杉田荘治
はじめに
わが国公立学校教員のメリット・ペイ(勤務評価反映給与等)については、アメリカ・コロラド
州のデンバー方式が参考になると考える。
優秀教員や優良教員が、それ相当の昇給やボーナス増を受けることには大方の賛成が得ら
れるが、その増額分を不良教員の減額分によって充てるようなメリット・ペイ方式では、その
弊害も大きく出てくる惧れがある。 特に学校という「和」を重視するところではそうであろう。
そのさい、メリット・ペイについて「基金」を設けたり、評価の方法についても工夫したりしてい
るデンバー方式が参考になると考える。 もっともこれについては既に第136編等で述べたの
であるが、最近「教育バウチャー」や学校評価、教員免許状の更新制などとともに教員給与の
あり方も問われるようになり、それとともに「メリット・ペイ」の問題も大きく現実味を帯びてきた
ので、このさい全米教委連盟の資料やデンバー市のそのProCompというチームの公式資料も
参考にしながら改めて、この方式を要約することにしたい。
T ProComp(デンバー教員給与制度)の現況
デンバー市教委と教員組合との間でかなり前から共同して新しい給与制度をつくろうとする動
きがあったが、約5年前にProComp(Professional Compensation System for Teachers)とい
うプロジェクト・チームを創って試行を続けた。 その後、これに参加する教員は次第に増えて、
今では、4,100名の教員のうち約1,700名の者がこのメンバーである。 そして『教員奨励基金』:
Teacher Incentive Fundを創っているが、彼らの昇給分やボーナス増は、その『基金』から支給
されることになっている。
ところでこのProCompのメンバーになるためには、年度の初めに校長と相談して各自の年間
計画を立て、年度末にはその評価を受けることを認めること、また授業観察や職能成長を含む
ProComp自身の評価基準(後述する)を認めることなどであるが、現実には多くのメンバーは
昇給やボーナスで増収になっている。 しかし評価が悪ければ昇給ストップになることもある。
またこの新制度は教委と教員組合が合意したものであるが、現職教員については、そのメン
バーとなり、この適用を受けるか、それとも従来どおりの制度によることをを希望するかについ
ては本人の選択に任されている。 新任教員については、この新しい制度が適用される。
そこで、これを支える『基金』の堅実性、持続性が非常に重要なことになるが、それについて
見てみよう。
U 『教員奨励基金』: Teacher Incentive Fund
最初はある原資をもって発足したが、昨年(2005年11月)、デンバー市議会は2,500万ドル
(約30億円)を支出し今後も毎年それ相当の額を支出することを可決した。 それは固定資産
税(家屋)の一定割合を充てるようである。 またRoseコミュニティ財団など幾つかの財団が
物心両面で支援している。
連邦政府もこの新しい制度を高く評価して、今後5年間で総額2,267万ドルを補助して全米の
モデルにしようとしている。 (この項: Rockymountain News, 2006年11月2日号)
そしてこれらの資金をProComp Trust として信託しているが、その財務状況は下記のとおりで
ある。
JULY 2006 PROCOMP TRUST FINANCIAL REPORT Investments Colo Trust Plus + yield of 5.26% $21,361,810.81 Receivables: July 1-31, 2006 Property Taxes, net of collection fees 504,022.40 Total Assets $21,865,833.21 Payable: Denver Public Schools - May ProComp Payroll and Benefits $ 97,159.67 Legal fees for June 2006 (invoice received in July) $ 1,437.50 June 30, 2006 Balance $21,772,231.90 Net Revenues $ (4,995.86) Balance $21,865,833.21 |
上述のように収支バランスは、2006年6月30日現在で、2,177万ドル余(約25億円)である。 まず健全といえようか。 なお、ProComp自身が他の資料で疑問に答えているとこによれば、 「経済分析アナリストもこの制度はここ50年間、大丈夫であるといっている」と説明している。 固定資産税(家屋)などから試算している。 【資料: ProComp Frequently Asked questions】 また支援してくれている財団としてthe Rose Community Foundation, The Broad Foundation, The Piton Foundation, Daniels Fund, Donnell Kay Foundation and the Sturm Family Foundation などを挙げている。. |
V 評価基準と昇給・ボーナス
全米教育委員会連盟は、このデンバー方式を高く評価しているが、その資料によれば、
ProCompの教員評価基準の項目は次ぎの4項目であり、そのなかで具体的に昇給やボーナス
増についても規定している。
1. 知識と指導技術について
○ 「指導発達単位」のコースを履修し、それを実際に授業でやってみせれば、2%の昇給。
○ 「全米職業的学習指導基準委員会」:National Board for Professional Teaching
Standards
の認定を受けその学位を得れば、9%の昇給。
○ 現在または将来に必要な科目についてスクールで勉強するときは、最大1,000ドルまでの授業
料補助。
2. 職業に関する評価
○ 3年毎に実施されるが『満足』の評価であれば、3%の昇給。 しかし『不満足』では、ストップ。
3. 生徒の学力について
○ 規定の二つの標準テストで生徒の成績が向上しておれば、1%の昇給。 一つしか向上して
いなければ、1%分のボーナスを支給する。
○ コロラド州標準テストで数学とリーディングについて優秀な成績の場合は、3%の昇給。 しかし、
『最低』:fall below the lower limitの場合は減給になる。
4. 市場原理によって
○ 指導困難校や学校給食の減免率が高い学校の場合は、3%のボーナスを支給する。
その他 特に生徒の優秀な成績、学校環境、出席率、卒業率などから査定して、毎年30名〜40名
の優秀教員に対して、2%のボーナスを支給する。
W その他
1. 評価者
校長と訓練を受けた第3者の評定者によって教員の評価がなされる。 そのさい評価の指導書
が使われる。 しかし、教委と教員組合との「協定書」によれば、第3者の評定者については、
「必要あらば」とされているので必須要件ではないようである。
2. 教委には市教委のほか、周辺の「デンバー郡教委」も含まれている。 【前述の協定書】
3. 『基金』の必要性については、教委と教員組合は十分、認識していて常に開拓しようとしている。
4. 全米的な教員組合であるNEAは、このデンバー方式に、やや批判的であるが、地元の教員組合
は余り心配していない。 それは各学校で85%以上の賛成者があること、評価基準のこと、職能
成長も考慮されていること、現職教員に選択を許していることなどからである。
5. ProCompの理事会は、教員5名、教育行政官5名、民間人2名で構成されている。 これは『基金』
についても同様である。
6. なお、全米教委連盟:Education Commission of the Statesのレポートは、このデンバー方式だ
けではなく全米のメリット・ペイについて詳しくレポートしているので参照されるとよい。
Redesigned Teacher Compensation Programs-Full Report として。 Arizona,
Florida,
Texas, North Carolina, Minnesota, Tennesseeなどの分がみられる。 その他チァーター・スクー
ルなどについても報告している。
7. 今後、次ぎの教委と教員組合との『協定書』は上述の内容を表も使って詳しく規定しているので、
必要に応じて精査されると有益であろう。
AGREEMENT
between School District No. 1in the City and County of Denver, State of
Colorado
and Denver Classroom Teachers
Association
Professional Compensation System for
Teachers
March 20, 2004 to December 31,
2013 として2013年末まで有効であることもわかる。
おわりに
教育再生会議が「保護者や生徒にも教員評価をさせるようにする」と、伝えられるなど、いよ
いよ現実味が強くなってきた、わが国公立学校教員のメリット・ペイについて、ある種の期待
を込めてデンバー方式を参考資料として述べた。そのさい果たして、わが国では『基金』を設
けることにまで踏み込めるかどうか、また評価基準や方法について大方の理解が得られるか
否かが大きなポイントとなろう。
2006年11月27日