杉田荘治
はじめに
この9月26日(火)新政権が正式に発足する。 その公約の一つが教育改革であり、
そのなかに『学校評価』が含まれている。 いずれ関係諮問会議での審議を経て、そ
の内容が明らかになるであろうが、どうもイギリスの全国教育水準査察院のような第
3者機関を新設して、これを行なおうとしているように思われる。
ところで、このイギリスの教育水準査察院については、約6年半前の2000年5月に
第29編と第30編で述べたが、この時期、改めてそれを要約し、次いでその後の動きに
ついても述べ、またわが国の場合についても考察したい。
T 第29編、第30編から − イギリス教育水準査察院
教育水準査察院 : OFSTED ( Office for Standards in Education )
1. イギリス全土の学校教育の査察・評価を行う公の機関で、1992年 9月に設立された。
その権限は 1992年改正学校教育法 (the Education Act 1992) によって公立学校、
私立学校、地方教委の査察・評価を行い、全イギリスの教育の成果と質を高めるた
めの報告とアドバイスを行なうものである。
2.査察官 (Inspectors)
○ 査察官はチームを組んで査察・評価を行うが、教育経験のない人を一人、入れている。
○ 平均的には、4年に 1回ぐらいといわれる。 イギリスのすべての学校・地方教委が定
期的に査察・評価を受ける。
○ その結果は公表される。
○ 査察・評価は国で定めた、公表された型式によって行われる。
○ 教育水準査察院は政府から独立した機関である。
3. 統括査察官 : Her Majesty's Inspectors of Schools
今では彼らも教育水準査察院のスタッフである。 そのなかで、ある独立した特別なスタッ
フとして、学校調査・評価制度の規則を作ったり、モニターしたりする責任がある。 また、
良い学校教育や管理の模範例を作り、また公の試験結果や国際比較について議会に報
告する任務も持っている。私立学校の査察は、彼らの権限に属する。
4. その他 杉田の問いに応じて、Kate Spratley ( DfEE, Teachers' Continuing
Professional Development ) さんから回答
○ 全国教育査察院 (OFSTED) の査察官 (inspectors) が、すべての学校の授業観察
を行いますが、直接、教員を評定するものではありません。 彼らは、学校の状況、質な
どを査察・報告するものです。
U 最近のイギリス教育水準査察院
1. 私立学校や地方教委も含まれることについては第29編で述べたが、2001年9月の改正
によって、ディ・ケアや保育も査察、評価の対象になった。
2. 査察・評価は通常3年ごとになった。 (第29編では4年こど)
1名〜5名の査察官による2日間の査察、それは予告なしに行なわれる。
学校の管理はどうか、 学習指導は向上しているか、 自己評価(SEF)に照らして
そのとおり行なわれているか、それは証拠や戦略的な方法で裏打ちされているか、
などがチェックされ、そのレポートが作られる。 参考までに2000-01年度では、
4,615校と50地方教委が査察を受けた。
3. 2005年9月から短期間、短時間の査察も行なわれるようになった。 すなわち、優良
校等については1人の査察官による一日だけのそれで、主として「自己評価表」:Self
Evaluation Formをチェックする程度である。
4. 評価区分
○ 学力標準については、A B C D F
【註】 11才、14才児については英語、数学、理科、7才児については英語と数学の全国
統一テスが実施されている。 Tests National tests, taken at the end of
each key stage, ..........are tested in English, mathematics and
science.
そしてその評価区分は下記のとおりである。
・ 期待以上(Beyond expectations), ・ 普通(At
level expected),
・ 期待される以下(Below expectations)
しかし例えばleeds市のある小学校の査察報告書(Northallerton,
North Yorkshire)
を見ると
○ 学力標準については6年生の全国統一テストの結果をA B C D Fの区分によっている。
この小学校は成績が良いが、英語はAからCに下がってきている。 数学は毎年Aを続
けているし、理科もそうであるが、2000年だけはDの評価であることがわかる。
○ 生徒の態度・素行、リーダーシップなどについては、優秀(Excellent),
優(Very Good),
良(Good), 満足(Satisfactory), 不満足(Unsatisfactory), 貧弱(Poor),
極めて貧
弱(Very Poor)
また自己評価表の記載についての指導書によれば次ぎのとおりである。
Grade 1 Outstanding (優秀) Grade 2 Good (良好)
Grade 3 Satisfactory (満足・普通) Grade 4 Inadequate (不適当)
5. 構成
○ 統括学校査察官(Her Majesty's Inspectors of Schools)は上院から指名される。
その使命は前述Tに記載したとおりである。
○ 正規査察官(Registered Inspectors) チームを率いて査察する。 そのレポートは
主任査察官によってチェックされ、不充分であれば解任される。 現に2000-01年度
には19名、解任された。 なおその年、適性なレポートとみなされたものは92%であっ
た。
○ 一般の人の各領域から任命される査察官がいる。(Contractors) 彼らはトレーニン
グを受けて資格認定試験に合格しなければならない。 解職については前記正規査
察官と同様である。 保育査察官(員)についても同様である。
○ その他、チームメンバー査察官もいる。
6. 再査察
貧弱な評価を受けると、地方教委から特別な支援が行なわれる。追加予算、設備・人材
などについてであるが、同時に失敗校でなくなるまで水準査察院の査察を受けることになる。
また、校長など上級管理職の解任、スタッフの解雇などが行なわれる。 それは約8%の学
校についてで、その他の『不満足』校については改善通告が出される。
7. 査察官のトレーニング
この全国水準査察院自身で実施する。 総ての科目を含むカリキュラム、査察の方法、戦
術などについてである。
【資料】イギリス教育水準査察院発表分 : Ofsted-About us, Corporate Plan 2001-04等。
わが国の学校評価
わが国では近く実施される全国統一テストの得点は、学校別には公表されないとのことで
あるが、これでは新設される全国学校評価委員会≠ノよる4段階にせよ5段階にせよ、そ
の評価結果を公表することはできないであろう。 第一、評価そのものが、その学校の生徒
指導問題、生徒出席率、進学・進路の状況、校内テスト、一部校外共通テスト、当日の視察
(査察)の状況など、国、都道府県の学力標準テストの結果以外の資料で評価すること自体、
無理である。 仮に、その委員会が密かにこれを利用したとしても、その評価は公表に耐
えうるものではなかろう。
従ってこの標準テストの利用の検討、査察官(員)の資質、能力、研修や評価基準について、
大方の納得のいくものが創られることが先決である。
第30編では、学校評価ではなく広く、学校の諸問題に対処するために、各学校の学校評議
委員会に替わるべきものとして、都道府県単位で設置され、その視察や校長との質疑・応答
等を通して学校の問題点を把握し、教員の勤務評定についても、これを利用する方法として
提言した。 以下その要点を下記する。
構成
@ 都道府県ごとに創る。
A 性別、年齢別、教職経験者[現・旧]、親、一般市民、教育関係団体から選出する。
B 議員、教委スタッフ、監査委員など、直属系統 あるいは、それに類する者は、原則とし
て含めない。
C 人選は、都道府県 から地教委などへ、候補者の推薦依頼し、最終的に都道府県レベ
ルで補完する。
D 都道府県レベルでのトレーニングを修了した者とする。
E したがって、委員は学区、地教委の枠を越えてプールされ、個々のチーム編成も上記
比率をできるだけ尊重する。
F 任期を設ける。 最長 8年ぐらい ?
G 彼ら自身で都道府県学校評議委員会を構成する。
活動と権限
@ チームによる学校訪問。
A 原則として、学校訪問は予告しない。 但し、授業日、学校行事の日などについて事前
に承知している。
B 前述のように学校視察と、校長との懇談、質疑・応答が主である。
従って、評価は行わず、また必要に応じて勧告することが限度である。
C 質疑・応答の大綱は公表された形式による。
D 原則として、チームの委員の学区、地教委の学校訪問はしない。
E 原則として、簿冊の点検はしない。 [ 監査委員や指導主事など監査や視察とは異なる ]
F 原則として、授業中の教室には入らない。 但し、喧騒その他、異常のある場合は例外。
G 訪問の結果報告は、評議会委員チーム、校長が、それぞれ所属委員会、地教委などへ
文書で報告する。
H 警察その他、関係機関への通報を必要とする時は、校長の了解を得ること。その了解
が得られない場合は、その旨を、上記のようにそれぞれ報告する。
I 都道府県学校評議委員会全体としての結果報告については、別途、検討されること。
J 生徒、教員等の個人名は不要のこと。
K 委員は適当な守秘義務を負うことは当然である。
以上は2000年5月記載の第30編で提言したのであるが、今後『学校評価』までに踏み込む
というのであれば、さらにイギリス方式を検討し十分参考にされるよう期待したい。
参考 アメリカ(U.S.A.)では州の学力標準テストの得点、しかもリーディング、数学の定めら
れた学年のそれにより、一部、理科や書き取り(ライティング)を含めてランクを付けた学
校評価が行なわれている。 落第率、欠席率、州の標準テスト以外のテストの結果なと゛
「その他」とされるものも加味されているが、大きくは前記のように州の標準テストに因っ
ている。 しかも新教育改革法によれば、その標準テストは連邦教育省によるチェックを
経ることによって全米的な難易度、適切さが維持されているようである。
従ってテストの「ごまかし」などの問題が常にあるが、しかしそれはそれとして割り切っ
てA,B.C,D, そしてF(失敗校、改善を要する学校)としてランク付けをしているのである。
得点などは、学校別は当然のこととして、教委別、学年別、州の平均点など詳細に公表
されている。 わが国では果たして、このようなことができるのか。 得るものも多いが
失うものも多いことを覚悟して施策される必要があろう。
おわりに
新政権の当面の課題である『学校評価』はイギリスの『教育水準査察院』:OFSTEDの構想を
念頭においているように思われるので、それについて述べた。 また私観も付記した。 今後の
動きに注目したいが、実施するとなると『参考』で述べたように、アメリカ方式では無理で、精精、
イギリス方式がよいように思われる。
2006年9月24日記