杉田荘治
はじめに
今年12月10日、地元の県の教育研究会で標記の演題で講話をした。来賓として県議会
議長、県教育委員長、また教育委員ひとりも傍聴され、講話後、懇談した。
講話の内容は今まで各編で述べたきたことと、ほぼ同じであるが、ここでは当日の講話要
項に多少補足して記述することにする。
教育バウチャー制度
自民党総裁選挙前に載せた第189編を見てほしいが、12月下旬の今、この問題の論議
も点滅しているような状態である。 ところで教育バウチァーは次ぎの三つに分類されよう。
@ 『国は教育費を国民全員に公平、平等に配布するためにクーポン券を支給し、
生徒・親が自由に学校を選択すればよい』(森首相の私的諮問機関である教
育改革国民会議の中間報告)。
このように親の『学校選択』権を尊重して、公立、私立を問わず、この教育クー
ポン券を使って自由に学校を選択させるのであるから、学校間の競争を促進し
教育の向上に結びつく。 また中間的な経費はすくなくなるので、教育費を有効
に使用することにもなる。 しかし、この制度はある種の逃げ出し策≠ナあるか
ら、学区を自分たちの手で創り上げていく気風は失われ、これを進めれば進める
ほど学区は崩壊する。 今後、職業訓練を受ける者や幼稚園・保育園児に対す
る制度などとしては考えられよう。
A なにもクーポン券という形をとらなくても、政府から個人や私立学校などへの
補助金の仕組みも事実上、教育バウチャーといえよう。
これについては、へき地から私立学校へ通う生徒に対する補助を拡大するなどが
あろう。
B アメリカ(U.S.A.)の場合
a 学校評価(公立学校のランキング)と関連している。 税額控除を含めて現在
実施しているのは13州であるが、例えば、フロリダ州で、ある学校が4年間のう
ち2年間、Fランクとされると、その学校の親・生徒は次ぎの方法の一つを選んで
転校することができる。
○ 郡内または隣接の郡にあるCランク以上の公立学校へ。
○ 教育クーポン券を使って、他の良い私立学校へ。
b. 全米的にみて生徒一人当たりの金額は約50万円。 60万円のものもあるがそれは例外
である。 例えばバーモントでは幼稚園児から8年生までに適用され、2006年度には小学
生には4.250ドル、その上限は5,553ドルである。 また人数はウイスコンスィンは9,600名、
オハイオは4,300名と多いが、フロリダは734名である。
c. 連邦政府は推進しようとしている。
(2006年8月)、Margaret Spellings連邦教育相は見解を発表して、新教育改革法:No
Child Left Behind法の方針にも合致するも、としている。
d. 世論は反対が多い。
Phi Delta Kappaの第38回調査の結果は、賛成 36%、 反対 60%
e. 『政教分離の原則』憲法問題からみてどうか
連邦最高裁は、2002年6月27日、5 : 4の多数決によって、合憲であると判決した。しかし
今年2006年になって、フロリダ州最高裁が「違憲である」と判断し、現在の734名の生徒に
ついては例外的に認める、と伝えられるなど未だ混乱しているように思われる。
但し、わが国では、まず問題になることはなかろう。 それは今でも宗教系の私立学校に対
しても他の私立学校と同様に私学助成が行なわれている。 それは私学教育も共通して
公の教育≠担っているとする考えかたが、わが国では一般的であるからである。
学校評価
各地で実施されている学校評価とは異なり、国として統一的な学校評価の問題であるが、
これについては第29編と第190編を参照してください。 わが国が参考にしようとしている
イギリスのOfsted(教育水準局またはその独立性や評価機能を考えて、教育水準査察院)
について述べている。
第29編から
a. イギリス全土の学校教育の査察・評価を行う公の機関で、1992年 9月に設立された。
その権限は公立学校、私立学校、地方教委の査察・評価を行う。
b. 査察官はチームを組んで査察・評価を行うが、教育経験のない人を一人、入れている。
平均的には、4年に 1回ぐらいといわれる。
c. 査察・評価は国で定めた、公表された型式によって行われる。 また結果は公表される。
d. この教育水準査察院は政府から独立した機関である。
第190編から
a. 2001年9月の改正によって、ディ・ケアや保育も査察、評価の対象になった。
b. 査察・評価は通常3年ごとになった。 1名〜5名の査察官による2日間の査察、それは
予告なしに行なわれる。
学校の管理はどうか、 学習指導は向上しているか、 自己評価(SEF)に照らしてそのとお
り行なわれているか、それは証拠や戦略的な方法で裏打ちされているか、などがチェックさ
れる。 参考までに2000-01年度では、4,615校と50地方教委が査察を受けた。
c. 2005年9月から短期間、短時間の査察も行なわれるようになった。 すなわち、優良校等に
ついては1人の査察官による一日だけのそれで、主として「自己評価表」:SelfEvaluation Form
をチェックする程度である。 その他、第190編を参照してください。
わが国の学校評価
わが国ではどうするか。 私は今でも第30編で述べたように、イギリスのOfstedのように学校
評価にまで踏み込まず、諮問・勧告に止めたほうがよいと考えている。
学校評価ではなく広く、学校の諸問題に対処するために、各学校の学校評議委員会に替わる
べきものとして、都道府県単位で設置され、その視察や校長との質疑・応答等を通して学校の問
題点を把握し、教員の勤務評定についても、これを利用することとする。
学校評議委員会はその学校をよく知り地域に密着した機関としての役割を果たす利点があるが、
他方、時には馴れ合い≠ノなったり、また口うるさい¥Z民・委員に当惑するような懸念も
あろう。 むしろその学区などと関係のないOfstedのような機関の視察を得て、例えば「いじめ」の
懸念など学校が当面している諸問題について率直に協議、相談したほうがよいと考える。 評価
にまで踏み込まないのであるから学校教育組織の管理・命令系統を乱すことにもならない。
それでは学校評価についてであるが、私はネブラスカ方式が十分、参考になると考える。
ネブラスカ方式
1 アメリカ連邦政府はNCLB法によって「3年生から8年生まで、高校生は1回、リーディン
グと数学について連邦が承認した州の学力標準テストを実施すること」としているが、ネ
ブラスカ州だけは独自の方式によって、リーディング、ライティング、数学、理科、社会/歴
史の標準テストを行ない、そのほか全国標準テストの結果も参考にして各地方教育委員
会が独自の方法を採用している。 その他、第191編を参照してください。
2 教員による平素の観察と評価を加味する。
3 地区ごとのテスト結果や全米的に行なわれているテストの結果などを総合して評定する。
すなわち、全米学力統一テスト(NAEP)、ACT、SATなどの一部の生徒の受験結果である
が、これらも考慮する。
4 そのあと、資料を州教育当局に提出して外部専門家によるチェックを受ける。
従って、わが国でこれを利用するさいは、全国統一テスト、各都道府県や地域のテストの
結果も参考にする必要がある。 それとともにイギリスのOFSTED方式のような学力以外の
領域についての評価も重要視して学校評価すことも必要があろう。
教員免許の更新制
国では、ほぼ成案が固まってきているようであるが、10年目の免許更新時の数年前の
「認定講習」がメインであるように思われる。 勿論その「講習」の科目や講師、実施の仕方
に配慮がなされるであろうが、その他に次ぎの「教育実践」と「職能成長」大きく要件に加え
られことを望みたい。
1 「教育実践」
ポイント制によって所定の枠をオーバーすること。
日常的な学習指導を中心にして、部活動・クラブ指導、地域やPTAとの連携協力も含めて
教育実践が、そのまま更新に評価されるような仕組みである。
例えば、地区の球技大会で優勝したチームの指導教員に5ポイント、いや参加しただけの
チームの指導教員には1ポイント、また全国大会では10ポイント、、、、などと与える。 学習
指導て゛好成績を得たクラスの教員には5ポイント、補充授業の指導教員には3ポイントなど
とするのである。 そしてその合計ポイントが更新時までに所定のポイント以上になればよい
ので、普通程度の教員が、日頃少し努力して教育実践しておれば、数年でクリアできるであ
ろう。
2 「職能成長」
ポイント制をとることは「教育実践」と同様である。
更新までの間、主として自主的な計画・申告によって例えば英語検定、カウセリング認定、
IT関係講習、健康・福祉関係講習、体験、理科実験、商業実践・講習、教育論文発表など幅
広く職能成長を計り、その実績も評価するのである。 勿論、年度はじめなどに校長と相談
することも良いであろう。
3 算定の方法
表などによってガイドラインを示し、実際の算定は市町村教委に一任するばよい。 その後、
都道府県教委が毎年、これをチェックし、もし所定のラインにまで達しない惧れのある教員
については早めに通知する仕組みである。 なお市町村教委によって多少の差がでること
もあろうが、前述のように少し心がけて努力しておれば、まず数年でクリアできる程度のも
のであるから、その差はたいした問題ではない。 膨大な作業量からみても市町村教委を
活用すればよい。
さらにはその前に所属校長を活用する方法もあろう。その学校の教育向上に結びつくこと
にもなる。
4 その他
免許更新の難易度についは前述のとおりであるが、それは丁度、70才以上の高齢者に課
せられる運転免許更新のための講習程度と考えたほうがよい。 近くボケ£度も検査さ
れることになるようであるが結構なことである。 高齢者本人に自分の力量をチェックさせ、
「適性」とされた後でも、より慎重に運転させるものとなろう。 また運転免許状を返上する者
も出てこよう。 それでも指導力不足の教員は時には残るであろうが、別途すなわち現行
の制度を強化するほうがよいと考える。
ここでは折角の免許更新制の利益のためにも、現職教員自身が「更新手続きは少しうっと
うしいが、考えてみれば良い機会でもある」として捉えるものでありたい。
メリット・ペイ(勤務評価反映給与等)
メリット・ペイ制度を実施しようとするさいに難しいことは、優秀教員や優良教員に対してそれ
相当の昇給やボーナス増をすることには大方の賛成が得られるが、その増額分を不良教員の
減額分によって充てるような方法では、その弊害も大きく出てくる惧れがあるからである。特に
学校という「和」を重視するところではそうであろう。
そのさい『基金』を設けたり、評価についても工夫しているデンバー方式が参考になると考え
るが、それについては第192編を参照してください。 要点は後述する。
わが国でも『教員奨励基金』の創設を
1 『教員奨励基金』
基金は政府、地方自治体からの助成金の他、有志、同窓生、保護者、事業主などからの寄
付による。 それは学区または学区のグループ、市町村単位などが考えられよう。
従って比較的、潤沢な『基金』もあろうし、そうでないところもあろう。 しかし政府などから支出
される給与総額には変りはないのであるから、学校運営に支障をきたすことはない。 丁度、
健康を維持するために必要な食事や栄養は確保されていて、『基金』から受けるおやつ
やゲーム≠ネどが異なるようこなことである。
2 『基金』からの支出
『基金』から支給される優良教員に対する昇給やボナス増&ェは正規の分の副賞≠ニ
考えればよい。 すなわち、優良教員に対する給料、ボーナス増などは政府、自治体で
定められる規程によってなされるし、それは普通の教員や不良教員などとの差は余り大きく
ないほうが望ましい。 その理由は上述の通りである。
○ 優良教員に対する昇給やボナス増&ェは『基金』からの支給は前述のようにその副賞
として与えるのである。 しかもこの副賞を多くするのである。 『基金』によってその差が出
るがやむを得ないが、何らかの調整措置があれば、それによる。
○ また優良教員などに対するものだけではなく、例えば地区大会などで優秀な成績を収めた
運動部担当の教員や補充授業などで成果を挙げている教員を含めてもよい。
3. 『基金』の運営と公開制
学校などとは切り離して独立性をもたせる。 また財務状況などは公開する。 運営について
も教員、教育行政関係者、民間人などで理事会を構成するなど知恵はおのずから出てこよう。
4. その他
国立大學も法人となり、産学連携などで利益もあげようとしている。 初等中等教育にあっても
私立学校は施設・設備はすばらしく、時には財政的にも優位に立とうとしているが、公立学校
は限られた予算や授業日などで苦労している。 その条件下でたんに学校を競わせ、メリット・
ペイを実施するだけでは良い策とはいえないであろう。 また時には予備校や学習塾との競争
も起ころうが、それこそ親、生徒の選択に任せればよい。
5. 参考 デンバー方式
デンバー市教委と教員組合とが共同して新しい給与制度をつくり、今では、4,100名の教員の
うち約1,700名の者がこのメンバーに参加している。 そして『教員奨励基金』:
Teacher Incentive
Fundを創っているが、彼らの昇給分やボーナス増は、その『基金』から支給されることになっている。
財政的には それは固定資産税(家屋)の一定割合を充てるようであるが、Roseコミュニティ財
団など幾つかの財団も物心両面で支援している。 そして評価基準と昇給・ボーナスについても
1. 知識と指導技術について、 2. 職業に関する評価、 3. 生徒の学力について、 4. 市場原理
によってなどと規定し、それを公表している。 また理事会は、教員5名、教育行政官5名、民間
人2名で構成されている。 その他、第192編を参照してください。
ゼロ・トレランスと規範
教育再生会議ではゼロ・トレランスが検討されていると伝えられるが、学校の規範を明示して
規律を正そうとすることに賛成である。 しかし、ゼロ・トレランスとは生徒のちっとした非違行為
についても容赦しないということであるから、当然、「出席停止」や停学・退学が増えることにな
ろう。
しかし次ぎの対策を曖昧にしたまま、その政策を実施すれば、形式的にそのような措置が増え
るだけで、次第にその弊害が出てくるであろう。 とくに「出席停止」にした生徒が再び学校に
戻ってきたさい、果たして、その生徒を指導し続ける自信と覚悟が学校にあるのかが問われる。
○帰り≠フような英雄気分のその生徒に手を焼き、クラスの他の生徒に悪い影響を与えること
を心配はするが、オタオタすることにもなりかねない。 私は現行法規に規定されているのである
から「出席停止」措置も当然ありうるとするのであるが、次ぎに述べる芯≠ツいても学校、教委
など教育行政、マスコミその他、それぞれが十分覚悟し対処していかなけばならないと考える。
1 低俗ないわゆる教育番組≠竍サービス≠是正すること。
教育そのものを揶揄し嘲笑している放送番組に対して強く抗議できないような教育関係者、
そのことでは教員組合にも再考を促したい。 また例えば参観授業で騒がしい親に注意する
こともできず、運動会でわが子の写真を取るのに審判の先生が邪魔になる等の注文があった
とき、その要望に応えようと“サービス”するような学校、ましてやビールを飲みながら大会を
見ている保護者に対してである。
2 違法な体罰と「正当な力の行使」との違いをしっかり認識し、後者については確実に実施すること。
これについては第25編などを参照してほしいが、わが国では、学校教育法で禁じられている体
罰と生徒の暴力行為を排除したり、騒ぎを静めて クラスの秩序を回復・維持したりするなど、合
理的な理由のある場合、教職員が[力を行使]する正当な行為とを混同している。
ゼロ・トレランスを学ぼうとしているアメリカ(U.S.A.)では、体罰禁止の州を含めて全ての州に共
通していることは、[理由のある力の行使]については、すべての州法・地方教委規則で正当化し
ていることである。 その共通したタイプ は次の例の通りである。
Pennsylvania 州教委規則 12.5
次の場合は、たとえ親やある教委が体罰に反対していても、力を行使することができる。
@ 騒ぎを静める場合
A
武器ゃ危険な物を持っている場合
B 自己防衛の場合
C 他人や器物を護る場合
このように、わが国では、このことが曖昧なままになっていることが問題である。
3 「校内停学」、「校内出校停止」なども行なうこと。
アメリカにおいては、小学生・中学生に対しても、その違反行為によっては停学やオールタナ
ティブ・スクールに送られることは一般的であるが、わが国においては校内謹慎
[校内停学 ]・
In-School Suspensions の制度を確立されることを望みたい。
4. その他
今、大きく問題になっている「いじめ」問題も、以上述べたことを確実に実施されれば、かなり有
効であろうと考える。 勿論、いじめについて生徒相互やクラスで話しあわせることも時には必要
ではあるが、大きくは学校やクラス担任などの毅然たる姿勢にある。 「常に弱い生徒側に学校
や教員が立っている」だけのことであるが、今このことが案外行なわれていないように感ぜられる。
旧き、わが国の教育には、その良さがあった。 いじめの教材化、授業化などの実践例も必要であ
るが、前述した芯が欠けていては論議の繰り返しになろう。
2006年12月22日記