペイン文化、 統計学、 スタジオ芸術(絵画
      を含む)、 アメリカ史、 アメリカ政治学、 世界史

   ○ 1951年に著名大學の教育者グループによって発案され、1955年から非営利団体の大學
     委員会:College Boadによって実施された。 今や全米で1万2000校以上の公立中等学校
     で、このコースの幾つかが設けられ、これを履修する生徒は270万人に達している。 これ
     は2000年度より16%も増えていることになる。 科目も37になった。

   ○ 5月上旬にテストを実施し、7月中旬には成績を発表する。
   ○ 受験料は1科目、83ドル。 一部、物理などセットにしたものもある。 また貧困家庭の生徒
     に対してLAYSDなどの財団が補助している。 
   ○ 私立学校でも約3,085校で、このコースが設けられているが、その結果については統計的
     に別扱いになっている。
   ○ しかし黒人生徒は6.9%の受検率であり、アメリカ原住民高校生は僅か1.1%、ラテン系は14%
     である。

   ○ 2006年度、全米で1科目でもパスした率をみると、New York州が最高で、その高校生の22.7%
     で、次いでMaryland, Utah, Virginia, Californiaと続き、そのいづれも20%以上である。 なお、
     全米的には14.8%であった。 また科目によっては大學のそれより、この『コース』が難しいとさ
     えいわれている。

  2 得点

 5   秀  Extremely well qualified  
 4   優  Well-qualified
 3   良  Qualified
 2   可  Possibly qualified
 1  不可  No recommendation
 
 ○ ある大学では評定4と5の生徒には、大學の講義
   に入る前の予備コースを免除している。 しかし、
   5に限るところや3以上とするところもある。
 ○ 高校によっては卒業試験の代わりに実施する。

   【資料: Advanced Placement Program-Wikipedia,その他下記の資料から要約】

U ある高校の例(モンタナ州)   Great Fall Tribune,online 2007年3月6日号

   全米的な傾向としても多くの高校生が『上級コース』テストを受け、その成績もここ6年のうち
  で最高になってきているが、わがGreat Fall 教委管内の高校生についても同様である。 すな
  わち、昨年度は約200名の生徒が受検し、1科目でもパスしたものは77%になった。 2000年度
  には66%であり、1997年には55%であった。
   このAPテストにパスした生徒は高校卒業前に履修証明を得るこにとなり、高得点者は入学
  を保証され受験料を節約することができる。
   例えば、Andrew Geiselerという生徒は、Great Fall高校の2006年度の卒業生であるが、すで
  に2年生のとき10科目、すなわち生物、微積分学、物理,化学、スペイン語、英文学、アメリカ史、
  ヨーロッパ史、統計、人類地理学でパスし、その合計単位は53で、ライス大學への入学が保証さ
  れていた。

   その他、モンタナ州でも全生徒の28.7%の者が受検し、その1科目以上の合格率も68%になった
  (2001年度は64%)。

   またカリフォルニア州のWestlake高校でも、このAPテスト『上級コース』で最高評価5を取った
  生徒は、一昨年は14%、昨年は18.6%であったが、今年は22.6%に達している、と報告している。
  なお、この高校はAPテストのみならず、SATテスト、ACT、AP Computer Science Performance、
  CAHSEEテストなど゛の外部テストも奨励しているが、これらについても向上している。

   またExxonMobile基金から資金を受けて、教育者と事業主のグループが全米的に貧しく学力
  の低い学校から幾つかの学校を選定して、この『上級コース』で優秀な成績を収めた生徒とその
  教員に対して、1人250ドルを支給する計画であると、Washington Post 2007年3月7日号が伝
  えている。

    デンバー市教委は『アメリカのために教える』グループを活用する

はじめに
    わが国でも『大學9月入学』が検討課題になってきている。 高校卒業後、9月入学まで一定
   期間(3ヶ月など)、ボランティア活動などを義務づけようとするのであるが、これとは少し異なる
   が、アメリカで大學卒業後、2年間、主として低所得層の地域の学校で教える『アメリカのために
   教える』グループ活動が参考になろう。
    もっともこのことについては既に第174編で述べたのであるが、最近コロラド州デンバー市教委
   が積極的にこれを採用しようとしているので、このことを補足しながら改めて説明しよう。

T デンバー市の場合     Rocky Mountain News, 2006年12月7日号
    デンバー市教委は、アメリカのトップクラスの大学の卒業生を2年間の契約で貧しい都市部の
   学校へ迎え入れようとしている。 すなわち、ニューヨークに本部のある『アメリカのために教える』
   グループから2007年秋には50名を受け入れるのであるが、このことはデンバー市のみならず、コ
   ロラド州にとっても有益な出来事となろう。 
    市教委は意欲的で生徒の低い学力を向上させ、大學への進学率や高校卒業率を高めようとし
   ている。 そのために派遣されるメンバーに対して、その本部の事前研修とは別に独自のトレーニ
   ングを実施することも計画している。 またDaniels財団から25万ドルの補助も受けることになった。
   これらについて『グループ』本部も評価して発表している。

U 『アメリカのために教える』活動の概要

    これについては、はじめでも述べたように第174編で記したが、それから要点を下記し、それに
   最近の本部の説明の数字などを多少付記する。
  ○ アメリカでは大學を新たに卒業した学生たちが、『アメリカのために教える』という団体を創って、
    2年間だけ田舎や都市部の低学力校で教える活動
を行なっている。 その数も今や4,400名に
    なった。
  ○ このように多くの聡明な学部卒業生がアメリカのために貢献しようとし、田舎や都市部の貧し
    い地域で2年間だけ、新任教員と同じ給料や健康手当てなどを受けながら教育に携わってい
    る。
  ○ このグループのメンバーは数学で他の本務教員より少し高い実績を残し、英語でも悪くない
    成績を挙げている」とされる。 また彼らが以前、勤めていた学校の校長の評価も良い。
  ○ メンバーへの給料や健康手当は採用した地方教委が直接、本人に支給している。 その額は
    新任教員と同額である
。 従ってその額は地方によって異なるが、高いところでは年43,000ドル、
    低いところでは28,000ドルである。

   その他については第174編を参照してほしいが、Wikipediaも次ぎのようなことを記しているので
   補足しておこう。。
  ○ この活動は2007-2008年度には新たにデンバー市に拡大する。
  ○ 彼らは2年間の契約であるが、2年前に辞める者が10〜15%ある。 そのなかには熱心なあま
    り体罰したとして訴えられたケースもあるが、母親はその後、訴えを取り下げた。
  ○ 2005年度、全米最優秀教員としてブッシュ大統領から表彰されたJason Kamnasさんは、この
    活動を行なったグループの卒業生≠ナある。

   またRocky Mountain News,2006年12月7日号は、現在4,400名が派遣されているが、2010年
  までには毎年、7,500名にまで増やすことを計画していると伝えている。


おわりに
    アメリカの高校生が二極化している様子を「学校はつまらない」と考えている者が多い反面、
   『上級コース』を履修する生徒が多いという、その両面から概観した。 また最近の『大學9月
   入学』問題に関連して、その生徒・学生は異なるがボランティア活動≠フ面に注目して、デ
   ンバー市の動きとともに『アメリカのために教える』グループの活動を再考した。

 2007年3月20日記           無断転載禁止